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トピックス -企業家倶楽部

2017年05月16日

一つの理念の下に集いし情熱集団/メディアドゥを支えるスタッフ

企業家倶楽部2017年6月号 メディアドゥ特集第4部


急成長し続ける電子書籍取次のメディアドゥ。成功の裏には、常に新しいことに挑む藤田の下、その理念に寄り添い、真剣にサポートを続ける社員の姿があった。藤田に勝るとも劣らない仕事への熱い想いを持ち、一切の妥協を許さない。そんな彼らが藤田の人柄と、メディアドゥの将来ビジョンを語る。(文中敬称略)



100年後も求められる企業でありたい

取締役事業開発本部長 溝口 敦 Atsushi Mizoguchi


100年後も求められる企業でありたい


 メディアドゥにおいて、まさに藤田の右腕とも言えるのが、取締役事業本部長を務める溝口敦である。この男こそ、藤田と二人三脚でメディアドゥを成長させたと言っても過言ではなかろう。

 溝口は新卒でNTTドコモに入社し、コンテンツや音楽の配信事業立ち上げに携わってきた。しかし、入社8年目となり事業も軌道に乗った頃、同じ会社で働き続けることに違和感を覚えた溝口は、経営やマネジメントに関わりたいとの思いから転職を決意。ただ、外資系企業や知人の会社などで様々な話を聞いてみても、ピンと来なかった。所属する会社や手掛ける事業は変わっても、会社の方針に沿って動くことには変わりないと思ったのだ。

 そんな時、数年前に知り合った藤田から声がかかった。生粋のオーナー経営者の近くで仕事に取り組めることに魅力を感じた溝口は、メディアドゥへ入社。電子書籍事業を立ち上げ始めた2007年のことだった。

 社長である藤田の直下で補佐をすることになった溝口。前職でコンテンツ配信の経験はあるものの、部下のマネジメントや財務に関して学ぶべきことは膨大だった。当時は赤字経営で、夢だけを追える状況ではなかったのも事実だ。しかし、業界のルールを変えることを理想に掲げる藤田を見ていると、溝口はそれを実現させたいと強く思った。彼は、「この人となら何か面白いことができるに違いないと確信しました」と回顧する。

 実はこの二人、溝口の前職時代、会社同士の取引先として出会っている。「純粋で良い人だと思いました。藤田を紹介する時は、いつも義理人情に厚い、暑苦しい奴だと言っています(笑)」と冗談めかす溝口。藤田への印象は今も当時と変わらない。

「今となっては、よく採用を決めたなと思いますね」と溝口は笑うが、「新規事業を任せたい」という大雑把な理由で役員を採用する企業も珍しいだろう。藤田は溝口に、新規事業の立案や新たな顧客開拓を期待していただけでなく、何か強く惹かれるものがあったのかもしれない。

 メディアドゥがコンテンツ配信業界で一定の地位を獲得するまでには多くの苦労があった。会社としての仕組みが整備された大企業と契約する際には、営業や技術といった部分以外に法務などしっかりした体制も求められる。取引先の基準に合わせて、こうした面も整えていかなければならなかった。社員が一丸となり、一つひとつ解決してきた結果、多くの会社からの信頼に繋がった。

 溝口の目標は、メディアドゥが100年後も求められている企業であること。音楽配信から事業軸を電子書籍に転換したように、これからどのような変化が起こるかは未知数だが、彼は変化を厭わない。異業種による快適な新サービスによって、業界の常識や地位がたちまち崩れる事例が近年増加している。例えば、アメリカのウーバーやAirbnb(エアビーアンドビー)によって、日本のタクシー業界やホテル業界は大きく影響を受けると予測されている。しかし、「第三者に壊されるくらいならば、自らの手で常識を壊していけるチームでありたい」と溝口は意気込む。

 そんな溝口と藤田はプライベートでも親しい友人である。まさにお互いの人生にとって欠かせない相棒だろう。

「一緒に働き始めて10年を迎えられたことを本当に嬉しく思い、感謝しています。長い年月を経て、大きなチャンスを得られた今、価値ある世界の創造を共にできることをとても楽しみにしています。これからも10年20年と、公私ともにお互いを高め合えたら最高ですね」



