トピックス -企業家倶楽部

2019年06月06日

ブロックチェーン企業 欧州「クリプトバレー」に集積ーー個人情報重視の「ウェブ3.0」の世界を構築へ

企業家倶楽部2019年6月号 グローバル・ウォッチ vol.25


暗号通貨(クリプトカレンシー)に代表されるブロックチェーン関連の企業や組織が集積する場所が欧州にある。スイス・ツーク市周辺で、「クリプトバレー」と呼ばれ「ビットコイン」と並ぶ暗号通貨である「イーサリアム」の推進団体などが本拠地を置く。個人情報を重視する新しいインターネットの世界「ウェブ3.0」の構築を目指している。米テックジャイアントが情報を独占しデジタル経済を支配する現状を変えることができるのか。



クリプトバレーに750社

 スイスの金融センター、チューリッヒから南に約30km。ツーク湖のほとりにある人口3万人の小さな都市ツークを中心に、「クリプトバレー」はスイス及びリヒテンシュタイン公国に広がる。2018年12月の時点で750社のブロックチェーン関連企業が集まり、3300人の雇用を生み出している。18年9月時点に比べると、暗号通貨の価値が暴落した「クリプトの冬」を経て企業価値は半分以下の200億ドル(約2兆円)となったが、企業数は20%増と集積の勢いは衰えていない(ベンチャーキャピタルのCVVC、プライスウォーターハウスクーパースなどの調査)。企業データベースの米クランチベースを調べると、ブロックチェーン関連企業は世界で約4千社。その2割がツークに拠点を持つ計算となる。

 CVVCによれば評価額10億ドルを超える組織・企業(ユニコーン)も4社ある。暗号通貨のプラットフォーム(実装基盤)を提供しているイーサリアム財団、同カルダノ財団、ブロックチェーンを使ってクラウドサービスを実現しようとしているディフィニティー(いずれもツーク市が本社)、そして中国企業で暗号通貨採掘大手のビットメイン(比特大陸科技、北京市)だ。暗号通貨を預かる金庫サービス、ザポ(Xapo、香港)も暗号を開ける秘密鍵をスイスに保管し、グローバル事業の本社としてツークを選んだ。

 ツークにブロックチェーン関連企業が集まっているのはツーク州が古くからタックスヘイブン(租税回避地)となっているからだ。持ち株会社への課税はキャピタルゲイン(売却益)税のみで、所得税を払う必要がないとする「持ち株特権」制度が第一次世界大戦後の1921年に導入された。売上高の80%以上を海外で稼いでいる場合はさらに税金が少なくなるという。スイス平均の法人所得税は18年は17・71%で、ツーク州は14・51%と国内で6番目に低い。07年の時点では平均が20・76%でツーク州が16・10%と差はもっと大きかった(KPMG調べ)。個人所得税も18年は22・86%と40%台のジュネーブやチューリッヒと比べると半分に近い。

 またスイスの金融監督当局、スイス連邦金融市場監督機構(FINMA)もブロックチェーンについては寛容で、イーサリアム財団が14年に暗号通貨による資金調達(ICO)をスイスで最初に実施する背景となった。ツーク市は16年にビットコインによる地方税の納入を解禁したり、18年にはブロックチェーンを使った住民投票実験をするなど新技術の応用に積極的。行政サイドのこうした姿勢も、世界中のブロックチェーン企業を呼び込む吸引力となっている。



プラットフォームの上にダップス

 ツークにはプラットフォーム企業が多いのが特徴だ。イーサリアム、カルダノのほかテゾス財団、リスク財団もツークにある。発行している暗号通貨の時価総額でイーサリアムは世界2位、カルダノは10位、テゾスは17位、リスクは32位だ(4月1日現在、情報サイトのモーニングスター)。プラットフォームはパソコンに例えると基本ソフト(OS)のようなもの。その基盤の上で多くのアプリケーション(ブロックチェーンの場合、分散型アプリ=Dapps、ダップス=と呼ばれる)が動く。スマホの世界ではアップルの「iOS」、グーグルの「アンドロイド」がOS市場を二分し、その上で数多くのアプリが動いているのと同様だ。

