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トピックス -企業家倶楽部

2020年10月27日

おしぼりの伝道師集団

企業家倶楽部2020年12月号 特集第4部 FSXを支える仲間


「地位が人をつくり、環境が人を育てる」とは野球人野村克也の言葉だが、エースや四番に据えると自然に自信を持ち、その立場に見合った風格が出てくるという。藤波が率いるFSXの人材登用も同じである。(文中敬称略)

主軸は常におしぼりを/専務取締役 犬塚 勉 Tsutomu Inuzuka


主軸は常におしぼりを/専務取締役 犬塚 勉 Tsutomu Inuzuka


 犬塚勉は藤波璋光現会長が社長の時代に入社。前職では職人だった父親とともに働いていたが、違う仕事がしたいとたまたま新聞に載っていた配送ドライバーの求人広告に応募。入社してはや33年が過ぎた。おしぼり配送業務で、飲食店の現場、実情を知りつくした経験を生かし、現在はパートナー企業の営業、新規の河口湖エリアを統括している。

 配送ドライバーの仕事をしていた当時、まだ外食産業は個人店が多く、入れ替わりも激しかった。ルートに新規開店やのれん分けの店ができると顔を出しておしぼりの営業をおこなう。配送ルートを確保している強みをいかして箸やペーパー類などの物販も行っていた。当時は現金取引で集金業務があり、支払いが滞れば催促に店に通う。いきなり店がなくなっていたこともあった。営業に欠かせない酒を扱う酒屋への支払いはスムーズだが、止められても営業は続けられると、中には支払いを渋る困った店主もいた。一方で、「時間あるなら食べていきな」と食事や飲み物を出してくれる優しい店主もいて、そういった義理人情のある仕事でもある。

「途切れることなく、現場に必要なサービスを提供しなければならない」と当時の犬塚は感じていた。その思いは今も変わらない。

 2004年、藤波が入社。学生時代にバイトに来ていたので面識があり、物静かな人物だと思っていたが、その考えはすぐに改めた。

 二人とも日本の歴史ファンである。飲みながら、どこが薩摩だ、あそこは長州だと、なぞらえた話をよくした。外部から依頼される講演も慣れてきて堂々としたものだが、裏で入念な準備が行われていることを知っている。「実はすごく心配性で慎重なのです」。

 藤波会長、藤波社長と見てきた犬塚。「親子間の摩擦は全く感じない。藤波会長は現場に任せたら口を出さず、どんな新規事業でも、どんどんやっていけというタイプ。藤波社長も新しいことにどんどん挑戦する性格は似ている。違いは、全体を把握していたいタイプだと思います。特に人間関係、ご縁を大事にされているのがわかります」。

 会社として伸びているが、おしぼりレンタル市場全体はゆるやかに縮小している。コロナ禍で、なおさら予断を許さない。今後もおしぼり市場が発展し、企業が成長していくためには、現場に必要とされる価値を提供するものでなければならない。コロナ禍で外食産業にはさらなる逆風が吹いている。抗ウイルスを謳うVBマークのついた商品が社会に認知されていく今後に期待がかかる。

 藤波へのメッセージは「事業が多岐に広がり続けても、常におしぼりを中心に考えていてほしい。本人が常にそう言っているので、今私が改めて言う必要もありませんが、おしぼりが中心、おしぼりが基軸。私たち共通の願いです」。

 自社の成長ばかりではなく、おしぼり産業全体の成長発展を見ている犬塚の思いは熱い。



現場を大切にする企業文化/専務取締役 秋葉 勝 Masaru Akiba


現場を大切にする企業文化/専務取締役 秋葉 勝 Masaru Akiba


 前職では宝石や毛皮、着物といった高級嗜好品を扱う会社で営業を担当していた秋葉勝。バブル景気もピークが過ぎ、その後の業界の先行きも不透明だと感じ、転職を考えていた。1992年1月にたまたまドライバー募集の求人広告が目に留まり、藤波璋光社長(現会長)の面接を受けて藤波タオルサービス(現FSX)に入社することとなった。