心臓部を支える逸材

テクニカルアドバイザー 森 秀樹 Hideki Mori


心臓部を支える逸材


 通常5年の寿命と言われるITシステム。しかしメディアドゥの電子書籍配信システム「md -dc」は2006年から11年間稼動を続けている。これを作り上げたのが、藤田をして「天才」と言わしめる森秀樹だ。02年12月、1年勤めたITの会社が立ち行かなくなり、人材紹介会社に斡旋されたのがメディアドゥだった。面接を受けると、翌日から来てくれという。出社初日に社長として紹介されたのが、髪を明るい茶色に染め、スノーボードで片腕を骨折した藤田であった。

 当時メディアドゥは携帯販売事業を主力とし、IT部門は立ち上がってまだ1年。従来のサービスから、有料課金モデルへ転換しようとしていた。12人ほどいたエンジニアはほとんどが業務委託か派遣社員で、入社初日からプロジェクトの酷い状況を痛感した。そこで森に与えられたのは、ブラウザの制作。「結果を出すしかない」と無我夢中だった。

 驚くことに、森はITスキルを独学で習得した。10代の頃は進学せず、様々なアルバイトを渡り歩いたが、22歳で入社した会社が運命を変えた。台帳が紙で管理されていることに疑問を抱き、空き時間を利用してマイクロソフトの「アクセス」でソフトウェアを作り始めると、この虜になってしまったのだ。

 元来モノづくりが好きなこともあり、すぐに飽き足らなくなった森。意を決して、折角入った会社を退職し、プログラミングの基礎から勉強を始めることにした。貯金をはたいて買った膨大な本を手に、パソコンとひたすら格闘。辛かったが、「自分を証明できるものが何も無い」状態の方がずっと苦しかった。金はなく、時間も惜しく、学校に通うよりも「この道しかない」と思われたのだ。半年後、彼はエンジニアとしてのキャリアをスタートさせることとなる。

 入社翌年、森は新規事業の音楽配信システム制作のため、遅くまで作業する毎日を送っていた。そんな時、深夜に営業先から戻った藤田が声をかけてきた。当時メディアドゥは単月数千万の赤字を計上、社員も減り、小さなオフィスに移転していた低迷期だ。「苦しいことも沢山あるはずなのに、それらを全て飲み込んで、夢を語っていた藤田の姿がいつも僕の根っこにある」と森は回顧する。

 
 04年に音楽配信をリリースすると、業績は回復。その運用に追われていた06年6月、電子書籍事業を開始すると藤田が言い出した。森は配信システムの仕様を考え、配信エンジンを2カ月ほどで作り上げた。さらに外注した書店部分のシステムと連結させ、11月にはリリースを異例の速さで実現させた。 

 森が考えるメディアドゥの強みは、地道な努力を他社より我慢強く耐え続けられてきたこと。それは「間違ってもいい、とにかくやってみよう」というメディアドゥイズムからくる。そんな風土を作り上げてきた藤田を「良い意味で子どもみたい。システム開発も魔法だと思っている」と森は笑う。自分への全幅の信頼に「その期待を裏切るわけにはいかない」とつい思わされてしまう。

 森は14年から2年間、メディアドゥを離れていた。多言語化などの拡張性の技術を研究していたのだ。特許を取得し起業もしたが、藤田からの熱心な誘いで再び合流することになった。5月の株主総会でCTOに就任予定だ。「自分がやるしかない」と決意を見せる。

 藤田へのメッセージは「ありのままが一番魅力的。社長然とせず、自然体で社員にもっと夢を語ってほしい」。そして「メディアドゥは100年後もずっとベンチャーだと思う」と締め括った。



日本のコンテンツが世界平和を作る

取締役経営企画室長 山本 治 Osamu Yamamoto


 日本のコンテンツが世界平和を作る


 山本は、IT企業デジタルガレージの投資会社、DGインキュベーションに在籍していた折、投資先として藤田と出会った。その後、退職してコンサルタントになることを考えていた山本に対し、「いきなり独立するより、メディアドゥを上場させてからの方が良いのではないか」と勧めたのは、デジタルガレージ社長の林郁。藤田にも「弊社を内側から支援してほしい」と請われ、2012年、メディアドゥに入社した。

 以来、13年の東証マザーズ上場、16年の東証一部指定替えと経る中で、山本は上場に関する実務の経験者としてメディアドゥを牽引してきた。ビジョンを掲げてひた走る藤田の言葉をかみ砕き、具体的な計画や数字に落として社員や証券会社へ伝達・共有するのが彼の役目。その仕事について「サッカーで言えば、攻守の要となるボランチのような立ち位置」と例える。

