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トピックス -企業家倶楽部

2018年10月11日

中国で進むAI革命―ユニコーン企業輩出、米中間の新たな火種に?

企業家倶楽部2018年10月号 グローバル・ウォッチ vol.21


中国が人工知能(AI)分野で世界をリードしつつある。AI分野のユニコーン企業が続々と誕生し、百度など「BAT」と呼ばれるテック大手のAI研究を政府が全面的に支援する。中国は大量に収集・蓄積したデータを活用して画像認識や音声認識の精度を高め、こうした技術を防犯や自動運転に応用している。米中貿易戦争が本格化する中、AIは新たな火種として浮上するのか。




 香港の歌手「四天王」の一人、張学友(ジャッキー・チュン)氏の大陸でのコンサートで相次ぎ逃亡犯が逮捕され、チュン氏は「逃亡者キラー」なる新しい称号を得ている。2ヶ月間でチュン氏のコンサートで5人の指名手配犯が捕まった。江西省南昌市のコンサートでは6万人の中から、AIを使った顔認識システムが監視カメラに映った画像から容疑者を特定した。

 活躍したのは公安部(公安省)が運営する「天網(スカイネット)」だ。16の省・特別市で2千万台の監視カメラをネットワーク化している。国内で1億7千万台あるとされる監視カメラの10%強をすでに結んでおり、この2年間で2千人の逃亡犯逮捕に貢献したとされる。まさに「天網恢恢疎にして漏らさず(天の張る網は広くて目が粗いが、悪事を見逃すことはない)」。広東省深セン市などでは横断歩道のないところで道路を渡った人物を監視カメラで発見し、顔認識技術を使って個人を特定。街中の大型ディスプレーに顔写真と氏名などを晒す取り組みを実施している。

 顔認識システムを巡っては、日本など先進国では「監視社会の恐怖」「プライバシーの侵害の危険性」という切り口で語られやすい。しかし中国では「安全な社会」を築くためのハイテク技術として肯定的に捉えられ、こうした成果を警察なども積極的に宣伝して犯罪の抑止力にしようとしている。一般市民もプライバシーには比較的無頓着で、自分が暮らす社会の治安や安全が向上する利点を概ね評価している様子だ。中国の地下鉄に乗るとモニターで流れる動画広告には、乗車マナーについて懇切丁寧に指導する内容などが目立つ。「文明社会の実現」が「発展途上国」中国の最優事項でもある。

「天網」に顔認識技術を提供しているとされるのが、北京深醒科技(センシングテック)だ。袁培東(ユエン・ペイトン)氏が2016年に設立したスタートアップで、政府系ベンチャーキャピタル(VC)などからシリーズB(事業拡大)段階の投資資金を得ている。袁CEOは清華大学人工知能研究所所長に就任した張ポー(チャン・ポー)氏の門下生で、張ポー氏はセンシングテックのチーフサイエンティストでもある。



■北京にAI系ユニコーン集積

 もっともセンシングテックは雨後の筍のごとく誕生した中国のAI系スタートアップ群の末端に位置するに過ぎない。17年は中国のAI関連企業が相次ぎユニコーン企業(評価額10億ドル=1千億円=以上の未上場テック企業)入りして注目された。米調査会社CBインサイツによればAI関連の中国系ユニコーン企業は18年7月時点で6社前後あり、中国全体の1割弱を占める。16年までは深セン市周辺に拠地を構える製造業系スタートアップが相次ぎユニコーン入りした。ドローン製造大手の大疆創新科技(DJI)や折れ曲がる有機ELディスプレーメーカーの柔宇科技(ロイヤル・コーポレーション)などだ。17年からはVCの資金もAI系にシフトし、しかも首都北京市にそうした企業が集まっているという印象だ。

 そのうちの1社が北京昿視科技(メグビー・テクノロジー)。メグビーは世界的なコンピューター科学学者である姚期智(ヤオ・チーチー)清華大学教授の門下生3人、印奇(イン・チー)、唐文斌(タン・ウェンビン)、楊沐(ヤン・ムー)が11年に設立した。北京市中関村にある同社の本社を訪ねると、受付横に置いてあるカメラが訪問者の顔を大型ディスプレーに映し出している。社員だと即座にデータベースの顔写真と氏名を表示する。「フェイス++(プラスプラス)」のブランドで知られる顔認識技術のデモンストレーションだ。

