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トピックス -企業家倶楽部

2017年06月27日

農業×ITで農業流通革命に挑む/ 農業総合研究所の21世紀戦略

企業家倶楽部2017年8月号 農業総合研究所特集第1部


日本の農業は長年農協と共にあった。しかし自由競争という視点では、時代にそぐわなくなってきている。そこに「日本の農業をなんとかしたい」と立ち上がった若者がいる。株式会社農業総合研究所の及川智正がその人だ。創業9年で農業ベンチャー初の株式公開も果たした。農家とスーパーを繋ぎ、ITを駆使した新しい流通システムづくりに挑む及川の真髄に迫る。(文中敬称略)



日本の農業をなんとかしたい

 2017年5月31日、東京・中野駅前の中野サンプラザの会議室は、熱気に満ちていた。前方のスクリーン前に陣取り、エネルギッシュな語りで聴衆の視線を集める男、この男こそが、農業総合研究所(以下農総研)社長の及川智正である。

「私は農家の出身ではありません。従って東京農業大学を卒業後、普通の会社に就職し、営業の仕事に就きました。しかし在学中の『日本の農業をなんとかしたい』という想いが忘れられず、結婚を機に寿退社し、農業に従事する決心をしました。幸い妻が和歌山の農家の出身のため、そこに弟子入りし農業を体験しました」

 この日集まっているのは全国の農家の直売所を手掛ける約150人だ。頑張る農業ベンチャーという触れ込みの及川の話に、熱心に聞き入る。「農業って難しいですね。最初きゅうりを育てたんですけど、みんな曲がってしまい、なかなかまっすぐのきゅうりがつくれない。曲がったものは農協では引き取ってもらえず、ロスになってしまう。ここで初めて農業の大変さを実感しました」

 及川の言葉に、会場のプロたちからは、そんなに農業は甘くないぞ、という視線が注がれる。

 及川は続ける。

「農協に出荷しても、出荷表が手元に残るだけで、自分がつくったきゅうりが、どこで、いくらで売られ、どんな人々が買ってくれたのか全くわからない。苦労して作っても『ありがとう』と言っていただけない農業の仕事は面白くないと思いました。

 次に大阪の青果店で販売の仕事も経験しました。売る側に立つと、新鮮な野菜を少しでも安く仕入れたいと思うのです。両方を体験して、作り手と売り手の間には大きなギャップがあることを思い知らされました。このギャップを埋め、農家とスーパーを繋ぎ、日本の農業の流通を改革したいと、今の農総研を立ち上げました」

 及川は饒舌だ。自らの体験を赤裸々に語る及川に、聴衆は惹きつけられていく。皆、及川節に乗っている。

「我々農総研は農家とスーパーを繋ぎ、スーパーに『農家の直売所』を委託販売してもらっています。最初は苦労の連続でした。しかし今や6500の農家と契約、全国のスーパー970カ所に『直売所』があります。農家は好きな作物をつくり、自分で価格を決め、売りたいスーパーで売れるのです。農業の新しい流通システムを創っているのが我々農総研です。『道の駅』と同じですが、販売は店に委託しますので、売れ残りを回収する必要もなく販路が広がります。

 売れたら農家さんの取り分は65%です。農協に出荷しても30~35%程度ですから、はるかに儲かります。我々のシステムを使い、年間6600万円以上売り上げている農家さんもいます」

 6600万円という数字に、会場にはどよめきがおこる。そして一見、長身でイケメンのこの男が、ただ者でないことを察知する。

 及川の話はいよいよ佳境にはいる。参加者は身を乗り出さんばかりに熱心に聞き入る。及川が考え出した新しい農業の流通システムに興味津々なのだ。


日本の農業をなんとかしたい

農業総合研究所という会社

 一見、農水省の外郭団体のような社名を持つ農業総合研究所は、れっきとした会社で、今、注目の農業ベンチャーである。創業は2007年、東京農業大学を卒業した及川智正が、「日本の農業をなんとかしたい」という熱い志を抱き、創業した。本社は和歌山にある。及川の苦労話は後で触れるとして、まずはどんな事業なのか紹介しよう。