 暗号通貨は08年に「サトシナカモト」なる謎の人物が、いかなる中央銀行にも支配されないネット上の通貨「ビットコイン」を提案したことに始まる。コインといっても物理的な形状があるわけではなく、仮想空間上にあるのは誰がその通貨単位を保有し、いつ誰から所有権が移転したかといった取引の記録(台帳)である。取引があるたびに台帳に新しい情報(ブロック)が書き加えられ、鎖(チェーン)のように台帳が伸びていくことから「ブロックチェーン」と呼ばれる。現在では「分散型台帳技術(DLT)」と呼ばれることも多い。新しい情報を追加する時にネットワークの参加者が競ってその正しさを認証することから、改ざんがしにくいとされる。台帳は参加者のサーバーに分散して存在することから、一つのサーバーから消失しても簡単に復元ができる。大規模な集中管理システムで台帳を管理することもないので、システムの構築コストが安くなるなどの特徴もある。



イーサリアムで応用拡大

 イーサリアムは発行する暗号通貨「イーサ」の時価総額が1兆7千億円と、最大手「ビットコイン」(8兆円)に次ぐ。ブロックチェーンの応用を暗号通貨以外に広げた先駆者と見られている。イーサリアムはヴィタリック・ブテリン氏が13年に提案したDLTで、「スマートコントラクト」という概念を導入して、台帳を通貨以外の取引にも使えるようにした。不動産の登記、株式の取引、宝石、さらには電力や温暖化ガス排出権の取引などにも利用が拡大している。

 ブテリン氏は94年にロシアで生まれ、カナダで育ち現在25歳。イーサリアムを考案した時は19歳だった。大学進学前、米ブリザード・エンターテインメントのオンラインゲーム「ワールド・オブ・ウォークラフト」に熱中していたところ、お気に入りのキャラクターの能力が突然変更され、その時から中央集権型のシステム管理に疑問を持ったという。その後、ビットコインと出会い、カナダのウォータールー大学に進学。在学中に暗号通貨の研究に没頭するために退学した。14年に通貨「イーサ」を発行し、「ビットコイン」と交換することで約1600万ドルを調達した。ブテリン氏は現在は世界中を飛び回り、住居は「キャセイパシフィック航空」。信じる宗教は「クリプト(暗号)」だ。



ウェブ3.0

 プラットフォームの上で動くダップス開発会社もクリプトバレーには数多い。例えば「アカシャ」はイーサリアム上に作られた分散型ソーシャルメディア。一度投稿したコンテンツは改ざんも検閲もできない。表現の自由が追求できるメディアだ。読者はいいと思ったコンテンツに「イーサ」で投げ銭をすることもできる。記事投稿サイトの「メディアム」や「フェイスブック」、「ツイッター」のようなサービスだ。


 「ステータス」はイーサリアムで構築したスマホの分散型チャットアプリで、「LINE」や「ウィーチャット」の競合となりうる。メッセージだけでなく暗号通貨も送受信できる。運営会社に会話をのぞかれるリスクもなく、「ステータス」を窓口にしてほかのダップスにアクセスすることもできる。

 ダップスが作り出すネットの世界は「ウェブ3.0」と呼ばれる。グーグルやアマゾン・ドット・コムなどのテックジャイアントが支配する現在の世界「ウェブ2.0」に取って代わりうるとされる。そこは非中央集権的な世界で、個人情報は個人に帰属し、個人が管理する。マッテオ・ジャンピエトロ・ザゴ氏(分散型OS企業「エッセンシア・ワン」の創業者)は、18年1月に「メディアム」に「なぜウェブ3.0が重要で、あなたが知っておかなければならないのか」という記事を投稿。その中で「通信速度が速くなるにつれ双方向のウェブサービスが可能となりソーシャルメディアの時代(ウェブ2.0)が来たが、IDや閲覧履歴などの個人情報が一部の大企業の手中に握られる体制となった。ウェブ3.0はプライバシー情報を個人の手に取り戻す革命である」と述べた。ザポはスイスにグローバル本社を置く理由の一つとして「スイスは伝統的に個人と金融のプライバシーを重んじる」ことを挙げている。



イーサリアム・マフィア

 ブテリン氏を始めイーサリアム創業者たちは「イーサリアム・マフィア」として、この「ウェブ3.0」の世界を実現すべく独自の道を歩み始めている。世界10位のカルダノ財団はイーサリアムのCEOを務めていたチャールズ・ホスキンソン氏が16年に設立し、暗号通貨「ADA(エイダ)」を発行。同氏は香港にあるIOHK(インプット・アウトプット香港)のCEOも兼務し、カルダノの技術開発を全面的に支援する。イーサリアムよりも民主的に参加者の合意が取れる仕組みを導入している。

