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トピックス -企業家倶楽部

2018年09月03日

厳しさと優しさを兼ね備えた九州男児/河野貴輝の人的ネットワーク

企業家倶楽部2018年10月号 TKP特集第5部


事業では素早く猛然と攻め、厳しさも辞さない九州男児。しかしプライベートでは一転、情が深く、時には少年のような面を見せる河野を、周囲の者は自と応援する。(文中敬称略)



世界的な経営者になって欲しい

エイチ・アイ・エス代表取締役会長兼社長

澤田秀雄 Hideo Sawada


 世界的な経営者になって欲しい


 河野との出会いについて、エイチ・アイ・エス会長兼社長の澤田秀雄の記憶にあるのは、社外役員になって欲しいと依頼された時だ。2012年頃のことである。多忙を極める澤田は最初断ったが、河野の熱心な頼みに、株式上場するまでということで引き受けた。実際に12年から3年程度社外役員として、河野の経営手腕を見ることになる。その後上場のメドがついたことと、多忙だったこともあり、辞めさせてもらった。

 基本的に社外役員は引き受けない澤田の心を動かした河野。そこには経営者としての魅力があった。

「彼は経営センスがあり、パワーがある」

 貸会議室を中心とした空間ビジネスについて熱く語る河野の話を聞き、それまでにないビジネスだったこともあり、視点が面白く有望なビジネスだと思ったという。今でこそシェアリングビジネスが盛んになっているが、まだそうした言葉も一般的ではなかった時代。「空間シェアリングビジネスの先駆けとして、彼は当たりましたね」。

 経営センスには、マネジメント力とお金のセンスの2つの要素が必要という澤田、「河野君にはその2つが備わっている」という。そして「独断と偏見で我が道をいく、良い意味でのワンマン社長」と評する。だからこそ、IT系ではないながら夢に向かって着実に成長しているのであろう。

 エイチ・アイ・エスだけでなくハウステンボスの社長としても多忙を極める澤田だが、社外活動にも熱心で、アジア経営者連合会の会長として、多くのベンチャーを育て、広くアジアの経営者との交流を深める。河野はこの会の理事を務めており、パワフルに活躍しているという。多忙な2人はその理事会等で顔を合わせる仲だ。

 河野について「パワーがあって夢が大きい、そしてタフな経営者」という澤田。経営にはパワーが必要なのだと強調した。そして、ベンチャーはよく色んなものに手を出して火傷することもあるが、貸会議室を中心に、ホテルや弁当など、着実に周辺事業を拡大していく河野の事業センスに感心する。

「河野君は経営センスとパワーがある。そしてスピード感と行動力がすごい。したがって今の貸会議室と異なるビジネスをやってもうまくやれるだろう」と澤田。河野の経営センスについて何度も口にした。経営者として澤田のお眼鏡にかなったということであろう。

 果敢に海外展開にも挑む河野には、「海外需要はあると思うが、それぞれの国の法律や文化が違うので難しい面もある。どこか1カ所で成功事例をつくり、それを横展開していくのが良い」とアドバイスを送る。

 今のところ、TKPとは会議室を借りる程度で一緒に仕事をしてはいない。今後について聞くと「色んなベンチャーを知っているが仕事は一緒にやらない」と一言。日本のベンチャーの雄として君臨する澤田、あまりにも多くのベンチャーを知っていることも、その理由の一つであろう。

 「TKPの事業は今のシェアリング時代に合っているので、まだまだ発展するのでは」と、その成長性に期待する。

 この春、澤田は「海外一人旅」宣言をし、3月中旬から会社を離れてアジアや欧州などを回っている。中でもアジアの発展に目を見張る澤田は、「ぜひ世界的な大物経営者になって欲しいですね」とエールを送った。



やる気と情熱に溢れる男

伊藤忠商事特別理事 

小林栄三 Eizo Kobayashi


 やる気と情熱に溢れる男


 河野を若い頃から知る男。それが、河野の古巣、伊藤忠商事で現在特別理事を務める小林栄三である。

 河野が入社した当時、伊藤忠には7つのカンパニーがあり、小林は情報産業、河野は為替証券の部門にそれぞれ所属していた。縦割り組織の中で、本来二人が会う機会は無かったのだが、時勢が彼らを引き合わせることとなる。

 経営的に厳しい状況を迎えていた伊藤忠は、カンフル剤としてインターネット関連ビジネスを加速させるべく、「ネットの森」を創設。カンパニーの垣根を超えて、意気盛んな若者を助けようと、小林は大いにこれを主導した。「ネットの森」は、言わばやりたいことのある社員の駆け込み寺となり、その精鋭の中にいたのが河野であった。

