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トピックス -企業家倶楽部

2018年02月06日

伝統を守り継ぐ若き獅子たち/バリューマネジメントを支える仲間

企業家倶楽部2018年1/2月合併号 バリューマネジメント特集第4部


歴史的建造物を復活させ、大切な記念日を演出するバリューマネジメント。文化を紡ぐという他力野の熱い想いに賛同し、集結した社員たちは固い結束力で業務を遂行する。高い顧客満足の裏には、彼らがお互いの成長を心から喜びあう企業風土があった。(文中敬称略)



ブレない言葉に付いて行く


ブレない言葉に付いて行く


取締役 店舗統括部 皆木靖志 Yasushi Minagi

 
 今では他力野の女房役とも言える皆木靖志が初めて彼と出会ったのは、神戸にある西神オリエンタルホテルでのこと。ホテルマンだった皆木と、リクルートで結婚情報誌を担当していた他力野は、顧客と営業マンの関係だった。その後、他力野がリクルートを退職して式場を立ち上げていると聞いた皆木は、彼に電話をかけて再会を果たす。今度は同業ライバル同士としての対面であった。

 その1年後、他力野はまたも皆木の前に姿を現した。「向こうからキラキラした青年が歩いてきた」と当時を振り返る皆木は、他力野から新事業の共同創業について熱心な誘いを受けた。ただ、子どもが生まれ、婚礼事業を任される立場にも抜擢されたばかり。軌道に乗り始めた人生を方向転換するのには勇気が必要だった。

 他力野から「絶対に面白い事業ができる、失敗しない自信がある」と念を押され、悩むこと1カ月。そんな中、酒の席で他力野は告げた。「あなたのような方は他にいない。皆木さんは、最初で最後のホテルマンです」。この言葉に皆木の心は震え、ついに他力野と共に歩む決心を固めた。勤めていた会社の社長にも快諾され、転職への迷いは無くなった。

 ただ、会社を立ち上げてからも順調な道のりではなかった。神戸迎賓館の案件では融資の目処が立たず、施設の工事が頓挫。予約客や関係者を訪ね、叱られ続ける日々だった。それでも「次に進みましょう」と他力野に促され、担当したのがダイワロイネットホテル和歌山のコンサルティングだ。この経験が転機になった。他力野を一言で表すなら、ブレない人。「言っていることが創業当時から現在に至るまで全く変わらない」と言う皆木は、心に響いた他力野の言葉を三つ挙げた。

 一つ目は、「今いる仲間に対して何ができるか。何を残し、何を教育するか。会社を運営する上で、これが一番核になる」。利益だけを追求するなら、ホテルを駅前に建てれば良いが、あえてそうはしない。自分たちは誰にも真似出来ないことに挑戦する。そうした背中を社員にも見せるのだと、他力野は熱弁した。

 二つ目は、皆木が紹介した社員が病気がちになり、会社をしばらく休んでいた時のことだ。皆木に呼び出され、辞める気でいた社員に、他力野は声をかけた。「身体が治るまで待ちます。あなたは私たちにとって大切な人です」。結果、その社員は今でも辞めずに活躍している。皆木は言葉を詰まらせながら振り返った。

 三つ目は、中核となっていた女性メンバーが会社を辞めるという噂が立った時。その中でも他力野は「俺は信じている。それで、文句ある?」と言い放った。これら全てが、スタッフを大切にするという信念に通ずる。上辺だけの言葉ではなく、本気で行動する姿勢は当初から変わらない。

 クライアントとの信頼関係の築き方も、他力野は徹底している。電話を先に切らない、相手が見えなくなるまでお辞儀をする、魂を込めて拍手をする。「小さな会社が信頼を得るには、そうした些細な行為の積み上げが必要不可欠」と他力野。その結果、今では超一流ホテルのコンサルティングを任されるまでになった。

「これからの目標は、日本の良き文化を海外に発信し、世界に通用する会社になること」と皆木。「次世代を教育して若手が輝く会社にしたい」と抱負を述べる。他力野が切り拓いた道を固めていくのが女房役の仕事。「他力野さんの生き方に心底惚れています。これからも大きな夢を一緒に掴みましょう」と皆木は熱い言葉で締め括った。



人を育て、企業を育てる


人を育て、企業を育てる


社長室 ゼネラルマネージャー 土井みゆき Miyuki Doi

 土井は大手語学学校で海外勤務を経験し、西日本支社長まで務めるなど、華やかなキャリアを築いてきた。しかし、徐々に営業至上主義への違和感が拭いきれなくなり、「成長企業で人材育成に携わりたい」との想いから退職。2008年に出会ったのがバリューマネジメントだった。