 先に紹介した分散型ソーシャルメディア「アカシャ」は、イーサリアム創業前からビットコイン雑誌をブテリン氏と共同で発行してきたミハイ・アリジー氏が創業した。イーサリアムの初期に資金を提供したカナダ出身のアンソニー・ディ・イオリオ氏は、トロント市にデジタル財布開発のデセントラルを設立。トロントのブロックチェーン関連コミュニティの育成にも乗り出している。

 イーサリアム財団のCOO(最高執行責任者)的存在のジョセフ・ルビン氏は財団の別動隊として、14年にニューヨークに米コンセンシスを設立。ダップスの開発を自ら手掛けるとともに、スタートアップの活動も支援している。その支援を受けたダップスが例えば、ミュージシャンとファンを直接結ぶ「ウジョ・ミュージック」だ。音楽ストリーミングサイト「スポティファイ」や「アップルミュージック」を将来置き換えるかもしれない。ほかに美術品のオークション価格、保険の適正料金などの予測値を参加者から募り、的中した人に暗号通貨で報酬を出す予測サービス「グノーシス」などもコンセンシスが支援するダップスだ。

 イーサリアムの元CTO(技術最高責任者)のギャビン・ウッド氏はそもそも「ウェブ3.0」という概念を14年に世界で初めて提唱したとされ、イーサリアムから離れた後、その名も「ウェブ3(スリー)財団」をツークに設立した。異なるブロックチェーンの世界をつなぎ合わせて、相互に情報交換できるようにする「ポルカドット」というプロトコルを開発中だ。イーサリアム以外にも様々な分散型プラットフォームが出現しており、それらを接続することで現在のネットを置き換える規模にして行こうという。同財団は関係者を一堂に集めたイベント「ウェブ3サミット」をベルリンで開催するなど、開発者の交流を通じてウェブ3.0運動を盛り上げる計画だ。



「ウェブ3.0」関係者は世界中に

 デジタル経済の世界は現在、「FAMGA」などと呼ばれるフェイスブック、アマゾン、マイクロソフト、グーグル、アップルの米国発のテックジャイアントが支配している。無料でサービスを提供する代わりに、購入履歴、移動履歴などのビッグデータを収集し、広告ビジネスなどと結び付けて収益を上げている。クリプトバレーの動きは一見、米国によるネット支配に反対するソフト開発者たちが集結したように見えるが、「ウェブ3.0」の動きは欧州にもスイスにも限定されていない。

 グーグルのブラウザ「クローム」に取って代わるサービスとして、広告をブロックすることで表示速度を高めた「ブレイブ」はサンフランシスコ発のスタートアップだ。スマホOS「アンドロイド」「iOS」を代替するものとして「エッセンシア・ワン」や「イオス」が挙げられるが、エッセンシアはオランダ・アムステルダムを拠点としているし、イオスを開発するブロック・ドット・ワンは香港に本社を置く。「ウェブ3.0」の性格からして関係者は世界に分散している。多くの企業がスイスを選ぶのも、欧州連合(EU)にも参加しないその中立性を好んでのことだ。

 ペイパル・マフィアの一人で、ビッグデータ分析会社パランティア・テクノロジーズの創業者ピーター・ティール氏は「クリプトはリバタリアン(自由至上主義)、人工知能(AI)は共産主義者」と評した。VCやICOを通じてブロックチェーン企業には18年は2兆円規模の資金が流入したという。AIの進歩への脅威が叫ばれる中、クリプト=ブロックチェーンはその対抗軸になるのか。「ウェブ2.0」を覆す動きは今後、本格化するかもしれない。

P r o f i l e

 
梅上零史  (うめがみ・れいじ)

大手新聞社の元記者。「アジア」「ハイテク」「ハイタッチ」をテーマに、日本を含むアジアのネット企業の最新の動き、各国のハイテク産業振興策、娯楽ビジネスの動向などを追いかけている。最近は金融やマクロ経済にも関心を広げ、株式、為替、国債などマーケットの動きもウォッチしている。



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