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トピックス -企業家倶楽部

2017年04月14日

【緊急先行配信】東芝メモリ社3兆円投資 独立VCの挑戦/日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代表 村口和孝

企業家倶楽部2017年6月号 日の丸キャピタリスト風雲録 vol.55




紺屋勝成氏の死

 2016年12月5日、私がDeNA創業の支援のきっかけを作ってくれた、紺屋勝成氏(南場智子氏の夫)がすい臓がんでこの世を去った。5年半の闘病の末だった。明けて2017年2月27日夕方東京のホテルでお別れ会があり、私はそこにいた。数百人集まったろうか、私は紺屋さんの遺影と、心の中でずっと話をしていた。これは、人生の中で、いったいどういう事だったのかと。彼との出会いがなかったら南場さんとの出会いも、インターネットの新サービスを目指したDeNAとの出会いもなかった。

 1998年当時、六本木のタトゥー東京という過去の投資支援先のレストランで紺屋さんを初めて紹介を受けた。私は、熱い思いの堀場雅夫氏(ベンチャー支援の父、堀場製作所創業者)ら出資の下、私の一存でゼロから創業投資出来る投資組合(日本初の投資事業有限責任組合NTVPi-1号)を始めたばかりだった。iは、independent innovative individuals and institutions for incubating(創業支援する独立性の高いイノベーティブな個人と機関投資家)のiだった。紺屋さんがリムネット社COOという肩書で、ジャフコ時代投資支援先だった偶然に驚いて、強い縁を感じた。あれからすでに19年、経つ。

 1999年春、私は紺屋さんからの「うちの妻がベンチャーを始めようとしているので相談に乗ってください」の電話で、南場さんのDeNA創業の相談に乗ることになった。立ち上がりは苦労の連続だったが、紺屋さんに感謝こそあれ、大変さについて愚痴を言ったこともない。引き受けたからには、VCのプロとして全力を尽くしたまでだ。だから、結果的にDeNAが成功したからと言って、紺屋さんにありがとうとも、お世話になりましたとも、それほど意識せずにきた。いずれにしてもDeNA創業支援は、私にとって大きな困難だったが、南場さんを支援し続け、結果大成功の投資だった。

 これは苦労を掛けたのか、掛けられたのか、人生とは難しい話だ。亡くなる半年前、代々木上原で紺屋さんとランチした。最近の投資先のテーマ、ブロックチェーン「テックビューロ」、協働ロボット「ライフロボティックス」、放送ビッグデータ「PTP」「ジャパンケーブルキャスト」など新しい話をして、何か一緒にやろうね、と約束した。今となっては、紺屋さんとの約束も果たせないまま、「初心に帰って、何か思い切りやろう」とお別れ会の紺屋さんの遺影に誓った。


紺屋勝成氏の死

東芝メモリ社を誰が解決するのか

 お別れ会では、紺屋さんの生まれてからのビデオが上映された。南場さんと紺屋さんはマッキンゼーの同僚だった。1980年代後半に就職して、90年代バブルの崩壊があり、後半にはインターネットの時代がやってきた。98年に私は新VCを開始、リムネットの紺屋さんと出会った。99年南場さんはDeNAを創業して私は出資し、試行錯誤の後2005年、結果的に上場して大成功した。紺屋さんもUSENの役員で活躍したから、お別れ会には大勢の有力者が出席していた。

 紺屋さんと会った19年前と異なり、私は58歳だ。南場さんも私も、すでに若手ではなく、先輩とか言われる世代になっている。死ぬには早すぎるが、お別れ会の出席者は、すでに引退前のサラリーマン幹部が多いように思われた。ふと考えた。「東芝メモリ社は、この会出席の誰かが関係して解決するのか」「あるいはこの場に来ている誰かが直接解決する可能性が大きいのか」「それは誰か?」



東芝メモリ社に誰も手を上げない

 ところが、どう考えても、誰も手を上げないのではないか、という思いが強くなって行った。我々50代のエリートは、ほとんど全員が大組織のエリートで、独立起業家が極端に少ない。東芝メモリ社の買収価格は2兆円(未定)ともいわれる。会社全体として1兆円規模の巨額投資の財務的余力があっても、部署となると日本のどこの大組織に、千億円単位の権限を持った部署があるか?組織には「業務分掌と職務権限規程」があり、最近は「コンプライアンス」でガチガチに固められ、組織の部署の意思決定としては、チト大きすぎる。

