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トピックス -企業家倶楽部

2017年08月28日

社会インフラの担い手となる/MUJINの21世紀戦略

企業家倶楽部2017年10月号 MUJIN特集第1部


MUJINが主力とする産業用ロボットの世界市場は年率20%で伸びており、2020年までには10兆円産業になると見込まれている。今日、世界企業に成長した米国発のグーグルやアマゾンは大きくなってから世界企業になったのではない。創業当時からグローバル企業であったのだ。2011年、本格的なグローバル企業がここ日本から誕生した。この起業物語は二人の若者の化学反応から始まった。今、世界が注目するロボットベンチャーに迫る。(文中敬称略)



リスクテイクこそベンチャーの存在意義

 2017年7月18日、「第19回企業家賞授賞式」の会場である東京・水天宮にあるロイヤルパークホテルは熱気にあふれていた。壇上で審査委員長の髙田明から「チャレンジャー賞」の表彰状とトロフィーを受け取り、満面の笑みの人物こそ、今世界中から注目を集めるロボットベンチャーMUJINのCEO滝野一征である。

 ベンチャーでありながら、重厚長大の大企業の多い製造業に果敢に挑戦していることが評価されての受賞であった。労働人口が減る国内市場において、それを補うテクノロジーとして、賢い知能を持った自律型のスマートロボティクス分野が今注目されている。

「チャレンジャー賞ということで、私たちのポテンシャルを評価して頂いたと思います。世界中の工場を自動化し、無人化したい。社会にとって無くてはならない、社会インフラを手掛ける会社になりたい」と400名の聴衆の前で喜びのスピーチを行った。

 企業家賞は、将来性、独創性、社会貢献度を兼ね備える経営者に与えられる賞で、歴代の大賞受賞者には、エイチ・アイ・エス社長の澤田秀雄、ファーストリテイリング会長兼CEOの柳井正、ソフトバンク社長の孫正義、日本電産社長の永守重信、アリババ・グループCEOのジャック・マーら(いずれも当時の肩書き)が選ばれている。毎年、大賞1名を含む約6名の企業家が表彰され、この受賞をきっかけに世界的企業へ飛躍した経営者が多く誕生することから、ベンチャー企業家の間では、登竜門的存在だ。ジャパネットたかた創業者の髙田明も3年前に企業家大賞を受賞し、今年から三代目審査委員長の澤田秀雄に代わり、四代目審査委員長を務めることになった。

「何か自分で実現したい夢や目標があったら、リスクを取ることです。それがベンチャー企業の存在意義」と力強く語る滝野。今年一緒に受賞した売上げ百数十億から1000億円規模の経営者と肩を並べても臆することなく振る舞う姿は勇ましく、今後の活躍を期待させる。


リスクテイクこそベンチャーの存在意義

ロボットに「目と脳」を与える

 MUJINは創業6年目の若いベンチャーで、主力事業は、ロボットを知能化するコントローラの開発・販売である。人間に例えるならば「脳」に当たる部分だ。ロボットの構成をシンプルに説明すれば、モノを掴むアームと動作指示を出すコントローラの2つしかない。アームは金属製の棒、ベルト、モーター、減速機で出来ている。

 日本のロボットが世界市場で評価されているのは、このアームと呼ばれるハードの部分。脳にあたるソフトウェアについては各ロボットメーカーが作っており、規格も仕様もバラバラでとても賢いといえる代物ではないのが現実だ。この40年間、大企業が莫大な資金を注ぎ込んで開発してきたが、未だに人がロボットに動作を教えなければならず、自動車工場内の危険な溶接等、使用範囲は限定的だ。

 MUJINが提唱するロボットが他社と比べてユニークなのは、「目と脳」を与えたこと。従来のロボットはA地点からB地点まで人に教えられた軌道を記憶し、その動作を延々と繰り返すのみ。間に障害物があれば干渉を避ける軌道を1台毎に教えなければならない。

 一方、MUJINが開発したコントローラを搭載すれば、3Dカメラにより画像データを認識。障害物、ロボットの関節リミットを考慮して自動的に干渉回避した動作を生成、複雑な制御を素早く計算し、アームに動作指示を出す。主要ロボットメーカーに対応しており、MUJINのコントローラと3Dカメラを設置すれば、どのエンドユーザーもこれまで1年費やしてきたラインの建設を数週間に短縮し、驚くほど短期間で工程を自動化できる。

 ロボットをより知能化することで、使いやすくなり、活用できる範囲が広がるメリットも有る。ロボット導入が最も進んでいる自動車産業でさえ、自動化された工程は全体の5%程度に過ぎない。自動車業界以外の物流などでもこれまで人手に頼ってきたが、自動化の流れがすでに始まっている。

 MUJINでは限られた経営資源を有効に使うため、市場調査の結果、需要の多いバラ積みピッキング分野に絞り、技術開発を進めた。2015年に自社開発のコントローラを販売開始し、業績は売上げ2億円、4億円と倍々ゲームで伸びている。今期は売上げ8億~10億円を見込み、今後数年間もすでに受注済みでこのペースは落ちないと強気である。

