トピックス -企業家倶楽部

2019年02月27日

産業構造の仕組みを変える「プラットフォーマー」/ラクスルの未来戦略

企業家倶楽部2019年4月号 ラクスル特集第1部


「インターネットによって産業の在り方が変わる」、ラクスル代表取締役社長CEOの松本恭攝は学生時代にビジネス書「フラット化する世界」を読み衝撃を受けた。新卒で外資系コンサルティング会社に入社するも1年目にリーマンショックが起こり、世界経済は混乱を極めた。「既存産業の仕組みを変えることで、競争力ある産業に再生しよう」と気高い志を掲げ成長する若き企業家に迫る。(文中敬称略)




 時代とともに産業の担い手も変化する。それは世界一の経済大国である米国株式市場の時価総額上位の遍歴をみれば一目瞭然である。20年前には石油会社や金融系企業が上位を占めていたが、21世紀になり、台頭してきたのはグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン(頭文字を取って「GAFA」と呼ぶ)などテクノロジー企業である。

「GAFA」現象はGDP(国内総生産)2位の中国でも同様だ。今やバイドゥ、アリババ、テンセント(BAT)が中国経済を牽引する存在になっている。今、世界を席巻している巨大企業に共通する点は、ITを駆使しネット上でビジネスを展開する「プラットフォーマー」であることだ。日本にも本格的なプラットフォーマーの出現が待たれている。その一社がネット印刷通販大手の「ラクスル」だ。



印刷業界のアマゾン

 ラクスルの売上げの7割を占める主力事業はチラシや名刺、パンフレットやポスターなどビジネス向け印刷物である。ユーザーはネット上でデザインを選んで必要な数量を簡単に注文でき、最短で即日発送、遅くとも1週間程度で印刷物が手元に届くというもの。例えば、A4サイズ両面カラーのチラシ1万枚を発注する場合、即日発送なら2万9760円(1枚当たり2.9円)、7営業日後なら1万6190円(同1.6円)と出荷日に余裕があるほど安価でお得になる料金体系となっている。

 大手企業なら数万部規模の印刷物になるので、発注額も大きく採算が合うため、印刷会社も担当者を置いたり、定期的に営業に回ったりできる。しかし、中小企業や個人事業主が数千枚から数万枚の印刷物を作りたいと思っても大手の印刷会社では費用対効果が低く、きめ細やかな対応は望めないのが実情であった。優良顧客となりえない小口の注文は相手にされず、切り捨てられてきた。

 しかし、既存の産業にインターネットを活用すると、これまで相手にされなかった潜在需要を掘り起こし、新しいマーケットを創り出すことができる。それを証明したのが米国ネット通販最大手のアマゾンである。今ではウェブ戦略の定番となった「ロングテール理論」はアマゾン成功の原動力となった。

 以前のリアルの書店ではスペースの問題で「売れ筋商品」とされる2割に注力し、月に数冊しか売れない残りの8割の商品は店に陳列されずにきた。

 しかしアマゾンでは、ネットで仕組みを作ってしまえば書籍の情報を登録するのみで、店舗スペースのコスト問題から解放される。これまでは1つの作品としては月に数冊しか売れなかったニッチ商品たちが、その売上げ合計としては、売れ筋商品の合計を上回った。

 売れ筋商品からニッチ商品をグラフにすると恐竜の頭から長いしっぽ(ロングテール)のように見えたため、「ロングテール理論」と呼ばれる。少数の売れ筋商品に頼るのではなく、その他大勢の販売量を積み重ねて全体の売上げを確保するという、これまでの販売戦略とは真逆の発想から生まれたネット企業のマーケティングとされる。



中小印刷会社をネットワーク化

 ラクスルの平均顧客単価は約1万円と小口の客が多い。インターネットを活用して圧倒的な小ロットを可能にし、営業マンを組織した従来型の印刷会社では掘り起こせなかった需要に対してソリューションを提供することで、新しい市場を創造した。

 このようにインターネットを印刷業界に持ち込み、これまで印刷を発注したくてもできなかった中小企業や個人事業主の人々にも、本格的な印刷物を提供できるようにしたことが、ラクスルが支持される理由である。

「ネット上で空いた時間に注文し、印刷する時間を節約でき、さらに料金も安い」と、一度利用した結果リピーターになる人が多い。登録ユーザーは前年から21万人増え、72万人を超えている。

 ラクスルは、全国の印刷会社をネットワーク化し、非稼働時間を埋めることで、高品質な印刷物を格安で提供するサービスを実現した。自社では印刷機を持たないファブレス経営を標榜している。

 遊休資産を持つ中小企業をつなぐ「シェアリングエコノミー」モデルで、「貸会議室」や「カーシェアリング」ビジネスともよく似ている。印刷会社の稼働率は4割程度と言われ、半分以上の時間は印刷機が稼働していなかった。そこで、ラクスルでは提携する印刷会社の非稼働状況を把握し、ネットで発注を受けた仕事を配分して、利益の源泉となる稼働率を高めている。

