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トピックス -企業家倶楽部

2018年01月15日

地方創生の救世主/他力野淳の人的ネットワーク

企業家倶楽部2018年1/2月合併号 バリューマネジメント特集第5部


揺るぎない情熱と強固な意志で全国を飛び回り、地方創生の実現に向けて尽力してきた他力野。地方の期待を一身に背負い、駆け抜けてきた。そんな彼のエネルギッシュな生き様と礼儀正しい人柄には誰もが傾倒し、過疎や経済縮小に悩む地域の未来を託す。(文中敬称略)



地方創生に欠かせない存在


地方創生に欠かせない存在


一般社団法人ノオト代表理事 金野幸雄 Yukio Kinno


兵庫県・篠山を拠点に、地域再生事業を展開する一般社団法人ノオト。その代表理事が金野幸雄である。兵庫県職員、篠山市副市長を経て、2009年にノオトを設立。民間主導で地方創生をする事業者を作ろうと志したのがきっかけだった。

 そんな金野が他力野と出会ったのは、見事な雲海で有名な竹田城の麓にホテルを作る構想が浮上した頃のこと。兵庫県朝来市にある同城の城下町には、かつて木村酒造場という酒蔵があった。それが廃墟化していたものを再生し、ホテルとレストランにしようという計画である。これは、自治体が持っている文化財の建築物をノオトが空間プロデュースおよび活用提案し、管理委託まで受けるという官民連携の案件であった。そして、その運営を担う企業として他力野のバリューマネジメントに白羽の矢が立ったのである。なんでも、ノオト理事の藤原岳史と他力野のいきつけのバーのマスターを介して結び付きが生まれたというから面白い。

 他力野との出会いから約2年を経た2013年11月、木村酒造場の再生案件は「竹田城 城下町ホテルEN(えん)」として結実した。現在も、バリューマネジメントがホテル、レストランを運営する。

 一社で全てを担うのは大変だ。パートナーのノオトがいることで、地域の合意形成や町づくりのコンセプトなどを任せられる。反対にノオトとしても、運営をバリューマネジメントに頼めば良いため、それぞれの得意分野で役割分担が成立している。

 金野は他力野について、「視線が一般的なビジネスマンとは違う」と評す。一般社団法人を運営する金野は、社会起業家と呼ばれることが多い。しかし彼は、「本来企業とは、社会に何らかの貢献をすることでこそ存在意義がある」と説く。その点、そうした意識の下に経営を行う他力野を真っ当だと感じた。

 地方の小都市で事業を行うのはリスクが高く、すぐに収益化できるかは未知数だ。事業再生を手掛ける企業は数多いが、経済的合理性を考えて参入してこない。

「私たちには第一に古い建物を守るという使命がある。そのためにはどのようなビジネスをすれば良いかと考えます。既に儲かるビジネスモデルがあり、そこに食いつこうという人とは思考が全く違う」

 その根底にあるマインドセットが同じだからこそ、金野は他力野と共に気持ちよく働ける。

 そんな他力野の考えは、行動にも表れる。ノオトがノウハウを提供している「集落丸山」など、直接的には自分たちが運営していない案件でも、バリューマネジメントがコールセンター業務を引き受け、予約代行をしているのだ。一定の手数料が入るとはいえ、決して美味しい商売ではない。しかし他力野は、地方創生運動の一環と捉えて取り組んでいる。これこそ、金野が「他力野さんの代わりは見つからない」と断言する所以だ。

 金野は他力野が辛そうにしている様子を見たことが無い。ある日、他力野がマスクをしていたため、金野が「風邪引いた?」と聞くと、彼はマスクをパッと取って、「そんなわけないじゃないですか!」と叫んだ。

「その声が凄い濁声だったのには思わず笑ってしまいました。絶対風邪を引いているのに、決して弱みを見せない。それが他力野淳という男です」

 日々全国を飛び回る他力野だが、金野は「ミッション達成のためにも、しばらくは走り続けないといけない。休んだらあかん!」と発破をかける。そして、「文化を紡ぐ観光まちづくり、しっかりやり遂げましょう!」とエールを送った。



ゴールに向かってもっと突っ走れ


ゴールに向かってもっと突っ走れ


フォトストーリーハヤシ会長 林 幸則 Yoshinori Hayashi


 世界的なマスターフォトグラファーとして名を馳せる林幸則が他力野淳と出会ったのは、14年前のことだ。林は当時徳島市にスタジオを構え、フォトグラファーとして活躍していた。そこに他力野が訪ねてきた。バリューマネジメントを創業する前のことだ。