「藤田から期待されているのは、彼に無い部分を私が補うこと」と語る山本は、藤田の言うことに対し、常に頭の中ではあえて反対を試みるという。このように、冷静でストイックな「和して同ぜず」の一面を持つ山本だが、上場後も藤田の見ている夢と自分の夢をシンクロさせ、いかに実現させるかに注力してきた。

 出会った当時から、藤田の印象は変わらない。熱く、雄弁で、話すスピードが速いのが特徴だ。「藤田の強みは交渉力」というのが山本の持論。普通であれば「もう少し価格が下がりませんか」といった折衝を行うところ、藤田には価格に対する絶対的な感覚があり、「この提供価値に対してはこの価格でなければおかしい」と断言してしまう。しかも、決して独りよがりではなく、最終的には相手に承諾させてしまうというから頭が上がらない。

 もちろん藤田は、ただ単に金額にシビアなわけではない。むしろ投資には積極的で、後々効果が出ると考えれば先行投資は惜しまない。そうした信念や人柄が伝わるので、取引先としても、「ここで多少譲っても、今後、共に利益を出せるパートナーだ」と感じられ、信頼関係が生まれるのだ。これが、「藤田の人間力をベースにした価格交渉については、社内の誰も敵わない」と山本が強調するゆえんである。

 経営者としての藤田の魅力は、「太陽のような人柄」と山本は説く。彼は、前職でインキュベーターとして多くの経営者を見てきた。明るさは多くの社長に共通するが、藤田の放つエネルギッシュな温かさと、社員を褒める態度には一目置いている。藤田は保身を考えない。基本的に隠し事をせず、徹底した自己開示を行うことによる透明性は、共に働く人間にとって信頼や安心感に繋がっている。

「上場はゴールじゃない。通過点だ」

 そう豪語する山本の夢は、今後のメディアドゥにおいてどんどん広がっていくだろう。日本人の考えの根底には「和」がある。そして、世界中に熱烈なファンをもつ日本のドラマ、アニメ、マンガは数知れない。「日本人の平和な価値観や文化が、世界中の読み書きができない地域の子どもたちにも影響を与え、世界平和を作る」と山本は密かに期待を寄せている。その上で、海外進出はメディアドゥにとって欠くことのできないステージだ。

 そうした夢を共に実現するためにも、山本は藤田の健康を気遣い「元々丈夫な人だからこそ、体調には必要以上に気にしてほしい」と願う。多くの人々の夢や想いを双肩に担う藤田。彼を支える山本が八面六臂の活躍をする舞台は、独立した先ではなく、まだメディアドゥにあるようだ。



日本文化を世界に広めたい

取締役管理本部長 鈴木克征 Yoshiyuki Suzuki


 日本文化を世界に広めたい


「経理に人が要るとは思っていない」

 2009年、現在管理本部長の鈴木克征は、入社面接で藤田から言われた。会計事務所からキャリアをスタートし、前職では新規上場関連の業務に携わってきた鈴木。そこで知り合った監査法人の公認会計士から紹介されたのが、メディアドゥだった。

 ただ、告げられたセリフとは裏腹に、結果は採用。「管理本部長(当時)が強く薦めるから採った」と率直に語る藤田に対し、鈴木は悪い印象を受けなかった。むしろ、面接での受け答えから滲み出る藤田の誠実な人柄に触れ、「だからこそ活躍してほしい」という激励の想いをひしひしと感じた。

 経理財務部長として入社した当時、メディアドゥは音楽配信に並ぶ第2の柱として電子書籍事業を始めたばかり。利益は1億円にも届かなかった。10年にスタートした動画配信は赤字を計上して撤退。とても上場どころではなく、会社の再構築が喫緊の課題であった。

 幸い事前に増資をしており、資金の繋ぎは何とかなったものの、鈴木は経理財務の担当として銀行への対応に神経をすり減らした。その後、電子書籍事業が徐々に伸び、資金繰りに困ることは無くなった。

 藤田が先頭に立ち、猛烈に業務を拡大させていったメディアドゥ。デジタル化への変革の渦中とはいえ、出版は歴史のある業界だ。新参者はなかなか信用を得られない。そのため藤田は、スピード上場を視野に入れていた。最終的に同社が要した準備期間は、東証マザーズ上場に7カ月、東証一部への指定替えに約半年。多くの企業が上場審査の過程で苦労することを考えれば、これは異例の速さであった。

