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トピックス -企業家倶楽部

2018年05月15日

【ベンチャー三国志】復刻版 vol.1 情報産業革命を制する者は誰か

企業家倶楽部2018年6月号 ベンチャー三国志


『ベンチャー三国志~第1章完結編~』

1500円+税

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ソフトバンクグループ会長兼社長、孫正義。情報革命を夢見て創業、今や兆円企業を作り上げた彼の道のりは、決して平坦ではなかった。何から何まで規格外、わらしべ長者を地でゆく破天荒経営者、孫正義の伝説的半生を綴った新たな書籍が満を持して登場!




一国は一人(いちにん)を以って興り、一人を以って亡ぶ。ひとりの英傑の出現によって、企業は生まれ、産業が興り、国が栄える。時は今、第三次産業革命といわれる情報革命を迎えた。大義とロマンを掲げて、世界を疾駆する現代の“蒼き狼”たちの命懸けの戦いを追う。(文中敬称略)

 



早春のNYに集まった4首脳

 2010年3月初旬、ニューヨーク。まだ肌寒さは残るが、1年半前のリーマン・ショックによる金融危機の“寒風”に比べると、ニューヨーカーの身も心も春の兆しを感じて、足取りは軽い。時刻はすでに午後6時を回っていた。ビジネスの街、ニューヨークは夜のプライベートタイムを楽しむ歓楽の街にその姿を変えつつある。

 夕闇迫る頃ウエスト・ストリートの米国大手通信会社、ベライゾングループの本社に約40人のビジネスマンが集合した。4人の企業家がそれぞれ10人のスタッフを引き連れての会合である。EUを代表して英ボーダフォンCEOのビットリオ・コラオ、中国を代表してチャイナ・モバイル社長の王建宙、米国を代表してベライゾン・ワイヤレスCEOのローウェル・マカダム、そして日本を代表してソフトバンク社長の孫正義。4首脳は3カ月に1度の会合を持ち、時には英国、時には中国、時には日本で次世代の携帯電話のあり方について意見を交換する。

 その名は「ジョイント・イノベーション・ラボ」(通称JIL)。08年4月、孫の呼び掛けによって、4社で次世代の携帯電話のあり方を議論し、新サービスを開発するために設立された。4社のユーザー数はチャイナ・モバイル5.3億人、英ボーダフォン3.4億人、米ベライゾン1億人、ソフトバンク2000万人の計約10億人。ゆるやかではあるが、世界最大の携帯連合といえる。

 JILが全世界の10億人の顧客に向けて共通した携帯のプラットフォームやサービスを提供することになれば、次世代携帯のデファクトスタンダートを握り、携帯電話業界を制覇することが出来る。日本国内では依然として、NTTドコモがユーザー数5500万人強を擁し、シェア50%を握っているが、ソフトバンクはひと足早く、中国、EU、米国の携帯大手と手を結び、世界市場において、ドコモ、KDDIに大きく差をつけようとの作戦だ。孫お得意のグローバル戦略である。

 JILは06年3月、ソフトバンクがボーダフォン・ジャパンを買収した際、孫が当時の英ボーダフォンCEO、アルン・サリーンに呼びかけて実現した。2人で合意したあと、孫がチャイナ・モバイルの王建宙、アルン・サリーンがベライゾン・ワイヤレスのローウェル・マカダムを誘い、共同開発会社の設立にこぎつけた。



虚々実々の駆け引き

 共同出資会社の出資比率を決める時、虚々実々の駆け引きが展開された。「EU、中国、米国はそれぞれ最大手の携帯会社。日本だけが3番手のソフトバンクというのはどういうわけだ」と3社の首脳がいたずらっぽい目をしながら、孫に心理的な揺さ振りをかける。出資比率でソフトバンクに譲歩させようとの先制攻撃だ。