 自身も人事に携わっていた経験から、ともするとキャリア女性は敬遠されるのを承知していたが、そんな土井の懸念は杞憂に終わる。「経歴に興味を持った」と面接に現れた当時の人事部長は明らかに土井より年下ながら、その頭の回転の速さと豊富な知識量は圧倒的であった。

 その人事部長から、代表の他力野と会うことを勧められた土井。こうして他力野と面接で向かい合うと、彼は「企業は人で作られており、いかに人が大切であるか」との想いを熱く語った。土井は「まさに自分の考えと同じ」と入社を決意する。

 入社当時は、社員約40名、運営3店舗ほどの規模であった。土井は、人事部での採用や教育に携わることとなる。10年より本格的に新卒採用を開始したが、他力野からの注文はただ1つ。「グッドパーソンであること」。もちろんスキルも大事だが、人として信用できることが最重要だ。

 また「採用を通して育成する」という考えの下でグループワークや面接を行い、不採用者にもフィードバックをする。「会社説明会に来る学生もお客様」との意識を忘れない。土井は後に鮒鶴京都鴨川リゾートの総支配人となった際、顧客から「御社への入社は果たせなかったが、ぜひ鮒鶴で挙式をしたかった」と告げられたこともあった。

 他力野はよく「顧客満足の先に利益がある」と語る。前職とは正反対の価値観であり、土井が強く共感する考え方だ。同社では、顧客満足をいかに生み出すか常に議論し、現状に満足することなくおもてなしの質を高めている。また、初めて会った時から他力野が変わらず訴え続けるのは「日本に残るべき建物や文化を守る」との想い。そのためには、会社としてどのようにインパクトを出すべきか常に思案する。

 経営者として「ただ勝つんじゃない、圧倒的に勝つ」と幹部の前で檄を飛ばす一面もあるが、音を立てて扉を開け閉めしない等、社内で最も礼儀正しく、作法も重んじる他力野。多忙な中、茶道など伝統文化の修得にも努めている。「その自己研鑽の姿勢に影響を受け、私も乗馬を始めました」と土井は微笑む。

 バリューマネジメントの強さは「一体感」。それこそ土井が同社で奮闘する理由であり、今後企業が成長していく過程で維持し続けられるか課題となる部分だ。考えなければならないことは多いが、「社員1000人の規模になってもできる」と土井は表情を引き締める。

 そんな彼女は17年7月、社長室に異動した。現在バリューマネジメントは日本国内の顧客が対象だが、今後はインバウンドの集客にも力を入れていく。そのための多言語対応チーム立ち上げを、土井は任されている。

 なかなか多忙で手を着けられないとしながらも、「日本のおもてなしの手法やバリューマネジメントならではのノウハウを海外に発信していくのが夢」と語る土井。後輩の女性社員らにもキャリアを積んで欲しいとエールを送る。

 他力野へのメッセージを問うと、「いつまでも健康で素敵な社長でいてください」と笑顔で語りつつ、「常に前を走ってもらいたいけど、たまには幹部陣も頼って欲しい。頼られるようにならなければ!」と結んだ。



大人が青春できる会社に


大人が青春できる会社に


社長室 企画部 ゼネラルマネージャー 福山俊樹 Toshiki Fukuyama

「そもそも安定なんて求めていません」

 そう語る福山の経歴は一風変わっている。ファミリーレストラン店長、企画制作会社勤務を経た後、結婚したばかりの妻を置いて単身渡英。3年と決めてイギリスで音楽活動に勤しんだ。

「仕事や家庭を言い訳にして、自分が本来やりたいと思っていたことに挑戦していない大人が多い。そしていつしか、やりたかったことすら分からなくなっていく。それはカッコ悪いと感じたんです」

 帰国後も、イギリスと日本の環境の落差が受け入れられず、自宅に半年引きこもっていたという福山。しかし、流石に何もせずにいるわけにもいかないため、奈良の結婚式場で働き始めた。すると、福山の音楽への強い想いを知った社長から「一度会ってみないか」と、式場運営にコンサルタントとして参画していた人物を紹介される。その男こそ、他力野淳その人であった。

 他力野の第一印象は、とにかく熱い人。面接という意識は無く、福山は音楽、他力野は日本文化に対する熱い想いを語り合った。それから3年後、会社を退職した福山は経歴とセンスを買われ、バリューマネジメントに入社することになる。

