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トピックス -企業家倶楽部

2017年05月08日

人情溢れる型破りな経営者/藤田恭嗣の人的ネットワーク

企業家倶楽部2017年6月号 メディアドゥ特集第5部


何事にも囚われない発想力。自ら道を切り拓いていく行動力。そして、故郷である徳島木頭村に捧げる郷土愛。藤田の周りに集う様々な業界のスペシャリストたちは、彼の魅力についてこう語る。世代や業界を超え、幅広い人間関係を持つ企業家の人物像とは。(文中敬称略)



経験と決断力ある経営者

ブロードバンドタワー代表取締役会長兼社長CEO 藤原 洋 Hiroshi Fujiwara


 経験と決断力ある経営者


 データセンター事業を手掛けるブロードバンドタワー会長の藤原と藤田が知り合ったのは、両社の取引が始まった約2年前。現場担当者から「メディアドゥの経営者は非常にユニーク」という話を聞いた藤原が、好奇心に駆られて直接会いに行ったのがきっかけだ。18歳年下の藤田に対し、藤原は「企業をしっかり育ててきた経験を持ち、若いのに落ち着いている」との印象を受けた。

 常にIT革命の先頭を走り続けてきた藤原が「対等な関係」と認める若手経営者は多くない。二人は今も2カ月に一度は会食を共にし、これからの時代をどう動かしていくか、アイデアを熱く語り合う。

「藤田さんも私も自分で資金を貯めて会社を興した点は同じですが、彼は起業した時20歳。一方、私は寄り道して42歳で起業していますから、藤田さんには無駄が無いですね」と謙遜する藤原。日本には20代前半で起業する経営者が少ないため、「ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズのような社長が日本にいた!」と嬉しく思ったのを覚えている。「企業家の役割とは、多くの人を巻き込んで社会を動かしていくこと」。そう説く藤原は、藤田の姿に日本の明るい未来を感じた。

 藤原曰く、藤田の魅力は大きく三つ。第一に、経営者としての決断力。この力が社会や時代に方向性をつけ、動かしていく。「日本には決断力のある経営者がいない」と憂う藤原。日本は組織力に優れているが、決められない社長が多い。いざ問題が起こった場合、責任を取る人間が明確にならないのはそのためだ。その結果、責任をなすりつけ合うことになる。その点、藤田は自ら道を示し、社員を強く引っ張っている。

 第二は郷土愛。少子高齢化が止まらず人口減少が続いている現在、「地方創生」、「一億総活躍社会」などと取り沙汰されることも多いが、そうした運動を国や大企業が手がけるのでは「弱き者を助ける」構図ができて依存を生んでしまう。「この問題に対する根本的な解決法は愛」と藤原。家族や社員ばかりでなく、郷土に惜しみなく愛情を注ぎ、活性化させている藤田の行動は、愛があってこそ為せる業だと言う。藤田に触発された藤原も、故郷の福岡に国際的なイベントや会議を誘致する活動に携わっている。2017年は、3月末現在ですでに三つのイベント開催に関わった。

 第三は旺盛な向上心と知識欲。藤原も藤田も、業界トップを走り続ける経営者だ。挑戦し続けるためには、自身の事業領域に関して誰よりも熟知している必要がある。大企業にも優秀な人材は数多いるが、常に彼らの上を行かねばならない。ある大手出版社のデジタルメディア担当者に「誰か相談できる人はいませんか」と問われた際、藤原は迷うことなく藤田を推した。片やインターネット事業、片や出版デジタル流通の旗手として、情報やアイデアを交換し合い、得るものは大きい。

 二人には共通の価値観も多い。事業はトップダウンの経営ではなく、現場の自発性を重視。経営者一人の考えで動かしては、会社の器に制限を設けてしまいかねないからだ。また、経営者の仕事は、個人や企業にとどまらず、社会をどう動かしていくかの舵取りだと考えている点も類似している。「積み上がる障害や失敗を苦労と思わず乗り越えていくための才能が、藤田さんには備わっている」と藤原は分析する。

「次世代の経営者として、もっともっと羽ばたいてください」。これからの社会を担う頼もしいリーダーに、藤原はこうエールを送った。



徳島の誇りとなる誠実で純粋な青年社長

徳島新聞社 理事社長 米田豊彦 Toyohiko Yoneda


徳島の誇りとなる誠実で純粋な青年社長


 今から約2年前の2015年6月1日、米田は徳島出身のベンチャー企業家藤田と初めて顔を合わせることになった。この日は、社団法人徳島新聞社の創立記念日に当たり、長く続いている徳島新聞賞の表彰式があった。藤田はその年の特別賞を受賞し、地元徳島に帰郷していた。表彰式の後の懇談会でたまたま隣り合わせになった二人は会話を交わした。

