トピックス -企業家倶楽部

2019年06月18日

異質の体験が人を育てる/日本経済新聞社参与 吉村久夫

企業家倶楽部2019年6月号 教育への挑戦~新しい日本人を求めて~ vol.19


Profile

吉村久夫(よしむら・ひさお)

1935 年生まれ。1958年、早大一文卒、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員、日経ビジネス編集長などを経て1998年、日経BP社社長。現在日本経済新聞社参与。著書に「本田宗一郎、井深大に学ぶ現場力」「歴史は挑戦の記録」「鎌倉燃ゆ」など。



現場は教室

 良き市民の第二の要件ーー「体験を積むこと」について考えてみます。昔の人はいろいろ良いことを言っています。「百聞は一見に如かず」「可愛い子には旅をさせろ」などなどです。

 人事もある意味では旅です。私事で恐縮ですが、こんな体験をしました。入社した時、最初に配属された職場は、私が最も行きたくないと思っていた職場でした。がっかりしました。

 しかし、数年後には「よくぞ配属してくれた」と人事担当の人に感謝しました。経済概論しか受講して来なかった私が、生きた経済を知ることになったからです。

 以来、私は人事に不満を持っている後輩にはこういったものです。「何事も勉強だよ。ちゃんと勤めれば、現場が先生になってくれるものだよ。無駄な仕事なんて一つもないよ」。

 現場は生きた教室です。情報の宝庫だと思います。現場からいろいろな発明や改良が生まれて来ているのです。現場を知らない経営者は経営者ではありません。ホンダを創った本田宗一郎氏は現場に入り浸りでした。

 本田氏は若者の教育にも熱心で、副社長で同志の藤沢氏と共に永い間、学生の学資を援助し続けた、隠れた足長おじさんでもありました。



現場も多種多様

 現場も多種多様です。就職直前の学生が企業で実習する「インターンシップ」もその一つです。最近、インターンシップが重視されるようになったのはとても良いことだと思います。

 子供は本来、群れて遊ぶものです。ところが、最近の子供は群れて遊びません。遊び場が少ないことも原因ですが、親が子供を保護しすぎる嫌いもあります。

 そこで、子供は自分の部屋に閉じこもって、情報端末を相手に遊ぶことになりがちです。度が過ぎると、引きこもりになります。コミュニケーション能力も育ちません。

 大人たちは子供たちが群れて遊ぶように仕向ける必要があります。週末、父兄が手伝って野球の試合を楽しんでいる光景を見ることがありますが、大変良いことです。

 学校や塾も子供たちが勉強と同時に群れて遊ぶ場になれば、いじめなどの陰湿な事件も下火になるのではないかと思います。学校や塾も大人の職場と同じで、きわめて重要な人を育てる現場なのです。



混ぜる教育

 子供たちが異質の体験をするのはまず学校ですが、その学校も最近はいろいろな試みをやっています。工場見学をやったり、学習塾と提携したり、合宿をしたり、外国でのホームステイをやったりです。とても良いことです。

 大学も負けてはいません。寮を充実させたり、外国からの留学生を積極的に受け入れたりしています。その中でも近年注目されているものの一つに、日本人と外国人を「混ぜる」大学があります。

 良い例が、別府に誕生した立命館大学のアジア太平洋大学(APU)です。「混ぜる教育」というので話題になっています。学生を内外混ぜ合わせて、異質の体験を積ませ、その結果として「オンリーワン」の人材を得ようという試みです。

 開校は2001年でした。場所は別府温泉の近くの山の中です。発案者は大分県。一村一品運動で鳴らした当時の平松知事が、大学改革に熱心な立命館大学に誘致を働きかけたのです。

 創立の理念は「自由・平和・ヒューマニティ」「国際相互理解」「アジア太平洋の未来創造」でした。そこで50%主義を謳いました。学生の50%は外国人、教師も50%は外国人。最初からこの目標をクリアしました。以来、約20年経ちます。

 いまの学生数は6000人で国内50%、海外50 %です。出身外国の数は90カ国に上るそうです。41講義は日英2カ国語で行います。日本人は英語、外国人は日本語を習得できるようになります。

 1200人の外国人が2人部屋の寮を利用しています。いろいろなイベントが用意されています。就職は引く手あまたと言います。企業が卒業生に大きな関心を寄せているのです。

 その証拠に、同大学は開校時に41億円の寄付を集めることができました。経済界がこぞって応援したのです。そこで大学は留学生に奨学金を用意することができました。

 大分県、別府市も留学生によって地域振興が期待できると喜んでいます。地元企業に学生がアルバイトで、また社員として就職し、大分県、別府市を第二の故郷と親しみ始めているからです。


 混ぜる教育

全てはアイデア勝負

 新しい試みは、立命館大学のアジア太平洋大学だけではありません。近畿大学はまぐろの養殖で有名になりました。入学希望者数が明治大学を抜いて日本一になりました。

 大学もまた少子高齢化とグローバリズムの荒波を受けて再編成時代に入りました。得意技を持っていないと生きられません。その点では企業と同じです。教授会がいわゆる「象牙の塔」として孤高を誇っていられる時代ではないのです。

 立命館大学のアジア太平洋大学では教授と職員の関係も「混ぜる」状態になっています。教務と業務が一体になって優秀な生徒を獲得しようと努めているのです。

「混ぜる教育」というのは学生、学校の多様化ということです。これからは得意技を持つだけでなく、多様化に挑戦する必要があります。大学もまた企業と同じで、多様化できる資産を持ち合わせているはずです。

 要は知恵とやる気の問題です。ユニークな学部、研究所の創設、大学同士の提携、合併、企業との協業、ベンチャー・ビジネスの設立、やることはいくらでもあります。



混ぜる国家になる

 近年、日本の大学の世界ランキングの下落が懸念されています。懸念しているだけでは、いつまでも浮かび上がれないでしょう。

 このままで行くと、優秀な日本の学生は外国の大学に取られてしまいます。結果、日本の科学技術力は低下し、それがまた大学のランキングを引き下げるという悪循環をもたらします。

 政府も大学も日本の教育水準を世界一流へ引き上げるために、ありとあらゆる知恵を絞る時です。いまならまだなんとか間に合うかも知れません。

 大学の世界ランキングはともかく、日本はいま切実に混ぜる国家へ舵を切らざるを得ない状態になりつつあります。外国から観光に来てほしいのです。同時に外国から働きに来てほしいのです。

 外国人旅行客が急増しました。もはや日本のサービス産業は彼らの来日なしには成り立ちません。彼らは金を落としてくれるだけでなく、日本を再発見してくれました。

 それ以上に切実なのが外国人労働者の導入です。介護に建設に、外国人労働者が必要不可欠なのです。

 日本はこれから混ぜる国家に変わって行くでしょう。古代、日本は渡来人を受け入れて律令国家を作りました。日本は再び、外国人を混ぜることで、人口減少下の新しい日本を構築することになると思います。

 つまり、日本という国全体が異質の体験をしようとしているのです。日本は古代、アジア人の多民族国家でした。これからは地球規模の多民族国家になると思われます。そうやって日本は宇宙時代の日本に変身して行くに違いありません。否応無しに新しい日本人が誕生して行くはずです。



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