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2019年10月17日

米中ハイテク戦争、中国は技術実装に強み―香港テックイベント「RISE」から見た現状

企業家倶楽部2019年10月号 グローバル・ウォッチ vol.27


米国政府と中国の華為技術(ファーウェイ)の対立で、本格化の兆しを見せている米中ハイテク戦争。その背景には米国が中国のイノベーション力に脅威を感じ始め、特に人工知能(AI)や次世代通信規格「5G」といった最先端技術分野で遅れをとりつつあるとの認識が広がっていることがある。実際のところ中国のイノベーション力はどうなのか。7月に香港で開催されたテックイベント「RISE 2019」の様子からその現状を垣間見た。




 7月9日、「RISE」オープニングの講演に選ばれたのは配車サービス(ライドヘイリング)大手、米ウーバーテクノロジーズのトアン・ファムCTO(最高技術責任者)。それに続いたのが深?発のユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場企業)の柔宇科技(ロヨル・コーポレーション)の創業者、劉自鴻(リウ・ツーホン)会長兼CEOだった。「東西が出会う」香港で開催される国際的なテックイベントで、今年の主役は米中であることを印象付けた。昨年はシンガポールの配車サービス大手グラブのタン・フイリン共同創業者と、日本の対話アプリ大手LINEの出澤剛社長だった。

 ウーバーは2009年にサンフランシスコで設立され、現在、世界700以上の都市でサービスを展開する。5月にニューヨーク証券取引所に上場し、ユニコーン企業を卒業したばかり。今後の事業展開が注目される中、配車に続く事業の柱である食事宅配サービス「ウーバーイーツ」の担当者も講演するなど、今年のRISEの主役的な存在だった。配車サービスから、決済を要に様々なサービスを提供するプラットフォーム企業になろうとしている。米中ハイテク摩擦があっても「技術は世界を変え続ける」とトアン・ファムCTOは語った。

 一方のロヨルは日本ではまだあまり知名度は高くないが、折り曲げ自在なフレキシブル有機ELディスプレイを開発・製造する、深?を代表するユニコーン企業だ。米スタンフォード大で学んだ劉氏らが12年に創業した。講演では自社製ディスプレイを搭載した「世界初」の折り曲げ可能なスマホ「フレックスパイ」を紹介。サムスン電子も同様のスマホを4月に投入する予定だったが、不具合が発覚し9月に発売を延期した。「これはプロトタイプではない。1300ドルでオンラインでも実店舗でも購入できる」と語り、サムスンよりも前の18年12月から市場に投入していることに胸を張った。

 ITを使った新しいサービスを開拓した米国企業がウーバーなら、米国では廃れつつあるモノづくりで新基軸を出しつつある中国企業がロヨルと位置付けることができる。



技術生態系は米中2分

 そのウーバーが事業展開をしていない大国が一つある。中国だ。「滴滴出行(ディディチューシン)」(事業会社は小桔科技)との競争に敗れ、16年に撤退に追い込まれた。ウーバーに限らず、米国のテック企業にとって中国は真空地帯だ。中国政府は「グレート・ファイアウォール」と呼ばれる情報検閲システムを構築しており、グーグルや米メディアへの中国からのアクセスを制限している。さらに中国国内市場は競争も激しく、オークションサイトの米イーベイは市場から放逐され、米アマゾン・ドット・コムもネット通販事業からの撤退に追い込まれた。14 億人という巨大な国内市場で、阿里巴巴集団(アリババ)や騰訊控股(テンセント)といった中国系テック企業が独自の生態系を構築する。

 サウス・チャイナモーニング・ポストとベンチャーキャピタリストの楊佩珊(エディス・ヤン)女史が共同で作成し、10日にRISEで公表した「中国インターネット・レポート2019」では、インターネットのサービスの世界では米国と中国は「二つの分離した技術生態系」を形成していると指摘する。検索サービスではグーグルに対し百度(バイドゥ)、電子商取引ではアマゾンに対してはアリババ、決済サービスではペイパルに対して「アリペイ」「ウィーチャットペイ」、動画サービスではユーチューブやネットフリックスに対して愛奇芸(iQIYI)や優酷(Youku)といったところだ。配車サービスは米国ではウーバー、リフトが競っているが、中国はディディの独占状態となっている。
 


技術生態系は米中2分

コピーする側からされる側に

 さらに今年の同レポートが指摘するのは「モノマネばかりしていた中国テック産業は、今や真似される側になった」という点だ。例えば商品の購入から食事の配達、保険や証券への投資、友人とのチャットなど様々なサービスを一つのアプリを通じて提供するサービス。テンセントの「ウィーチャット」、アリババ系の 蟻金融服務集団(アント・フィナンシャル)の「アリペイ」、美団点評の「美団」などで、「スーパーアプリ」と呼ばれる。米フェイスブック、LINE、インドネシアの配車サービスのゴジェックもこうした中国のテック企業の路線に追随している。ウーバーが目指すのもこの方向だ。

 短編動画アプリも流行は中国からだった。北京字節跳動科技(バイトダンス)が運営する短編動画アプリ「ティックトック」、北京快手科技の「快手」が中国やアジア各国でヒット。それに刺激を受けて、フェイスブックが同様のサービス「ラッソ」を、写真・動画共有アプリの米スナップチャットが「リップチャレンジ」を18年末に相次ぎ投入した。

