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トピックス -企業家倶楽部

2018年10月26日

渋沢栄一翁に学ぶ「日本資本主義の王道」/臥龍

企業家倶楽部2018年10月号 伸びる企業家は歴史や偉人に学ぶ vol.11


臥龍(がりゅう:wolong ウォロン)こと角田識之(すみだのりゆき Sumida Noriyuki)

APRA(エープラ)議長&一般社団法人「志授業」推進協議会・理事長「坂の上の雲」の故郷、愛媛県・松山市生まれ。23歳のときに「竜馬がゆく」を読み、「世界の海援隊」を創ることを志す。人の幸福を主軸とする「人本主義思想」の素晴らしさを経営の場で実証推進する和僑(日本)と華僑(台湾・上海)合同の勉強会「APRA(エープラ)」を設立し、日本全国そしてアジア太平洋各国を東奔西走中。最近では、一般社団法人「志授業」推進協議会の理事長として、小中学生の大志確立を支援する「志授業」の普及、民族肯定観を上げるための「歴史・偉人」の講話にも注力中。詳細は「志授業」でご検索ください。



「日本資本主義の父」

 ある男性の日常風景です。会社に出勤するため、いつも通りJRにのって日経新聞を開いた。ふと目をやると、社内吊り広告にサッポロビールのうまそうな新製品の宣伝がある。帰りに買って帰ろうと思ったが、お金を下ろすのを忘れていたことに気づき、会社近くのみずほ銀行のATMに寄る。そういえばもう年末、クリスマスはちょっと贅沢に帝国ホテルで過ごして、初詣は明治神宮にでも行こうと考えた。

 この中に登場する「JR、日本経済新聞社、サッポロビール、みずほ銀行(第一国立銀行)、帝国ホテル、明治神宮」の創設には、一人の人物が関わっています。それが、日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一翁です。「日本資本主義の父」とは大袈裟と思われた方もいるかもしれませんが、上記以外にも、富岡製糸場、東京電力、東京海上火災保険、王子製紙、秩父鉄道、京阪電気鉄道、三越伊勢丹、東京証券取引所、キリンビール、東洋紡績、大日本印刷等々、創設に関わった企業数500社以上となれば、「日本資本主義の父」という呼称ももっともなことと思われるでしょう。

 渋沢栄一翁が賞賛されるのは、事業規模以上に、その精神性です。経営の神様・ドラッガーは、「私は、経営の『社会的責任』について論じた歴史的人物の中で、かの偉大な人物の一人である渋沢栄一の右に出るものを知らない。彼は世界のだれよりも早く、経営の本質は“責任”にほかならないということを見抜いていた」と賛辞を述べています。その思想の体現化により、渋沢栄一翁は、1926年と1927年にノーベル平和賞の候補となっています。日本の経済人は、明治維新150周年の今こそ、我が祖に、このような偉大な人物がいたことを誇りとすべきなのです。



「論語と算盤:道徳経済合一説」

 渋沢翁は、やみくもに事業を興したのではありません。社会に必要とされる順序を考えていました。1872年に国立銀行条例を制定し、第一国立銀行を設立しますが、うまくいきません。何故なら、お金を貸す相手がいないのです。それならば、自分でお金を貸す相手(会社)を作れば良いと考えたのです。500を超える会社をつくり出した仕組みは、会社設立に投資株を買う。株価が上がってから売る。その利益で次の会社設立の投資株を買う。株価が上がってから売る。これを繰り返したことにより、銀行が会社にお金を貸す、会社が従業員に給料を払う、従業員が銀行に貯金をするという「お金の流れをつくり出す事業」を行ったのです。次いで作ったのが王子製紙と大日本印刷株式会社でした。より多くの情報を多くの人に伝えるには、「紙」と「印刷」が必要と考えたのです。

 500を超える会社を設立しながら一切私物化しなかった渋沢翁がぶつかったのは、三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎でした。岩崎が独占しようとした船舶事業で、二人がバトルを繰り広げたのは有名です。「あなたと私が手を組めば日本の経済を自由にできますよ」との岩崎の持ちかけに、「私はそれが嫌なんだ。私は今の日本に一人でも多く株式会社に参加する人が欲しいのだ」と突っぱねたことが始まりでした。

 渋沢翁は、日本トップクラスの基礎研究を行う「理化学研究所」、日本初のビジネス学校「商法講習会(今の一橋大学)」、経営者と労働者の協調を目的とした団体「協調会(現在の法政大学社会学部の源流)」、救貧施設の「東京養育院」、民間実業界の地位向上のための「東京商法会議所(現東京商工会議所)」など、500を超える社会事業も立ち上げます。その真髄は、七十六歳のときに著した「論語と算盤」で語られます。「富を成す根源は何かといえば、仁義道徳、正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ。論語(義・倫理)とそろばん(利益)は両立するのである」、論語すなわち正しい考え方や正しい行いは、算盤すなわち売上・利益と両立する、いやさせねばならないという信念でした。


「論語と算盤:道徳経済合一説」

「真の成功者」とはどうあるべきか?

 渋沢翁が九十一歳のとき、社会事業家の代表が陳情に訪ねてきます。第一次世界大戦後の不況で生活に苦しむものが続出し、全国の慈善団体が運動した結果、生活困窮者のための救護法がつくられたが、予算がないために救護の実施が遅れているとのことでした。病床にあった渋沢翁は、「老いぼれの身ですが、できるだけお役に立ちましょう」と、大蔵大臣と内務大臣に「これから伺うのでよろしく」と電話をかけさせます。あわてた両大臣は「こちらから伺います」と答えますが、頼むほうが伺うべきと言って聞きません。家族も侍医も止めたものの、渋沢翁は「私が先生に診てもらっているのは、こういうお役に立つため。もし倒れても、たくさんの人が助かるなら本望」と、車に乗って出かけて行ってしまいます。「渋沢の家は駆け込み寺のようなもの」と語られていますが、渋沢翁の終生変わらぬ、「人のために少しでもお役に立ちたい」という私心のなき行動を見るとき、「真の成功者」とはどうあるべきかを考えさせてくれます。



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