 しかも親会社は東芝である。東芝は、少なくとも五つの大きな問題を抱える。第一に、原子力発電事業問題を抱え、一兆円規模の特別損失で、債務超過だ。第二に、粉飾で上場廃止の危険性があり、東証、監査法人、主幹事証券会社などと、トラブルを抱える。第三に、東芝の借り入れ返済リスクがあり、銀行団にとって危険な融資先。また過去東芝は日本を代表する優良大企業で、取引をしていない大会社などいない。それが取引上信用問題を抱える。第四に、危機を招いた東芝に、労務など本質的な経営体質に問題を抱える、とみなされている。第五に、東芝は、防衛やエネルギーなど、様々な国家事業に関係し、経済産業省をはじめ、複雑な政治的な関係があると、みなされる。

 こんな東芝の部門である東芝メモリ社の買収に手を上げる日本の組織人がいるか?東芝は大きすぎ、関係が複雑に入り組み、組織の誰かが何らかのことで関係している可能性の高い中で、どんな企業組織もコンプライアンスがあり、簡単に支援の意思決定できない。半沢直樹に象徴される日本の大組織の中で、東芝関係案件にへたに手を出すと、出世に響く危険性が高く、この手の案件は手を上げにくいのだ。まともなビジネスマンなら、「触らぬ神に祟りなし」と分かるはずだ。つまり、エリートで本流であればある程、こんな東芝関係の案件に迂闊に手を出すべきでない合理的理由がある。ある意味、「組織失敗の日本の縮図」だ。

 このパターンで、どれだけの案件が海外に買い叩かれたか。最近ではシャープがホンファイに買われたが、日本勢は手を上げなかった。新生銀行は買われて外資が大もうけしたと国会で問題になったが、日本勢は同様だ。ラインも元はと言えば、韓国ネイバーに買われたライブドアだが、日本勢は誰も手を出せなかった。

 日本にお金がないのではない。預貸ギャップ(金融機関預金総額から貸付総額引く)という統計があるが、今や、250兆円に膨らみ、毎年10兆円づつ増加し続けている。金はマクロ的には有り余っているのだ。タンス預金も43兆円で、一年に3兆円も増えている(第一生命経済研究所)。つまり、日本はあり余る金がうまく投資されない社会だ。やれば出来るのに、エリートの集まりであるはずの紺屋さんのお別れ会に来ている今「ここにいる誰かが行動を起こさなければ、日本全体で起こす人はいない?」「誰も、今回まったく動けない?」「だからまた今回も、デジャブで東芝との関係の少ない外資に買い叩かれてしまうのか?」


東芝メモリ社に誰も手を上げない

東芝メモリ社はベンチャー企業だ

 しかも、東芝メモリ社は現在すでに1千億円を超す営業利益をたたき出している優良分野で、かつ市場が数年で数倍になると言われる。東芝メモリのNAND型三次元フラッシュメモリは、遅いハードディスクに代わり、処理スピードが速いSSDの基幹部品だ。今、日本で半導体は不況業種とみられているが、世界では半導体業界は絶好調。スマホの性能が良くなる一方で、通信は早く、カメラやビデオ画素数が4Kと大きくなったため、フェイスブック等SNS、クラウドによるトランザクションとデータ量が急増し、ボトルネックの一つがハードディスクの遅さであることが明らかだ。東京オリンピック前後に向けて、世界のデータセンターで使う処理スピードの速いSSD需要が、爆発的に伸びている。だからこそ外人は買いたい。

 もちろん競争相手はサムスンら強敵であり、技術開発、設備投資共に、毎年数千億円を投入が必要な、困難連続のベンチャー競争市場だ。爆発する大口顧客からの需要にこたえるため数千億の増産用大規模設備投資が毎年必要であり、三次元メモリ容量増加の商品開発競争を、片時も止めてはならない。知恵を絞り、特許、そして極秘のラインの製造品質コストダウンのノウハウも、イノベーション継続しなければならない。

 このことから、つまり、東芝メモリ社を、確立され安定的既存企業と思ってはいけない。「東芝メモリ社は、安定企業ではなく、極めて危険な巨大な火事場の絶えざるイノベーションが必要な巨大ベンチャー企業」なのである。上場を目指すベンチャー企業への投資は、規模こそ千倍でバカでかいが、南場さんらへのVC支援経験が生きる特殊世界だ。「ひょっとして、紺屋さんのお別れ会に来ている誰も、東芝メモリに手を上げられず、一番近いのが、独立VCの自分では?」「日本でこの世代が誰か手を上げないとまずい。」そんな思いが、お別れ会が終わるに近づいて、強くなった。

 なお、私は慶應経済卒業してジャフコに入った文系であるが、半導体に全く縁がない訳でない。ずっと半導体への思いは強く、1980年代に半導体製造装置市場が有望だと多摩地域を外交し、1995年頃投資先PALTEKを通じFPGAの未来を強く確信、半導体開発ソフト会社を訪問した。特に東北大学のウルトラクリーン技術で有名な故大見忠弘先生とは、何度も半導体ベンチャーの未来を語り合い、15年前、東芝出身大学教授の多値メモリ会社に出資検討した。