「藤田さんは初対面にも関わらず10年来の知り合いのようで話し始めると止まらない。熱っぽく今自分がしていること、夢やらを早口で語るのだが、どの話も面白く、つい惹き込まれてしまった。他の受賞者もいたのですが、『ちょっと資料を持ってきます』と言って、彼の未来の構想について資料を示しながら説明してくれて、盛り上がりました。凄い青年が出てきたと思いました」と米田は藤田の第一印象について語る。

 藤田は地元への並々ならぬ想いがある。彼の故郷である木頭村は品質の良い柚子が取れることで以前から有名であった。秋になるとその柚子が村中に実り、黄金色に輝くのだ。そこで藤田は「黄金の村」という会社を作り、100人の雇用を生み出すと宣言。熱心に活動していることを評価され、新聞社から特別賞を受賞したというわけだ。

 すっかりファンになった米田はもっと藤田の話が聞きたくなり、東京出張の際に「飯でも食おうや」と食事に誘う。すると「母も一緒にいいですか?」との返事。たまたま藤田の母親も東京におり、一緒に会食することになった。それ以降も藤田からは、公式の場には必ずと言っていいくらい「母も連れて行っていいですか?」と連絡があった。地元の新聞に息子の記事が出ることを母親がとても喜んでくれるのだそうだ。地元新聞社としては嬉しい限りである。

 以来、藤田は地元に戻ってきている時など時間が出来ると、米田を訪ねては新しいアイデアについてまるで機関銃の様に話をする。

「同郷ということもあって兄の様に慕ってくれているのでしょう。それと私に話すことによって頭の中を整理しているのかもしれません」と米田は分析する。地元の後輩である藤田にもし困ったことがあれば、「いつでも全力で協力したい」と応援団長を買って出るつもりだ。

 いつだったか藤田が10年後には売上げ1000億円の会社にしたいと夢を語ったことがあったが、おそらく10年掛からずに実現してしまうのではないかと見る米田。藤田は言ったことを必ず実現してきている「有言実行の人」だと感心する。

 現在、メディアドゥのオフィスは皇居に面した毎日新聞社が入るビル内にある。藤田はこの場所に憧れ、オフィスを構えることを熱望していたが、ついに想いが叶ったのだ。米田も徳島新聞社の社長になり、日本新聞協会の会合に顔を出すと毎日新聞の社長から「徳島出身の凄い経営者がいますね。若い経営者を応援したいのですよ」と声を掛けられたことがある。藤田の誠実な性格、スピード感のある行動力から信頼が生まれ、周りの人々を巻き込んでいる。

 2016年に徳島新聞社と徳島県で地方創生の一環として立ち上げた徳島創生アワードのアドバイザリーボードの一人に藤田が選ばれた。ビジネスプランコンテストの審査員をする訳だが、忙しい中で参加し、発表者のプレゼンテーションを熱心に聞き、経営者として的確な指摘をしてくれると言う。

「会うといつも時間が足りないと言っている。しかし、あまり急ぎすぎないで欲しい。必ず藤田さんの想いは実現すると思います」



共に徳島を盛り上げたい

テック情報 代表取締役社長 濱尾重忠 Shigetada Hamao


共に徳島を盛り上げたい


 メディアドゥは先日、徳島にシステム開発会社メディアドゥテック徳島を設立すると発表した。このシステム会社を藤田と共に立ち上げたのが、テック情報社長の濱尾重忠である。

 濱尾は東京にある東証一部上場企業の役員を退任後、故郷の徳島でテック情報の再建に挑んだ強者だ。同社は徳島県の地方公共団体や銀行、企業が50年前に設立した会社で、債務超過に陥っていた。「故郷に恩返しをしたい」との想いがあった濱尾は企業再生の依頼を快諾。長年の経験を生かして見事に債務超過を解消すると、増配にまで漕ぎ着けた。

 そして、次なる挑戦として選んだのが、今回の新会社設立だ。実は、二人の出会いはわずか1年前。藤田が「徳島にシステム会社を作りたい」と語っている新聞記事を見た濱尾が、早速コンタクトを取ったのがきっかけである。

 濱尾が藤田と共に会社を興したいと思った理由は、メディアドゥの事業の将来性だ。濱尾は「会社を興すからには成長することが大事」と説き、現在の主軸である電子書籍事業はもちろん、それを応用したビジネスも視野に入れている。例えば、外務省の管轄にある諸外国との条約文や全国の議会で取られる議事録の膨大なデータを整理することができるかもしれない。デジタルデータ化の流れが進む今日、その活用の幅は無限に広がっていると言っても過言ではない。