 スーパーの「農家の直売所」という産直コーナーをご存知だろうか。イオン、阪急オアシス、サミットストアなどで、青果の産直コーナーを開設・運営しているのが農総研である。

 直売所と言えば、「道の駅」を思い浮かべる方が多いことであろう。昨今「道の駅」が人気で、今や全国2万カ所にあるという。これを都会のスーパーで展開しているのが、農総研といえる。この新しい流通システム誕生には、及川の並々ならぬ気力と試行錯誤があった。

 今、日本の農業の流通は農協中心に回っている。農家は指定された品種、規格の農作物を農協に出荷、そこから先は農協にお任せだ。農協が集荷した農作物をまとめ、値付けし市場に出荷。スーパーは市場で買い付けた業者から仕入れる。これが通常の流通の流れである。そんな中「もっと新鮮で顔の見える野菜を!」という消費者の要望に応えたのが、前述の「道の駅」である。

「我々の『農家の直売所』はこの2つの中間の位置づけにある」と及川。

 既存の農協中心の流通システムに風穴を開け、新しいシステムを発案、実現したのが農総研なのだ。

 全国の65カ所の「集荷所」に集まった野菜・果物は、翌日にはスーパーの店頭に並ぶから新鮮さは格別だ。農家が自ら値を決め、ラベルを貼るから、作り手がわかり、安心感がある。スーパーにとってはお客が喜ぶのだから他店との競争力アップになる。

 こうして今や全国970カ所のスーパーに、「農家の直売所」が設置されている。及川が一歩一歩積み上げ、ようやくここまでこぎつけた。

「このままでは日本の農業は持続できない」、「農業をもっと魅力ある産業に」。そう思う人は多い。しかし行動する人は少ない。ここに徒手空拳、切り込んでいったのが及川だ。長年誰も手を付けなかった農業の流通革命に挑んだのである。

 
 16年8月期の売上高は11億9500万円、経常利益1億6500万円だが、17年8月期の売上高は15億6000万円、経常は1億6900万円を見込んでいる。売上げの65%は生産者の取り分で、15~20%がスーパー、残りが農総研の取り分だが、ここから物流費を引けば、利益はわずかである。しかし、魅力ある農産業の確立というミッション遂行のためには、儲けは二の次と気にしてはいない。2016年には創業9年で東証マザーズに株式公開を果たした。期待の農業ベンチャーなのである。


 農業総合研究所という会社

ルーツは和歌山

『日本の農業の流通革命』という難題に、真正面から取り組み、新しいビジネスモデルを生み出した及川だが、その道は平たんではなかった。及川の苦労を語るには、本社のある和歌山に行かねばなるまい。

 紀州55万石の和歌山城で知られる和歌山県は、温暖で豊かな土地だ。関西空港のおかげで、首都圏との交通も便利だ。農総研の本社は和歌山市の繁華街とは反対側に静かに佇んでいた。

 事務所には本社を守る元気な女性たちと、ITシステム開発の若手が数人いる程度だ。及川ら経営幹部は東京オフィスに詰めている。

 及川を知るには創業前に遡らねばならない。

 及川がサラリーマン生活に見切りをつけ、和歌山に移り住んだのは2003年頃だ。まずは農業を実体験しようと、妻の実家に弟子入りした。初めての農業体験は驚くことばかりだったが、苦労してつくった作物を農協に出荷しても空しかった。誰からも「ありがとう」と言われない仕事に、魅力を感じなかったのだ。大阪の青果店で販売も体験した。双方の体験から、このままでは農業に未来はないと悟ったという。ここに命を吹き込むには農家とスーパーを繋ぐ流通にメスを入れることが必須と思い立った。