 新しい技術を社会に普及・展開(社会実装)していく点でも中国の動きは速い。例えば次世代通信網「5G」の整備だ。5Gは年々増大する通信トラフィックに対応した技術規格で、高速大容量(「4G/LTE」の百倍の毎秒10ギガバイト)、かつ超低遅延(LTEの10分の1の1ミリ秒)、多数接続可能(LTEの100倍の1平方?当たり百万台)なのが特徴。ビッグデータを取り扱う必要のある自動運転、人工知能(AI)、IoT(モノのインターネット)、AR(拡張現実)/VR(仮想現実)など様々なアプリケーションの登場が見込まれている。

 デロイトトーマツグループが18年11月にまとめたレポート「5G:今後10年のビジネスをリードするチャンス」によれば、中国では15年以降、無線インフラに米国を240億ドル上回る投資を実施し、米国の10倍以上の35万の基地局を新設。さらに今後5年間で4000億ドルの5G関連投資を表明している。基地局数は中国には米国の3倍、人口1万人当たり14施設あるという。しかも中国が設備増強に必要なコストは米国の3分の2でしかない。

 5Gの商用サービス開始では米ベライゾンがシカゴとミネアポリスの2カ所で4月から開始したのが事実上の世界初(韓国でもSKテレコムなど3社が6人の有名人向けにほぼ同時にサービスを始めた)。中国ではすでに20前後の都市で試験サービスが実施され、この6月には大手通信会社など4社に営業許可証が発行された。中国移動(チャイナモバイル)は9月末までに40以上の都市で商用サービスを開始するという。5Gの特許数もファーウェイを筆頭に中国企業が世界でリードしている。


コピーする側からされる側に

AI、自動運転タクシーでも追い上げ

 中国が急速に追い上げていると言えばAI分野だ。米シアトルにあるアレン人工知能研究所によれば、05年以降、中国は米国よりも多くのAI関連の学術論文を発表している。引用件数の多い影響力のある論文については米国がまだ上回っているが、過去5年間のトレンドを分析すると、トップ10%の論文は20年初頭には中国が米国を追い抜き、トップ1%の論文についても25年に抜き去るとしている。顔認証による地下鉄運賃の支払い、ホテルのチェックイン、さらに顔認識技術を使った監視システム、交通違反者の特定など、個人情報への配慮が不要な中国ではAIの活用も桁違いの規模、速度で進んでいる。A I を使った交通渋滞の制御などスマートシティ実現でも中国がリードしているとみられる。

 そしてAI 、5Gの応用の一つとして考えられているのが自動運転。RISEではポニー・ドット・エーアイ(小馬智行科技)の彭軍(ジェームズ・ポン)共同創業者兼CEOが登壇した。彭氏はグーグルで技術者として働いたのち百度に転じ、そこで自動運転プロジェクトの中核メンバーとして働いた。百度時代の部下だった技術者の楼天城CTOと16年12月にポニーをベイエリアのフリーモントで設立した。中国人によって設立された米国企業で、米セコイア・キャピタルの中国法人がシード・ファンドを提供。広州にも17年10月に法人を設立し、広州市の南部に広がる南沙区で18年2月から「ロボタクシー」の運用を開始している。

 19年4月にはウーバーのようなアプリ「ポニーパイロット」を導入し、不特定の場所にロボタクシーをスマホで呼んで、不特定の別の場所に行けるサービスを開始した。50?の範囲をカバーしている。政府の規制で運転手が同乗する必要はあるが、ハンドルには手をかけておらず、ほぼ「レベル4」(特定地区で無人運転)。カリフォルニア州政府からも19年6月にロボタクシーの運行許可を米ズークスに続き、米オートX(創業者は中国人)と同時に取得した。「年末にはカリフォルニアでもサービスを始めたい。航空機だって百年続いている。利用者の自信が増せば、自動運転車も定着する」と彭氏は語る。

 彭氏は清華大学を卒業したのち、米スタンフォード大学で博士号を取った。中国出身だが、創業した会社も米国と中国の両方にあり、「ロボタクシー」事業も両国で展開しようとしている。米中ハイテク摩擦については「試練でもあり機会でもある」と語り立場をぼかすが、「両国とも自動運転技術を支援している。米国の方が歴史はあるが、中国は急速に追いついている」と見ている。

 世界のユニコーン企業数を見ると、米国を本社とする企業は全体の6割を占め、2割の中国を圧倒している。世界のベンチャーキャピタル投資額は、米中貿易戦争が本格化してきた18年4―6月をピークにして減少に転じており、特に中国への投資は激減している。米中ハイテク摩擦で、中国に向かっていた資金は逆流しつつあるようにもみえる。やはり革新的なアイデアやビジネスモデルは米国から来るのか。しかしアイデアは容易に国境を越える。

「人材は世界中に平等に分布している。しかし機会は違う」。ウーバーのトアン・ファムCTOはRISEでこう語った。同氏は元ベトナム難民で、米国でチャンスをつかみ、今を時めくテック企業の技術部門トップに駆け上がった。トランプ政権は移民排斥を推進しており、そうした機会は減少しつつあるのかもしれない。イノベーションに社会実装という機会を与える面でも、米中の差は縮小しつつある。

P r o f i l e

梅上零史(うめがみ・れいじ)

 大手新聞社の元記者。「アジア」「ハイテク」「ハイタッチ」をテーマに、日本を含むアジアのネット企業の最新の動き、各国のハイテク産業振興策、娯楽ビジネスの動向などを追いかけている。最近は金融やマクロ経済にも関心を広げ、株式、為替、国債などマーケットの動きもウォッチしている。



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