トピックス -企業家倶楽部

2019年11月14日

一枚岩でビジネスに挑む/ピーバンドットコムを支える仲間

企業家倶楽部2019年12月号 ピーンドットコム特集第4部 


プリント基板事業で2017 年に上場を果たしたピーバンドットコム。常に社外を飛び回る田坂の下、少数精鋭の社員らは自ら行動し、堅固に会社を守る。自由で風通しの良い社風にあって、彼らは一致団結、常に新たな挑戦を続けていく。(文中敬称略)



創業期を知る生粋のCOO   

取締役COO  後藤康進 Yasunobu Goto
創業期を知る生粋のCOO   


 前職はバンドのギタリストという異色の経歴の持ち主でありながら、ピーバンドットコムの正社員第一号として、創業期から同社を支えてきた後藤。入社当時は田坂と役員、そしてアルバイト2人の小さな会社で、仕組みを作ることで業務を属人化させず、アルバイトが仕事を回すビジネスモデルだった。

 実家の近くで仕事を探していた後藤も、2004年にアルバイトとして入社。まさに会社と共に成長してきたと言っても過言ではない。

 入社面接で田坂と出会った時の第一印象は「ハンサムな人」。一方で田坂も、ベンチャー企業のアルバイト面接とはいえ、青いセーターというカジュアルな姿で現れた後藤に驚いたという。

 入社後にまず担当したことは、プリント基板のデータチェックや海外への発注業務だ。当然ながらプリント基板の専門知識などなく、会社勤めすら初めての経験である。更に社内には業界経験者もいない状況だ。

 「自分たちの解釈で自由に進められたので、ある意味やりやすかった」と後藤は笑うが、右も左も分からず、手探りの日々だった。そんな中、音楽活動で使っていたパソコンのスキルを活かして仕事に取り組んでいると、田坂から「意外とできるじゃん」と声をかけられた。「この一言がグッと来た」と後藤は当時を回想する。

 3カ月後、後藤は正社員として採用されることとなる。彼は、会社の業務やプリント基盤の知識を深めるため、物流部門から経理部まで駆け回った。驚くことに、普通の人は嫌がるクレーム対応業務まで進んで行ったという。

 「今思えば、クレーム対応からプリント基板の基礎やクライアントとのコミュニケーションなど多くのことを学ばせてもらいました」

 そんな後藤には忘れられない失敗がある。海外工場に発注していた基板の品質が、日本の企業が求めるレベルに達しておらず、再納品しても納期に間に合わない事態に陥ってしまったのだ。

 企業がリスクを抑えたいと考えるのは当然のこと。技術的には対応可能であっても、品質に不安があれば、あえて仕事を受けないという選択肢もあったはずだ。しかし、ピーバンドットコムでは顧客満足を重視し、出来る限り融通を利かせ、チャレンジ精神を持って対応することに努めていた。この前向きな姿勢が、最悪の形で裏目に出てしまったのだ。

 結果として、お客のプロジェクトは消滅。悔し涙を流す担当者のことは、今でも忘れられないという。

 「業務全体を見ていたので、今思えば当時からCOOのような役割でしたね」と振り返る後藤だが、決して順調な道のりではなかった。

 後藤が壁にぶつかったのは入社4、5年目のことだった。中堅社員として新事業を確立するなど、新規立案を任されるようになってきた頃である。当初は田坂が立ち上げた事業を拡大することに注力していれば良かったが、自分で気付きを得て考える力が求められるようになったのだ。

 業界や顧客の傾向を分析し、仮説を元に施策を打つ。そして、その効果を測定するという試行錯誤の繰り返しだった。売上げに繋げるため、様々なマーケティング手法を試した。会社が成長を続けていたこともあり、細かい指示をせず社員に任せる田坂の姿勢が主体的な社員を育てたのだろう。

 COOとして事業拡大の未来戦略を描いている後藤。「会社に幸せオーラを持ってきてください。家族と仕事を両立した姿を見せてほしい」と田坂にメッセージを送った。



社員教育に注力したい

取締役CFO  上田直也 Naoya Ueda


社員教育に注力したい


 現在CFOを務める上田は、8年前に入社。当時は通信販売業界が伸び始めていた。通販の商品は様々だが、プリント基板を扱っている会社は珍しい。そこで、上田はピーバンドットコムに興味を持った。前職で培ったシステムエンジニアとしてのスキルも活かせると思い、この世界に飛び込むことを決意した。