 当時の河野に対する印象を小林は「やる気とガッツがあった」と語る。「ネットの森」から小林が部門長として日本オンライン証券(現カブドットコム証券)を立ち上げた際も、「伊藤忠から新しい金融サービスを作る」という意気込みが伝わり、河野が様々なことに一生懸命取り組む姿が目立った。

「入社して数年で、伊藤忠とは違う文化を持った会社に自ら出向を志願するとは、何か新しいことに挑戦したいという気概を感じました」

 河野が伊藤忠を去ると、しばらくは接点が無かったが、伊藤忠退職者が集まる年2回の食事会で河野のことが話題に上った。報告によると、河野は地方にいるとのこと。その後、河野からの電話を受けた小林は、「若いのに何をしてるんだ、早く東京に帰ってこい」と伝えた。

 その言葉があってか、東京に戻って来た河野は、1~2 年して貸会議室のビジネスモデルを小林に紹介。これが現在TKPの主力事業となっているのは周知の通りだ。

 そんな河野の魅力を小林に尋ねると、新しいことにかけるやる気と情熱、経営者に必要な明るさ、助けたいと思わせる人懐っこさを挙げた。小林が伊藤忠社長を務めていた時の副社長で、現在はTKP取締役を務める渡邉康平や、TKP設立の際に出資をした伊藤忠テクノロジーベンチャーズ社長の中野慎三、現在伊藤忠の執行役員を務める野田俊介など、退職した先の人間とさえ良好な関係を築けていることも、新たなアイデアや違った視点からの提案を得られる素地となっているのだろう。

 愛弟子のような河野が作ったTKPについて、小林は「フロンティアを走っている」と評価する。シェアリング・エコノミーの領域は投下資本が少なく、短時間で始められるため、競合他社が参入してくる可能性は常にある。ただ、他社への優位性を保つため、宴会場やケータリングなどの事業に進出すると、投下資金は増え、シェアリング・エコノミーの鉄則から逸脱する。そのバランスをどう取っていくのかは、河野次第だ。

「TKP全体のポートフォリオや財務基盤を、以前にも増して考えなければならない段階に入ってきています。今後、彼にとって大きなチャレンジになるでしょう」

 世の中はほとんど先行きが見えない状況で、現代は大きなパラダイムシフトのど真ん中にあると言われる。そんな中、「河野さんには、これから毎日ビジネスモデルを絶えず強くし、新しいアイデアを出して、この分野のリーダーになってほしい」と言う小林。「彼のことは、40代前後の経営者なら皆知っています。率先して世の中を切り拓き、刺激を与えていただきたいですね」と期待を込めて語った。



即断即決の男気ある経営者

アパホテル取締役社長

元谷芙美子 Fumiko Motoya


 即断即決の男気ある経営者


「河野社長との対談がきっかけです」

 アパホテル社長の元谷芙美子は、TKPがアパホテルのフランチャイズ事業(以下FC)に携わることとなったいきさつを語り始めた。

 今やアパホテルのNo.1フランチャイジーとしての顔を持つTKPとの繋がりは、アパホテル専務の元谷拓から河野を紹介されたことが契機となっている。当時から、TKPはアパホテル& リゾート〈東京ベイ幕張〉で貸会議室「TKPガーデンシティ幕張」を運営。その手腕が元谷の目に留まり、2010年12月、新聞の全面広告企画で対談することになったのだ。 河野の童顔で可愛らしい印象に加え、息子と同年代ということもあり、初対面から親近感が湧いたという元谷。対談の中で河野は、オーナーから借りた会議室を利用者に貸す「持たざる経営」で業績を伸ばしてきたと語った。一方、アパグループは不動産ディベロッパーとして確固たる資産を持ち、グループ19社へと業績を拡大してきた企業だ。真逆の考えを持つ元谷は「この先を見据えたら、会社を筋肉質にしていくことが大切」と持論を述べた。

 仮に売上げを急速に伸ばしても、貸会議室の運営利益を積み上げるだけでは会社の目に見える商品、資産として心もとない。担保にもならず、万が一経営危機に瀕した場合、窮地に立たされる可能性も否めないというわけだ。また、償却資産を持つことによって節税にもなる。

 このようにアドバイスしながらも、河野の頭の良さ、決断の速さ、そして情熱を確信した元谷。また、対談では、それまでアパホテルではFC展開を行ってこなかったにも関わらず、「河野さんは非常に有能で伸びる方だから、FC第1号として承っても良いですよ。お客様もTKPもアパホテルも、三方良しで喜んでいただけます」と提案した。

