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トピックス -企業家倶楽部

2018年02月19日

日本の投信的VC1.0欠陥論 中国に追いつけない理由/日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝 

企業家倶楽部2018年1/2月合併号 日の丸キャピタリスト風雲録 vol.59


村口和孝 《むらぐち かずたか》

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 

 1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、ジャパンケーブルキャスト、テックビューロ等がある。



日本のベンチャーキャピタル欠陥論

 21世紀に入って約20年が経とうとしている訳だが、日本のベンチャーキャピタル(VC)の歴史はさらに長く1982年頃(JAFCO1号投資組合)までさかのぼる。当時、シリコンバレーからVCを学び、いずれ日本もシリコンバレーのようになると努力してきたはずなのに、あれから35年が経過して、世界のVCに追いつくどころか、ますます差が広がるばかりだ。最近では歴史の浅いイスラエルはおろか、中国にまで追い抜かれてしまっているのはどういう訳だ。それには構造的欠陥があるからだ。

 欠陥を明らかにするため、まず私が直接間接に体験した日本の三つのVC発展過程を類型として定義したい。試みにVC1.0、VC2.0、VC3.0と呼ぼう。

 VC1.0金融機関子会社型(投信的VC)

 VC2.0独立会社型(改良型の過渡的VC)

 VC3.0キャピタリスト個人型(世界標準VC)

 この三つの類型は、日本のVC産業特有の発展プロセスであって、シリコンバレーのVC発展プロセスではないことに注意を要する。80年代、実はジャフコが、シリコンバレーのVCの仕組みを日本に輸入するに際し、「日本の実情に合わせて」と称して、アメリカのVCの仕組みを、抜本的に作り変えたのが出発点だ。これは、シリコンバレーのVC産業を日本の金融機関が自らのグループの新規事業として取り入れようと努力をして、言わば「意訳」をして構造を変えたイノベーションの結果である。つまりVC1.0は日本のイノベーションで改悪した発明品であり、それを後に続く中国をはじめ、世界は誰もまねをしなかった。VC1.0には構造的欠陥があったからだ。



日本特有VC1.0の構造

 さて、VC1.0の構造的欠陥とは何ぞや。それを理解する前に、本質的にVCとは何か知る必要がある。

 そもそもベンチャーキャピタル(VC)は、自ら運営責任者(業務執行組合員)となり、出資者(有限責任組合員)から資本を集め、投資事業組合を創って、フロンティア領域の将来性のあるスタートアップ企業へ長期の投資活動(一般には10年とか12年間)を行う。

 これは、世界中同じだ。それを、80年頃日本の金融機関が注目し、グループ会社の新規金融事業として始めたとき、はたと、根本的な問題にぶち当たり、打開策を打った。「人事異動サラリーマンによる運営を可能にしたVC1.0会社組織活動」と呼んでよく、以下特徴を一つずつ挙げて行こう。

 1つは、新規事業を金融グループ会社で実行しようとすると、投資信託業との比較で、「グループ子会社ないし関係会社が運営責任者」とならざるを得ない点だ。アメリカのVCは、独立したプロのキャピタリストを代表とするLLCという人的組合で責任を負う、という一般化した構造を持っている。日本ではこの世界の基本構造を放棄せざるを得ない。そこで先輩たちは、「会社が責任を負うVC組合」(JAFCO1号投資組合)を発明した。会社なら人事異動も、退職も自由に行え、親会社にとって都合が良いからだ。

 半面、会社が責任者という事は、誰が責任者か分からないという体制で、投資を受ける起業家からすると、誰がキーマンなのか分からない。グループ会社の内部の力構造の変更によって方針が年ごとに変わる。起業家と長期に対峙するVC体制としては弱い構造と言わざるを得ないが、金融機関グループの構造上、投資信託組織が健全とされ、仕方がなかった。