 入社前、採用の最終面接以外で上田が田坂と話す機会は無かった。唯一の接点であった最終面接でも、田坂からはあまり質問を受けなかったという。当時も今も、田坂が社員を信頼し、自由に仕事をさせている印象は変わらない。

 大学では電気工学科に通っていたため、基板には素人と比べれば馴染みがあった。それでも入社後は、サポートスタッフとして事業の流れを掴むところから始まり、翌年マーケティングの部署に配属された。

 上田がマーケティング部で働き始めた数年後、ピーバンドットコムは上場を目指すこととなった。上場に際しては、財務を担当する役員が必要だ。そして、そのCFO候補として、上田に白羽の矢が立ったのである。

 田坂や他の上司との食事会で、CFOに任命された上田。それまでに社内のデータ分析をしたことはあったものの、経理の経験は一切無かった。また、従業員から取締役になることに責任の重さを感じ、躊躇せざるを得なかった。

 しかし、有無を言わせず「悩んでいる暇は無い」と田坂。上田は「これも貴重な機会だ」と覚悟を決め、引き受けることにした。田坂は後に「上田は社内でエクセルを一番使えた。だからCFOにした」と冗談めかして語った。

 「CFOになっても仕事内容はさほど変わらない」と聞いていたが、上場に必要な準備は山積みだった。まずは証券会社のコンサルティングを受けながら、自身が管理部長となり、管理部の体制を一から作り上げなければならない。当時は社員17名であったため、一人当たりの負担は大きかったものの、新たな規定が行き渡りやすいというメリットもあった。

 上場準備など大きな事業を始めた際、役員や社員は、先が読めず不安になることもあった。そのような時、田坂は彼らに次の言葉をかけた。

 「今やっていることが正解かどうか、今は分からない。後で結果が出てから、あの時の施策が効いたと分かるものだ。今は前だけ見て進もう」

 普段は社員の仕事にあまり口出ししない田坂だが、こうした時にリーダーシップが垣間見えた。

 上田は取締役として、田坂と経営について話すことが多い。外部のセミナーで得た情報など、田坂が上田に話すことは多様だが、特に印象に残っている教えがある。

 「自分のお父さんに説明するつもりで文章を書きなさい」

 キャンペーンを企画する時など、顧客に説明する際には、商材が専門的であるだけに、分かりやすい説明を心掛ける必要がある。それほど田坂は「ユーザー目線」を重視し、その心構えは社内に浸透しているのだ。

 上田は「今後は社員教育により一層注力していきたい」と語る。現時点では中途社員のみを採用。様々な社員を雇えるが、全体の意思統一は困難だ。また、若い世代を採り始めた時に備えて、充実した教育制度も整えていく必要があるだろう。

 上場を成功させ、ピーバンドットコムの一翼を担う上田。最後に「取締役に就任した時には右も左も分かりませんでした。そんな自分の伸びしろを見込んで大役を任せていただき、ありがとうございます」と田坂に感謝の意を表した。



底の知れないブレない経営者

カスタマーサポート部 部長 宮坂俊明 Toshiaki Miyasaka
底の知れないブレない経営者


 元々基板設計の仕事に携わりながら、激務に不安を感じて転職活動を行っていた宮坂。設計業務から離れたいと、2011年にピーバンドットコムに入社した。当時同社には基板設計業務の経験者が少なく、宮坂はそのスキルと知識を期待されていた。

 社長の田坂とは、最終面接で初めて会った。面接は普通の居酒屋で行われ、その場で自分の履歴書を開く田坂にぎょっとしたという。それまでの面接で田坂の人柄や酒に強いことを聞いていたので、「飲み負けてはいけない!」と競い合うように飲んだ。「スキルはすでに分かっているから、面接ではどんな人間なのか、一緒に仕事ができそうかを見ている」と後に田坂から聞いた。

 業界こそ前職と同じだが、仕事の内容は顧客や工場への対応となり、ガラッと変わった。人と接する仕事には苦手意識があったが、働くうちにどんどん楽しくなっていったという。

 サポートの内容はサイトの操作や注文方法に関するものが多いが、稀に設計内容の相談もある。その時には宮坂の経験が良いアドバイスとなり、以降名指しで質問が来ることもあった。また、教育機関からの注文や相談は、学生指導の一環ともなっている。

