トピックス -企業家倶楽部

2019年08月02日

デザインの力で世の中を良くしたい/セイタロウデザイン代表 JMC 取締役CDO 山﨑晴太郎氏

企業家倶楽部2019年8月号 先端人





「このJMCに面白い人がいる」というので早速話を聞きに行った。黒で統一されたすっきりしたエントランスで出迎えてくれたのは、JMCの取締役CDO(チーフ・デザイン・オフィサー)を務める山﨑晴太郎氏である。東京・目黒にあるセイタロウデザイン代表であり、れっきとしたデザイナーだ。

「毎週月曜日は朝8時から役員の連絡会があるのでJMCにおります。多い時は週3回、こちらに詰めています」

 B2Bの製造業の、しかも上場企業で、社内にCDOを置くのは珍しい。というよりも日本初かもしれない。

「ものづくり日本」として、長年世界から絶大なる信頼を得てきた日本だが、昨今ようやくデザインなど知的財産に目が向くようになった。

 経済産業省と特許庁が主体となり、18年には「デザイン経営」宣言がなされ、ここにきてようやく「デザイン」や「知的財産」がフロントに出てきたといえる。

「デザイン経営」優良企業として、「無印良品」を展開する良品計画やスノーピークが表彰を受け、にわかに脚光を浴びてきた。

 そんな中、製造業のJMCが社内にCDOを抱え、新しいメイドインジャパン、新しい製造業として発信しているのだから、話題になるのも当然だ。



デザインのメスが入っていない業界を変えてみたい

 山﨑氏とJMCはどのように出会ったのだろうか。

「JMCさんは元々セイタロウデザインのお客様でした。14年から役員を務めています。19年2月からはCDOとなりました」

 デザイナーを製造業の役員に据えること自体珍しい。JMCとしては山﨑CDOの下で「デザイン経営」を加速し、ブランドを一新、新しいメイドインジャパンを世に提案していきたいという想いがあったのだろう。

「JMCは業界ではかなり異端児だからでしょう。僕を受け入れてくれた」と笑顔を向ける山﨑氏。「デザインの力で世の中を良くしたい」と思っていたので、デザインのメスが入っていない業界をどうデザインで変えるかに興味があり、引き受けたという。

「『デザイン経営』に関しては、まだ定義が定まっていないというのが正直なところ。日本は遅い」と率直に語る山﨑氏。世界的にはアップルコンピュータやサムスン電子がデザインで国際競争力を付けていく中、日本ではその理解が進んでいないという。

 メイドインジャパンという力の源泉が逆に遅れた原因かもしれない。ただし「デザイン経営」宣言で、その位置付けは上がった。「バックヤードからフロントに出てきた」と、山﨑氏は昨今の動きを語る。


 デザインのメスが入っていない業界を変えてみたい

成果が結実

「僕のやっているデザインは単なる意匠だけではなく、仕組みや気配みたいなもの。社会に対しての新しい気配を纏わせることが、デザインの意義です」

 これを上手く行うためには、CDOが経営層に通じる言語を話せることと、経営陣がデザインに対しての理解を深めることの2つが必要という。これがかみ合わないと成功しない。

「JMCの経営陣は任せてくれるのでやりやすい」と山﨑氏は打ち明ける。

 役員として経営のアドバイスもするが、会社が出すメッセージの統括や工場の設計、ロゴのデザイン、JMCゴシックというフォントの作成まで手掛けた。丸身を帯びた独特のフォントには、人間的で愛着を持たれるような意図があるという。

「サプライヤーの工場ですから、いかに3Kから脱却するか。心地良さや機能性を可視化するのがデザインの力」と山﨑氏。役員が思っているモヤモヤした部分を1つにまとめ、見える化するのが彼の仕事だ。JMCに関わって4年、「成果は上がっている」と自信を見せる。

 浜松工場の設計・デザインも山﨑氏によるもの。作業着も「これを工場の人が着るの?」と思うほどカッコ良いデザインに仕上がった。こうした全てが採用にも役立つブランディングとなっている。業界内での立ち位置は明らかに高まりつつある。山﨑氏は「昔の製造業とは一線を画す」と胸を張る。

「佐藤可士和さんはこのような動きの先頭にいます。最初に立ち位置を作った方です。彼のお陰でデザイナーがブランディングする概念が広がった」

 11年、ユニクロ・ニューヨーク五番街店を出店するに当たり、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は、佐藤可士和氏をユニクロ世界戦略のクリエイティブデザイナーに迎え、その力を最大限に活用した。その活躍ぶりはユニクロの成長を見れば分かる。