 孫も負けてはいない。「JILは単に携帯電話の将来像を探る会社ではない。携帯とインターネットの融合のあり方を議論し、新しいモバイル・インターネットの未来を切り拓く会社だ。仮にソフトバンクに代わって(NTT)ドコモが加わっても、(ユーザー数が)10億人から10億3000万人になるだけ。誤差の範囲だ。それよりインターネットに強いソフトバンクがパートナーになる方が、モバイル・インターネットの未来を考える時、心強いと思わないか」。「なるほど、それも一理ある」。3首脳は一応、納得する。

 「しかし、出資比率はユーザー数に応じて決めるべきではないか」と再び孫を攻める。すかさず孫が反撃する。「この種の共同出資会社はイコール・パートナーが基本。情熱と志が必要だ。当然、4社の出資比率は各25%が妥当。それとも何かね。モバイル(携帯)とインターネットの融合から考えると、モバイル側50%、インターネット側50%も考えられる。それでもソフトバンクは構わないが」。孫の巧みな交渉術によって、結局、4社が25%ずつ出資することで決着した。



寝ても覚めてもJIL

 それだけに孫は08年4月のJIL設立以来、その提携強化に余念がない。もはや、孫は国内での競争にはほとんど関心がない。寝ても覚めてもJILなのだ。「自分のエネルギーのうち半分強はJILに注いでいる」と言って憚らない。

 JILの構想は06年3月、ソフトバンクがボーダフォン・ジャパンを約2兆円の巨費を投じて買収した時から孫の頭にあった。06年3月17日にボーダフォン買収の記者発表の席上、孫は「英ボーダフォンと携帯電話のプラットフォームを共同開発することでも合意した」と記者団に明らかにした。その時は2兆円のM&A(企業の合併・買収)は高い買い物ではないかという批判をはぐらかすための目くらまし作戦だと思われていたが、孫は本気だったのだ。

 
 ニューヨークの会合では、初日が4社首脳とスタッフの懇親を深めるための晩餐会。2日目は朝から夕刻まで40人のスタッフが缶詰めとなって終日モバイル・インターネットの未来について語り合った。

 孫は言う。「JILは息の長いプロジェクト。5年、10年、いや20年かけて人々の心と情報と知恵を出し合って、モバイル・インターネットのあるべき姿を追い求めて行く。日本の小さな枠に固まってはならない。現在は世界中の知識や知恵を出し合う局面に差し掛かっている。2010年中に一般の人々に目に見えた成果は提示出来ないだろう。しかし、気が付いてみたら、JILがモバイル・インターネットの未来を切り拓いていることを人々は知ることになる」。孫は他社を刺激しないように慎重に言葉を選ぶ。

 4首脳の会合は、3、4カ月に1回開く程度だが、事務局(各社20~30人)は毎週のようにテレビ会議や実際の会合で意見交換し、具体的な次世代プラットフォーム、サービスの設計作業を進めていった。


寝ても覚めてもJIL

買収前の孫の演説

 孫はJILの成功に命を懸けていた。ただ、06年のボーダフォン買収当初はJ ILどころではなかった。ボーダフォン・ジャパンの経営体制、通信回線、営業体制全てがライバルのドコモ、KDDIに見劣りしていた。とりわけ、通信回線のぜい弱さが目立った。早急に基地局を増強し、「ボーダフォンの携帯はつながりにくい」という評判を払拭しなければならなかった。

 しかも、06年10月には、電話番号ポータビリティー制度の実施が予定されていた。ユーザーは前の携帯電話番号を変えることなく、新しい携帯会社に乗り換えることが出来るという制度で、これが実施されると、ソフトバンクモバイルはドコモ、KDDIにユーザーを奪われるのではないかと携帯関係者は予想していた。

 孫自身、ソフトバンクモバイルの弱点は十分承知していた。それだけに動きは機敏だった。買収記者発表の18日後の4月4日には東京・愛宕のボーダフォン・ジャパン本社に乗り込み、幹部社員100人を前に施政方針演説をぶった。まだ、買収の契約書に正式に調印する前の電光石火の行動だった。