「他力野は斜に構えることなく、綺麗事をまっすぐきちんとできる人。それが大きな魅力となって、相手の心を動かします。また、彼のアイデアやセンスは素晴らしい。だからこそ、私は彼の部下なのです。他力野もバリューマネジメントという会社も一緒に働く仲間も、全てが魅力的。皆が熱くて真剣で、白けている人はまずいない。大人が青春している会社だとよく言われます」

 二人はアイデアを次々と生み出し、未来を見据えている部分が共通項。ただ、他力野は経営者として全社を統括した視点で見ており、福山はクリエイティブな企画面に特化して活躍する。今では上司・部下としてのみならず、人としてお互いに尊敬し合う肝胆相照らす仲だ。

「他力野と食事をしながら語り合うと、次々にアイデアが飛び出して話は尽きない」と笑う福山。その延長で、新人研修としてのトークショーを二人で行ったこともある。テーマは「クリエイティブとは何か」。新人たちにも酒を振る舞い、自分たちもほろ酔い気分で音楽やビジネスについて語り合った結果、「クリエイティブとは生き様である」という結論に達した。センスは一朝一夕で作られるものではない。生まれ持ったものをベースとしつつ、経験をどのように蓄積してきたか、インプットとアウトプットの仕方が反映される。

 意外にも、「本来自分は内向き人間」と語る福山は、これまで他人よりも自分の利益を優先して考えがちであった。しかし、バリューマネジメントに入社して9年、仕事を通して社会貢献できていると強く感じ、人々から必要とされる仕事に生涯本気で打ち込める環境を得られたことに感謝する。

 日本人はとかく真面目で、「仕事は楽しむものではない」というような気風がある。しかし福山は、「生活のために仕事をするより、自分が納得の行く面白い仕事を真剣に楽しむべき」と説く。彼のような人間がインフルエンサーとして日本に増えれば、もっと世の中が面白くなることだろう。

「他力野さん、一緒に日本を面白くしましょう」

 二人の熱く堅いタッグから何が生み出されるのか、今後も目が離せない。



次世代を担う真のプロを育成する


次世代を担う真のプロを育成する


店舗統括部 ゼネラルマネージャー グランシェフ石井之悠 Syu Ishii

 神戸で人気の本格フレンチレストランを経営し、コンサルタントとしても活躍していた石井。関西を代表する有名シェフである彼が他力野と出会い、入社を決意したのは2012年のことだった。

 食べることが好きで、特にフランス料理には目が無い他力野は、それまでにも石井のレストランへ足を運んでいた。石井を仲間に迎えられたことへの喜びようは、間を取り持った知人に「宝くじに当たったようだ」と感謝を表現したほどである。事業拡大のため、レストラン領域を統括できる人材を求めていた他力野と、様々な事情から志半ばで事業を畳むことを視野に入れていた石井。出会いはまさにベストタイミングだった。

 石井より一回り年下の他力野への第一印象は「変わった人」。友人から「他力野さんが会いたいと言っている」と聞き、「いつでもどうぞ」と伝えたところ、彼は即座に石井の店を訪問した。次の定休日にはバリューマネジメントの運営する会場を見学すると、更に次の定休日には条件提示と共に「うちに来てくれませんか」と誘いを受ける。そのあまりの展開の早さに、石井は舌を巻いた。

 料理人として40年のキャリアを持つ石井には、「次の時代を担うプロフェッショナルな人材を育成したい」という強い想いがある。「仕事に対するプライドを持ち、自己犠牲を厭わず働けなければ、プロフェッショナルとは言えない」と石井。他力野の事業に対する純粋な想い、嘘の無い言葉、バリューマネジメントの「時代を紡ぐ」事業に、自身の想いが重なり、入社を決意した。それ以来、他力野に代わって新案件を立ち上げるなど、日本に止まらず海外でも奔走してきた。

 石井は「他力野と私は考え方や性格がよく似ていて、歩くスピードまで一緒」と笑う。「彼の思考を予測できるので、決断しやすいような選択肢を投げることが可能。良いコンビネーションだと思っています。彼の頭の良さ、論理的な説明の仕方は私自身学ぶところが多いですね」。

 石井はプロの料理人として、関西を代表するフレンチシェフと評価されながらも、フレンチにこだわらず、幅広くお客の要望に応える。婚礼の食事には和食コースもあり、新郎新婦の希望で思い出のカレーパンを提供したこともあった。