 印刷会社は配分された仕事をしっかり納品さえすれば、販売促進費を掛けずに売上げが増え、従業員の給料を上げたり、社員を増員したり、設備を新しくするなど原資を得ることが出来る。印刷会社にこの実利があるため提携企業が増え、多くの仕事をこなすことが実現できる。まさに印刷会社を最初に儲けさせて、結果的にラクスルも成長するという「win-winの関係」といえる。


 中小印刷会社をネットワーク化

社会人1年目にリーマンショック

 創業者の松本は1984年生まれ、30代半ばの企業家である。2008年に慶應義塾大学商学部を卒業し、広く経営を学ぶため外資系コンサルティング会社A.T.カーニーに入社した。

 松本が新卒で社会人になった2008年9月には、米国で「サブプライムローン」問題が露呈し、証券会社「リーマン・ブラザーズ」が経営破綻した。株価は大暴落し、これが世界同時不況を引き起こした年である。

 M&Aや新規事業、コスト削減プロジェクトに携わる過程で印刷業界の非効率さ、コスト削減効果の高さに気付き、社会人2年目に退職して起業することを決めた。不況で職を失う人は多いが、自らリスクテイクして独り立ちを決意し、行動に移したあたりは、根っからの企業家と言えよう。

「会社設立初日、真っ先にしたことが『仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる』というビジョンを掲げたことでした」と松本は創業当時を振り返る。不安よりも、自分が世界を変えてやるという使命感が溢れている。

 改めて印刷業界を調べると、6兆円の市場のうち、大日本印刷と凸版印刷の大手2社が約3兆円を占める一方で、中小企業が約3万社もひしめいていた。

 松本は「非常にいびつな業界だな」と思うと同時に、ビジネスチャンスだと感じた。

 出版業界は紙媒体が売れず、毎年市場が縮小する斜陽産業と言われているが、名刺やパンフレットの商業印刷だけでも市場規模は3兆円と魅力的なマーケットである。ネット化率はまだ3%で、920億円の市場と言われている。欧米では15~20%あるとされ、仮に日本でも20%まで伸びるとすれば、6000億円と潜在需要が大きい。そして、これからネット化率が上がっていくことは間違いないだろう。



上場前に80億円調達

 2009年9月、松本は資本金200万円を元手に新宿御苑近くのオフィスを借りてラクスルの前身となるTectonicsを1人で設立した。

「手本にしたのは金型部品通販のミスミです。中小の金型部品メーカーを集めたカタログを作り、顧客に販売するファブレスの事業モデルで、カタログをネットに置き換えることで印刷業界でも同じ仕組みが実現できると考えた」と松本はいう。

 ただ、創業当時から現在のネット印刷通販事業を始められたわけではない。リーマンショックが起こり、投資マインドはどん底まで落ちていた。そこで、投資額を抑え小さくスタートすることを選択し、10年4月ラクスルは次々に事業を立ち上げているから印刷通販の価格比較サービスサイト『印刷比較.com』の運営を開始した。12年になるとベンチャーキャピタル(VC)などリスクマネーの出し手も戻ってきた。

「Eコマースで大きな事業を作ろうとしたら資金が必要で、どんなに優れたビジネスモデルがあっても成長させられない」と松本はスタートアップには多額の資金が必要だと説く。

 資金調達の沿革を見ていこう。まず12年にミスミ創業者の田口弘やVCなどから2.3億円、14年にVCのWiLをリードキャピタルにして6社から15・5億円、15年にオプト、GMO、リンクアンドモチベーション、ANRIなど10社から40億円、16年に日本政策投資銀行、フィデリティ投信が運用する複数のファンド及び既存株主から20億円と、合計約80億円を株式上場前に資金調達している。

 これまでに調達した資金のうち、50億円をテレビCMなどプロモーション費とソフトウェアを開発するエンジニアの採用費に費やした。

 本格的な日本発のプラットフォームを構築するために、50億円もの大きな資金を投入してきた。スタートアップは採用やプロモーションなどに先行投資するため、利益が出るのが遅れる。したがって、投資家にどれだけ成長性があるか示すことで資金調達の規模は決まるのだ。最初の数年は利益を表すグラフがマイナスに深く沈むため、Jカーブと呼ばれる。アマゾンもなかなか利益を出さずに先行投資を続けたため、痺れを切らした投資家から「一生利益を出せない」と揶揄された時期があった。本格的なベンチャー企業は、どれだけ深く利益のグラフを潜らすことが出来るかにかかっているともいえる。


上場前に80億円調達

東証マザーズに株式上場

 リーマンショック後に創業してから9年が経ち、2018年5月31日、ラクスルは晴れて東証マザーズに株式を上場した。初値は1645円と公募価格を10%上回り、終値は1999円で時価総額は550億円だった。2月現在の株価は3300円前後で、時価総額は約1000億円と順調に成長を続けている。

 2018年7月期の売上高は111億7400万円、営業利益9300万円と上場後初の決算で計画通り通期黒字に転換した。2019年7月期の売上高は145億5000万円(前年比30・2%増)と増収を見込んでいる。