 2014年8月には、ベンチャーキャピタル大手のジャフコと東大エッジキャピタルから総額6億円超の資金調達も実施済みで、数年以内には株式上場も視野に入れる。


ロボットに「目と脳」を与える

人類に最も重要なのは「時間」

 MUJINのことを語る上で外せないのが、滝野と一緒にこの会社を設立した共同経営者兼最高技術責任者(CTO)のデアンコウ・ロセンである。ロボット工学の業界でその名を知らない者はいないというカリスマ的エンジニアだ。ロセンの世界をリードする技術力に対して滝野の信頼は揺るぎない。そして、何より新製品開発にかけるロセンの集中力には、ハードワークで知られる滝野も一目置いている。

 ロセンはUCバークレーを主席で卒業後、ロボット工学で名高い米国カーネギーメロン大学で博士号を取得した。自らの技術を研究だけで終わらせるのではなく、あくまでも実社会のために貢献する技術にしたいと高い志を持っていた。ロボットをエンターテイメント分野に使おうとは考えていない。

「人類がさらなる発展をしていくためには、今後起こりうる問題や課題に取り組む『時間』をどうやって作り出すかが最も重要なテーマ」とロセンは信条を語る。しかし、人々は生きていくため、買い物をしたり、日常生活をする上で多くの時間を費やしている。ロセンにはそれらが無駄に思えた。ロボットを活用し、工場を自動化出来れば、人類の発展に関与する環境問題や新エネルギー問題の解決に有限な時間を回すことが出来ると考えたのだ。

 MUJINの一番の強みは、ロセンが率いる優秀な「技術力」と滝野が率いる現場をよく知っている「セールス力」の融合と言われるが、ロセンはそれは2番目だという。「これからMUJINはどういう方向に進んでいくのか、二人の間では常に一致している。社員もそのビジョンに引き寄せられた。例え製品がなくなっても二人が残ればMUJINは続くと信じている。本質的な強みはそこにある」と滝野に対するロセンの信頼は強固だ。


人類に最も重要なのは「時間」

下町のロボットベンチャー

 東京の新名所であるスカイツリーの近くにMUJINのオフィス(東京・墨田区)はある。平日の午前8時45分、技術チームの朝礼が始まった。約30名のエンジニアが一人ずつ前日までの進捗と今日やる仕事を報告していく。気になることがあれば都度ロセンが質問する。会話は全て英語だ。セールス部門も含め現在社員は40名を超えた。7割は外国人が占める。

「世界中から優秀な人材を募集した結果、外国人比率が高くなっただけ」と理由は至ってシンプルだ。優秀なエンジニアは優秀な仲間と一緒に仕事をすることが働き続ける理由となる。世界中の著名な大学を卒業したメンバーが揃っているが、皆日本人に引けを取らない勤勉さでハードワークを自認している。

 バリバリのテクノロジーベンチャーのオフィスが、渋谷や六本木ではなく、決してアクセスが良いとは言えない下町の倉庫内にあると聞いたときは意外であったが、中に入ってみると納得した。エレベーターはロボットを搬入する際にフォークリフトごと載れる大型のもので4500キログラムまで運べる。

 コンクリートの打ち放しの天井も高く、開放感が有る。エンジニアがプログラムしたシステムを実際にすぐロボットを使って動かすスペースが十分確保されている。社員40名が一堂に会して食事をする際の食堂も広く、週に三回は会社からランチが無償で提供される。この日は料理好きの社員の一人が自慢のスープを調理し、あとは数種類のハムとチーズとレタスがテーブルの上に置かれており、自分の好みに応じてサンドイッチを作り頬張っている。ドリンク類もフリー。ロセンはコーヒー好きで、専門店で使われているコーヒーメーカーで豆にもこだわり、毎日美味しいコーヒーが飲めると好評だ。

 食堂の横にはソファーが有り、休憩時間にはテレビゲームが出来るようになっている。会社のイメージカラーであるオレンジ色が壁一面に使われ、社内にいるとアメリカ西海岸のオフィスにいるような感覚になる。

 ロセンは学生時代に東京大学に在籍していた時期があった。研究室のメンバーは勤勉で就寝場所は机の下で寝袋に包まっていた。日本人の人生を掛けて仕事をするという志を感じ、感動した。

「ロボットの研究は世の中の最先端であり、日本で出会ったハードワークの人たちと一緒に働かなければ成果は出ない」と感じたという。

 80年代の米国経済は不況で苦しんでいた。自動車工場では自分たちの仕事がなくなることを恐れ、機械化は進まなかった。一方、日本の製造業は設備投資が盛んで自動化が進められていた。ロセンには日本の製造業は輝いて見えた。

 競争があり最も厳しい市場で技術を鍛えられれば、世界で通用する。仕事する場所を日本に決めた理由はそこにあった。


下町のロボットベンチャー

ビジネスパートナーとの運命的な出会い

 2009年、国際ロボット展でロセンは一人の日本人と出会う。後に共同で起業することになる滝野である。 大学で研究に没頭してきたロセンは、自分の研究成果を使って社会に貢献するためには、自分の足りないところを補ってくれる優秀なビジネスパートナーが必要だと感じた。その条件に当てはまる人物を探していた。