「自分はこれしかできませんとこだわっていても、売れなければビジネスではない。職人であっても、作りたいものではなく売れるものを作る。かつクオリティも高い。数が少なくとも高付加価値なものが求められています」

 石井は全ての会場の料理を統括しながら、実践的な人材育成にも力を注ぎ、「弊社ほどシェフの教育に力を入れている企業はそうない」と自信たっぷりだ。彼は毎日のように、「誇りを持てずして、その仕事に40年取り組めるか」と叫ぶ。

「呪文のように言い続けると、素質を持っている人には響いてきます。打てば響く。次の時代を作るプロフェッショナルを積極的に指導しています」

 石井は、「職人スピリットを受け継ぐプロたちがより良い世界を作る」と確信している。「他力野さんとは、次の時代を一緒に作りたい。私が動ける限り」。他力野への熱い想いが、時代を紡いでいく。



トップの意志を具現化する




人材開発部 ゼネラルマネージャー 趙 泰勇 Taeyong Cho

人材開発部を率いる趙は2010年1月に入社した。大手コンサルティング会社に勤めて7年目、新卒採用の責任者として活躍するも「他に面白そうな会社があれば」と思い立ち、人材紹介会社に登録した。キャリアアドバイザーに出した条件は2つのみ。まずは「社長がイケてる」、そして「従業員数200名未満」である。まさにこれから組織を構築し、拡大していくステージの会社だ。

 結果、「ぴったりの会社があります」と紹介されたのがバリューマネジメントだった。事業再生会社でありながら、事業売却などで組織を作り直すのではなく、いきなり売上高を上げていくと説明され、「そんなことが可能なのか」と正直信じがたかったという。

 何はともあれ、当時の人事部長から2時間に渡って人や組織、ビジョンや価値観などについて熱心なプレゼンを受けた趙。そのビジネススキルの高さや人柄に魅力を感じた。そして、「この人が担ぐ他力野淳とは一体どんな人物だろう」と興味が沸き、直接の面談を希望することとなる。

 日本全国を飛び回る他力野と実際に会えたのは3カ月後であったが、ようやく会えた彼は素晴らしい笑顔で応じ、「逆に裏があるのではないかと思ったほど(笑)」と趙は振り返る。だが、話すうちに他力野のエネルギーと人を魅了する力に一気に引き込まれた。

 他力野に「従業員はどんな存在ですか」と尋ねると、「そもそも従業員という考えはあまりなく、仲間です」との答え。「社長はただの役割。会社の中で一番リスクを取って挑戦し、常に新しい事業領域を開拓していく先駆者」と明確に定義していた。

 他力野は「仲間は体と同じようなもの」と例える。仮に親指を無くしても、懸命なリハビリで補っていけるように、誰かが抜けても残った仲間が知恵や力を出し合って補完する。

「しかし、絶対に忘れることが出来ないのが、この親指の存在です」

 その言葉に趙は、「この神輿ならば担いでみたい」とバリューマネジメントへの入社を決意した。

 他力野は周囲を自分のファンにしてしまう。金融機関の支店長にも「融資が必要な時はいつでも言って下さい」と言わしめるほど。それは相対する人に「究極の個別化」で応じるからだと趙は感じている。言葉や視点を柔軟にコントロールし、最も相手の心に響くよう心がけるのが他力野の「人たらし」たる所以だ。

 また、彼の周囲への気配りは徹底している。夜10時を過ぎると、「車輪の音が迷惑になってはいけない」とスーツケースを持ち上げて運ぶ。「些細なことまでこだわれなければ、大きな仕事は出来ないし、信頼は作れない」と社員らにも細かいことを積み重ねる重要性を繰り返し説いている。

 入社して8年、趙はコンサルティング事業部で千葉県の佐原地区創生事業「NIPPONIA佐原」や東京・ギンザシックスの「ザ・グラン銀座」などの企画立案から立ち上げまで手掛けてきた。現在は人材開発部に携わるが、意外にも「私自身やりたいことはなく、他力野の希望を形にするのが自分の仕事」と言って憚らない。人事責任者として、「他力野の理想に限りなく近い組織を作り上げたい、また社員らが働き甲斐を持ち、充実した毎日を送れる環境を整えたい」と夢を語る。

 最近、他力野によく似てきたと言われる趙。いつも経営陣に「とにかく走りきってくれ。骨は拾ってやるから」と発破をかける他力野に対して、「これからも前を走り続けて、僕たちをワクワクさせて下さい」とメッセージを送った。



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