「ユーザーや印刷会社に対する価値を作れなければ、弊社の売上げ・利益は増えません。短期的な売上げを追いかけてしまうと、実際は売上げを小さくしてしまいます」と松本はプラットフォームの価値を高めるための投資を継続する方針を打ち出しており、大きな利益を計上するのはもう数年後になる見通しである。

 今日のアマゾンの成功を見ていると、時間がかかっても再投資を継続し、顧客に価値あるサービスを磨き続けることが重要だと理解できる。投資家も、ほれ込んだ企業なら短期的なキャピタルゲインは求めず、企業家と同じ長期的な視点を持てば、さらに大きなリターンが期待できるだろう。



チーム経営へシフト

 若くして起業し、約80億円もの資金を調達して、東証マザーズに株式上場まで果たしたベンチャーの雄松本。ここまで順風満帆に見えるが、「2013年がターニングポイントだった」と告白する。

 一人で創業した松本は経営資源のヒト・モノ・カネの全てが充分ではなかった。スタートアップなら当然のことだろう。必然的に友人知人を介して社員を増やしていった。創業から3年間は社長である松本が経営判断は全て下し、ミーティングの場でも担当者を問い詰めることは日常茶飯事であった。真剣さゆえの暴走であったかもしれない。ワンマン経営の功罪は両面あるが、マイナス面が出てしまったケースもあった。

 その頃は資金調達が上手くいき、組織を拡張していくタイミングで社員数も増えていった。採用した中には松本の目指す方向性や仕事の進め方に共感が薄い人も出てきたのだ。

「カルチャーフィットしない人が増え、組織がバラバラになっている期間があり、心理的に苦しかった」と松本は当時を振り返る。会社を去る者も出た。

 そんな経営危機の中で採用したのが現在の取締役陣である。松本は、ワンマン経営の反省から自分よりも年齢が4、5歳年上でマネジメントスキルのある人材を求めた。

「自分よりも優秀な人材を採用し、役割分担したことで組織が変わる転機になった。マネジメントを任せないと変わらないと学んだ」と松本は採用ポリシーの転換が経営危機からの脱出になったという。

 頭の回転が速く雄弁な松本だが、自分よりも年上でマネジメントスキルや専門性を持つ取締役が相手ならば、議論で遠慮することはない。これも失敗の経験から学んだ「ラクスル流のガバナンス」といえる。真剣な議論の場であれば、立場が上だろうと反対意見は歓迎するというのがラクスルのカルチャーである。


チーム経営へシフト

14兆円の巨大物流市場に参入

 ラクスルは2月12日、「印刷業界」をデジタルトランスフォーメーションすることで培ったノウハウを活用し、「物流業界」全体を効率化する新サービス「ハコベルコネクト」を始めた。すでに2015年から軽トラックやカーゴを扱う軽貨物事業者と荷主のマッチングサービスを開始していたが、今回は2tトラックや4tトラックなど一般貨物を取り扱う運送会社を対象にしている。その市場規模は14兆円と印刷業界の3倍にもなる巨大市場だ。

 物流業界の最大の課題は、ドライバー不足である。トラックを保有している一般貨物事業者は案件を受注しても自社のトラックだけでは配車しきれず、他の運送会社と配車協力をしているのが現状だ。その配車情報が頻繁であるにもかかわらず、やり取りは紙・電話・FAXで行われており、各社バラバラに管理されている。情報が断絶されており、物流業界全体の非効率は改善されてこなかった。

 市場が兆円規模で非効率な産業構造を持つ業界は、デジタルトランスフォーメーションで効率化を図るとインパクトが大きい。ラクスルはここを次の成長エンジンに定めた。印刷会社をネットワーク化したように、運送会社をネットワーク化し、自社で受けられない案件が出てきたら、非稼働のトラックやドライバーの情報とネット上でマッチングする。

 さらに、印刷・物流市場にとどまらず、「広告領域」にも参入している。潜在的な市場は約5兆円あり、ラクスルが得意とするテレビ、交通、DM、折込領域だけでも約3兆円と大きな市場だ。テレビCMとなると広告代理店が牛耳り、年間数千万から数億円はかかるというイメージが強いが、代理店経由のマーケットとは異なる短期間やエリアを絞った小口販売にフォーカスしている。

 価格が下がれば中小企業でもテレビCMを打つことができる。初めてのテレビCMを流したいと思ったら、商品やサービスのホームページとチラシさえ用意すれば、あとはメッセンジャーでの打合せだけでラクスルがテレビCMを制作してくれる。エリアと予算を決めれば、50万円から自社のテレビCMを放映できる夢の様なサービスだ。

「中小企業は大企業に比べて生産性が低く、したがって賃金が上がらない。プラットフォームによって既存産業の効率化を図ることで世界を良くしていきたい」と松本は自らのミッションについて語る。

 日本発の本格的プラットフォーマーへの道を歩き出したラクスルから今後も目が離せない。



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