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2019年07月16日

阪神淡路大震災が全ての原点/バリューマネジメント代表 他力野 淳

企業家倶楽部2019年8月号 私のターニングポイント





 私たちは歴史的建造物の再生事業などを展開していますが、三つの転機がありました。

 一つ目は1995年の阪神淡路大震災です。私は当時21歳の学生で、家族と共に被災しました。大好きな神戸の街が、一瞬で無くなってしまった。電気、水道、ガスは全て止まり、来る日も来る日も給水車の前に並んで生活用水を汲みました。

 それまで私は、自分の力に自信を持っていました。しかし、それはあくまで社会基盤が成り立っている前提での話であり、これが崩れた瞬間、何もできないという無力感に苛まれました。

 近い将来起業しようと決めていましたが、30歳での起業を決意。20代は自分が何を成すべきかという視座を持ちながら、社長になるための能力を身に付けることにしたのです。

 社長が持つべきスキルとして私が掲げたのは、営業力、マネジメント力、英文会計です。そこで、まずは営業力に定評のあったリクルートに入社。それからデジットというベンチャー企業でインターンシップを広める事業の関西支社を立ち上げ、マネジメントを学びました。会計に関しては、独学で英文会計を習得。こうして29歳の時に創業しました。

 現在の事業領域を選んだのには、やはり阪神淡路大震災を体験した影響が大きかったですね。人は、何が大事か、失ってから気付きます。日常に隠れた大切なものの価値を見出し、それが無くなってしまう前に残さねばならないという想いが、事業内容に繋がりました。

 二つ目の転機は創業2年目、兵庫県須磨にある神戸迎賓館を再生した時のことです。建物の修復が始まり、お客様の受注活動も進めていた矢先、オープン1カ月前の土壇場で経営母体の会社がお金を集め切れず、工事が止まって急遽オープンできなくなってしまいました。

 結婚式をご予約いただいていた方々にひたすら頭を下げるしかなく、雇用も一旦白紙にせざるを得ませんでした。赤字を黒字にする経営コンサルタントとしては自信がありましたが、実際に資金を投下し、リスクを取って運営するという意味では無力だったのです。リスクを取れなければ歴史的建造物を守ることはできない。そう痛感した私は、それまでの広く浅いコンサルサービスから事業を方向転換し、ほとんど直営中心に切り替えました。

 三つ目の転機としては、事業を展開する中でコンサルの限界を感じたことが挙げられます。私たちはコンサルとして再建をお手伝いしますが、黒字化すると利益をどのように活用するかで意見が分かれることがありました。

 私たちには、再建を通して業界、地域まで含めて良くしたいという想いがあります。しかし、その想いが一致しないケースもありました。こうした経験から、「誰と仕事をするか」の大切さを実感し、オーナーが実現したい世界に共感できればこそ、お手伝いをすることに決めました。

 私たちは仕事を受ける際、大事にしていることが三つあります。まずは、街や施設自体、その周辺のマーケット、バリューマネジメントの三要素が持つポテンシャルを掛け合わせて考え、そもそも再生が可能なのか。二つ目が、誰と仕事をするか。依頼主は地域の金融機関、自治体、文化財を抱える個人オーナーなど様々ですが、その本気度が重要です。三つ目が、残す価値があるか。私たちは文化的価値について、「時代を超えるもの」と定義しています。時代を紡ぎ、時代を超えてまで必要か、常に問いかけています。

 今年4月に文化財保護法が改正され、税金を使うのではなく、民間の運用によって文化財を残していく方針が明確に打ち出されました。こうした追い風もあり、全国津々浦々からオファーを頂戴しているので、成功事例を作っていきたいですね。

 日本は人口が減って、経済的に苦しくなると言われていますが、この難局に負けず、日本の大事な文化を残していく仕事に邁進したい。そして、ゆくゆくは海外にも出たいと思います。



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