東芝メモリ社成功の二条件

 東芝メモリ社を、桁こそ大きいが、単なる未上場のベンチャー企業だと割り切って考えれば、答えは容易に見つかる。以下DeNAの創業で使った技も同じで、ポイントは次の2つである。

1「大規模に資金を集合させる」

 一社で3兆円を提供できる企業は限られている。ということは、広く資金を集めないといけない。値段が合理的であれば、マクロ的には資金の出し手はいっぱいいる。そのためには、募集という金融商品取引法上のハードルを越えないといけない。そうしないと、マクロ的に余剰する日本の金融資産を集合させられないだろう。

2「経営独立性の担保と経営執行に集中する」

 資金集合すると株主が多くなり、意見が多様になってしまって、ベンチャー段階の経営が困難になる。説明コストがかかりすぎるためだ。さらに、出資してあげるから、この条件をのんでくれ、という「条件付き出資」が横行する。場合によっては、実力もないのに定年後の就職を面倒見てくれ、中身のない取引をお願いする、など良からぬ条件が暗黙の了解でつくこともあろう。それはすべてベンチャー経営のリスクになり、スピードが遅れコストになる。そのためガバナンスすなわち株主名簿は複雑にしないことだ。そこで開発されたVCのノウハウが、投資事業組合(LPS)か、合同会社(LLC)による、資金の出し手のガバナンス一本化である。「独立した経営を担保するため、経営執行陣との窓口は、一本化され、ベンチャー経営に力のあるキャピタリストに、完全委任される」。そうすれば、不確実な未来と戦う、説明の難しい不格好なベンチャー経営を、シンプル化し、戦いに忍耐し、結果前線に集中できるのだ。一方キャピタリストは、報酬など経営の緩みに目を光らせ、リストラすら断行する役割である。


東芝メモリ社成功の二条件

東芝メモリ社へ3兆円投資構想

 お別れ会翌日28日朝、構想にうなされながら目が覚めた。どうすれば、東芝メモリ社に投資する巨大ファンドを作り、投資し、ガバナンスを確立し、設備投資など事業拡張し、株式上場し、優良企業にできるか?これまで投資組合を創ると言ってもせいぜい百億円で、三兆円のファンドなど作ったことなどないが、規模千倍でやれば本質は同じことだ。東芝メモリに何の取引もない、独立VCが買収案に手を上げること自体、ドン・キホーテと思われるに違いない。だがやるべきだ。

 最初に思い付いたのが、成功報酬のない現物分配型投資事業組合だ。日本勢でまとまって、投資組合で一本化して支援をし、上場した投資株式をそのまま出資者に分配するシンプルな案だ。レオス藤野さんや弁護士など何人かに相談して、提案書の初案を作成した。

 3月17日に東芝本社の代表電話に応募を宣言した。出た女性が驚いた風で、すぐに応募用のメールアドレスを教えてくれた。買う応募をしたい旨伝えると、売り側アドバイザ担当者名とメールアドレスを教えてくれた。ところがまともな対応でなく、担当者が電話番号を教えてくれず、連絡すらままならない。結局26日になってようやく提案書をメール出来た。東芝株主総会まであと数日しなかなく、まずいと思い、同日フェイスブックに骨格と覚悟をつぶやいたら、大騒ぎになり(イイネが3千件)、WBSでテレビ放送され、朝日新聞にも出た。反響の大きさから、投資組合では出資者数制限があるため、4月6日、証券会社を通じ一般投資家が投資出来る「投資合同会社の東芝メモリ社買収スキーム」を提案し直した。

 今日4月10日現在、この提案がどうなるか、組織人による奉加帳方式というベンチャー支援で失敗する古い方式話が出る等、予断を許さない。資金は集合させても、意思決定を職務権限に縛られる組織人の自己保身で集団化させては、山本五十六がいない後の第二次世界大戦の敗戦構造と同じだ。私は、複雑な社会関係をシンプル化し、東芝メモリ社の上場後の発展に向け、日本勢が皆で資金応援し、現場がリーダーシップをとれる経営に集中できるスキームは、経験上これしかないと確信する。この仕事を、大見先生と紺屋さんと堀場さん三人(故人)に捧げたい。


東芝メモリ社へ3兆円投資構想


著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合
代表
村口和孝 《むらぐち かずたか》
1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年日本合同ファイナンス(現ジャフコ)入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。03年より徳島大学客員教授。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。



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