 
 孫はボーダフォンの幹部社員に静かに語り始めた。

 「皆さん、これからの携帯電話はどう変身すると思いますか。私はこれから携帯電話はモバイル・インターネットにどんどん移って行くと思います。携帯は常時接続で持ち歩くモバイル・インターネットになる。最終的にはモバイル・インターネットがパソコンを超える。モバイルが人々とより深く関わり合う、そういう時代が必ず到来する」

 この時、スマートフォンと言われるiPhoneはまだ、日本市場に登場していない。しかし、孫はこの時すでに現在のスマートフォン時代の到来を見通していたのだ。

 孫はさらに続ける。「電話に強いボーダフォンとインターネットに強いソフトバンクのそれぞれ異なったバックグラウンドを組み合わせれば、必ず未来のチャンピオンになれる。時間がどのくらいかかるかは別にして、ソフトバンクとボーダフォンの連合でドコモ、KDDIを抜き、アジアナンバーワンのモバイル・インターネット会社になりましょう!」

 孫の40分間の演説は理路整然としており、情熱と説得力があった。幹部社員が大人しい羊の目から獲物を狙う狼の目に変わるのを、孫は演説をしながら感じた。

 その日の夕刻、孫は再び成田空港に向かった。iPhoneを米国はじめ世界で大ヒットさせたアップル社CEO、スティーブ・ジョブズと日本でのiPhone販売権を話し合うためであろう。iPhone販売権獲得については、ドコモが先行していた。しかし、孫は幾多の交渉の経験からひっくり返す自信があった。

 それから2年後の08年7月、ソフトバンクは難交渉の末、iPhoneの販売権を獲得、日本での販売に踏み切った。日本での発表初日の11日、東京・原宿のソフトバンク店舗には長蛇の列が出来た。孫も現われ、お客一人ひとりに丁寧に頭を下げた。

 傍らのソフトバンクモバイルの営業部長は長蛇の列を見て稔った。「孫社長の先見性には参った」と。iPhoneをアップル社から仕入れる際、彼は通常の新機種の仕入れ量を孫に進言。即座に孫が「お前はアホか!」と一喝した。

 「iPhoneはモバイル・インターネットの主人公だよ。普通の機種とは別ものだ。パソコンが生まれて、どんどん販売量を増やしたように、iPhoneも右肩上がりで増えて行く。通常の携帯の新製品は3カ月でピークを迎えるが、iPhoneは違う。長期間、右肩上がりで伸びて行く。よ~く見ておれ!」

 孫の予言通りにiPhoneは販売台数を伸ばし、ソフトバンク躍進の原動力となった。1年後、営業部長は「全て社長の言う通りになった」と孫の先見性に舌を巻いた。

 テレビCMも図に当たった。ホワイト犬演じるホワイト家の物語はコミカルで視聴者への訴求力が強く、CM全9000銘柄の中で、07~09年の3年連続で好感度ランキングナンバーワンを達成した。

 そのお陰もあって、ユーザー数は伸び、07年5月から09年6月まで26カ月連続で純増トップを記録した。09年1月には、総ユーザー数2000万人を突破、2位のKDDI(ユーザー数約3150万人)を射程距離内に捉えた。



新機種にかける孫の執念

 孫の新規ユーザー獲得に対する執念は凄まじい。毎日、朝、昼、晩の3回は携帯やパソコンで新規ユーザー数をチェックする。休日のゴルフ場でも携帯を見ては、数字を確かめる孫の姿が見られた。

 携帯端末の新機種開発にも執念を燃やした。ある日、大手携帯機器メーカーの新機種のプレゼンテーションがソフトバンク本社で行われた。孫の前に新機種が並べられ、担当者が1機種ずつ特徴などを説明していく。孫はあからさまに不快な表情を示し、5分も説明を聞かないうちに怒りをあらわにした。「コンセプトがなっとらん!もう一度やり直し」。半年もかけて準備してきた新機種発表会はものの5分で水泡に帰した。