 農協に出荷して終わり、という既存の流通では、誰からもありがとうと言ってもらえない。それではモチベーションは生まれないし、後継者が育たない。

 そこで2007年、わずか50万円を元手に農業総合研究所を立ち上げた。コンサルティング料金の代わりに、青果を手にした及川は、知り合いの八百屋やスーパーに売った。それが新鮮で美味しいと評判になったのだ。

 その評判を聞きつけ、「ウチの農作物も売って欲しい」との話が次々と舞い込んだ。そこで集荷場をつくり、そこに集めて、スーパーに届けるという、流通の仕組みを創り出したのである。

 農協に挨拶に行ったが、さんざんな目にあった。農協にとって及川はライバルでもあり、目障りな存在だ。「消え失せろ」「死ね」と罵声を浴びせられたこともあった。しかし根っからの楽観主義の及川、めげることはなかった。農家やスーパーを訪問しては、自分の考えを説いて回った。孤軍奮闘する及川に、徐々に理解者が増え始めた。

 和歌山市からクルマで40分、のどかな風景が広がる紀の川に、初代の集荷場がある。ここは、スペースこそ狭いが、全国65カ所の集荷場の中でも、トップクラスの取り扱い金額を誇る。この集荷場をしっかり守っているのが、農総研の若手エースの橋本健太郎だ。


ルーツは和歌山

農業は成長産業

 稼げる仕組みが整い、産業として成り立てば、農業はまさに成長産業と語る及川だが、その証人ともいえるのが、トマト農家として活躍する山下栄子である。及川が立ち上げの頃から協力を惜しまなかった。「あの頃の及川さんはお金が無くて、文房具も買えなかった。だからお茶を一杯30円で買ってもらい、それを貯めて買っていた」と当時を語る。こうした母親のように励ましてくれる存在がいたからこそ、今の農総研が存続できたといえよう。

 その山下は今年70歳になるが、農総研にとっては超優良生産者として有名だ。自慢の畑を見せてくれたが、真っ赤に熟したミニトマトが、鈴なりに実っている様子は、見ているだけで嬉しくなる。穫れたてのトマトを口に入れると、なんと甘いことか。「トマトってこんなにジューシーで甘かったのか」と、感動する。

 この山下はなかなかのやり手だ。農総研だけで年間2000万円を売上げる強者だ。自分のイラストつきのラベルを貼った自慢のトマトは、阪急オアシスなどで販売されているが、トップクラスの売れ行きとなっている。イベントで山下が売り場に出向くと、飛ぶように売れるという。

 真っ赤なトマトを抱え、「及川さんに出会って本当に良かった」と笑顔を見せる山下を見ると、まさに、農総研が未来の農業を創ると実感する。農業は成長産業だと確信する。

 農総研の歴史を語る上で感謝してもしきれない恩人がいる。プレンティー社長の尾持繁美である。東京・目黒にある農総研の東京事務所は、プレンティーのオフィスに間借りしていることからも、多大なお世話になっているといえる。また農総研の幹部も複数人プレンティーから送り込んでもらっていることを鑑みれば、プレンティーの支援がなければ、今の農総研の成長は無かったといっても過言ではない。

 尾持は、元々副社長の堀内寛の人間性に惚れ込んで投資したという。及川の第一印象については、「明るくて、周りの人を惹きつける魅力に溢れている。純粋に農業の未来と変革について語ってくれたが、正直、道は険しいと思った。しかしとても夢がありワクワクした。及川ら経営幹部の人間的な魅力と、本気で農業の未来を切り拓こうという姿に触れ、純粋に応援したいと思った」と語る。こうした尾持のような支援者のおかげて、農総研の事業展開が加速しているといえそうだ。


農業は成長産業

日本の農産物を海外に

 多くの人々の支援のおかげで、農総研も順調に成長を続けている。昨今、日本の農産物ほど海外で重宝されるものはない。特にアジアでは日本の果物は大人気だ。しかし空輸のため、どうしても価格が高くなり、一部の富裕層向けに限られていた。これをもっと多くの人に食べてもらいたいと創設したのが、グループ会社の「世界市場」である。