成果が結実

デザインとは生きること

「自分にとってデザインとは生きること。社会に繋がる手段です」と山﨑氏。「デザインとは曖昧なものを可視化する唯一の道具」と語る。

 デザインをするために重要なことについて、山﨑氏は次のように説く。

「新しい概念を可視化すること。人は山の頂点の概念でコミュニケーションを取っています。例えばグラスと言うと、液体がたまっていて透明だと思いますよね。では、もしそこに穴が空いていると、それはグラスでしょうか。水が漏れますが、その穴を指で塞ぐと、『中の液体の温度を肌で感じるためのグラス』になる。今度はそのグラスに10 以上の穴が開いたらどうでしょうか。これはグラスじゃないと言う人と、液体を止めるという概念は放棄したものの、形からしてグラスだと言う人に分かれる。

 このあたりに概念の曖昧な山裾があり、経営者が言うのはその辺の話です。新しいことをするには山と山の間にある掛け算が必要。多くのイメージは山裾辺りでモヤモヤしているので、これに新しい言葉や絵を与え、一気に山の頂点に引き上げる。これが、僕がデザインで意識していることです。

 新しい挑戦や領域に行きたいというお客さんの、そのモヤモヤした部分を一つひとつ紐解いて形作り、一つの山にしていきます」

 デザイナーとしての役割について語る山﨑氏はさらに雄弁になる。 



金沢「雨庵」をプロデュース

 では、JMC以外の山﨑氏の仕事をもう少し見ていこう。

 印象に残る仕事として、彼はソラーレホテルズアンドリゾーツを挙げた。3年前、社長交代のタイミングで「ホテルの概念を変えたい」とのオファーを受けたという。ホテルをどの価格帯に置くか、ホテルのコンセプトをどの軸に据えるかなど、経営理念の刷新を実現。銀座と金沢にオープンしている。

 中でも金沢の「雨庵」はユニークだ。金沢は雨が多く、それが観光的課題であった。「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉があるくらいだ。

「そこで雨の時に価値が上がるホテルを創ろうと考えました。雨の日に合わせれば良いのではないかと。これが山裾を山頂に引き上げるということです」


金沢「雨庵」をプロデュース

デザインは8割が理屈で2割がセンス

「デザインに関して日本は遅れています。課題はプレゼンテーション。言語化とアピール力が圧倒的に弱い。もう一つは、表現のコンテクストの流れを知らないこと。デザインは8割が理屈や知識で、2割がセンス。8割の理屈と知識があれば、3年間の修業で、どんな人でもデザイナーになれます」

 山﨑氏は「デザインとは最終的には2つの形に帰結する」と説く。

「一つは無印良品のように必要なものだけを残し、その他は削ぎ落したマイナスのデザイン。もう一つは他の人にとっては無秩序でも作り手の中に圧倒的な秩序があって、その人の秩序の中で共感者を生むもの。原宿文化がこれに当たります」

 今後の夢を問うと、彼は二つ答えた。

「一つは日本を含む東アジアのデザインや美の思想を世界にもう一度広めたい。東アジアは八百万の神という部分で、ある意味一つ。点ではなく面で捉えている。

 ヘリコプターとドローンに例えると、欧米の文化はヘリコプター。神様は一人だから点で空中に浮き続けるという思想です。だから横風に弱い。一方東アジアはドローン。止まろうとしていないから横風に強い。完全均衡ではなくて動的均衡です。これを是とする思想とデザインを、世界の中の一つの楔にしたい」

 そしてもう一つは教育だという。まずは支社があるセブ島で、友人が運営している英語のレッスンの中に、明日から使えるデザインの豆知識のようなものを入れ、デザインについて教育していきたいとのこと。ただし、「やりたいことがどんどん変わるので、今日現在の夢ですけどね」と山﨑氏は念を押した。

「日本ではデザインが特別扱いされすぎている。もっと身近にあるし、機能しているものなのに」と強調する山﨑氏は、まだ36歳だ。18 年12月にはベルリンに支社を設立した。今後どんな世界を見せてくれるのか楽しみだ。(三浦貴保)

PROFILE

山﨑晴太郎(やまざき・せいたろう)

82年生まれ。立教大学卒。PR エージェンシーを経て08 年独立。セイタロウデザインを設立。企業のデザインブランディングやプロモーション設計を中心に、グラフィック、WEB・建築・プロダクトと多様なチャネルのアートディレクションおよびデザインワークを幅広く手がける。アジアデザイン賞、JDC デザインアワード、グッドデザイン賞金賞他、国内外の受賞多数。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会クリエイティブアドバイザー。



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