 すると河野はその申し出に感動し、素早く決断。現在では、計画中も含め国内にアパホテル10拠点を展開する。中でも日暮里駅前の物件は元谷も購入を検討していたのだが、河野が即決し、思わず「やられた!」と悔しがったほどだ。そのスピード感は、元谷と言えどもうかうかしてはいられない。また、FCの交渉では一歩も引かない強さや度胸の据わり方から、起業してこれまでに様々な試練を乗り越えてきたことが伺われる。

 そんな河野の率いるTKP本社に差し入れをすることもあるという元谷。ある時は河野が運転手を捜していると聞き、その日のうちに紹介したことも。お互いの誕生日を祝うなど、プライベートでも親交がある。「男気があって、良い意味で年下とは感じないくらい頼りがいがある」

 また、プライベートで河野がアパグループのマンションを購入した時のことだ。お互いあまりに多忙で、元谷が直接物件を案内することができず、「ご自分で見に行って、良かったら契約して来て下さい。私のイチオシで間違いございません」と電話だけすると、河野は物件の内容すら知らないまま、すぐに車で現地へ飛び、「元谷社長がお勧めと仰るので買うつもりで来ましたが、一体どの物件ですか」とスタッフに問うた。河野が元谷へいかに信頼を寄せているかがよく分かる。

 TKPは17年に東証マザーズに上場し、河野は「EYワールドアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2018」日本代表としてモナコで開催された世界大会に参加。より一層たくましくなった。「ここまで成功されておりますが、健康体で100歳を超えるまで頑張って、納得の行く人生を過ごし、伝説の企業家におなりください」



ずば抜けて感性の高い企業家

APAMAN代表取締役社長

大村浩次 Koji Omura


ずば抜けて感性の高い企業家


「皆から好かれる顔をしていると思った」

 アパマンショップなど不動産総合サービスを展開するAPAMAN(以下アパマン)社長の大村浩次は、河野の第一印象をそう語る。 共に賃貸物件を扱う業界に身を置き、現在ではコワーキングスペース(共用オフィス)を共同展開していることもあって、月に3回ほどは会う仲だ。同規模の企業を経営している者同士、気心が通じあい、通常なら順を追って理由を説明せねばならないような話でも、スピーディーな応酬がなされる。

「アパマンの事業目的は世の中を良くすること」と大村は断言するが、河野も同様の想いを抱いており、「日本を良くするために働きたい」と語るのを度々耳にしてきた。事実、TKPは貸会議室を安価に提供することで、手軽かつ身近なものとしている。様々な会をホテル併設の宴会場などで開催していた頃と比べれば、費用削減効果は火を見るより明らかだ。

 TKPの事業モデルを「一つのビジネス革命」と位置付ける大村。これだけIT活用が叫ばれると、ついアドネットワーク広告などの手法で攻勢をかけたくなるものだが、「河野さんは知恵と発想で市場を切り拓いてきた」と分析する。

 都心で目にする多くの看板により、TKPはいつしか周知され、もはや貸会議室の代名詞と言っても過言ではない。ブランドが確立したことで、自然にTKPの貸会議室を利用している会社も多いだろう。スペース貸事業で利益を上げるのは難しい中、TKPは利益を上げながら事業を拡大させてきた。大村が「河野さんは商売の天才」と絶賛する所以だ。

「会議室の顧客とのシナジーを考えた施策がすごい」と大村が感心するように、TKPは日本全国で利用できる会議室に留まらず、会議で提供する弁当、椅子などの家具、イベント運営代行、宿泊を伴った社員研修など、サービスを拡充し続けている。「河野さんからお願いされたわけでもないのに、いつの間にかアパマンでも、他社からTKPの宿泊研修施設に乗り換えていた」と大村は笑う。

 河野は業界大手となった今でも非常にコスト意識が高く、小さなことであっても曖昧な妥協はしない。正に「利は仕入れにあり」を実践しているのだ。

 経営者としては厳しい姿勢を貫く一方、優しい面も併せ持つ河野。多忙なスケジュールを縫って、大村のために誕生日の会食の席を設けてくれた。サプライズは、アパマンのマスコット「べあ~君」に似たご当地ゆるキャラのぬいぐるみ。わざわざ遠方まで買いに行き、胸の部分に「大村」と書いた丸い紙を貼るこだわりようだ。

