2018年07月30日
戦後教育の成果と反省/日本経済新聞社参与 吉村久夫
企業家倶楽部2018年8月号 教育への挑戦~新しい日本人を求めて~ vol.14
Profile
吉村久夫(よしむら・ひさお)
1935 年生まれ。1958年、早大一文卒、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員、日経ビジネス編集長などを経て1998年、日経BP社社長。現在日本経済新聞社参与。著書に「本田宗一郎、井深大に学ぶ現場力」「歴史は挑戦の記録」「鎌倉燃ゆ」など。
敗戦は明治維新以来の歴史的大転換を意味しました。なにしろ、日本の敗戦は史上初の出来事でしたし、その被害はまた史上最大でした。330万人の犠牲者を出し、原爆の洗礼を二度も受けたのです。
国体は維持されましたが、日本は天皇を国の象徴と改め、戦争を放棄しました。交戦権を放棄したのでは国とはいえないという議論もありましたが、世界平和の先頭を切ろうと、その覚悟のほどを世界に宣言したのです。
欽定憲法に代わって新日本憲法が制定されました。新憲法と共に前文付きの教育基本法も制定されました。勝者の米国も教育の重要性は十分認識していました。軍国主義教育はなにをさておいても、一掃しなければならないという考えでした。
占領軍は日本に5つの大改革を指令しました。それは婦人解放、労働組合結成、教育自由主義化、圧政的諸制度廃止、経済民主化でした。この大方針に基づいてその後、日本の民主化が強力に推し進められました。
この結果、日本の教育は制度、内容、運営とも大変革を遂げました。
制度面では6・3・3・4制によって、義務教育年限が9年間に延長されました。中学、高校、大学も新制になり、戦前の複線型と違って、米国式の単線型の進学体系が生まれました。
内容面では軍国主義に奉仕したとして修身が廃止され、歴史、地理が軽視されました。個性が尊重され、人格の養成が強調されました。ビンタなどの軍隊式訓練は排除されました。
運営面では教育委員会やPTAが誕生しました。日教組が誕生し、教師も労働者であることが明記されました。
教育の民主化はいろいろな恩恵をもたらしました。学園の空気はずっと明るくなりました。生徒は先生のビンタを怖がる必要が無くなりました。
男女共学の進行は学園を活性化しました。中学校と女学校の垣根が取り払われ、映画「青い山脈」が描いたように、男女学生が一緒に学習したり、クラブ活動を楽しむようになりました。
学校の自治が進みました。級長は選挙になりました。生徒会は予算を組むようになりました。私は高校3年間、生徒会の役員として年に丸2日、予算会議を開いて審議したものです。
新制大学が続出して、いわゆる駅弁大学と呼ばれました。戦前の高等専門学校も大学に昇格して、より多くの若者たちが出征の心配もなく、青春を謳歌出来るようになりました。
先生たちも昔の聖職者から労働者に変わって、自分たちの要求を学校当局に突き付けるようになりました。対等の立場で団体交渉が出来るようになったのです。
これら一連の民主化の恩恵を背景に、進学率が急上昇しました。ほとんどの生徒が義務教育の後、高校へ進学するようになりました。また、近くに駅弁大学が出来たので、大学への進学率も上昇しました。
その後、日本は高度経済成長の時代を迎え、たちまち世界第2位の経済大国になりました。この奇跡的成長の要因の一つには、教育をはじめとする政治、経済の民主化がありました。
しかし、実際に経済成長を担ったのは戦前の教育を受けた人たちでした。彼らが戦争から解放され、本来の実力を発揮して、経済復興に邁進した結果でした。
日教組とPTAの発言力が強まるにつれて、教育民主化の行き過ぎの修正を求める声が出始めました。その声は主として経済界から出て来ました。新人たちの態度、学力を見て、将来を危ぶみ始めたのです。
その結果、しつけをしっかり身につけさせるべきだということになりました。修身という言葉は無くなりましたが、代わって道徳の授業が始まりました。やがてテキストも出来ました。
やはり勉強は基礎が大事でした。江戸時代の寺子屋がそうだったように、読み書きソロバンが大事なのです。一時、ゆとり教育が採用されましたが、学力が低下したので旧に復しました。
民主教育では自分で物を考える力が要求されました。それには歴史、地理、文化の理解が必要でした。判断基準として、歴史的視点と国際的視点が必要なことが判ったからです。
民主教育は個性を伸ばすことを大事と考えました。ところが、進学コースの単線化と共通一次試験の実施などで、受験競争が激化し、かえって横並びの没個性的な学生を生むことになりました。
そこで大学受験方法の多様化と、多様な実務教育機関の創設が必要になりました。最難関の東大までが、個性豊かな学生を求めて、推薦入学に踏み切りました。
実務教育面では、医療福祉、法務会計、情報通信などの関係学校が増えました。中でも話題を呼んだのは法科大学院の創設でした。日本もやがて米国のように、至る所で弁護士が活躍するようになると予想されたからでした。
しかし、これは失敗でした。日本は米国のように何事も法廷に持ち出すという社会ではありません。和の社会です。それに司法試験の壁は高く、法科大学院が有利とはならなかったのでした。
そうこうしているうちに、学校再編成の時代がやって来ました。出生率が低下し、人口減少の時代がやって来たのです。それは実は分かっていたことでした。
ところが、事前には対策が打てなかったのです。保育園が足りなくて、待機児童が増えている、などという報道を読んだりすると、学童減少が現実とは思えなくなってしまうのです。
保育園の待機児童の増加は構造的なものです。各家庭の主婦が働き出したからです。学童の減少はそれとは違います。十分な収容設備があるのに、生徒の絶対数が減って来たのです。それに輪をかけたのが地方の過疎化でした。
21世紀に入ると、生徒数が標準規模に達しない学校が増えて来ました。結果、小中校の再編成が起きました。廃校、合併です。廃校跡は診療所や老人ホーム、道の駅になったりしました。
進学率が98%になったと喜んでいた高校も、生徒数でみると、平成元年から26年までの4分の1世紀に560万人から330万人へと激減していたのです。
このことは当然、大学の入学生の数に反映します。定員割れの大学が続出し始めました。大学の収入は学納金と寄付金です。支出は人件費と研究費です。赤字大学が続出し始めました。
文部科学省は大学の法人化を進め、経営力を強化することにしました。しかし、資産をたくさん持っている歴史の古い有力大学はそう多くありません。受験料と学納金が頼りなのです。
その点、欧米の大学は違います。先輩や企業の寄付金が多いのです。米スタンフォード大学の場合、収入構成の中では寄付金がもっとも大きく、授業料を上回っています。
米国の大学は日本のそれより授業料がずっと高いのですが、大学は豊富な寄付金を使って奨学金を設け、優秀な学生を獲得します。優秀な学生が多いと、寄付金も増えるのです。
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