 現在の業務について、「経理以外オールマイティに動いています」と笑う宮坂。セミナー講師を担当する際には、普段ネットや電話を通じてのみ接する顧客と直接対面するため、難しい質問にも答えられるよう準備を進める中で学ぶことも多いという。

 今は楽しんでいるセミナー講師だが、最初は嫌で嫌で仕方なかった。「人前で話すのは苦手でしたが、他にやる人がいなかった」というのが本音だ。しかし、ピーバンドットコムに入社したからこそ、チャレンジする機会に恵まれ、新しい自分を発見できたと実感している。

 「毎日何かを一つでも良くしていきたい。改善したいという想いは、設計職の時から変わりません。延々と同じことをやり続けるのは得意じゃないんです」

 時代も人も変われば、価値観も変わる。自分自身も常に変わっていく必要がある。「職務の幅が広がるように動いているので、もう自分が何屋なのか分からない」と宮坂は笑う。

 酒の強い宮坂は、田坂と一緒に飲むことも多い。酒が入ると饒舌になるのが田坂。一見矛盾する二つの事柄を清濁併せ呑むような言動から、「懐の広さを感じる、底の知れない人」と宮坂は評す。

 会社のイベントで、珍しく三次会まで飲んだ時のことだ。田坂は帰宅できなくなった社員にタクシーの手配をすると、「帰れないやつはうちに来い」と、宮坂たちを深夜の自宅に招き、たくさんの酒でもてなした。

 会社にはあまり顔を出さない田坂だが、社内での存在感は大きい。課題や問題が浮上した時、「なぜできないんだ。こういう方法ではできないのか」と質問が来る。経営者としてのビジョンがはっきりしていて、目標に到達するための最短距離を走っているのだ。宮坂は、その姿勢にブレの無さを感じるという。

 「田坂が会社にいなくても、ちゃんと対応してもらえているので不満はありません。毎日違う人と飲んでいて、田坂にしかできない領域で動いてくれている。そうした人脈の構築は続けてもらいたいですね。ただ身体には気を付けて。今のまま、とにかく自由に動き回ってください」



時代にインパクトを与えたい

営業事業部システム開発チーム リーダー 箕浦道雄 Michio Minoura
時代にインパクトを与えたい


「社内で一人目のシステムエンジニアとして、会社の根幹を支えてほしい」

 そんな言葉に発奮して、箕浦がピーバンドットコムに入社したのは2012年。開発者として、SEとして、もっとやりがいのある仕事を求めて行っていた転職活動中に出会ったのが同社だった。最終面接で本社を訪れた際、朝礼の最後にハイタッチをしている社員たちの姿を見て、社内の雰囲気の良さに驚かされたという。

 プリント基板のネット通販を主力事業とするピーバンドットコムで、社内一人目のSEとなった箕浦は、既存のシステムを作った外注企業と連携を取りながら、業務を開始した。これまでのシステムに手を入れ、時代に合うよう改変。現状のシステムを動かしながら改善していく作業には、大変な労力がかかった。

 ただ、一気にシステムを刷新する手法はリスクが高すぎる。お客が混乱せずに、分かりやすく利用できるよう、遺産を継承しつつも未来を見据え、時代に沿って顧客のニーズに応えられるシステムを構築する作業は、現在も続いている。

 不在がちな田坂とはあまりコミュニケーションは無いものの、「自由にさせてもらっているけれど、ちゃんと見守られている。社内のタガは外れていない」との実感がある。それは稟議の承認しかり、直属の上司を通しての通達しかり。実際に社内にいなくとも、田坂の存在感は大きい。

 突然ドローンを会社に持ち込んだ田坂に「これで何かやってみて」と言われ、混乱したこともあった。「田坂さんと自分はまるで性格が違う」と語る箕浦。「部下とつかず離れず仕事を進める姿はとても参考になる。私はどうも、部下に細かく言いたくなるタイプなので」と笑う。

 SNSを通して田坂の活動を知ることも多い。トライアスロンにチャレンジしたり、社内に講師を招いて外国語を習い始めたり、海外出張に飛び回ったりする田坂の行動力には驚くばかりだ。また、慈善活動にも積極的な田坂に、経営者として内面を磨く意識の高さもあると感じている。

 シャイに語る箕浦だが、熱い夢がある。SEとして駆け出しの頃、サービスを開始したグーグルマップや無料で提供されるオフィスソフトなど、一つの技術や企業が、社会や時代を変えていくことに衝撃を受けた。