 メグビーの顔認識技術は阿里巴巴集団(アリババ)のネット決済サービス「支付宝(アリペイ)」や配車サービス「滴滴出行(ディディチューシン)」などの本人認証の手段として採用されるなど民間での利用が進んでいる。この7月には北京艾瑞思機器人技術(アレスボッツ・テクノロジー)を傘下に収め、自走するインテリジェント搬送ロボットの分野に本格参入するなど、ハードの世界にも事業を拡大中だ。

 メグビーのライバルとされるのが北京市商湯科技開発(センスタイム)。香港中文大学の湯暁オウ(タン・シャオオウ)教授が弟子の徐立(シー・リー)CEOとともに14年に設立した。北京が本社とされるが、香港中文大学に隣接する香港科技園(香港サイエンスパーク)に最先端の開発拠点を構えており香港発のスタートアップともいえる。4月にアリババなどからシリーズC(出口直前の資金調達)段階として6億ドルの資金調達に成功。評価額は45億ドルに達し、メグビー(10億ドル)を上回る。「ファーウェイ(華為技術)」「シャオミ(小米科技)」「オッポ(広東欧珀移動通信)」「ビボ(維沃移動通信)」といった中国の主要スマホメーカーに顔認識技術を提供するほか、携帯電話向け半導体大手の米クアルコムとも戦略提携しAIチップの共同開発に取り組んでいる。さらに自動車の自動運転にも自社技術を拡大することを狙っており、本田技研工業とも業務提携した。日本では京都市に開発拠点を構え、AI人材の獲得に積極的だ。

 中関村に本社を構える寒武紀科技(カンブリコン)はAIチップの設計・開発を手掛ける。陳天石(チェン・ティエンシー)CEOを初め劉道福(リュウ・タオフー)副社長、王在(ワン・ツアイ)副社長など中核メンバー4人のうち3人が中国科学技術大学の出身。16年に設立されたばかりだが、すでに20億ドルの評価が付いている。AIを使って画像を処理するチップで、ファーウェイの旗艦スマホ「メイト10プロ」に搭載されたAIチップ「キリン970」はカンブリコンの技術をベースにしている。AIチップの開発を進めている米グーグルや米エヌビディア、ソフトバンクが買収した英アーム・ホールディングスのライバルになるかもしれない。

 AI系ユニコーンの中で評価額1位(200億ドル)と先頭を走るのが北京字節跳動科技(バイトダンス・テクノロジー)。天津市の名門、南開大学卒の張一鳴(チャン・イーミン)氏が12年に設立し、わずか6年ほどで「滴滴出行」を運営する北京小桔科技(オレンジ・テクノロジー)、食品配送サービス「美団点評(メイテュアン・ディアンピン)」に続く第3位となった。世界でもオフィスシェアのウィワークと並ぶ6位だ。バイトダンスはニュース配信サイト「今日頭条(チンリー・トウティアオ、今日の見出しの意味)」の運営母体として知られる。各種ニュースサイトから記事を抽出し、視聴者の嗜好に応じて見出しを配置するアルゴリズムにAIを採用している。



■「BATI」

 米中貿易摩擦では中国国務院(政府)が15年に発表した計画「中国製造2025」が米国覇権への中国の挑戦状として取りざたされている。25年までに世界の製造強国の一角に入り、49年には米欧日に肩を並べるという計画だ。その中では製造工程でのAIの利用を促進して生産性を挙げることがうたわれている。国務院はさらに17年7月に「次世代AI発展計画」を公表し、20年までの3年間にAI技術を世界水準に高め、30年までに理論面も含めて中国を世界のAIイノベーションセンターにする方針を打ち出した。30年の関連市場規模を20 年の10倍の10兆元超(約160兆円)にするという。16年10月に米オバマ政権が「国家AI研究開発戦略計画」を打ち出したことに刺激を受けたもようだ。

 科学技術部(省に相当)は17年11月に「次世代AI発展計画推進室」を設置し、4つの分野を優先的に推進するとし、それぞれの分野のリード企業を選定した。頭文字をとって「BATI」とも称される4社で、自動運転は検索大手の百度(バイドゥ、北京市)、スマートシティはアリババ(杭州市)、ヘルスケアは騰訊(テンセント、深セン市)、そして音声認識は科大訊飛(アイフライテック、合肥市)と本社所在地も分散している。