 元JICAで活躍していた村田卓弥が、農総研の志に賛同し、加わった。大阪市場に集まった青果は、大阪港から香港まで船で3日間。集荷から香港のスーパーに並ぶまで一週間程度という。葉もの野菜は難しいが、根菜類や玉ねぎ、果実は十分新鮮だ。価格もこれまでよりは安く日常消費に対応する。この輸出拡大プラットフォームで日本の農産物の販路を拡大したいとの意向が認められ、今般クールジャパン機構から支援を取り付けた。今は香港とシンガポールに輸出しているが、今後はアジア全体、そして欧米にも拡大したいというのが及川たちの願いである。



地方活性化の旗印に

 創業10 年目を迎えた農総研だが、及川のスケジュールは驚くほど過密だ。連日、日本国中を駆け巡っている。その仕事の一番は、契約農家、集荷場、取り扱いスーパーの拡大だが、冒頭のように講演の依頼も多い。明るくて雄弁な及川の講演は人気だ。社長自ら熱弁をふるうのだからこれ以上の宣伝はない。

 集荷場は現時点では、山形から沖縄までだが、これを早急に日本全国に拡大。2020年には登録生産者数6500人を2万人に、そして「農家の直売所」は現行970店舗を2000店舗に拡大し、東証一部に指定替えしたい考えだ。それだけにますます多忙度は増す一方だ。

 連日東奔西走する及川だが、最近ようやく認知度も高まり、ネットワークが広がっている。郵便局との提携もその一つだ。日本全国、どんな過疎地にもある郵便局は、まさに地方の生活拠点。そこを集荷場にすれば、過疎地の作物を取り扱うことができる。地方の活性化にはピッタリだ。

 農業×ITの農業ベンチャーとして売り込む農総研だが、どこがITなのか。詳細は第二部で紹介しているのでご覧いただきたい。

 農家にとっては出荷状況、販売状況、スーパーの情報は、値決めをする上で重要だ。それがスマホや農総研からのレンタルタブレットでチェックできるという。また売り場では、農家の様子が動画で見られれば、親しみが沸く。農家と消費者がITで直に繋がるのだ。しかしこのアプリケーションはまだ開発途上だ。今年中にも導入する意向だが、開発のスピードを加速するのが課題ともいえる。

 最近は全国地銀との提携を推進、ITを活用した独自の口座開設も進めている。となれば農家にとってはさらに便利になり、農総研がなくてはならない存在となる。


地方活性化の旗印に

農業をもっと楽しく

 農作物を集荷し、消費者に届けるだけではない。及川にとっては世界中のユニークな作物や、美味しい青果物を日本の消費者に届けたいという夢もある。

 この5月、及川は副社長の堀内寛を伴い、イタリアに視察に出かけた。イタリアの農作物の流通状況、そしてイタリア野菜の食べ方を研究するためだ。

 ゴマに似た香りと味のルッコラは既に日本でもお馴染みだ。イタリア好きの日本人にとって、かの地の野菜は人気となるに違いない。

 実際「農家の直売所」は各生産者の自慢の野菜が並ぶから、普通のスーパーにないビーツや、コールラビなど珍しい野菜もある。ここに世界の野菜が加われば、もっと特長のある売り場づくりができるし、消費者に喜んでもらえる。及川の夢が広がるのも無理はない。

「成功の反対は失敗ではなく、やらないこと」と力を込める及川。誰に何を言われようが、「日本の農業をなんとかしたい」という情熱が、及川を突き動かしてきたといえる。最近は農業を目指す若者も増えてきた。日本の農業がようやく、若者が自信をもって取り組める産業になりつつあるといえる。その固い扉に風穴を開けた及川の功績は図り知れない。

 しかし、日本の農業が本当の成長産業になるにはまだこれからだ。今年42歳の及川が、ネットワークを広げ、世界の農業をどうリードしていくのか。戦いはまだ始まったばかりだ。



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