「歴史的建造物を再生、結婚式場として活用したい。ついてはぜひ林さんに写真をお願いしたい」と熱く語った。しかし林は「自分はそれほどの力はない」と良い返事はしなかった。

 林は他力野のオファーを断るつもりで、奈良のホテルに出向いた。8月の物凄く熱い日だった。他力野は暑さを全く感じさせず、スーツをきちんと着込み、ニコニコ笑顔を向けていた。そこに他力野の並々ならぬ精神力の強さを感じたという。

 本格的に一緒に仕事をすることになったのは、京都の「鮒鶴」の再生を手掛けることになったときだ。奈良は直接手掛けたものではないが、京都は自分たちが手掛けると語る他力野の目は輝いていた。当時、林は徳島に300坪のスタジオを持ち、自分の夢を実現するために頑張っていた。当然、徳島には林のファンも大勢いる。引き受けるからには本気でやらねばならない。徳島と京都、両方できるのか。林は考えた。

 そんな林の心を動かす引き金となったのは、2人のポートレート撮影に対する姿勢である。

「ブライダルの写真は2人にとって人生最良の日、最高に幸せの時を写すと言える。しかし、そこに至る2人の様々な人生、寂しさや悲しみを乗り越えた喜びの表情を写すことが重要」。ポートレートは撮る姿勢、想いが大切なのだと林。他力野とそんな話をし、一致した。

 それでも林は迷っていた。ぐいぐいと新しい価値づくりに頑張る他力野の足手まといになってはいけない。結果、林は京都に事務所を構えることとなる。

 脱サラしてカメラマンとなった林は、独学で上り詰めた。アメリカやイギリスなど世界各国で賞に輝き、その栄光が知られているが、その苦労は並大抵ではなかったろう。

 その林も今年70歳、今はバリューマネジメントの仕事は子どもたちに任せ、なるべく口を出さないようにしているという。しかし楽隠居するつもりは毛頭ない。ジムに通い身体を鍛えている。京都・岡崎にスタジオをつくり、またチャレンジするつもりだ。もちろん徳島で待っている林のファンの期待に応えるのも重要な仕事である。

 バリューマネジメントはパートナー企業も含めて、毎年運動会を実施、林も昨年までは参加していた。毎回大変盛り上がるが、参加者全員が楽しく過ごせるよう配慮は怠らない。「他力野さんは自分の想いや考えをきちんと社員たちに伝えている。あの一体感、熱気、パワーは素晴らしく、ある意味、他力野教だ」と林は驚く。

「他力野さんの魅力は、変わらないこと、そして初心を貫き通すこと。この10年コツコツと努力してきた、その根気強さも魅力の一つ」と林。「彼は今まで会った中でも一番心が許せ、信頼できる人」と語る。14年前、真夏の奈良で見た他力野の姿が、今でも一枚のポートレートとして林の脳裏に刻まれているのだ。「彼にはゴールが見えているのでしょうね。だからこそ全くブレずに頑張れる」。そんな他力野に「もっと突っ走れ」とエールを送る。「体を壊すことになっても、その時はその時の人生が見えるから、あまり深く考えず突っ走れ」と。徒手空拳で世界的フォトグラファーに上り詰めた林だからこそのメッセージといえる。



バランスの取れた青年実業家


バランスの取れた青年実業家


西尾家住宅文化財保存会 代表 西尾一三 Ichizo Nishio


兵庫県神戸市、JR須磨駅から車で10分足らずの小高い丘の上に、神戸迎賓館 旧西尾邸はある。威風堂々たる洋館のみならず、2つの国登録文化財を含む日本庭園も備える広大な敷地は、2006年に神戸市の名勝庭園に指定され、10年には5棟の建造物が兵庫県の重要文化財となった。元々は1919年、貿易商である西尾類蔵の邸宅として建てられた本館。現在のオーナーが、三代目当主の西尾一三だ。

 須磨と言えば、平安時代に編まれた源氏物語にも登場し、源平合戦の舞台ともなった歴史ある土地柄。大正時代には天皇家の離宮も完成し、その名残が現在の須磨離宮公園だ。しかし、高度経済成長期には神戸と明石を結ぶ県道の建設にあたり、乱開発が行われた。激動の歴史の中、西尾は「景観を維持しながらここまで頑張ってきた」としみじみ語る。

 実は西尾、旧西尾邸の解体を考えたこともあった。建物と庭園の歴史的価値が計り知れないことは重々承知していたが、復旧と維持に莫大な費用がかかるのも事実。有効活用か解体か、二者択一を迫られ、苦渋の決断であった。