 アイフライテックはBATに比べると知名度は低いが、創業はほぼBATと同じの1999年で深セン証券取引所の上場企業だ。「科大」というのは合肥市にある中国科学技術大学のことで、理系では清華大学と並ぶ名門校だ。同大の音声認識技術研究者の劉清峰(リュウ・チンホン)氏が18人の仲間と立ち上げた。創業時に「科大」が支援し、現在でも同大が大株主として名前を連ねる。合肥という地方都市にあるが、むしろ「科大」の優秀な人材を獲得でき、しかも北京のような大都市よりも研究者の定着率が高いという利点もある。

 中国では「BATI」やユニコーン級のスタートアップ群がAIの研究に物凄い勢いでお金と人材を投じている。AIの中核技術である「深層学習」にとっては、学習するデータの量が極めて重要な意味を持つ。公安など政府機関が個人の顔画像データを大量に保有し、自由にこうした企業に使用する許可を与えている。一方、プライバシー保護問題で縛られつつある米系テックジャイアントには逆風が吹き始めている。フェイスブックは7月26日にはプライバシー問題への対応に巨額投資が必要になるとの見方から株が1日で19%も下落。時価約1190億ドル(約13兆円)が一日で吹き飛んだ。

 日本ではプライバシー保護が問題になる前に、そもそも顔画像データなどを一元的に収集して保存している組織がない。AIによる東大入試挑戦で知られる新井紀子国立情報学研究所教授は読売新聞への寄稿の中で「日本はビッグデータが極めて集まりにくい国」と嘆いている。

 中国は国を挙げてAI研究、関連ビジネスの開発に乗り出すとともに、海外の英知に触手を伸ばすことにも熱心である。CBインサイツによれば14年から18年4月までのBATのスタートアップ投資のうち46%が中国国内で、残りが米国を中心とする海外だった。テンセントはAI創薬のアトムワイズなど12社、百度はAIチップ開発のライテリジェンスなど5社の米国企業に投資。アリババは自動運転関連のネクサーなどイスラエル企業に積極的に出資している。


 ■「BATI」

■ナレッジ戦争、AIも?

 AIを中心とするハイテク分野への中国の攻勢で米国では中国への警戒心が高まっている。トランプ政権による対中関税引き上げなどの動きの根底には米中ハイテク競争があるとされ、貿易戦争は次第に投資制限へと戦線を拡大してきている。1月にはアリババ傘下の金融会社、 蟻金融服務集団(アント・フィナンシャル)が海外送金サービス大手の米マネーグラム・インターナショナルを買収しようとしたが、国家安全保障上の問題があるとして米国政府(対米外国投資委員会)が承認しなかった。一方、米半導体大手クアルコムのオランダのNXPセミコンダクターズ買収計画については、中国当局が独占禁止法を盾に認可しなかった。

 7月12日、アップルの元社員が自動運転技術を盗み出し、中国に出国しようとしたところ空港で逮捕された。元社員は中国の電気自動車スタートアップ、広州小鵬汽車科技に転職しようとしたという。小鵬は無関係としているが、トランプ政権は産業スパイ、ハッキングなど様々な形で中国が米国の知的財産を不当に盗み出していると非難しており、中国への疑心暗鬼は高まっている。

 中国のハイテク推進を米国が本気で懸念するならば、その最前線で軍事転用などもありうるAIは今後、焦点となる可能性が高い。やがては米国の大学や学会という「知の宝庫」への中国のアクセス制限、中国からの留学生や研究者の渡航制限というところまで発展しても不思議ではない。大学経営にも影響が出よう。貿易戦争からナレッジ戦争へ。中国の台頭を防ぐことは、米国にとっても「肉を切らせて骨を断つ」覚悟が必要となる。

P r o f i l e  

梅上零史(うめがみ・れいじ)

大手新聞社の元記者。「アジア」「ハイテク」「ハイタッチ」をテーマに、日本を含むアジアのネット企業の最新の動き、各国のハイテク産業振興策、娯楽ビジネスの動向などを追いかけている。最近は金融やマクロ経済にも関心を広げ、株式、為替、国債などマーケットの動きもウォッチしている。



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