トピックス -企業家倶楽部

2019年10月01日

宇宙時代の教育システムへ/日本経済新聞社参与 吉村久夫 

企業家倶楽部2019年10月号 教育への挑戦~新しい日本人を求めて~ vol.21


Profile

吉村久夫(よしむら・ひさお)

1935 年生まれ。1958年、早大一文卒、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員、日経ビジネス編集長などを経て1998年、日経BP社社長。現在日本経済新聞社参与。著書に「本田宗一郎、井深大に学ぶ現場力」「歴史は挑戦の記録」「鎌倉燃ゆ」など。



教育環境の今昔

 日本の教育制度の変遷を見て来ましたが、改めて教育環境の今昔の違いに驚かされます。主な違いを列記してみましょう。

1 時代変化のスピードが違います。とりわけ、科学技術の進歩です。人は置いてきぼりの感があります。それに国際化の展開が急ピッチです。

2 家族構成が違います。昔は大家族、今は核家族です。うるさいご近所さんもいません。子供は孤独になりがちです。

3 情報端末が発達しました。机に向かって本を読むより、スマホを操作すれば、たちまち情報が手に入ります。

4 昔は寺子屋でお師匠さんと相対で勉強できましたが、今は学校の教室での一斉集団授業です。成績の格差が拡大します。

5 昔は子供にも用事がありました。いまは失業しています。群れて遊ぶことも少ないので、体験の機会も減っています。

 まだありますが、まずはこれくらいにしておきましょう。

 要するに、家族や世間の面倒見が悪いのです。孤独で異質の体験の機会も少ないので、自分で考えることができません。社会に出ると「教えてくれない」という「くれない族」になりがちです。

 もちろん、現代はTV・パソコン・CD・スマホと情報が氾濫しています。しかし、主体性がないと情報の洪水に溺れてしまいます。

 TVで人気が出た5歳の女の子、チコちゃんの口癖を借りれば「ボーっと生きてんじゃねーよ」ということになります。



科学と人間のギャップ

 一番深刻な問題は、富の格差ではなくて、科学と人間の格差というかギャップです。科学は日進月歩です。文化は日進月歩というわけには行きません。科学は切れ目なく進展しますが、人間はせいぜい生きて100歳止まりです。

 しかも、最近の科学は、ゼウスがあらゆる災害を閉じ込めたといわれる「パンドラの箱」を開けたかと思うような凶悪な顔をも持っているのです。

 人間に善悪の二面性があるように、科学にも明暗の二面性があります。核開発、DNAの編集、AIロボット、皆そうです。使い道を間違うと、大変なことになります。

 では、どうすればいいでしょう。結論をいってしまえば、哲学者のカントがいうように、皆が永遠の平和を希求する良き市民になることしかありません。

 それを可能にするのは教育しかありません。しかし、自立性のない政府依存症の大衆を教育するのは大変なことです。まず政府に大衆迎合の愚民政策を止めてもらわなければなりません。

 政府がそんな不人気な政策はやれないというのなら、破局的な戦争や災害が発生するのを許容せざるをえません。ちょうど、第二次世界大戦の惨憺たる結果を見て、世界の人々が自由と民主のありがたさを再確認したようにです。

 そこでせめて政治家、経営者といったリーダーの人たちには宇宙時代の地球市民の代表になってもらわなければなりません。ところが、肝心のハイテク部品はブラックボックスに入ってしまいますし、人間自体が一部をAIロボットに頼ることにもなりそうです。

 こうなると、やはり教育は知情意のバランスの取れた、人間性豊かな、直感力のある、人を動かす力のあるトップ、管理者を作り出すことに注力するほかありません。それは古今東西、人間が努めて来た教育の原点でもあります。



新システムの基本

 そこで、この連載を終わるに当たって、これまで述べてきたことの繰り返しになるかも知れませんが、宇宙時代の教育システムを作る上で、是非とも守ってもらいたい原則を列記しておきたいと思います。

1 失われた昔の教育環境を補うために、ありとあらゆる教育機会を創出しましょう。家庭、学校、企業、役所などを総動員した、幼児から老人までの多岐にわたる教育の選択肢です。

2 その場合、民間の自由な発想、創意工夫に委ねましょう。文科省は幼児の洗脳教育が行われないようにチェックするなど、政策大綱をしっかり握っておく役目に徹してもらいたいものです。

3 教育は個性を引き出し伸ばすことです。個性には千差万別があることを肝に銘じておく必要があります。その上で官民が知恵比べの自由競争をするのです。

4 その場合、読書、自習、討議、実習など古来のやり方を一段と進化させ、同時に寮生活、留学、研究、起業などの機会を増やす必要があります。もちろん、AIも大いに活用すべきです。

5 学校制度も6・3・3・4制度に固執する必要はないでしょう。小学校入学を1年早めてもいいし、大学入学を9月に切り替えてもいいと思います。全寮制、一貫教育も重要です。

6 教師の質を高めましょう。授業以外の用事で拘束するのを止めましょう。待遇も重視しましょう。再教育の機会も増やしましょう。教師の役目の重要性を再確認しましょう。


新システムの基本

宇宙に紛争を持ち込むな

 最後の最後に肝に銘じておきたいことは、地球上の今日の紛争をぜったいに宇宙へ持ち込んではならないということです。

 トランプ米大統領が国防省に宇宙軍の創設を命じました。私はかつて観た「アバター」という米国映画を思い出します。宇宙で人造人間の軍隊が資源の奪い合いをする映画です。

 荒唐無稽と一笑できないことが問題です。すでに地球では無人機の時代になっています。無人機が都市を攻撃しています。人間が宇宙に紛争を持ち込まないという保証はどこにもありません。

 幸い、国際宇宙ステーションの開発、運用では、国際協力が実を挙げています。それは宇宙飛行士の教育が十分になされている証拠でもあります。

 本連載の冒頭に教育は人類永遠の課題だと指摘しましたが、宇宙開発が本格化する前に、私たちはこの課題を解決しておく必要があります。地球の紛争を宇宙に持ち込んではなりません。

 私は人間の英知を信じます。科学技術は人間が作り出したものです。人間が制御できないはずはありません。

 幼少児に日本語と外国語とプログラミング言語の三つを同時に教えている学校もあれば、関係のなさそうな東大と芸大の間で技術開発が検討されてもいます。これらの実験は人間がAIを越えた存在であることを示すものでしょう。

 安倍内閣は人づくり革命を口にしています。大変結構なことです。しかし、それよりもどうか、民間の創意工夫を信じて、学問の独立と研究の自由を保証して下さい。それこそが政府の役割です。

 ジンギスカンの右腕だった耶律楚材の名言に「一利を興すは一害を除くにしかず」というのがあります。仕事や規律が増え過ぎては、人は細部に振り回されて、真の任務を見失ってしまいます。

 教育する人もされる人も、目先の雑務や宿題に追われ続けるようでは困ります。教育の熱意も失われ、勉学の効果も上がらないでしょう。

 生涯教育の時代です。自分以外は皆師なのです。日本は昔から教育国です。日本は教育先進国であり続けることが、日本の最大の存在理由であることを肝に銘ずるべきです。(了)



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