 上場後、外部のメディアドゥへの対応は好転したが、鈴木は「何より変わったのは藤田自身」と言う。本社を東京に移転する前から、藤田は週4日を東京で執務し、名古屋の本社にいるのは週1日のみ。留守を預かり、要求をこなしていく社員らにも各々の考えがあっただろうが、上意下達の感は否めなかった。しかし、「上場してからは時間を取ってしっかり社員の意見を聞くようになりました。社員への感謝や労いの言葉が多くなった印象です」と鈴木は振り返る。

 メディアドゥの強みは、チーム一丸となってスピーディーに問題へ対応できること。「社員が純粋に仕事に取り組む社風で、派閥や抵抗勢力が無い」と鈴木。これは、藤田の「何でも目的と理由がある。それを理解して動きなさい」というメッセージが社員らに正しく伝わっている証でもある。

 鈴木はメディアドゥを「安心してコンテンツを任されるような会社にしなければいけない」と考えている。さらに、「日本の文化であるマンガや書籍を世界に広められるのは、我々しかない」と使命感を燃やし、今はその実現に向けて動いている段階だ。鈴木は藤田より10歳年上。自らもまだまだ現役世代ではあるが、若いスタッフが活躍できる舞台や仕組みを整え、「若さが武器となる会社にしていきたい」と意気込む。

 鈴木は、藤田のプライベートな顔もよく知る。ある時、会社主催のバーベキューで酒が進み、藤田宅に泊まったことがあった。翌朝、二日酔い気味に目を覚ますと、掃除機の音が鳴っている。気付けば、藤田が家中を掃除しているではないか。彼は家事全般はお手のもの。おしゃれに気を遣い、歌やモータースポーツなど様々な趣味をそつなくこなす。鈴木は、「弱点が無く、隙が無さすぎるのが弱みかな」と兄のような顔で笑う。

「今は分刻みで動いていますが、無理せず、もう少し余裕を持って欲しいですね。健康第一でお願いします」



僕を本気にさせる経営者

執行役員 アライアンス事業本部長 兼 アライアンス推進部長 皆川 淳 Jun Minagawa


 僕を本気にさせる経営者


「いつか、この人と一緒に働きたい」

 現在メディアドゥで執行役員を務める皆川淳は、藤田に対して長年この想いを抱き続けてきた。

 彼が藤田と知り合ったのは、ボーダフォンで働いていた時代に遡る。その頃、皆川は公式コンテンツの採用者として、偶然にもメディアドゥの担当を任されていた。当時、ボーダフォンが提供する仕組みには扱いにくい部分があったものの、音楽や電子書籍を楽しむ誰もが、それに疑問を抱くことも変えようと動くことも無かった。そんな中、藤田は「この仕組みが業界全体の利益を落としている」と、抜本的な改善を要求したのだ。皆川はこの常識に囚われない藤田の思考に心を動かされ、この頃から藤田と共に働くことを夢見るようになる。

 しかし、互いにタイミングが合わず、長い間この願いが実現することはなかった。転機となったのは、皆川が受けた電子書籍事業部からの異動の命であった。

「そろそろ一緒に働きませんか」

 電子書籍事業にやりがいを感じ、異動に対して悩んでいた皆川を誘う藤田。こうして、ようやく皆川の当初からの想いが実現した。

 メディアドゥに入社して半年後、皆川は藤田やCOOの溝口と企画部一般社員とのレベルの乖離を痛感するようになった。

「藤田や溝口は言わばスーパースターのような存在です。彼らの打ち出す企画はレベルが高く、下の人間はその意図を汲み取ることに苦戦していました」

 そこで皆川は、企画に関する勉強会「寺子屋」を、ボランティアで開き始めた。勉強会は有志のメンバーによって5~10回を目処に行われる。皆川は15年以上企画の仕事に携わり、実に5万件以上を精査してきた。その経験をもとに、企画の基礎的なスキルやテクニックを受講者に教えている。

「藤田や溝口は、企画に関わる様々な基礎テクニックを、息を吸うようにこなしています。そのスキルを欠く人は、彼らの企画の意図が読み取れず、ゆえに実現できない。僕の目標はスーパースターの意図をうまく咀嚼して伝え、社員を藤田や溝口の目線まで引き上げることです」

 皆川は寺子屋での講義以外に、テキストや宿題作りなども行っている。常に20個ものプロジェクトを同時に動かしている彼にとって、時間を捻出するのは容易ではない。そんな皆川を動かす原動力は、仕事の面白さに目覚める仲間の姿だ。

