トピックス -企業家倶楽部

2019年10月15日

日本のラグジュアリーを世界へ/アリタポーセリンラボ代表 松本哲

企業家倶楽部2019年12月号 百年企業の現在(いま)


創業から100年以上経過した企業が日本には3万社以上存在する。戦争やバブル崩壊、リーマンショックなど、数々の逆境を乗り越え、現在も事業を継続出来ている理由はどこにあるのか。そこには創業者の「企業家精神」が脈々と受け継がれているのではないだろうか。百年企業の現在を聞いた。



200年以上続く老舗

問 有田焼の歴史は長く古いようですね。いつ頃から始まったのでしょうか。

松本 佐賀県有田町周辺で作られる磁器製品を「有田焼」と呼んでいます。今から約400年前に朝鮮から渡来した陶工・李参平(りさんぺい)が創始者で、彼の故郷の山の景色と似ていることから陶石を見付け、焼き物を作ったのが有田焼の始まりと言われています。

 1616年に日本初の磁器産地が誕生しました。当時はヨーロッパでも東洋の焼き物に人気があり、1650年頃から東インド会社(VOC)を通じて中国からヨーロッパへ輸出されていたのですが、中国で内乱が起こるとVOCは日本に関心を示しました。

 有田の近くにある港町伊万里から積み出されたので、当時は「伊万里焼」と呼ばれ、ヨーロッパでも高い評価17世紀の輸出最盛期から200年の時を経て、1867年に第2回パリ万博に出展さ云術性と技術力によりヨーロッパの人々を魅了しました。

問 有田焼といえば。「柿右衛門(かきえもん)」や「今右衛門(いまえもん)」、「弥左ヱ門(やざえもん)」といったブランドが有名ですが、弥左ヱ門の特徴を教えてください。

松本 正式な窯元名は「弥左ヱ門窯」といい、1804年(文化元年)に創業したので、200年以上の歴史を誇る有田最大規模の窯元です。何度も試作を繰り返して独自に開発した粕薬(ゆうやく)を熟練の職人がひとつずつ刷毛で塗るため、深みのある上質な輝きが特徴です。今でも、昔ながらの1300度で3日間焼いているため、とても耐久性に優れ、薄くて硬く、軽いのも弊社の特徴の一つです。

 また、窯が大きく、非常に大型の皿や壼を焼くことが出来ます。

問 松本哲さんは7代目弥左ヱ門になるのですね。

松本 はい、大学を卒業し銀行勤めを3年間していたのですが、家業を継ぐため有田に戻ってきました。

 215年前に初代が築窯し、3代目が銀行(現在は佐賀銀行と合併)を作り政治家に転身しました。九州鉄道の「上有田駅」開設に尽力し、地元の有田から出荷できるようになりました。海路から陸路へ商流を変え、以前は伊万里焼と呼ばれていましたが、有田焼の礎を築いたと言われています。

 その後、5代目が「ゴールドイマリ」のブランドで大成功し、最盛期には従業員700名、売上げは30億円にまで伸び、北米や欧州だけでなく、モロッコやシリアにもお得意客がいました。当時はードル360円と円安の影響で輸出が好調でした。

 身近なところでは、高級ふりかけの錦松梅の器や、吉野家やリンガーハットの丼ぶりなどを手掛けてきました。

 7代目となる私が、有田焼を再び世界ブランドにするため、現代のライフスタイルに合ったモダンな有田焼「アリタポーセリンラボ」を立ち上げました。


200年以上続く老舗

有田焼の狛犬が大英博物館に展示

問 現在でも有名な企業とのコラボ作品を手掛けているのでしょうか。

松本 世界のラグジュアリーブランドとのコラボは、フランスのゲランの有田焼スペシャルボトルや、ラデュレのティーポット、ティーカップ等を手掛けました。また、中華圏コレクターの間で大変人気のある現代アーティストの小松美羽さんとコラボした有田焼の狛犬は、世界三大博物館のロンドンにある大英博物館に常時展示され、制作者として七代目弥左ヱ門松本哲の名も刻まれました。

問 歴史のある有田焼ですが、7代目が取り組んでいることは何ですか。

松本 伝統的な赤色(朱)と青色の有田焼のデザインは和室に合ったのですが、現在ではライフスタイルが変わり、モダンなデザインが求められています。そこで、伝統的な有田焼のデザインは残し、色合いを単色にするなど工夫してみるとスタイリッシュな作品が出来ました。

 また、刷毛で紬薬(ゆうやく)を塗ると表面がマットな仕上がりになり、どんな色でもスタイリッシュになることが分かりました。全てを変えるのではなく、デザインは残しながら、色味を変えるなどして、現代風に進化させた「JAPANシリーズ」は新しい客層を開拓しヒット商品になっています。

 商品単価でいうと3000円から2万円ほどのラグジュアリーでモダンなカテゴリーをターゲット層にした商品ラインアップを増やしています。


有田焼の狛犬が大英博物館に展示

伝銃とは革新の連続

問 「伝統」を守ることと時代に合わせて「変化」することを掛け合わせたら、新しい作品が誕生したのですね。何か新しく変わるきっかけがあったのでしょうか。

松本 再び海外に出てみたいと思い、ニューヨークでの展示会に出展しました。ニューヨークまでの輸送費がかかりますので、商品単価を上げる必要がありました。そこで、プラチナを塗ってみたら、スタイリッシュでラグジュアリーな作品が出来あがり、高い評価を得ました。

 さらに、展示会の隣のブースに出展していた方から百貨店の伊勢丹をご紹介頂きました。打ち合わせの中で、伊勢丹側から春色のピンク色のラインアップを増やしたいという要望を受けているうちに、ピンクだけでなく、ブルーやゴールド、グリーンなど四季のラインアップが揃いました。今、伊勢丹新宿店や阪急うめだ本店等、日本を代表する百貨店で人気のシリーズとして常設で取り扱われています。

問 松本社長は仕事を通して何を実現したいとお考えですか。

松本 伝統工芸の業界だけでなく、どの産業でも同じ課題があると思いますが、今までと同じやり方だけではジリ貧になっていきます。現代のライフスタイルに合わせた商品開発や新しい販売チャネルの開拓など、売り方も工夫していかなければ持続的な発展はないと考えています。

 有田焼は過去何度も危機があるたびに新しい技術革新や、デザインの革新を経て今に至ります。伝統とは革新の連続であり、今までの技術を活かし時代に合わせて進化させることが必要です。破壊こそ再生の始まりです。有田焼の歴史は「革新」の歴史であり、「伝統」とは「革新」の連続を振り返った時に呼ぶのです。

 今後も有田焼の400年の伝統の技を継承しながら、新しいデザインを生み出して、「日本のラグジユアリーを世界に」拡げて行きたいと思いますので、楽しみにしていてください。


伝銃とは革新の連続

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