トピックス -企業家倶楽部

2020年03月02日

2020年 武力紛争のリスク高まる

企業家倶楽部2020年4月号 【国際政治入門】


 2020年は、11月に米大統領選挙がある。そこに向けて波乱の年となるのは確実だ。再選をめざすトランプ大統領は接戦を余儀なくされそうで、人気取りの対外強硬策に打って出かねない。

 中東でかなり大規模な「戦争」が勃発するリスクや、台湾などを巡って米中が軍事的な緊張状態に入るリスクも捨てきれないだろう。

 長く続く大統領選の本格的な開始の号砲は、2月4日(火曜日)のアイオワ州で鳴り響いた。民主、共和の両党が大統領候補を州ごとに選ぶ、いわゆる予備選の第一弾として同州それぞれが党員集会を開いた。

 共和党はトランプ大統領が現職大統領の強みを生かして大統領候補として絞り込まれた。一方、野党の民主党側は乱立状態から抜け出せなかった。

 伏兵とみられた中道のインディアナ州サウスベントの前市長、ピート・ブティジェッジ氏が1位、左派と言われるサンダース上院議員が2位につけ、やはり左派とされるウォーレン上院議員は3位だった。意外だったのは本命とみられていたバイデン元副大統領が、4位で1位に大きく水をあけられたことだ。

 山場になるのは、3月3日(火曜日)のスーパーチューズデー(16州・準州で予備選・党員集会)。同日には全米の代議員の三分の一が割り振られるから、何人かに絞り込まれる可能性が高い。

 再選をめざすトランプ大統領にとって問題なのは、だれが民主党の大統領候補になっても、アンチ・トランプ票が分厚く大統領選は接戦になるとみられることだ。18年11月の中間選挙では、長く共和党が制してきた米連邦下院で民主党が過半数を占めた。これは、従来なら棄権者が多い民主党支持層がせっせと投票所に足を運んだことの現れだ。

 トランプ大統領が予想外の当選を果たした16年の大統領選挙は、対立候補だったヒラリー・クリントン嫌いの民主党支持層、とりわけサンダース氏の支持者が棄権し、トランプ氏に有利に働いた。そのうえ、従来なら労組の関係で民主党に投票していた低所得の白人層(プア・ホワイト)の一部が堀りおこされるように、トランプに投票した。

 裏返して言うと、民主党支持層がしっかりと固まれば、今年の大統領選挙は民主党に有利。トランプ大統領の危うすぎる行動に危機感をもっているアンチ・トランプ層は、中間選挙の下院選のように投票に積極的だと予想できる。

 接戦になればなるほど、現職大統領は無謀な対外強硬策を打ち出すリスクは高くなる。その証拠と言えるのが、1月2日に米軍がイラクのバクダッド空港を空爆して、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害した「事件」だ。

 同氏は、一兵卒から将軍に成り上がった革命防衛隊の「英雄」。イランの首都テヘランに行けば、あちこちに肖像画が飾られ、しばしば大統領候補にも取りざたされてきた、人気者だ。1980年代のイラン・イラク戦争で武功を上げ、イランにとっての天敵イスラエルに勝ったこともある人物だ。

 イランにおける軍事の天才であるだけに、殺害できればイランに軍事面での打撃となることはわかっていた。だが、歴代の米大統領は国防総省の報復リストにつねに載っていたソレイマニ司令官の殺害命令を採用することはなかった。イランにおける最も英雄視される人物を殺害すれば、イラン人の仇討ち気分が高揚することは十分に予想され、軍事衝突に火をつけかねないことは目に見えていたからだ。

 それにもかかわらず、トランプ大統領は在バグダッドの米国大使館が襲撃を受けると司令官殺害を命じた。当時は、弾劾裁判で追い込まれていたことが、強硬策の採用につながった。同様に、大統領選で追い込まれていくにつれて、支持者獲得を目論んだ「暴発」のリスクはそれだけ高まるだろう。

 ちなみに、弾劾裁判で追い込まれていたクリントン大統領も1998年に中東で空爆を実施している。窮地に陥った指導者にとって軍事行動は常套手段と言っていい。今年もそれが繰り返されるリスクは小さくないと言えるだろう。

 軍事リスクをさらに高めているのは、米国に次ぐ軍事大国である中国のトップ、習近平主席の基盤も揺らぎつつあることだ。

 習主席は17年の秋に共産党総書記に再選した際に、次のトップを担う世代を政治局常務委員に選ばず、さらに18年春の全国人民代表大会でそれまで2期10年とされてきた主席の任期を廃止した。長期にわたってトップを続ける意思表示とされ、同時に習主席の神格化が始まった。つい最近まで、習氏に反対できる勢力はほとんどなくなったとすらされていた。

 それが、今年に入ってからの新型コロナウイルスのまん延で、習主席への求心力が急速に落ちている。早期に収束ができなかった場合、ただでさえ減速気味だった中国経済ががたがたになるのは必至だ。早期収束の場合ですら、対応策が後手後手に回ったことに、批判の声が上がるだろう。

 新型コロナウイルスの問題は、直接的には武漢市や湖北省の責任が大きい。しかし、責任を問われることを恐れた湖北省幹部の対応ぶりが問題の根源にあり、いまや習近平体制下での中国共産党全体の体質が問われかねない根深さを持っている。

 もともと、習主席は神格化を進める上で、カリスマ性をまとうための「実績」をのどから手が出るほど欲しがっていた。対外軍事行動、たとえば台湾の軍事併合などができれば国内の支持が高まるとみてきている。

 それは、ウクライナとの軍事衝突のなかでクリミア半島のロシアへの併合を成し遂げたことで支持率が急上昇したロシアのプーチン大統領に倣いたいとの思いから生まれている。

 米国と中国という覇権を争う二大強国のトップの権力の揺らぎが、軍事面も含めた対外強硬策に引火するリスクは高い。それが、反米色を強めるイラン、イラクで起こるのか、それとも中国が領土的な野心を隠していない台湾、尖閣諸島、あるいは南シナ海で起こるのか。

 1月の台湾総統選挙は中国と距離を取る民進党の蔡英文氏が再選された。台湾では、経済的な依存度が高いにもかかわらず、総統選以降、中国とさらに距離を置こうとする動きが加速しており、中国が強硬策を打ち出さざる得なくなる状況が徐々に生まれている。

 もし、台湾有事となれば、米国とともに日本も巻き込まれるリスクは高い。それが今年なのか、それとも来年以降の近未来なのか。

 ありえなくはないシナリオとして頭の片隅に常に置いておく必要があるだろう。




P r o f i l e 

土屋直也(つちや・なおや)1961年生まれ。84年早稲田大学政経学部卒業、同年日本経済新聞社入社。86 年から3 年間ロンドン駐在員としてサッチャー首相の英国と金融街シティを取材。98年から4 年間ニューヨーク駐在中は、ウォール街を取材し、2001年9月11日の同時多発テロに遭遇。日本では主にバブル後の金融システム問題を日銀クラブキャップとして担当。バブル崩壊の起点となった91年の損失補てん問題で「補てん先リスト」をスクープし、新聞協会賞を受賞。2014 年7月、ソクラ創設のため、日本経済新聞社を退職。同年10月、株式会社ソクラを起業し、代表取締役兼編集長に就任。


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