トピックス -企業家倶楽部

2019年03月28日

チームで事に当たる

企業家倶楽部2019年4月号 ラクスル特集第4部


タレントが出演するテレビCMが印象的な「ラクスル」。ポスターやチラシ、名刺などの事務用印刷で新たな仕組みを導入し、躍進を続ける同社を支えるのは、社長の松本をして「自分より優秀」と言わしめる人材だ。時には衝突も恐れず、本音でぶつかりあう若い力が、印刷業界をけん引していく。(文中敬称略)



少年よ、大志を抱け

取締役CFO 永見世央 Yo Nagami
少年よ、大志を抱け


 その人柄と誠実さから社員も一目置くのが、CFOを務める永見世央だ。社会に貢献したいという想いを胸に証券会社に入社し、M&Aのアドバイザリー業務を行った。

 その後、自ら主体となって投資を行うことで企業の成長に携わりたいと考え、2006年8月に投資ファンドへ転職。在職中にはアメリカのビジネススクールに通い、経営を学んだ。

 留学を終えて帰国した永見が目にしたのは、リーマンショック後で体力の衰えた金融業界。これまでのように金融を武器にはできないと悟り、事業会社へ移ることとなる。

 ラクスルへの入社のきっかけは、転職サイトを通じた松本からの熱烈なスカウトだ。当時は社名すら知らなかったものの、6回にも渡ってオファーが送られてきたことを受け、当時の虎ノ門オフィスを訪れたのが松本との初対面となった。

 まだ20代であった松本の第一印象は「若い」。ただ同時に、創業4~5年を経て、葛藤しながらも事業を率いてきた経営者としての深みも感じたという。「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」とビジョンを熱く語る松本に共鳴し、永見は入社を決めた。

「実は当時、偶然松本と同じマンションに住んでいたという縁があり、また私の父が出版・印刷業界で事業を営んでいたため、業界には愛着もありました」

 ただ、そうした経緯でラクスルに迎えられたにもかかわらず、永見は入社当初、CFOでありながら契約社員という立場であった。7カ月後の株主総会までの結果を踏まえ、執行役員に昇格か、はたまた退職か判断されるという瀬戸際。それでも永見は「家族も後押ししてくれましたし、リスクには感じませんでした」と当時を回顧する。

 主に資金調達や財務関係の役回りを期待されていた永見だが、実際には組織編制、人事など幅広く活躍することとなる。当時は正社員が20~30名ほどの組織だったが、業容拡大に向けて個人のスキルを採用軸にしていたため、離職率も高かった。

 投資銀行時代、計画を立てても組織の実行力が足りなければ破綻することを実感していた永見は、「実行できる」組織を作るため、仲間が協力し合う強い組織作りに着手。15年にはビジョンや行動規範を見直して浸透させる合宿を実施した。松本も組織や人事を重視するようになったため、離職率は下がり、業績の伸長に繋がった。

 企業に勤めた経験が少ない松本にとって、様々な規模の組織を見てきた永見はありがたい存在だろう。二人はお互いの強みを活かしつつ、対等に議論を交わす。

 
 15年に新卒採用を開始する際に松本は、新卒採用は内定を出してから入社までに一定時間待たねばならないため、第二新卒を提案。一方で永見は「新卒市場にしかいない優秀な層もいる。そうした人材をゼロから育てることも必要だ」と説いた。議論を尽くした結果、松本は素直に永見の案を受け入れ、新卒採用を開始。永見は松本に、本質論で良いものを取り入れる胆力を見た。

「仕事に限らず探究心が強く、経営者としての素質がある」と永見。松本は読書家であるだけでなく、人に会うことも大切にする。永見が業務外で参加したアメリカのカンファレンスに突如やってきたこともあり、その行動力には驚かされた。

 そんな松本へのメッセージは、「少年よ、大志を抱け」。「いつまでも少年のように好奇心を持って、大志(ビジョン)を大切にしてください」と笑顔で締め括った。



攻め続けろ、丸くなるな

取締役CMO 田部正樹 Masaki Tabe
攻め続けろ、丸くなるな


 前職にて、創業経営者のすぐそばで会社の上場という大きなイベントを経験した田部。「次のステージでは、自分も経営側に立って会社を作り、上場したい」との想いから、会員制転職サイトに登録したところ、松本からオファーを受けた。2013年末のことだ。