 2つ目は、機能分業である。金融機関のグループ会社の政変による数年に一度の大きな人事異動が出来ることが前提となるので、10年という運用期間を組織が担保することが出来るように、「人事異動可能な組織分業的なVC活動」が必要だった。それは、地方銀行組織をモデルにした。VC投資営業部(東京営業一部二部三部、大阪本部など)、投資案件企画部、投資審査部、ハンズオン・コンサルティング部、上場・コンサルティング部、VC組合管理部、財務部、人事部のように、各組織部門が機能を分担した。さらに開発会議/案件会議/審査会議/投資会議と稟議制度を設け、部長と担当役員を配置して、人事異動を可能にしたのだ。特に社長は親会社から定期的に天下って来ては、去っていく証券銀行生損保のグループ人事体系に入れられた。

 その結果、ベンチャーキャピタリストという一貫した個人のプロフェッショナルな職業が日本には生まれず、VC会社の機能分業した役職員しかいなくなった。その結果、長期の責任者もいない代わりに、貢献者も不明で、すべてを把握した人が誰もいない、という、当然の結果をもたらした。VC1.0では、個人ではなくて、株式会社が責任者なので、責任逃れや派閥構造や勝手な辞任など、投資運営とは直接関係のない、ドラマの半沢直樹的な人事による、忖度された組織運営上の失敗が起きやすくなった。

 3つ目は、報酬体系だ。シリコンバレーのVCは、キャピタリストが組合の責任者となり、組合で生じたキャピタルゲインをキャピタリスト自身が直接分配(キャリードインタレスト)を例えば20%受けるという、極めて単純な構造をしている。成功するキャピタリストは、数億円から場合によったら数十億円の年収になることもある。メジャーリーガー並みだ。

 一方、日本にVCを導入するに当たり、日本の株式会社の報酬制度をそのままVC 1.0 会社に適用した。すなわち、終身雇用モデルで人事異動を前提として、構成員が従業員(労働者)であって、給与・賞与で年功序列的に昇給のテーブルを持った報酬体系だ。だから、シリコンバレーでは大勢いるキャピタリストのスタープレイヤーが日本から生まれないと同時に、その報酬が年功序列で一般的なサラリーマンと大して変わらない、という結果をもたらした。日本のVC会社の給与所得は多い人でも年間数千万円だ。世界中で日本のVCだけ、会社員年功序列的報酬体系になってしまった。

 しかも、税金の扱いが、キャリーならキャピタルゲイン税扱いなのに、役職員のボーナスは累進課税扱いであるから世界に比べ、手取りが少ない。だから世界の才能あるキャピタリストは誰も、中国には行っても、日本の仕組で活動したいと思わない。

 4つ目は、「投資先審査の財務実績偏重」だ。日本のVC1.0が会社運営の銀行をモデルとした合議制となった結果、投資評価で客観的と見なされたのが、決算数字だ。逆に「決算がすべて」としなければ、組織の意思決定が難しく、日本のVC業界では「財務実績データが唯一客観的」と思い込む事となった。決算書くらいしか開示資料のない上場企業に対して、投信的上場証券アナリスト的評価方法が、そのままVC1.0で未上場企業評価の王道として、流用されたのだ。

 恐ろしい話だが、シリコンバレーでは「ビジネスプランは、新商品の開発と市場投入計画」が重要だが、日本では「事業計画とは財務予測」と言うほど、力点が違う。ある起業家が新商品と技術の説明をしようとしたら、「そういう専門的でアナログな分かりにくい話は結構です、売上利益という客観的なエビデンスで説明して下さい」が、日本のVC1.0審査の実態だ。グループの親会社にとって財務以外の情報は理解しようがない、という事情も影響している。

 5つ目は、投資先への関与の仕方だ。日本のVCは何かと言えばハンズオンと言う。しかし、実際やっていることは、投資先の「財務予測を基にした予算管理、予算統制」だ。さらにそれ以外のアドバイスを、コンサルティングと言って、投資先に押し付け、報酬を取ったりした。役員就任も基本的にしない。VC会社の従業員に過ぎない担当が投資先の役員就任する、と言う矛盾もあるし、インサイダー情報による不正取引を、金融グループで回避する目的もある。金商法の「投資運用と関与分離の精神」で、投資信託で投資先役員就任はご法度だ。VC1.0はそんなに「長期に深く関わらず、一件当たりの投資金額も数百万円から、数億円の前半と小さく、株価も安く、関与も浅く分散した方が安全」と言う暗黙の共通認識がまかり通っている。

