トピックス -企業家倶楽部

2019年04月05日

現場に飛び込み生産性を高める/ラクスルの強さの秘密

企業家倶楽部2019年4月号 ラクスル特集第2部


兆円規模の業界へと果敢に飛び込み、構造改革を唱えるラクスル。現場に深く入り込み、曇り無き眼で改善点をあぶり出すと、トヨタ生産方式の「カイゼン」を繰り返すことで生産性向上に繋げている。若きネットベンチャーのイメージとは一線を画し、異色とも言える同社の強さの秘密に迫る。(文中敬称略)



強さの秘密1・価格競争力

手軽さと安さでユーザー数を拡大

 ネット印刷の雄として華々しく登場したラクスル。全国の印刷会社と提携し、印刷機の空き時間を利用して印刷するビジネスモデルは、シェアリングエコノミーの時流に乗って注目を集めている。

 ラクスルが支持される理由としてまず挙げられるのが、注文の手軽さと価格の安さだ。同サービスのサイトを覗くと、「チラシ・フライヤー」「冊子・カタログ」「ポスター」など、用途に応じたバナーが並ぶ。そして、その中から一つを選択すると、用紙サイズ、用紙の厚さなど、様々な条件に沿って切り替わる分かりやすい価格表が掲載されており、1枚分の単価まで含めて一目瞭然だ。

 肝心の価格を見てみよう。ラクスルと、「激安」を謳うA、B、Cの競合3社を比較してみた。公平を期すため、当然条件は全く同じに設定。具体的には、用紙サイズA4のチラシを、片面カラー印刷で製作する場合だ。用紙の厚さは一般的な90kg、用紙の種類もオススメされることの多い光沢紙を使用した。

 1万部を印刷して3営業日以内に発送してもらった場合の税抜き価格(2019年2月現在)は、ラクスル1万4520円(1枚あたり1・45円)、A社1万6583円(同1・66円)、B社1万6500円(同1・65円)、C社1万6205円(同1・62円)と、ラクスルに軍配が上がった(図を参照)。

 ちなみに、ラクスルが有利な条件での結果を掲載していると誤解されないよう、片面・両面、カラー・モノクロ、部数、出荷日など、他のどの因子を変更しても、大抵の場合ラクスルが安価もしくは同等の価格であったことは明記しておこう。

 テレビCMの効果も相まって、ユーザー数は個人・法人共に順調な伸びを見せ、2019年7月期第1四半期には累計70万人を突破した。


強さの秘密1・価格競争力




強さの秘密2・高い生産性

最先端の製造オペレーションを導入

 こうした低価格を実現できるのは、ラクスルが生産性を重視しているためである。同社と提携しようとする印刷会社は最初、往々にしてその提示金額の低さに驚愕する。しかしラクスル社長の松本恭攝は「大抵の会社は、経営者が生産性という部分に着目していないだけ。生産性さえ上がれば、低価格でも十分に利益を生み出せるようになる」と意に介さない。

 確かに、単純に考えて、仮に時間当たりの生産性が2倍になれば、人件費が2分の1になるのと同じだ。したがって、たとえ給料を今までの1.5倍にしたとしても、むしろコスト低減に繋がる計算となる。

 ただ、論理的に考えるだけでは生産性は上がらない。そこでラクスルでは、自前で印刷機を3台所有。さらに大手印刷機メーカーであるリョービの元役員や、トヨタ自動車出身の製造エンジニアなど、「製造現場のプロ」を抱え、日本が誇る最先端の製造オペレーションを導入することで、印刷工程の生産性を高めるための研究を日夜重ねている。そして、ここで作り上げた生産性向上のノウハウを、提携先の各印刷会社に広げているのだ。

 とはいえ、印刷会社側からすれば、ラクスルの要求はかなり厳しいものと言わざるを得ない。ラクスルと提携した中には、求められた印刷料金を元に業務効率を試算したところ、これまでの倍以上のスピードが必要であることが判明した企業もある。

 しかし、印刷機が常に最高の状態で稼働するように心がけ、仕事の間に設けていた予備時間を詰めるなど、少しずつ改善を繰り返した結果、ひいてはラクスル以外の業務も含めて、全社的な生産性の向上に繋がった。

印刷会社に競争力を付ける

 ラクスルが求める数字は厳しいが、やり切れば達成感があり、目に見える成果が上がるのも事実だ。それは最終的に、業績、そして給与にも反映される。実際にラクスルと提携することにメリットを感じている印刷会社が多いからこそ、彼らのビジネスモデルは成り立っている。

 印刷会社のメリットとして大きいのは、ラクスルが彼らの仕事を保証していることだ。ラクスルが、言わば営業の部分を担っているため、提携している印刷会社としては、コストをかけずに仕事量を確保できているようなものである。営業という労力をかけることなく、ラクスルから降りて来る業務用の製造工程は自動的に稼働している状況となるため、印刷会社としては願ったり叶ったりだ。