 舞い込んで来た様々な転職話の中でも、ラクスルが提示してきたのはダントツに低い給料。しかも、未だ会社の規模は小さく、業種もそれまで関心の無かった印刷業であった。

 それでも面接に赴いた田部に対し、松本は1時間に渡って想いを説き続けた。「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」。そう熱く語る松本のビジョンに、田部は共感した。

 当時のラクスルは幹部採用を始めたばかりで、松本は各ポジションにおいて自身より秀でた人材を採用しようと奔走していた。入社した場合、田部が任されることとなるのはマーケティング領域。「自分より優秀な人を採用したい」との松本の言葉が田部の背中を押した。

「会社は創業者の器以上にはならない。だが、こんなに魅力的で面白い人が経営するのであれば、きっと大きくなるに違いない」

 こうして14年8月、田部はラクスルに入社を果たした。

 組織も部下も整っていない中、田部は松本から引き継いだテレビCMによるマーケティングに注力した。前職の経験で、テレビCMを効果的に使えば飛躍的な成果を上げられることは分かっていた。ラクスルにとっての成果とは、新規顧客の獲得だ。初回は思ったような結果に繋がらなかったものの、2回目以降は順調に実績を上げている。

 広告を打つ際に最も大切なのは「創業オーナーの崇高な想いが、そのまま顧客に伝わるとは限らない」ということ。顧客に向けてコンセプトを分かりやすく書き換え、経営者と顧客のギャップを埋めるのが田部の仕事だ。

 田部は松本について「4年前に初めて会った時と今ではまるで別人」と驚く。松本には「若さ」があり、「尽きない成長意欲と吸収して変化する力が最大の強さ」と田部。「自分自身はこうあるべき」という理想と芯を持ちながら、良いものは積極的に取り込んで成長していく。

 その成長は会社の売上げにも顕著に現れ、売上げは4年前と比べて16倍にもなった。松本の人脈や注力する事業は日々変化していくため、部下の立場としても、成長せねばとても付いて行けないという良い意味でのプレッシャーがかかってくる。

 トップの松本が加速度的に成長していく傍らにあって、田部は「マーケティング責任者として結果を出せたなら、次は自分自身の価値を上げるために新しいチャレンジをする必要がある」と説く。

 ラクスルには松本以外に、事業を作った経験のある人間がいない。現在田部が手掛けている新規の広告事業立ち上げを通して、新規事業創生の再現性を高めると同時に、事業を生み出せる人材の育成を進める考えだ。

「松本さんのビジョンは日本を変えられる。会社だけでなく、社会、国を成長させていく人間の一人だと本気で思っています」と松本への熱い想いを語る田部。松本へのメッセージを問うと、「攻め続けろ、丸くなるな」と短く収めた。今はまだまだ尖っているが、年齢を重ねると丸くなる部分も出てくるだろう。「今のところはそんな気配は全然ありませんけど」と断りを入れながら、今後の更なるチャレンジに期待を寄せた。



エンジニア魂を燃やす

取締役CTO 泉 雄介 Yusuke Izumi
エンジニア魂を燃やす


 2015年、泉は前職での大きなプロジェクトを終え、次のステージを探していた。「泉さんになら出資しますよ」というVCもいたが、起業するだけのアイデアは無かった。

 そんな頃、旧知の永見(現ラクスルCFO)とホームパーティで再会した際、彼が熱く語ったラクスルの事業に興味を抱く。こうして松本と会うことになった泉は、ラクスルのビジネスモデルのユニークさとポテンシャルに魅力を感じた。

 泉は常々、良いビジネスを描けるパートナーと仕事をしたいと考えてきた。ラクスルの経営陣を見ると、同世代ながら優秀な面々が揃っていた。

「凄い奴らがいる。彼らが仲間だったら、良い意味で暴れられると思いましたね」と笑う泉。「テクノロジーの分野が欠けているので補って欲しい」と言われれば、「これを埋めるのが自分の役割なのだろう」と思わざるを得なかった。

 
 15年10月の入社までに、松本とは3回面談した。「非効率的な産業を効率化していこう」と語り合い、「我々にしかできないことをしよう」との言葉が胸に刺さった。松本は業界の泥臭いところまで自分の目で見て理解している。「会社の社長として良い兆候だ」と泉は思った。

 また、ラクスルが必ずしも順風満帆な道を歩んできた企業ではなかったことにも、かえって泉は好感を持った。未来の飛躍に向け、赤字を続けられる胆力も感じた。

「一人は10回挑戦して10回失敗を経験した経営者。もう一人は失敗経験の全く無い起業したての経営者。どちらをパートナーにしたいかと問われれば、私は間違いなく失敗を重ねた経営者を選びます」