 濱尾と藤田には親子ほどの年齢差がある。だが、息子に対するような想いがあるかと思いきや、「あくまで対等な経営者同士の関係」と濱尾は断言。安定志向が強い日本の中で、若い頃から事業に挑戦し続けてきた生粋の企業家である藤田を高く評価している。

 また、藤田については「サラリーマンとしても頭角を表す人物」としながらも、濱尾自身は「私は所謂サラリーマンとして長年勤め、現在の会社も私が設立したわけではありません。創業経営者とは全く違う」と謙遜する。

 濱尾曰く、企業家とサラリーマンの大きな違いは「リスクが取れるか否か」。確かに、メディアドゥは3月、自社よりも規模の大きい出版デジタル機構の買収に踏み切った。万が一、失敗すれば本体も揺るぎかねないほどの案件だ。しかし藤田は「2年間で200億円の投資を行う」と依然息巻いている。東証一部上場企業となっても歩みを緩めることなく、果敢に挑戦するその姿は、まさに企業家ならではだろう。

 そんな藤田に「同郷の後輩として出来ることがあれば何でもしてあげたくなる」と語る濱尾。経営者は総じて年上キラーだと言われるが、藤田も例に漏れない。その理由を問うと、目上の者に対して正しい言葉を使い、お辞儀なども欠かさないからだと言う。藤田の言葉の端々には敬意が滲んでおり、そんな態度を見ると、思わず可愛がりたくなってしまうのだ。

 今回の提携によって、徳島には3~5年で100人を超える雇用が生まれるとされている。事業を拡大しながらも、故郷への恩返しを忘れないのが藤田らしい。

 濱尾は「藤田さんは世界に通じる経営者」と讃え、「是非とも徳島の活性化に尽力してほしい。藤田さんならば、徳島の魅力を世界に伝えられる」と同郷の後輩に徳島の未来を託した。



唯一無二の道を行く

アイスタイル代表取締役社長 吉松徹郎 Tetsuro Yoshimatsu


 唯一無二の道を行く


 2014年、美容クチコミサイト「@cosme(アットコスメ)」を運営するアイスタイル社長の吉松徹郎は、上場企業経営者の勉強会で藤田と知り合った。美容と出版という全く畑違いの業界であることもあり、第一印象は「面白いことをやっている人」。ただ、アイスタイルは12年、メディアドゥ13年に東証マザーズへ上場を果たしたばかりでステージが近く、課題も似通っていた。また「伝統はあるが大きく変化している業界」という共通項も。現在では、勉強会で定期的に会い、16年にはその仲間で北海道へスキーにも出かけたほどである。

 藤田はよく人の話を聞き、周囲の会話も聞き漏らさない。会社を良くしたいという真摯な姿勢に、誰もがいつの間にか多くを語ってしまうのだという。そしてその学びを自分なりの形で実現していく実行力に、吉松は目を見張る。「彼が目標を実現できると、素直に良かったと思える」と言う吉松。これこそ藤田の人間力の賜物だろう。

 藤田はメディアドゥの事業に加えて出身地徳島県の振興にも力を入れ、上場後も社員研修を自分の地元で行なってきた。普通ならば公私混同と受け止められそうなものだが、「それも含めて藤田社長」と皆が納得してしまうのも、藤田の不思議な魅力が成せる業だ。

 自慢の実家を見てみたいと、吉松は高知との県境にほど近い藤田の故郷、木頭村を訪ねたこともある。そこは高知龍馬空港からタクシーで1時間半。他に交通手段は無く、さすがに「よくこんな辺鄙な場所に人を呼ぶなと思った」と笑うが、現地に広がる那賀川上流の美しい自然には感動のあまり息を呑んだ。「モリで鮎を突こう」と近くの川へ吉松を誘う藤田。内心、「地元育ちにしか無理な芸当だろう」と考えていた吉松だが、いつしか本気になり、最終的には4匹も獲る奮闘ぶりだ。「あの素晴らしい風景を家族にも見せたい」と吉松は回想する。

 2人は「既存のプレイヤーと共に、どのように新しい業界を創っていくか」といった戦略や、今後の行く末についてよく語り合う。各業界の特性もあり、具体的な戦略は必ずしも参考にはならないが、新しい楔を打ち、それによって変化する流れを見て次の手を考えるプロセスは同じだ。

