トピックス -企業家倶楽部

2019年12月03日

ポルトガル異聞/日本経済新聞社客員 和田昌親

企業家倶楽部2019年12月号 地球再発見 vol.23


和田昌親(わだ・まさみ)

東京外国語大学卒、1971年日本経済新聞社入社、サンパウロ、ロンドン、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。




 ドイツ人のバカンスは長い。3週間程度のお休みは当たり前で、おおむね1カ月程度は仕事から離れる。それでも世界をリードする経済大国を維持しているのは、あの国の奥深さである。少子化で悩む日本と違って、大学まで学費はいらないから若者は卒業時期をずらして、なかなか社会に出ない。

 そんな国のドイツ人夫婦が今年バカンスに選んだ国はポルトガルである。2人とも初めてだというが、「ドイツ人よりゆったりしていてみんな優しく見える」とメールで知らせてきた。そして、ポルトガル人は日本人に似て「寛大な心がある」という。

 休みの少ない日本人をドイツ人やポルトガル人と比較するのは、少々筋違いの感もあるが、言われた方の気分は悪くない。たった3週間の滞在で何がわかるのか、と小難しいことを言う人もいるだろうが、案外、第一印象の直感が当たることもある。

 英フィナンシャル・タイムズ(FT)が最近ポルトガルは「移民に好意的な国」と報じている。その記事によると、治安の良くないブラジルからの移民が増えているという。あるブラジル人は出張中のリスボンで「夕食後ホテルまで強盗などの襲撃に遭う恐れを全く感じずに帰れた」と治安の良さを絶賛している。その経験を生かし、ブラジル・サンパウロからリスボンに移住を決めたそうだ。

 その昔、ブラジルを植民地化した宗主国のポルトガルにブラジル人が「逆移民」したというわけだ。ブラジル日系人の日本への逆移民が話題になったことがあるが、理由が違う。日本は出稼ぎ、ポルトガルは治安の良さだ。

 単一通貨ユーロ導入時に「あんな国を入れて大丈夫か」と小馬鹿にされたポルトガルだが、何を隠そう、歴史の中では大航海時代の強国だった。その頃とは同じと言えないにしても、「いい国」になりつつあるように思う。

 日本との付き合いも古い。室町時代の1543年に種子島にポルトガル船が銃を伝え、数年後の1549年にフランシスコ・ザビエルが初めて日本本土(鹿児島)に上陸した。イエズス会宣教師のザビエルはスペイン・バスクの生まれだが、ポルトガル国王の依頼でインドを経て、日本にやってきた。

 スペインと並んで、日本が欧州と最初に付き合った国と言えるだろう。

 ひと昔前、「赤玉ポート(スイート)ワイン」と名付けた葡萄酒があった。サントリーの原点のお酒だが、100年以上も売られている。その名前はポルトガルの港町ポルトから取った。

 こんな話もある。作家新田次郎が息子の藤原正彦と共著で刊行した評伝『孤愁 サウダーデ』で、ポルトガル人の国民性の一端を明かしている。明治時代にポルトガルから来日、最後は徳島で亡くなったモラエス初代領事の物語。新田が執筆中に急死したため藤原が書き継いだいわくつきの本である。

 生前の新田がモラエスに注目したのはイワシの塩焼きや音楽のファドなど、日本人との近似性に惹かれた可能性もある。

 余り知られていないが、国連事務総長のグテレス氏はポルトガルの元首相である。見ての通り、立派な経歴を持ちつつ、誰でも迎え入れる寛大な姿勢が目立つ。今や難民受け入れに熱心な国と言われるのも、グテレス氏の影響があるかもしれない。

 日本を取り巻く国際情勢はきな臭い。日韓は最悪の罵り合いを続けているし、北朝鮮との融和に傾くトランプ氏の身勝手にも日本政府は何も言えない。日露は首脳会談を何度も続けているが、平和条約は全く動く兆しはない。


 うっとうしい日常を気分転換するには、日本の味方になりそうな「いい国」を探すことだろう。そのひとつが欧州連合(EU)のメンバー国ながら、目立つことなく、ひっそりと生きるポルトガルではないか、と思う。日本の政治家はお分かりだろうか。



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