 こうして泉はラクスルに迎えられたが、入社当初、同社の開発環境はトップダウン方式の体制であった。「指示を受けるだけの自主性の無い開発は、エンジニアとしてハッピーではない」。エンジニア魂を持つ泉は、徐々に自分が働きやすい、集中できて生産性の高い職場環境を実現していった。

 忙しくするうちに迎えた17年1月、新年早々に社員を集めた松本は、突然こう宣言した。

「これからはプロジェクトリーダーを募って事業を展開していきます」

 いくつかのプロジェクトが経営会議で承認され、開発指示が泉の元に降りてきた。だが、どうにも机上の空論であることが否めない。「このプロジェクトはどれもやるべきではない」と泉は真っ向から反対した。

「システムやプロダクトは人のために何かするべきである」というのが泉の信条。その相手となる「人」が具体的に見えないものは作れない。現実と擦り合わせて、仮説の正しさを議論した上、エンジニアが疲弊しないモノづくりの仕組みを提案した。

 エンジニアにとって最も辛いのは、日夜苦心して作ったプロダクトが無駄に終わることだ。「仕組みで解決するのがうちじゃないんですか」と泉が吼え、リアリティの追求を是とする文化が誕生した。

 熱いエンジニア魂を持つ泉にとって、松本は商人魂の人。顧客と向き合う姿勢は、常に見習っている。また自分の犯した失敗を素直に認め、周囲の意見やアドバイスを熱心に取り入れていく姿に「これが経営者の学ぶ姿か!」と感動した。

「デジタルへの変革に第一線で取り組み続けているのが、我々の10年後の姿」と語る泉。印刷、配送などを皮切りに、これまでデジタル化とは無縁であった領域を見据える。

「松本さんのキラキラした好奇心と、楽しみながら学ぶ姿勢。10年、20年と経っても、それを失わないでください」



スタートアップへの想いを託す   

取締役COO 福島広造 Kozo Fukushima
スタートアップへの想いを託す   


 学生時代からスタートアップに携わりたいとの想いを抱いていた福島。黎明期のインターネットベンチャーでアルバイトとして働き、個人的にベンチャー企業家の講演会まで開催していたが、最終的に就職したのは大手コンサルティング企業だった。

 数々のベンチャー企業が買収されていく様子を目の当たりにし、「結局大手に買収されるのなら、買う側の方が良い」と方向転換した結果だったが、35歳の時、原点に立ち返った。

 やはり自分は、将来大きな企業へと成長しうるスタートアップで働きたい。そんな時、前職の先輩から紹介されて出会ったのが松本であった。松本や現CFOの永見と話すうちに、ビジョンに共感したのはもちろん、「この人たちと一緒に仕事ができたら楽しそうだ」と感じ、念願のスタートアップに入社した。

 入社当初は経営企画部長を任され、前職での経験を元に、社内で不足している役割を補う要として奮闘した。最初に行ったのは、印刷事業の収益面での統括。パートナーである印刷会社との提携強化と収益化に3カ月を費やし、成果を上げた。

 その後、印刷事業全体の責任者となり、収益改善に邁進したが、なかなか結果が出せなかった。「この時期が一番辛かった。会社を辞めることさえ考えました」と切羽詰まっていた心境を吐露する。

 当時は短期的な利益を上げることに腐心し、毎日の売上げに一喜一憂していた福島。しかし、利益とお客のリピート率が過去最低に落ち込んだため、一旦責任者を降り、組織やシステム開発といった長期スパンの事業に移ることになった。

「失敗は事実として受け止め、最適な役割の中で成果を上げます」

 こう宣言した福島に対し、松本は期待を込め、長期事業への配置替えを決めた。福島が失敗から学んだのは、「その日の成果は3カ月前、6カ月前に行った施策によって決まる」ということ。利益の前に、お客に満足してもらえるサービス提供が不可欠であると気付かされた。

 異動後は、スピードデータチェックといった、現在では欠かせないサービスとなっているシステムを軌道に乗せるなど、長期的な視野でお客に喜ばれるサービス開発に取り組んだ。

 そして、それらの施策が花開いたことを受け、福島は再び印刷事業全体の責任者として舞い戻った。現在は二度目の挑戦の真最中である。「今思えば、短期事業を一度降りて、長期事業の経験を積むことができたのは良い機会でした」と語る福島。短期と長期のバランスをしっかり取りながら、自ら学んだ教訓を次のリーダーにも提供できるような組織づくりに邁進している。