 その結果として、設備投資にチャレンジしやすくなるという好循環も生まれている。ラクスルから安定的に仕事が供給されるため、新型設備を導入する際にも減価償却に至るまでの道筋が見えやすく、投資判断を容易に行えるようになるのだ。

 このように、各印刷会社とwin-winの関係を築いているラクスルだが、一方で提携印刷会社の仕事に占めるラクスル関連業務の割合が30%を超えないように心掛けている。

「ラクスルへの依存率が上がり過ぎると、私たちとしても、倫理的観点からその会社の仕事を他に回すことができなくなってしまいます。結果としてその会社は他社と競争しなくなり、もはや安泰であるとの安心感から生産性が下がる」

 印刷会社の生産性と競争力の向上を促す松本の考え方は、あくまでもシビアだ。


強さの秘密2・高い生産性

強さの秘密3・現場主義

トヨタ生産方式を導入

 ラクスルのビジネスモデルだけを聞き、「インターネットを上手く利用してマッチングサービスを手掛ける今風のシェアリングエコノミー企業」と思うと見誤る。彼らの説く生産性向上は、決して机上の空論ではない。

 提携するとなると、ラクスルは印刷会社に担当者を派遣。彼らは現場に分け入り、製造ラインから業務フローに至るまで全てを点検して回る。「本当にストップウォッチを片手に入っていきます」と松本が言う通り、実際に現場では、印刷機の配置、紙の断裁からパッキングして配送するまでの工程など、あらゆる時間が測られ、「ムリ・ムダ・ムラ」の排除を要請されるのが常である。

「この工程の作業時間を15秒から13秒に減らしてください。そのため、今まで4歩で動いていた部分の動き方を変え、3歩でお願いします」

 このように、まさしくトヨタ生産方式さながらの「カイゼン」を行っていくわけだが、製造工程に止まらず、仕事に取り組む上でのマインドセット、チームでの動き方など、高い生産性を維持するためにできることは徹底して遂行する。

 こうしたラクスルの現場主義は、松本の持つ観察眼に端を発している。彼は、新規事業ハコベルの立ち上げに際し、トラックの助手席に丸々3日間も同乗して運転手の不便や非効率をあぶり出したほどの強者。印刷事業を始めるにあたり、足繁く印刷工場に通ったのは言うまでもない。

「私たちの現場主義は、決して泥臭さをアピールするためのパフォーマンスではありません。現場を見て、オペレーションを徹底的に把握しなければ、生産性の低い部分は分からないのです」

 こう語る松本が現場を見に行く際に最も気にするのは、ワークフローの全体像だ。業界人ではないからこそ、気付く部分は大きい。業界の常識に対して「なぜこうなっているのですか」と問うと、「そういうものだから」と非論理的な答えが返って来ることもしばしば。そこがボトルネックとなって非効率に繋がっている場合には、鋭く切り込む。

「急がば回れ」を地で行く

 印刷は伝統ある業界であり、老舗の企業も多い。そこに入り込んでいくのは至難の業だ。松本とは大学時代からの仲である投資家の佐俣アンリも、「旧来の産業には『できない理由』が数多く存在し、現場にはプライドの高い方も多いので、抵抗の大きさは容易に想像できる。そうした状況下にあって、自分たちの信じる立場を崩さないところが凄い」と舌を巻く。現場に押されて妥協してしまうと、生産性の向上など見込めない。あくまでビジネスモデルを崩さない「強さ」がラクスルにはある。

 もちろん、パートナーとなる提携企業との関係構築は大前提だ。短期的に考えると価値観が背反し合う部分があることは否めないが、長期的に見ればお互いにメリットのある関係性を築けることは、前述の通りである。

 ラクスルCOOの福島広造も、「信頼関係があって初めて成り立つパートナーシップ。お互いに成長していける方法を真剣に模索しながら事業を展開している」と語る。決して無理強いされることはなく、自社の事情に合わせてアドバイスしてもらっていると感じている印刷会社もあり、ラクスルの想いはしっかり伝わっている様子だ。

 ラクスルでは意外にも、未だにFAXを使い続けているという。それも、あまり急激に「構造変革」を進めすぎると、かえって相手の態度を硬直させてしまう恐れがあるからだろう。

「現場に行くのも、FAXを使うのも、長い目で見ればそれが一番効率的だからです。お酒を飲む必要があればお酒を飲むし、最短距離でゴールに向かうため、必要な手段を取る」と松本。目標に到達するためには、一見回り道とも思えるような方法も辞さない。松本以下、経営陣が30代で構成されているにしては、至極大人な会社である。



