トピックス -企業家倶楽部

2019年01月10日

【佐藤綾子のパフォーマンス心理学】vol.48 トップの初心忘るべからず

企業家倶楽部2019年1/2月合併号 トップの発信力

1.64歳の逮捕の最大教訓

 まさかと日本中に衝撃が走ったのは昨年11月19日のカルロス・ゴーン会長の逮捕でした。自身が使うためにブラジルやレバノンの高級住宅を会社負担で買い込んだり、家族旅行の数千万円から金融投資の損失分まで日産に支払わせたり、巨額の脱税があったり、と色々ありますがそれは脇に置きましょう。重要なのは「1999ショック」を思い出してほしいことです。



2.1999ショック

 1999年、経営危機に直面していた日産を救済するために日産はルノーと資本提携をして、ルノー側が日産に送り込んだのがゴーン会長(当時は最高執行責任者COO)でした。私はその時、日産日野工場のすぐ近くにある実践女子大学の教授をしていました。当時の彼には「セブンイレブン」と言うあだ名がついていて朝7時から夜11時までよく働くと言うことで、大量のリストラを含む大幅なコスト削減をして業績をV字回復させました。結果、「カリスマ経営者」と呼ばれたのです。しかしこの時「コストカッター」と言うあだ名と一緒についたあだ名が「人切りゴーン」でした。

 このために実践女子大学は父親が日産で働けなくなり奨学金申請をした学生が4人出ました。父親が突然日産からリストラされるなど夢にも想像していなかったので、学生を何とかしようと教授会では即、救済策を練りました。 

19年経っても忘れられない、私自身のゴーンショックです。日本人ではないゆえにすっぱり見事に未練も個人的忖度もなく社員を切ることができた。それ自体はしがらみや集団主義に縛られる日本人よりも優れたスキルなのかもしれません。けれど、教授会では「本当にこんなことをして会社が生き残ることができたとして、業績が上向いたらいつかは解雇された人たちを呼び戻す気がゴーン氏にはあるのだろうか」という話も出ました。

 今まで日本の企業はどうしても採算が取れない時に社員を切ったとしても後に業績が回復したらもう一度同じ社員に声をかけて呼び戻す例もいくつもありました。そこでは家族的な日本流のリーダーシップが機能しているからです。けれども「グローバルリーダー」の代表であり情緒とは真反対にあるのがゴーン氏のやり方です。当時はこれは正当な決断だったと日本のマスコミも半ば諦めて書いたのでした。

 今回逮捕に至った直接のきっかけは内部通報でした。しかも東京地検特捜部がここで使ったのは「司法取引」でした。つまりちゃんと正義のために証言をしてくれれば、もしもその人が直接この事件に関連している人だったとしても、後でその人を逮捕するなどの不利益を与えないと言うのです。法律の専門語では「不起訴宣明」と呼ぶ、比較的新しい法律です。これが機能して今回、現在の幹部や社員たちが何人も証言して逮捕に至りました。

 一方、今でも話題になるのが「涙の謝罪会見」(97年11月)で山一証券倒産に際して当時野澤正平社長が泣きながら「社員は悪くありません。責任は私です」と叫んだ姿です。私も彼とはある会の幹事としてご一緒していたので良く覚えています。ゴーン流とは対照的で今も愛されている人です。早い話が自分の利益しか考えないリーダーを日本人は嫌いなのです。



3.三つの初心忘るべからず

 元は貧乏で社会の底辺にいた人が成り上がりになると周りの人が「初心忘るべからずだよ」などと言います。これは1番ひどかった最低の時あるいは若い頃の人生や仕事をやろうと決心した時のことを「初心」と呼んでいます。

 でも正確には初心は三つあります。「初心」は世阿弥が当時としては長生きの晩年60歳を過ぎた頃に書いた花鏡(くわきょう・又はかきょう)の中でしっかりと書いています。

 この「花鏡」が私のパフォーマンス学の「見る目」「見られる目」「見せる目」という三つの目を設定した根本の能の花伝書のひとつです。「見る目」は自分が相手を見る目。「見られる目」は相手が自分を見ている目。そして第三の「見せる目」は相手の目を意識しながら自分を見せていく演出あるいは意図された自己表現のためのパフォーマーの目です。経営者には常にこの三つの目が必要でその時に今の自分をどう見せたいのかをよく考えて行動するのが大事です。



4.時々の初心

 二つ目、「時々の初心」忘るべからず。歳とともにいろいろな出来事や災難が起きてきます。まさに40代から50代位までのゴーン氏です。利益を上げるために日産或いはルノー或いは日本やフランスのためにリストラをしても頑張っていこうと最初は思ったはずです。これがその時の初心です。

 ところがここであまりにも世界から賞賛され日産もV字回復してしまったので「時々の初心」をころりと忘れてしまったのでしょう。そして今持っている自分の特権や富に溺れて、さらにそれを強力にしようとしか考えなくなりました。これは仕事の初期とは違う変節し変質し続けたる心の姿なので「時々の初心」とも違います。

 三つ目は「老後の初心」です。今までいろいろなことをやってきて人脈も支持者も権力も得た。しかし老後になると例えば自分で動くのが大変だとかITの技術が駆使できないとか様々な老後の能力が変わってきます。ここで初めて、「ではどういう老後にしようか」と初心を練り直せと世阿弥は言うのです。

 今までの自分のまとめをしながら、後進を育て、社会貢献をする、などです。どこから老後というかは人によってバラバラですが、例えばビル・ゲイツ氏などは40代で早々と会社から手を離し、「ビル&メリンダ財団」を作って世界の貧しい国々の子供たちにワクチンを提供することを一生懸命にやっておられます。彼の場合は年齢は40代でもそれが世阿弥のいう「老後の初心」にあたるわけです。

 こうなるとゴーン氏は64歳でもまだ利益を貪っている途中でしたから「老後の初心」を何に置くのか、わからなかったのでしょう。現に数年前にブラジル大統領選に出るかと噂されたこともありますが、社会貢献など考えてもみなかったのか彼は出馬しませんでした。

 今度の事件は世界に名の轟く「グローバルリーダー」のあり方を再び問うものになりました。「グローバルリーダーだったのか、いや違うだろう、彼は成り上がりだ」と日本中のマスコミは手厳しい反応です。


4.時々の初心

5.トップの自己表現には一貫性が大切

 やはり結論としては、トップの自己表現には一貫性が必要です。自動車業界の救世主を目指したなら最後までそうすべきでした。あの何百年も続いた徳川幕府だって最終将軍の徳川慶喜が部下を戦わせておいて自分だけさっさと逃げたという無様な「老後の初心」を見せたために、日本史に汚名を残しました。

 経営者はどうやって一生を貫いたパフォーマンスをやっていくのか、ここはやはり「若い時の初心」、「最盛期の初心」、「老後の初心」という風に初心を書き出してみることが必要でしょう。一貫した自己表現が部下や社会に慕われます。



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