 福島が目指すのは、ミッションをより身近にし、社員全員がそれを実現しているという実感を持てる会社である。ひいては、「たとえ他社に移ったとしても、ラクスルのミッションを共有して働くような人材を輩出する企業を作りたい」と力を込める。

 松本の印象は出会った当時のままだ。楽しんで仕事をし、好奇心をもってチャレンジしている。だが、そんな松本のアップデートの速さには、福島も舌を巻く。以前は全て自分で行っていた意思決定のバトンを社員に渡し、松本自身は企業として次にチャレンジすべきことを常に考えている。

 日々進化する松本の話が唐突に感じることもあるが、松本が福島のところへやってきて、「聞いてくださいよ!」とワクワクしたことを共有してくれる時間が、実は一番楽しいひと時だ。「これからもどんどん社長としての器を広げていってください」。福島から松本へのメッセージである。



何事にも正直でフェアな経営者

ハコベル事業本部 ハコベル事業部 部長 狭間健志 Kenji Hazama
 


何事にも正直でフェアな経営者


 新卒でコンサルティング会社に入社して8年が経ち、自分でも事業をしたいという想いが強くなって転職先を探していた狭間健志。産業に根差したテクノロジー企業を希望し、見つけたのがラクスルであった。

「コンサル出身の自分に出来ることと不向きなことがあるだろうと不安でした。まだ社員数も小規模のベンチャーでしたので、社員一人当たりの仕事量についても相談しました」

 しかし、実際に働き始めると入社前の不安や心配は杞憂に終わった。配属先として、既存の印刷事業か物流事業のどちらを希望するか聞かれ、迷わず新しいことに挑戦できる物流事業、現在の「ハコベル」事業を選択した。

 入社前であったが、物流業界について5時間ほどディスカッションする場にも参加した。物流業界について関心を持ち調べてみると、社会的に課題が大きく誰もまだ手を付けていない。さらにマーケットも大きく、まだ伸びていてチャンスの大きい領域だと感じた。ミーティングに参加しているメンバーたちの得意領域も様々で学べることが多く、逆に自分が培ってきた経験を提供し、事業を成長させるエンジンになれると感じたことが入社の決意を後押しした。

 その後、松本と会う機会があったが、面談というよりは、九割がた松本が会社の未来やビジョン、既存の産業の課題などを熱く語る場であった。別れ際に「同年代の人たちとチームを作って事業をするのは楽しそうじゃないですか」と言われ、「確かにその通りだ」と狭間は感じた。

 狭間は松本の印象について「常に真剣な人」と語る。打ち合わせでも、営業方針に止まらず、採用の際にはどのようなバックグラウンドの人材を、年収はいくらで採り、どの方法でリクルーティングするのか、矢継ぎ早に質問してきた。

「これだけ広い範囲に及ぶ質問をしてくるだけでも、仕事に対する真剣さが伝わってきました」

 事業会社に移って活躍できるか心配していることを松本に相談した時には、「私は24歳で起業し、8年ほどの経験があるので、自分のノウハウは全て伝えるから大丈夫。あなたを事業部のトップとして育てることに経営者としてコミットする」と男気ある言葉を掛けられ、転職に対する抵抗感も和らいだ。

 最初の業務は、運送会社の開拓であった。トラックの登録を増やし、実際にシステムを使ってもらい、使用頻度を増やすことから取り掛かった。営業に際して、マーケット分析をしようと本社に必要な情報を依頼すると、僅か1日でデータが出てきて驚いた。通常なら2週間ほどかかり、内容も不十分なことが多いが、テクノロジー企業は違った。「システムを内製しているからこそ欲しいデータが素早く正確に出せるのでは」と狭間は理由について語る。

 真夏に運送会社を訪ね、忙しそうだったので荷物の上げ下ろしを手伝うと、課題の所在や現場の空気感が分かり、クライアントとも気心が知れ、共通言語で話が出来るようになって一石二鳥であった。

「松本は正直な人だと思います。立場によって判断が違うことはありません。ダメなときはダメと言い、自分が間違っていたら認めます。議論の際も反対意見を言うことを歓迎しているので、しこりを残しません。社長個人の想いではなく、産業を良くするために何が出来るかを議論しているので、信頼しています」

 最後に、「ラクスルの顔であり、先頭に立って日本の産業構造を変えていくという旗振りを続けてほしい」とメッセージを送った。



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