 吉松が考えるメディアドゥの強みは、他の会社とのフラットな繋がり。17年2月、メディアドゥは産業革新機構より株式を取得し、業界大手の出版デジタル機構を買収した。同社の株主には大手出版社3社がおり、各社同率で株式を保有。不可能だと思われていた買収だった。吉松はこの報に触れ、「こんなことが出来てしまうのか。自分も限界を作ってはならない」と刺激を受けたという。

「従来は、各社の利害関係が邪魔をして出来なかったことも、しがらみのないメディアドゥならば実現できる」と吉松。そして、そのポジショニングこそメディアドゥ飛躍の秘訣なのである。

 藤田は屈託が無く、素直で真面目、真摯なところが年長者にも好かれる所以。また、「こうだ」と決めたときの想いの強さも天下一品だ。常識や理屈ではなく、自分が必要だと思うと周りを説得し、想いを必ず実現させていく。そんな藤田を吉松は「珍味」と称す。すなわち、「噛み締めるほど味が出て、一度食べたら癖になる」というわけだ。

「これからも変わらないで欲しい。ぶれずに一歩ずつ歩いていくと、そこには藤田さんしか歩けない道がある」



無邪気でまっすぐな人

バリューマネジメント代表取締役社長 他力野 淳 Jun Tarikino
無邪気でまっすぐな人


 文化財など歴史的建造物の再生活用事業を手掛けるバリューマネジメント社長の他力野淳が藤田に会ったのは、世界的な起業家団体EO(アントレプレナー・オーガニゼーション)の勉強会でのことだ。このEOに藤田は12年前に入会、他力野は9年前に入会している。日本支部の会員は200人ほどだが、少人数で毎月勉強会を実施。2人は同じグループで活動してきた仲だ。

 当時、藤田は音楽配信などの仕事をしていた時代。初めて会った時の印象は「自由なヤツだな!」。以来9年間、他力野は常に藤田の成長を見続けてきたが、その転機は今のビジネスモデルに出会った時と見る。

「出版業界がどう変わっていくのか。そこにどんな問題があるか、彼にははっきり見えていた」

 メディアドゥの強みは「藤田社長自身。彼の凄さはブレがないこと」とキッパリ。「彼には出版に対する未来が明確に見えている。だからこそ着実に手を打てる。組織づくりもその強さの一つ。これまでは藤田社長がすべてを推進していたが、今は権限委譲がしっかりできている。特に上場してからは組織が整い、任せる人の布陣ができている」と、仲間の成長ぶりを称える。

 EOの持ち回りの勉強会で、藤田が当番になった時のことだ。ちょうど株式上場直前で最も忙しい時期。普通ならば交代して欲しいと願い出るなど、手を抜いても仕方がないところだが、藤田は一切の甘え無し。それまでで一番完璧な勉強会を実施した。引き受ける限りは100%コミットする。「この時、メディアドゥの強さの根源を見た」と他力野。スイッチが入った時の、仕事の完成度の高さに驚いたと述懐する。

 藤田の魅力は「経営者としてはその先見性、人間的魅力としては子供みたいにピュアでまっすぐなところ」。一緒に藤田の故郷の木頭村に行った折も、真っ先に川に飛び込み、魚獲りに興じていた。無邪気で、どこに行っても変わらない、「自由なヤツ」そのままなのである。

 藤田から学ぶところはたくさんあるが、「家族への愛情、特に母親への愛情をストレートに表現しているところは凄い」と感心する。「月に1回は故郷の木頭村に帰り、毎日ラインで連絡を取り合っている。なかなか真似できることではありません」

 9年間、藤田の成長過程を見続けてきた他力野。藤田が経営者として変化しているポイントは、電子書籍のインフラづくりという社会性の高い事業に取り組んでいることを自覚し、人間力を意識的に高めている点だ。立ち振る舞いや話し方は、徐々に変わってきており、事業の話をする時は特にスイッチが入ると言う。

 他力野は、「藤田社長は少年の心をそのまま持っているが、意識的に自分を変化させ、成長させている」と驚く。今は仕事上の付き合いはないが、将来は木頭村の地域創生に協力したいと語る。「彼だからこそ実現できる町づくりがあるし、一緒に取り組めることはたくさんある。共に日本文化の魅力を啓蒙していきたいですね」。

 歴史的建造物や施設を再生・活用、「価値ある日本文化」として後世に残そうと奮闘する他力野。4月に完成した「銀座シックス」の13階に500坪というスペースを任され、食のフロアをオープン、銀座の新たな価値を発信する。事業内容は違えど、長年同じテーブルで学んできた2人は、「世の中に貢献する」という使命で固く結ばれている。

「互いに43歳、企業家として価値ある事業を発展させ、世界を良くしていきましょう」



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