強さの秘密4・開発力

ペルソナ分析でニーズを汲み取る

 提携先の印刷会社の生産性を高める一方、ラクスルは印刷を注文してくる顧客の利便性向上にも余念がない。

 サービスを構築する上で欠かせないのが、ペルソナ分析だ。想定される自社商品やサービスのお客を出来る限り具体化したユーザーモデル、いわゆる「ペルソナ」を生み出し、その人のニーズを汲み取る手法である。この際には、ペルソナの年齢、性別はもちろん、職種、趣味、上司から求められている事柄に至るまで徹底して作り込み、イメージ写真まで用意する。この人にとって一番嬉しいサービスとは何か、真剣に考えていくのだ。

 ある時は、「自分が作ったパンフレットの原稿データがしっかり印刷できるか不安で仕方ない」というペルソナを作った。その人は急いでおり、最悪の事態として想定されるのは、入稿した翌日に出社した際、「この原稿では形式が異なっているため印刷できない」との連絡が入ること。仮にもう一度NGが出てしまうと、パンフレットの作成がイベントに間に合わず、上司から大目玉を食らう羽目になる。残業までして深夜にようやく作り終え、チェックリストを何回も見直したものの不安は募り、ろくに眠れないまま朝を迎える。

 ラクスルでは、汗をかきかき原稿を仕上げたペルソナのイラストを描き、それを見ながら、どのようなサービスがこの人の助けになるのか考え る。「深夜でも、オンライン上ですぐにデータが印刷可能か分かるようにできないか。それならば、この人はその場で注文を確定し、安心して眠れるのではないだろうか」といった調子である。

優秀な開発陣がシステムを支える

 このペルソナ分析から生まれた施策が、スピードデータチェック(SDC)である。オンライン上で自身の原稿がプリント可能なデータかどうかを自動チェックしてくれるという優れものだ。

 従来は、納品された原稿を全てオペレーターが目でチェックして、印刷業者に回していた。当然ながら人間が自力で確認するのには時間を要し、ユーザーはチェックが終わるまで何時間か待たねばならなかった。

 そこでラクスルではこれを機械化。ユーザーは原稿データを該当箇所へとドラッグ・アンド・ドロップするだけで、確認をものの10秒で終わらせられるようになった。そればかりかSDCでは、どこを修正せねばならないか示唆までしてくれるため、その箇所をすぐに直して、再び確認に回すことができる。この結果、時間帯に関わらず、その場でデータが印刷できるという確証を得られるようになった。前述の心配性なペルソナも一安心である。

 ただ、いくらペルソナ分析をして必要なサービスを打ち出せても、それを実際にシステムとして作れなければ元も子もない。ラクスルは、こうしたソフトウェアを自前で制作できる開発力を持っているからこそ、顧客視点が生きてくると言えよう。事実、ラクスルの社員の半数はエンジニアやウェブデザイナーだ。ここだけ見ると、同社の構造が印刷会社ではなくインターネット企業のそれであることがよく分かる。

 実は、ユーザーのリピート率に関する情報も、データ上で全て取れている。ラクスルのサービスを一度利用したユーザーを分析すると、1時間や30分で返答をもらえた人は圧倒的にリピート率が高かったのだ。

 ラクスルでは、こうしたペルソナ分析と収集データから導き出される仮説を元に、顧客満足度向上のための施策を打つ。ここのところ年間平均注文回数、平均注文単価が上昇傾向にあるのも、そうした改善策の導入が寄与しているに違いない。


強さの秘密4・開発力

強さの秘密5・しゃがめる胆力が魅力

 印刷・物流・広告と、いずれも兆円規模の巨大市場に挑むラクスル。これらは伝統的な産業でもあることから、急激な変革は望めず、腰を据えた経営が求められる。印刷事業一つとっても、赤字を脱したのはつい最近のことだ。しかし、そうした胆力に惹かれる社員も多い。

 ラクスルCTOの泉雄介は、松本と出会った際の印象として、「4~5年という長期間に渡って耐えてきたのは凄い。(大きく跳躍するために)深くしゃがめる経営者には魅力を感じました」と回想する。

 同じくラクスルCMOの田部正樹も「私たちの特徴は長い年月をかけて事業を展開していくこと。1年や2年では到底達成できないことをやり続けるからこそ、参入障壁にもなるし、世の中の仕組みを変えていくことに繋がる。10年後や20年後を見据えて事業を展開しないことには何も成し遂げられない」と説く。

 そんなラクスルの社風をよく表しているのが、「プロジェクト」という施策だ。これは1週間、3カ月といった短期的な成果を問うのではなく、半年から1年近くをかけて社内を少しずつ変えていくというもの。生産性の抜本的な見直しなど、始まった時には実感が湧かないが、2年も経てば大きな変化を生み出すような案件ばかりだ。こうしたプロジェクトは、年間で常に10個近く走っている。

 ITで解決できる部分はスマートに効率化しつつ、地道で泥臭い部分にも果敢に入り込むラクスル。今後も、数十年という長い単位で世の中を捉え、日本の産業構造を変革していくことだろう。


強さの秘密5・しゃがめる胆力が魅力

コメントをシェア

骨太対談
 
コンテンツメニュー
企業家賞
企業家倶楽部企業家大学
Page Top