 寺子屋の卒業生に対する藤田の評価は高い。そして彼らへのプラス評価が、彼ら自身を更に変えていく。冷めた目で淡々と業務をこなしていた社員が、いつしか情熱をもって職務に従事するようになるのだ。出来ないことに呪縛されていた人間に、そもそも実現のためには何が必要かという視点が備わってくる。無意識のうちに、彼らも藤田のような思考法を身に着けていくのだ。

「自分一人でやれることは限られます。組織で取り組んだ方が、より良いものができる。社員一人ひとりが藤田や溝口の考えを推し量り、適切に動くことで、ますます縦横の連携が強化されるでしょう。僕は寺子屋を通じて、そういう仲間づくりをしていきたい。自然とそう思ってしまう程、藤田は僕を本気にさせる経営者なのです」

 最後に、そんな藤田へのメッセージを問うと、「電子書籍サービスの可能性は無限大。藤田はその潜在的な伸びしろからいつも斬新な提案を出してくる。僕は死ぬまで彼と一緒に経営したいです」と皆川は熱く語った。



藤田と共に面白い仕事をしたい

執行役員技術本部長 森 一紘 Kazuhiro Mori


藤田と共に面白い仕事をしたい


 現在執行役員技術本部長を務める森が藤田と初めて出会ったのは、転職時の採用面接であった。実はすでに他の大手企業に採用が決まっていたという森。しかし藤田と話すうち、「これは面白い。次に働く企業は安定した大手企業と考えていたが、チャレンジしてみよう」と決意した。以来15年近く、飽くことなくメディアドゥと藤田に魅了され続けている。

 森はその魅力について「藤田は基本的に24時間365日、何かを考えている」と説く。今の事業をどう伸ばしていけるか。もっと新しいことが自分たちにはできるのではないか。藤田と日常的に話していると、新規性があって面白いにもかかわらず、まだ形になっていないアイデアの断片が次から次へとこぼれ落ちてくる。森はそれを余すことなく拾い上げ、スピード感をもって形にしてきた。

「会議などで頻繁に会ってはいますが、藤田とのフランクな会話からこそ事業アイデアの原石は出てくる。それをすくい取る時間を作っていただけるようにお願いしています」

 アイデアマンの経営者は少なくない。だが、実際にアイデアを具現化する現場と経営者との間にギャップが生じることが多く、結果としてせっかくの名案が潰えてしまうケースもあるだろう。そうした経営と現場の乖離を無理なく埋めているのが、メディアドゥの組織力と、藤田の人間的魅力なのだ。

「藤田は自ら技術部門について理解しており、無理難題を言うことはまずありません。そのため、エンジニア側から藤田のアイデアを拾いたいという想いが強い」

 かつて藤田が提案した新事業のためのシステムは、10 年を超えて現在も稼働中だ。新陳代謝の激しいIT企業において、10年以上の使用に耐えられるシステム構築はまず例が無い。環境や技術の大きな変化という荒波に耐えるシステムは、先見性とぶれないコンセプト、そして技術力が無ければ難しい。

 ただ、アイデアをいきなり組織や事業に落とし込むと混乱が生じてしまう。そこで、まずは森が藤田のアイデアを少しずつ具現化することにより、周囲の人間が自然と参加し、サービスや商品が構築されていくのだ。「この過程がたまらなく楽しい」と森は笑う。

 藤田の経営者としての魅力はセンスやアイデアだけに止まらない。関係する人間を、社員、取引先問わず大切にしている点で、多くの信頼を集めている。彼は、自分たちだけが良ければそれで良いという考えを持たない。常に市場全体と、関わる人間の成長を見据えているのだ。

 特に、藤田の郷土愛は有名だ。地元徳島県で行われる新卒内定者の研修には、できる限り森も同行する。またメディアドゥでは、社員の子どもたちが進学する際、東京本社に招待している。森の子どもたちも、住まいのある名古屋から招待を受け、本社を見学した。藤田と社員とは、まさに家族ぐるみの付き合い。藤田が背中で示す人との付き合い方に触れ、良い組織が出来上がっている。

「藤田の人となりを肌で感じて入社する人材は、価値観のずれが無く、成長の過程でぶれない。本当に良いスタッフが揃っていて、しかも仲がいいですよ」

 かく言う森がメディアドゥで働き続ける理由はただ一つ。「藤田と一緒にもう10年仕事がしたい」。理由がシンプルなほど、生み出される原動力は確固たるものとなる。



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