 一方の滝野は米国の大学を卒業すると世界的な投資家であるウォーレン・バフェットが出資することで知られるイスラエルに本社のあるグローバル企業でトップセールスとして活躍していた。

「製造業の現場をよく知っているだけではない。現在の会社では満たされない野心を感じた。元来、チャレンジが好きな性格で、彼と必ず一緒に仕事をすることになると思った」とロセンは滝野との初対面の印象を語る。

 そこからトントン拍子とはいかなかった。滝野は製造業の現場を熟知していたが、ロセンの持っている技術力が本当に社会の役に立つのか、皆目わからなかった。それもそのはず、アイデアだけでまだ完成した製品があるわけでもなかったのだ。

 しかし、何度断っても諦めずに連絡を取り続けるロセンの情熱にほだされた。

「粘り強さはビジネスに必要な資質である。これだけしつこい性格なら、何回か失敗しても、再度やり直せるかもしれない。パートナーを組むならこの位エネルギーのある人物がいい。そこで一緒にやろうと決心した」と創業の経緯について滝野は語る。

 2011年7月、滝野とロセンは二人でMUJ INを設立し、デスクが2つしかない小さなオフィスからスタートした。



最後の1秒まで諦めない

「アイム・ソーリー」

 普段、謝らない男が自分の非を認めた瞬間だった。しかし、相方はその男を責める気持ちになれなかった。なぜなら最後まで全力を尽くしていたのを隣で見てきたからだった。

 滝野とロセンはまだ創業間もない頃、ロボットメーカーの重役らの前で自社の製品のデモをするチャンスを得た。しかし、開発を急ぐがロボットは動いてくれない。そこで訳を話し、日程を2週間延期してもらった。

 その約束の日になってもまだ完成しなかった。業界の重鎮たちを相手に、再度デモを延期することは出来ない。会場まで滝野が車を運転する横でロセンはプログラムを書き続けた。

「20分間でいいから会話をつなぎ、時間稼ぎをして欲しい」とロセンは滝野に懇願した。なかなか始まらないデモに事態を察した来客がざわつき始める。滝野はロセンに目線を送るが準備が整っている様子はなかった。万事休す。これ以上、引き伸ばすことは出来ないと最終確認をした際にロセンが発した言葉であった。

 滝野もいよいよ覚悟を決め、謝罪しようとした瞬間、ロセンがスタートボタンを押した。すると奇跡的にロボットが動いた。デモは成功したのだ。

「この時の経験から最後の1秒まで諦めない文化が根付きました。ベンチャーは泥臭くやるしかない」と滝野は企業文化について語る。


 最後の1秒まで諦めない

逆境が人を育てる

「ヒト」の問題でも苦労はあった。創業当時はすぐに優秀な人材は採用できない。口説き落とすのにもコストと時間が掛かる。技術部門から、是非この人材を説得して入社させてほしいと依頼があった。滝野は技術以外のセールス、法務、財務など全て自分の仕事と捉えていた。すぐに海外に飛び、指名のあった人物を説得し来日させ、入社してもらった。

 しかし、実際に一緒に働いてみると期待していた成果を出せずにいた。さらに悪い事に知らないことがあると周りのエンジニアに聞いて回り、仕事がはかどらないという弊害が出ていた。技術部門の生産性は落ち、雰囲気も悪化していった。今度は「早くクビにしろ」という。滝野は前職を辞めてもらい、住む場所まで移すなど犠牲を払ってくれた人に対して、非情な決断をできずにいた。

 すると普段から滝野とロセンを助けてくれている取締役のフアンの不満が爆発した。

「この問題を解決できないCEOはCEOではない!」、キツイ一撃であった。CEOは嫌われ役を演じなければならない場面もあることを知る機会になった。人に辞めてもらうのは気持ちのいいものではないが、決断した翌日から会社の雰囲気は好転したのも事実。

「正しいことをした。あの場面で決断できなければ今の姿はない。役割に徹することが大切」と滝野は経営者として重要なことを学んだ。

 経営は座学では習得できない。人を使うことはそれほど難しいものだ。

「起業してからのここ数年間は、働いていたときには会うことが出来なかった偉大な経営者らと会う機会を得るようになりました。小さな会社でもトップに立つと景色が変わる。彼らのアドバイスから学ぶことは非常に多い」と滝野は言う。

「この先何十年の成功と比べたら、苦にもならなかった」、ロセンが滝野をビジネスパートナーとして口説きに関西にある実家まで追いかけていったときのエピソードだ。

「1年もの間、何度も200行に渡る熱いメッセージが届いたが、返事は3行しかしなかった」と滝野は面白おかしく話す。

 物好きな外国人から、嘘を決してつかない、信念の人に変わったとき、日本発の世界的ベンチャーが誕生した。

 成功は必ずしも約束されていない。しかし、二人は何かを成し遂げるだろう。MUJINの今後の飛躍に注目したい。



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