 また、さっぽろ雪まつりを見ようと河野が提案し、お互いに何とか一日だけ休みを取って出かけたこともあった。ただ、空港からタクシーで会場に向うも、見事に何もない。すると「ごめん、1週間早かった」と河野。これには2人で大笑いしてしまった。「感性は経験によってしか磨かれない」というのが大村の持論だ。「河野さんは学生時代からビジネスの経験を積み、相当若い頃から成功も失敗も経験してきたのでしょう」。それが全て身になっている河野は、感性がずば抜けて高く、大村はいつも刺激を受けている。40代半ばとなった今は、知力・資金・人脈がいずれも潤沢に揃い、最も仕事が出来る時だ。

 世は第4次産業革命真っ只中。益々グローバル化は進み、世界中の企業と戦っていかねばならない。日本の経済界にもイノベーションが不可欠だが、「河野さんのような人こそイノベーターになる」と大村は期待を寄せる。

「日本を代表して、日本の企業力を強くして欲しい。大勢の若者が企業家に憧れ、河野さんを目指していくようになると良いですね」



発想力と行動力が半端ない

ホットランド代表取締役

佐瀬守男Morio Sase


発想力と行動力が半端ない


 全国に「築地銀だこ」を展開するホットランド代表の佐瀬守男が河野に会ったのは10数年前、TKPが創業間もない頃だった。知人から「すごく面白い男がいる」と紹介されたのだ。当時あまりなかった貸会議室というビジネスモデルについて熱く語る河野に「この人は伸びるな」と確信したという。

 佐瀬は八丁堀、河野は茅場町と会社が近かったこともあり、2人は飲みながら様々な情報や新規事業、海外展開などについて語り合った。

 TKPがまだ小さかった頃から、どんどん成長していく過程を目の当たりにしてきた佐瀬は、河野の発想力と行動力はすごいと感心する。しかし一方、チャーミングな一面もあるという。

 一緒にゴルフをしたときのことだ。グリーン上に一匹のアブが飛んできた。と、アブが大嫌いという河野は、必死になってアブを追い払い、駆け回っていた。その姿を目で追いながら「少年みたいで可愛い人だな」と思ったという。

 そんなチャーミングな一面を持つ河野だが、仕事のこととなると厳しい辣腕経営者に変身する。自ら河野塾を主宰、熱心に人材育成に努めていた。佐瀬も講師として招かれたことがあるが、社員たちの真剣さ、情熱が伝わってきたという。まだ規模は小さかったが、皆、命がけで頑張っていた。「例え競合が出てきても、大手にはない泥臭いゲリラ的動きができるので負けることはない」と太鼓判を押す。

 ホテル観光学科で学んだ佐瀬はホテル業について詳しい。ホテルの収益の軸は、客室、レストランと宴会の3つという。2011年の東日本大震災以降、ホテルの宴会需要は激減した。「この宴会の部分を切り離して勝負をかける」と熱く語る河野。これを活用して飲食を伴う会議を仕掛けていくというのだ。

「河野社長は『ここは』と思ったところにデッカイ勝負をかける勝負師。そして勝負に勝つ。そこがすごい」と絶賛する。

 伊藤忠時代にはITを使った証券会社を立ち上げ、その後イーバンクなど、ずっとITの世界にいた河野だが、足で稼ぐ実業をしっかりやりたいといつも語っていた。そういう意味では「築地銀だこ」を展開する佐瀬と似ているのであろう。

 紆余曲折を乗り越え、大きく成長したことを喜ぶ佐瀬だが、会議室を軸とした実業で、まだまだ大きくなると目を細める。

「河野さんはジジころがし、年上の偉大な方々に可愛がられる素質がある。会社が大きくなっても偉ぶらないし、チャーミングで、何より発想力と行動力が半端ない」

 貸会議室を中心に、ホテル、弁当など本業の延長線上で事業を膨らませているので、リスクが低く、シナジー効果が高い。佐瀬は「実業であれだけ大きな展開をできる経営者はそういない。日本はもとより世界を代表するアントレプレナーになって欲しい」とエールを送る。

 今後一緒に事業をやる可能性については、これまで何回か話には出たが、なかなか実現しないという佐瀬。「それよりもパワフルな河野さんがどこまで大きくなるかずっと見ていたい」と語る。

 今でも定期的に飲み会を開いているが、群を抜いた発想力には会う度に驚かされると佐瀬。そして言ったことを必ず実現させていくその行動力には感服するという。最後に「大きく羽ばたき、行けるところまで行ってください。楽しみにしています」と締めくくった。



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