 6つ目は、そもそものVC1.0投資の目標である。シリコンバレーではVCの目標は、そもそも新しい時代の最先端で、フロンティア産業の世界のリーディング企業を産み出すことだ。上場やM&Aは、その途中経過に過ぎない。ところが日本のVCは、上場直後の株式売却に偏重している。

 7つ目は、投資組合のLP出資者とVC1.0の関係だ。VC1.0は、組合組成に際し、投資信託の投資運用責任者のような運用が出来ることをアピールしたため、「投資組合契約の変更はいかなる場合も不可能が原則」となり、状況に対応したフレキシブルな運用の道が閉ざされた。10年を超さないと立ち上がらない場合だってあるから、変更不可だとVC運用が最適化出来ない。また、LP(有限責任組合員)出資者の感覚も問題で、投資信託の客として資金運用している金融機関や事業法人が、投資信託の客のつもりでVC1.0に投資したので、余計に「投資信託とほぼ同じ運用感覚が定式化」している。

 8つ目は、「投資対象の偏り」だ。以上のようなVC1.0から投資が受けられて、関与する意味のあるベンチャーの間口は非常に狭い。常に財務的エビデンスで毎月予算管理して、株価が安くて投資金額が小さい。長くても7-8年以内にIPOしてケリのつくベンチャー企業でなければならず延ばせない。こんな投資信託のように形式的で融通が利かないVC1.0が満足する投資案件が、世界にどれくらいあるだろうか?数年で利益の出る既に実績のある流行業種に案件が極端に偏るのだ。日本から創造的なベンチャーがデビューして出てこないのは、IPOの問題だけでなく、日本のVC1.0の投資関与がベンチャー成長の制約となってしまっているからである。



日本のVC産業の問題点

 日本の投信的VC1.0のこれらの欠陥は、日本の上場審査と起業家経営に大きく影響している。さらにVCが投資信託に似ているとの誤解が複雑骨折して、いまや金融商品取引法の規制を受ける羽目になってしまい、世界のVCの失笑を買っている。

 日本のベンチャーが発展しない問題の核心は、日本のVCの組織構造そのものが「VC1.0」と、世界の「VC3.0」と異なってしまっていることに起因するのだ。最大の問題は、運営責任者が「VC1.0すなわち日本のほとんどのVCでは、株式会社で投信的に運営されている」という世界でも例を見ない構造の欠陥にあり、「世界のVC3.0が、個人のベンチャーキャピタリスト複数が所属する人的LLCで運営されている」点と、根本的な構造的差異にある。弁護士事務所や会計事務所(世界ではVCと同じ、「ファーム」と呼ばれている)を株式会社にしてしまったような、違和感のある構造なのである。これが日本のVC業界とベンチャーが、世界の中で非常に特殊な業態になってしまい、世界から取り残される構造的原因だ。今やアメリカのVC3.0の仕組みをそのまま導入した中国の方が、35年もの歴史のある日本のVC1.0を、やすやすと抜き去ってしまった訳である。

 残念ながら日本においては、現在でもキャピタリストによるファーム(組織)の形態をとっているもの(NTVPを含む)は少数で、今でも大手VCは、あくまで株式会社VC組織で投信的に運用し、出資者はそれが一番良いと信じている。ジャフコは既に改革中であるが、このガラパゴスの常識となった投信的VC1.0をいくら規模を大きくして発展させてみても、日本のVC産業にもスタートアップにも、未来はない。制度設計を含め、今こそ独立した個人主体のVC3.0を日本のVC産業の新たな活動基準とすべき時である。



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