 「時代にインパクトを与える仕事を、ピーバンドットコムでしていきたい。インターネットでプリント基板を製造販売する会社として、他社が真似できないユーザー体験を提供するシステムを作りたい」

 まずは、まだ旧態依然としているサイトのデザインに新しい技術を取り入れて、さらに使いやすいものとし、新しい価値を提供することに意欲を燃やす。

 「田坂さんの色んなことにチャレンジする自由な空気感は社員にも伝播しています。社員の離職率が低いのも、放任ではないけれども自由な社風の中で仕事ができているからでしょう。この雰囲気は、社長である田坂さんの人柄が潜在的にあってのことです」

 そう分析する箕浦は、「上場して規模が大きくなる中で、その空気感を失わずにいたい。会社の規模を大きくしようというよりは、面白いことにたくさん取り組んで、結果として成長していく。そういう企業を作っていければと思います」とメッセージを送った。



物事に真正面から挑む人

営業事業部システム開発チーム システムエンジニア 森 一生 Issei Mori
物事に真正面から挑む人


 以前、自営でシステム開発を手掛けていたという森。その後、就職した際に派遣された先がピーバンドットコムだった。派遣初日にお花見のイベントがあり、そこで田坂に初めて挨拶をした。第一印象は「寡黙でクールな人」。社長と分かったものの、あろうことか名前が出てこない。「すみません。お名前を聞いていいですか」と尋ねると、「田坂と呼んでくれ!」と豪快に返された。

 第一印象と異なり、田坂は気取らないで話す人物だった。AIを使った自作の株価予測システムの話をすると「うちもAIを使いたいんだ。お前ならいくらでできる?」と話題が盛り上がった。「相手に対して壁を作らない人だ」と感じた。2017年のことだ。

 ピーバンドットコムで森が与えられた仕事は、上場に際しての既存システムの改善やセキュリティ強化。だが、森はかねてよりデータ解析に強い関心を抱いていた。ピーバンドットコムに蓄積されているデータは、森には宝の山にしか見えない。当時の上司に「業務時間外にデータを触らせてほしい」と許可を取り、顧客が離反するかどうか予測するAIを作ると、社内での反応は上々だった。派遣されて1年、森は引き抜かれる形でピーバンドットコムに入社した。

 ほぼ会社にいない田坂とコミュニケーションを取る場は限られる。森が印象に残っているのは、田坂と二人で中国出張に行った時のことだ。技術のことが分かる人間が必要ということでの同行。中国の工場と提携の是非を決める大事な場であった。

 「この工場、どう評価する?」と田坂に問われた森は、企業データや技術力などから分析し、開発プロセスの成熟具合などを元に話し始めた。すると「そうじゃない。直感的にどう思うかを聞かせてほしいんだ」と田坂。企業の分析ではなく、彼らのビジョンを見て森が何を感じるのかを聞きたいと言われた。

 「この人は物事を小手先で見るのではなく、真正面から挑みたい人なのだと思いました」

 今、森は中国の工場との連携業務の繋ぎをしながら、主にマーケティングオートメーションを行うためのデータ分析とシステム構築に取り組んでいる。ネット通販専門で10年以上蓄積されたデータは、他社の追随を許さないボリュームだが、多くは眠ったままだ。

 価格やユーザー情報だけではない。基板設計そのもののデータを大量に保有している競合は、国内にはほぼいない。データを解析すれば、世のトレンドが見えてくるだろう。

 「保有しているデータを活用することにより、新しいサービスや価値を創出したい。夢は、回路図を登録したら自動で製造のためのデータが仕上がり、そのまま注文製造ができる、AIを活用したシステムを作ること。今はまだ効率化を求められていますが、結果を出せば新規事業のチームが作れます」

 現在、データ解析を手掛けるのは森一人。責任は重く、今後の人材獲得・育成が急務だが、それも実績次第だ。当面は森一人の双肩にかかっている。

 「田坂は人と一対一で話をすることに重きを置き、上っ面ではない付き合いのできる人。やりたい仕事をやらせてもらっていて本当にありがたいので、クビにしないでいただければ幸いです」

 初対面の時、「一見クールな田坂をつついたら、どんな反応をするのか興味があった」と語る森は、照れながらも感謝の言葉を述べた。



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