 孫に限らず、企業家の製品開発にかける執念は凄まじい。iPod、iPhone、そしてiPadと立て続けにメガヒット商品を世に送り出したスティーブ・ジョブズもその一人。神経内分泌腫瘍でやせ衰えた体にムチ打って、開発陣を叱咤激励した。ナンバーツー、ナンバースリーもジョブズの罵声に恐れおののくが、一方で強烈に部下から尊敬されていた。その目はランランと輝き、一瞬たりとも輝きを失わなかった。

 ジョブズは毎朝、鏡を見て思った。「あと何年生きられるだろうか。自分にしか出来ない仕事を通じて、人類に何を残せるか」

 そう考えると、1分たりとも時間をおろそかには出来なかった。血を絞り出すような悲壮な思いで開発の日々を過ごした。それは時速800キロメートルでヘアピンカーブを曲がるようなものだ。どれだけ高い志をもって、自分の人生を完全燃焼出来るか。そこには金銭欲も名誉欲もない。

 マイクロソフト創業者のビル・ゲイツが唯一嫉妬した男と言われるスティーブ・ジョブズ。孫はジョブズの志、心境が痛いほど理解できた。だからこそ、ジョブズはiPhoneの日本での販売権をソフトバンクに託したのであろう。「燕雀安(いずく)んぞ鴻鵠の志を知らんや」。2人の企業家にしか分かり合えない領域があるのだ。

 
その孫にとって、開発コンセプトが明確でない新機種のプレゼンテーションは我慢がならない。日ごろは温厚な孫が思わず、怒りをあらわにして閉会を宣言したのだった。



2014年度に借金完済

 ボーダフォンを買収して4年。09年3月期連結決算は売上高2兆6730億円、営業利益3591億円と急角度で業績を上げた。10年3月期決算では、営業利益で4000億円を達成、純有利子負債約1兆7000億円を4~5年で完済する目処をつけた。

ソフトバンクには、いつも大きな借金がついて回る。特にボーダフォン買収後は約2兆4000億円の純有利子負債が重くのしかかり、経営を圧迫した。株価にも敏感に反映し、08年9月のリーマン・ショック直後の世界的な金融危機の時、同社の株価は1000円を割り込んだ。その後、業績を早めに発表するなどの手を打ち、株価は回復、10年4月時点では2200~2300円台で安定した。

 肝を冷やしたこともあって、孫は企業家としての仕上げ作業に取り掛かった。孫は1981年3月の創業に際し、こんな志を立てた。20代で世の中に名乗りをあげ、30代で資金を調達して、ひと勝負する。そして、40代で大勝負に挑み、50代で夢を完成させる。

 その計画通り、30代で店頭市場(現ジャスダック)に株式上場、市場から5000億円を調達、米国のジフ・デイビス(コンピューター関連の出版会社)、コムデックス(コンピューター見本市の運営会社)などを買収、ひと勝負した。そして、40代後半、48歳でボーダフォン・ジャパンを2兆円で買収、大勝負に出た。

 それからの4年間、紆余曲折はあったが、ソフトバンクは年間4000億円の営業利益をあげる世界有数のデジタル情報会社に成長した。しかし、ビル・ゲイツから「お前は希代の勝負師だ」と言われた孫も、いつまでも勝ち続けることは出来ない。

「この辺が潮時。借金を完済し、身軽にしてソフトバンクを後継者に渡したい。それが後継者への礼儀だ」と孫は言った。当時1兆7000億円であった純有利子負債、「これを14年度までに完済する」計画だ。この間、数百億円単位のM&Aや投資はあるかも知れないが、「1兆円を超える大型投資はない」と孫は断言した。