 だが、その歴史的価値を惜しむ人々から「待った」がかかる。方策として、まずは文化財に登録することとなった。99年に神戸市指定有形文化財となると、本格的に建物と景観の活用法を考えた。以前から「結婚式場にしてはどうか」という提案はあり、事業者も数多くいたが、彼らのプランでは景観の維持が難しく、建物の耐久度など法的制限もあった。

 西尾が難色を示していた折、「是非有効活用したい」と一人の男が言ってきた。これが、他力野淳との出会いである。「若い人だったので賭けようと思った」と語る西尾は、06年に奈良・若草山にあるホテルのレストランで彼と対面。青年実業家になる可能性を感じた。

「資金が無いことについてシビアに考えつつ、大きな夢も抱いており、バランスが取れていると思いました。篠山など他の場所での事業も手堅く続けており、彼に任せたのは正しい判断でしたね」

 印象的だったのは、他力野がこの事業を手掛けることによる「損得」を一切口にしなかった点。歴史的建造物がどのように守られているのか深く理解している人に運営を任せたかった西尾にとって、彼は委託先として申し分なかった。

 
17年現在、西尾は旧西尾邸を国の重要文化財とすべく邁進中。そのためには、「もっと品格を上げなければならない」と説く。「Tシャツ、短パンなどラフな格好では入りにくい」と思われるような風格を出したい考えだ。「歴史的なものに価値を見出す方にこそ使って欲しいですね。安易な媒体による広告戦略でお客さんを呼ぶのではなく、子どもや友人の結婚式場として是非薦めたいと思われるような場所にしていきたい」

 そのためには運営側の力量も求められる。西尾はバリューマネジメントのスタッフについて、「元々のレベルは高い」としながらも、「現場には一カ所につき最低3年はいてくれなければ」と注文を付ける。特に旧西尾邸の場合、お客へのサービス以外に広大な庭園の管理を行わねばならず、「木の一本一本まで分かるようになって欲しい」というのが西尾の願いだ。

「現場で優秀であれば、本社でも良い働きができる」と現場主義の重要性を説く西尾。他力野に対しては、「やる気は十分伝わってくるが、仕事を抱えすぎるのが難点。もっと重要なことを考えられるよう、現場の分かる役員を増やさねばならない」とアドバイスを送った。



信念の人


信念の人


シナジーマーケティング 創業者 谷井 等 Hitoshi Tanii



 谷井と他力野が初めて出会ったのは、大阪における起業家交流団体の設立準備でのこと。谷井の経営していたシナジーマーケティングとバリューマネジメントの人事責任者同士が親友の間柄にあった関係で、谷井は前から他力野の名前を知っていた。「初対面の時、とても興味を持って彼を観察していた(笑)」と明かす。

 第一印象は、「アグレッシブで、魅力的な人」。何事にも真剣に取り組む姿勢に驚くと同時に、有言実行の実現力と、その根底にあるパッションには脱帽したという。

 団体立ち上げの際、講演会を企画するも会場費がかさみ、谷井は苦労していた。そこで他力野に相談すると、彼は即座に自社の運営する会場を提供。正式立ち上げの日まで、一言の文句も言わずにやり遂げた。

「当時はまだ経営的に厳しい時期だったはずですが、原価ではないかと思えるほど安価に会場を手配いただき、その負担は少なくなかったと推察します」

 他力野の「目標を絶対達成する」という強い信念と、仲間思いな性格がよく表れたエピソードと言えよう。

 そんな他力野を含め、経営者仲間同士で合宿をしたことがあった。勉強会と懇親会の後、布団を並べて就寝。しかし、谷井が寝ていると、横でごそごそと音がする。何かと思ってチラリと見ると、深夜3時にも関わらず、他力野が真っ暗な中でパソコンを開いて仕事をしているではないか。何か書き留めた後、すぐに布団に入ったが、30分ほどすると、やはりまた仕事をしている。「この人は寝ている間も仕事をしているのか」と谷井は舌を巻いた。

 他力野がひとたび人前に立つと、その強烈なメッセージやパフォーマンスが一気に聴衆を惹きつける。そして皆、彼のビジョンを実現させたいと思ってしまうのだ。そのアグレッシブさは、外部との交渉や積極的な投資など、様々な場面で発揮される。「この強気の経営姿勢こそ、経営者として彼の一番の強み」と谷井は分析する。

 ある時、ふと他力野が「人生の目的はお金か、夢の実現か」という話をし始めたことがあった。議論の結果、彼の中では「やはり人生の目的は夢の実現である」と落ち着いたようだ。お金の存在は大きく、多くの人の心を掴むのも事実。しかし他力野を見ていると、出会ってから一貫して使命感のため走り続けていることが分かる。寝食を忘れて仕事に没頭する姿を見ると、心を動かさずにはいられない。

