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2019年02月08日

地球市民の四つの要件/日本経済新聞社参与 吉村久夫 

企業家倶楽部2019年1/2月号 教育への挑戦~新しい日本人を求めて~ vol.17


Profile

吉村久夫(よしむら・ひさお)

1935 年生まれ。1958年、早大一文卒、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員、日経ビジネス編集長などを経て1998年、日経BP社社長。現在日本経済新聞社参与。著書に「本田宗一郎、井深大に学ぶ現場力」「歴史は挑戦の記録」「鎌倉燃ゆ」など。



百年計画の新人物像

 百年かかっても育てなければならない人とは、どんな人でしょう。それは「宇宙時代の地球市民」です。「そんな夢みたいな市民が育つだろうか」。多くの人はそう首をひねるでしょう。しかし、何としても育てなければならないのです。

 百年後には宇宙時代になっています。私たちは宇宙船地球号の一員なのです。地球の問題を宇宙に拡散するわけにはいきません。

 地球の問題とは端的にいって、核戦争の脅威、環境汚染、人種・宗派のいがみあい、大国の横暴、人々の強欲などです。

 つまり、私たちは平和で持続的な社会を実現する戦士にならなければならないのです。それが宇宙時代の地球市民なのです。

 本当にそうなるのでしょうか。人はわが儘で強欲です。やはり、誰かが自然の天命を受けて、人々を教育しなければならないでしょう。

 それが今後百年の教育の使命です。平和を追求する人、持続的社会の実現に努める人、自国第一主義や覇権主義に走らない人を育てるのです。



新市民の四大要件

 それでは新市民が備えるべき要件とは何でしょうか。人間性の三大要素といわれる「知情意」に基づきながら、四つの要件を考えてみました。

 第一は、基礎知識を持つことです。つまりは読み書きソロバンと躾を身につけることです。昔も今も基礎的な知識に変わりはありません。

 
 いまさらソロバンではないだろうという人もいるでしょう。しかし「ソロバンは考具だ」(藤本トモエ、トモエ算盤社長)という信念で、脳の活性化に効果を上げている人もいます。

 読み書きソロバンなんて、昔の寺子屋みたいじゃないかという人もいるでしょう。そうです、人間教育の基本は昔と同じです。そうでないと、加減乗除しか出来ず、読解力のないAI(人工知能)に締め出しを食ってしまいます。これに加えて躾が出来ていれば、鬼に金棒というものでしょう。

 第二は、体験を積むことです。可愛い子には旅をさせろと言います。百聞は一見にしかずです。現場こそ情報の宝庫なのです。

 よくOJ T(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)と言います。現場の体験こそが情報の幅を広げ、中身を深いものにしてくれるのです。特に異質の体験が、貴重な成果をもたらします。



思考力と志向力

 第三は、自分で考えることです。哲学者パスカルが言ったように、人は「考える葦」です。知識と経験を元に、自分で考えなければなりません。

 人の特徴は考える力です。スマホでいろいろな情報を検索するだけでは駄目です。付和雷同するだけでは無責任です。

 よく世論調査の回答で「どちらともいえない」というのがありますが、それでは世の中の風潮について行くだけということになってしまいます。

 第四は、志を持つことです。平たくいえば、何をしたいのか、何になりたいのか、人生の目標を持つことです。

 幼児でも消防士になりたいなどと夢を持っています。志というと大袈裟に聞こえますが「末は博士か大臣か」と聞いているわけではありません。

 平凡なようでも「幸せな家庭を持ちたい」で十分なのです。最近は結婚も逡巡する人が多いようですが、残念なことです。

 志を持つことは同時にそれを実現したいという執念が生まれることでもあります。胆力を鍛えることにもなります。上司に諫言する勇気も出てきます。


思考力と志向力

AIよ驕ることなかれ

 東大に合格するロボットを研究している人がいます。テーマはずばり「ロボットは東大に入れるか」です。主導している国立情報学研究所の新井紀子教授が本を書きました。

 本の題名は『AI vs 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)です。同書によれば、AIは所詮は計算機で読解力はありません。ところが、日本の中高生の多くも教科書を正しく読めないのです。

 AIは現在の職場の半分を奪うといわれています。読解力のない人は、AI時代になると失業するほかないということになります。

 逆にいえば、人間はAIにない優れた能力を持っているのだから、教科書をちゃんと読解する力があれば、自分の道を切り開くことが出来るということです。

 AI恐慌が来ると恐れるよりも、AIでは出来ない新しい仕事を切り開けばいいのです。世の中にはまだ、人々が困っている問題が沢山あります。起業のチャンスが転がっているのです。

 それにはまず読み書きが大事だと警告しているのです。私はこの本を購読して「AIよ驕ることなかれ」と意を強くしました。



だれが先生か

 四つの要件を備えた良き市民を育てるのは誰でしょうか。天でしょうか。先生でしょうか。他人でしょうか。最後は自分でしょうか。

「自分以外の人は皆師である」という言葉があります。その通りでしょう。師は自分以外の人すべてです。学校の先生はもちろん、両親、友人、上司などたくさんの先生がいます。

 これは「天のしからしむるところ」ともいえます。哲学者のカントは大自然の力によって、人は永遠の平和を求めるように仕向けられるはずだと指摘しています(『永遠平和のために』岩波文庫)。ぜひ、そうなってほしいものです。

 しかし、天まかせではいけません。最後は自分だと思います。自助の努力が報われるようにしなければなりません。新井教授の本を話題にしていましたら、ある大先輩がこう述懐しました。

「自分は相撲が大好きで、子供のころから大人向けの相撲の記事を読んでいた。昔は難しい字にはるびが振ってあったので、難しい字でも読めるようになった」

 それを聞いて私も、昔の講談本などには、難しい字にはるびが振ってあったことを思い出しました。マスコミがそういう気配りをしていたのです。今日でも遅くはありません。社会全体でそういう読解力の促進方法に知恵を出し合うべきではないでしょうか。



任せることが大事

 最近、アクティブ・ラーニングが注目されています。教え合うこと、議論することが大事です。コミュニケーション能力が大事なのです。

 それには自分なりの考えを持つことと発言する勇気を持つことが必要です。やはり基礎的な知識が必要不可欠なのです。

 昔、江戸幕府の最高学府、昌平黌では、寮生たちが議論に明け暮れました。彼らの全国的なネットワークが出来ました。それが明治維新を起こしたという見方もあります。

 そう仕向けることも出来ます。任せるという方法があります。任せられると、これは大変だと、否応無しに勉強し、発言し、行動せざるを得なくなるものです。

 その最たるものが、企業でいえば経営を任せることです。近年、国内外の関係会社の経営を任された経験のある人が本社の社長に抜擢されるケースが増えて来ました。

 経営力を発揮するには当然、良き市民の四つの要件を身につけなければなりません。同時に社会は、これはという人に、然るべき職務を与えて任せる必要があります。



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