 当時、ツイッターで孫はこんなことをつぶやいていた。

「あと何年生きているのだろうか……その残された人生で自分は何を成せるのか。小さく固まりかけている事を恥じる」

「龍馬は脱藩して5年で薩長連合の大業を成した。自分は創業30年で何も成していない」

 経営者でも企業家でもない、世の中を変える事業家になりたい??。創業時に立てた志を実現するため、孫は最後の仕上げに向き合っていた。



情報産業革命は始まったばかり

 孫が命を燃やす情報革命は46年、世界初のコンピューター「エニアック」が誕生して始まった。その後、大型コンピューター、パーソナルコンピューター(パソコン)へと発展、インターネットの出現で大きく花開いた。既に多くの年月が経ったが、情報革命を登山になぞらえると、10年時点では「まだ1合目にも達していない」と孫はみていた。

情報革命推進のエンジンはCPU(中央演算処理装置)の処理能力、ICチップの記憶容量、通信速度の3つ。孫によれば、40年には処理能力は約100万倍、通信速度は約300万倍に拡大するという。「したがってソフトバンクは右肩上がりの繁栄が続く」と太鼓判を押す。情報革命の地平線ははるか遠く、舞台はとてつもなく大きい。

 孫正義は情報革命の到来を誰よりも早く察知し、誰よりも熱い情熱をもって革命を推進してきた。しかし、革命の志士は孫だけに留まらない。

この物語は、情報革命を舞台に己のロマン実現のため疾風怒涛のように世界を駆け巡る現代の蒼き狼たちの戦いを綴ったものである。

 81年3月、孫正義は24歳のとき福岡県雑餉隈(ざっしょのくま)で企業家人生のスタートを切った。その時、先輩企業家や後輩企業家は何をしていたか。

ゲンダイの“蒼き狼”たち

稲盛和夫(京セラ創業者)


 49歳。京セラを創業して22年、1年前に株式をニューヨーク市場に上場、ベンチャーの雄として活躍。

飯田亮(セコム取締役最高顧問)

 
 47歳。日本警備保障を19年前に創業、株式を東証一部に上場、稲盛と並んでベンチャーの両雄と称される。

大朏直人(オンキヨー名誉会長)

 40歳。4年後の85年に丸八工業(現テクノエイト)の再建に乗り出し、平成の再建請負人となる。

千本倖生(イー・アクセス創業者)

 38歳。日本電信電話公社(現NTT)技術調査部長、3年後に稲盛とともに第二電電(現KDDI)を共同創業する。

永守重信(日本電産会長兼社長)

 36歳。8年前に日本電産を創業、82年に峰山工場を建設、発展への基盤を確立した。

柳井正(ファーストリテイリング会長兼社長)

 32歳。小郡商事(現ファーストリテイリング)専務。3年後の84年にユニクロという店名でカジュアルウエア小売業に進出。

林武志(朝日ソーラー社長)

 31歳。2年後の83年に朝日ソーラーを設立。孫正義とは刎頚の友。

増田宗昭(カルチュア・コンビニエンス・クラブ社長)

 30歳。ファッション専門店「鈴屋」の店長、販促ディレクターなどを務める。2年後の83年にCCCを設立、ビデオレンタルチェーン経営に乗り出す。

北尾吉孝(SBIホールディングスCEO)

 30歳。野村證券海外投資顧問室勤務。14年後の95年にソフトバンク常務に就任、市場から5000億円を調達、孫のM&A作戦を資金面から手助けする。

澤田秀雄(エイチ・アイ・エス会長兼社長)

 30歳。1年前の80年にエイチ・アイ・エスを創業、格安航空券を販売、旅行業界に旋風を巻き起こす。

荒川亨(ACCESS共同創業者)

 22歳。2年前の79年に創業、パソコン以外の電子端末のOSを開発、ドコモのiモードのOSを開発して急成長。しかし09年10月、すい臓がんで急逝した。

熊谷正寿(GMOインターネットグループ代表)

 
 17歳。國學院高等学校を中退、悶々とした青春時代を過ごす。10年後の91年にボイスメディア(現GMOインターネット)を設立。

三木谷浩史(楽天会長兼社長)

 15歳。中学3年生。16年後の97年にエム・ディー・エム(現楽天)を設立。

 

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