「成果への執念は、今後も変わらないでしょう」と谷井。だが一方、「徐々に目指すものが大きくなる中で、従来の経営手法だけでは突破できない可能性に気付き始めている節がある。最近の彼は、新たな物事を貪欲に吸収しています」とも語る。こうして他力野は、またステージを上げていくのだろう。

 他力野は企業家でありながら、茶道など文化に対する造詣も深い人物だ。「先日も彼の紹介で、京都でお茶の世界を垣間見る経験をさせていただきました」と谷井。これまで互いの共通点は経営の道を探求する姿勢だけであったが、今後は他力野の影響で、谷井の趣味も広がりそうだ。

 今や他力野のことを「リッキー」と呼ぶ仲だが、谷井は彼を「同世代で最も尊敬する経営者の一人」と言って憚らない。

「リッキーのひたむきな経営への探究心には、いつも大いに刺激を受けています。共に日本の将来のために、世に価値のあるものを提供することに尽力しましょう。そして、将来、お互い白髪になった頃、場末の居酒屋で安酒をすすりたいですね」



男が憧れるカッコいい男


男が憧れるカッコいい男


メディアドゥホールディングス 社長 兼 グループCEO 藤田恭嗣 Yasushi Fujita


「とんがっているヤツだな」

 それが他力野への第一印象だった。8年ほど前、メディアドゥホールディングス社長の藤田らが所属する経営者勉強会に、他力野が入会した時のことだ。経営者としての視座を高めたいと思って参加した他力野は、そのアットホームな雰囲気に肩透かしを食らったように感じたのだろう。「『もっと高いレベルでやろうぜ!』と血気盛んだった」と藤田は笑う。

他力野は洗練されたが、出会った頃のギラギラ感は変わっていない。彼について「全身全霊で完全燃焼しており、何においても妥協することがない」と評する藤田が特に舌を巻くのは、徹底した社員教育と理想のリーダー像を社員に見せ続ける姿勢だ。それは他力野が「人がコアとなる事業である」と明確に位置付けているからに他ならない。

 バリューマネジメントは社員数の増えた現在も、毎月全国の施設を一斉に休館にして一カ所に約300名を集め、全社ミーティングを開催している。規模が大きくなり、経費だけでも相当な額だろうが、継続していることに藤田は感嘆する。社員全員を統一した方向に導くマネジメント力で、他力野に代わり事業を進めていくメンバーが育ち、「どこを切っても他力野の血が流れる組織」を作り上げている。また、相手が大きな組織であろうとも、不誠実な対応を受けた場合は決してそれを受け容れない。そんな他力野の「ひるまない姿勢」に社員は安心して付いていく。

 電子書籍流通事業の他に故郷の創生にも取り組む藤田は、地方創生が一筋縄ではいかないことを誰よりも理解している。地域によって特産品や名所があり、それを広めたいという想いがあっても、束ねるリーダーが不在なことが多い。他力野は情熱と覚悟を持ち、論理的に事業を計画し、着実に実績を積み重ねてきた。だからこそ地方創生に携わる人々が他力野に全幅の信頼を寄せ、事業が前に進んでいくのだろう。その生き様に年長者も惚れこみ、彼の周囲には自然に人が集まってくる。「男が憧れる男です。成功は必然」と藤田は語る。

 地方復興は資金や知恵の不足で実現できないケースも多い。最も重要となるのは情報で、バリューマネジメントは多くの事例を手掛けてきたため、情報が蓄積され続けているのが強みだ。「ゆくゆくは地方創生の情報ネットワークのような存在になるだろう」と藤田は見ている。

 藤田と他力野は共に1973年8月生まれで地方出身。故郷を背負う気概は語らずとも共感し合い、杯を重ねて経営の話やふるさと創生について語り込む。事業規模や上場など、常に藤田が一歩先を歩いてきたが「彼の領域では彼が一歩先を行っている」と学ぶ姿勢を崩さない。「彼の参考となるような、価値のある存在で居続けなくては」と表情を引き締める。

「紡ぐ」― これが藤田と他力野を結ぶキーワードだ。電子書籍事業を手掛ける藤田と他力野は全く畑違いの業界ではあるが、藤田は文字を紡ぎ、他力野は歴史を紡ぐ。そして共に日本の文化を紡いでいく。

「これからもカッコいい男でいて欲しい。くれぐれも体調管理を怠らないこと。そうでなければカッコよくないですからね」。他力野を「日本の宝」と断言した藤田、心からのエールだ。



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