 まずは配送担当のドライバーとして働き始めた。午前中に受け持った店舗をルート通りに回り使用済みのおしぼりを回収してくると休み時間には同僚とキャッチボールをしたり、和気あいあいとした社風にすぐに馴染んだ。「新しい職場は楽しかったです。夜には集金に出ることもありましたが、苦ではありませんでした。たまたま高校時代の同級生が社員でいたこともあり、すぐに意気投合し仕事に没頭しました」と入社当時の思い出を語る。

 仕事に慣れてきたころ、当時まだ大学生であった藤波がアルバイトで配達の手伝いをしたことがあり、秋葉の運転するトラックに同乗し一緒に店舗を回ったことがある。

「まさか社長になるとは思いませんでしたから、『そうじゃないよ克っちゃん、運転はこうするんだよ』と少々荒っぽい指導をしていました。それでも会長のご子息ですから、学生のころから挨拶はしっかり出来ていましたね」と笑顔で藤波との初対面の印象について語る。

 現在は総務全般を担当しているが、十数年前にはまだ総務部がなく、案件ごとに役員が受け持っていた。社員が徐々に増えていき、総務関連の問い合わせが錯綜してきた段階で、秋葉から藤波に営業課長を兼務しながら、総務について勉強するので総務部を作らせて欲しいと提案した。

 すると藤波からは品質マネジメントの国際規格である「ISO9001」を取得することを条件に総務部を新設する許可が下りた。会社の成長とともに部門が増え、社外に情報を発信していきたいと考えていた藤波の構想もあり、情報の交通整理を目的に秋葉が総務部を担当することになった。

「会長の時代から新しいことにチャレンジする文化があります。社員がこうしたいと提案したことに反対されたことはありません。会長は『いずれ私は会社を去る時が来るが、自分たちで考えて楽しいことをしたらいい』と現場に任せてくれる風土がある」と自由闊達な企業文化について「今もそれは変わらない」と特徴について語る。

 コロナ感染が騒がれ始めた3月に藤波はいち早く社員に向かって、「会社を守る。雇用を守るので安心してほしい」と宣言した。それだけでなく、助成金などの情報を自社だけでなく、同業者や顧客にも知らせたいと広報活動をするように指示があった。「厳しい状況下でも、いつでも人を大切にする社長の行動に感銘を受けた」と秋葉は言う。

 秋葉が藤波に何かを提案すると必ずプラスアルファを求めてくる。妥協せずにもっと工夫できるはずとさらに上を目指す姿勢は、「結果的に社員の成長を促すことになっている」と秋葉は藤波の向上心が会社成長の原動力になっていると推測する。「いつもさらに上を目指す姿勢を尊敬し、私も同じように部下に指導しています。今後も現場を大事にするアットホームな文化を継続していきましょう」



自分を変えてくれた経営者/生産部課長 紺野善晴 Yoshiharu Konno


自分を変えてくれた経営者/生産部課長 紺野善晴 Yoshiharu Konno


 前職はインストラクターとして子供達にサッカーの指導をしていたという紺野善晴。自分を成長させたいと、社会勉強のために色々なアルバイトをしていた際、FSXのおしぼりに出会った。店に配送する社員の人と話すうちに興味を持ち始め、自ら入社を希望した。

 入社して3年ほどが経った頃、当時経営戦略室室長だった藤波が配送ルートの状況を確かめたいと紺野の運転する車に同乗し、一緒に配達したことがあった。その際、「たわいもない会話の中で藤波社長が『野村克也さんの言葉で地位が人を作り、環境が人を育てるというものがある』という話をされていたのが印象に残っている」と話す紺野。紺野自身、ルートマネージャーをやってみないかという話がきた時、社会経験も少ない自分が全体を引っ張るリーダーには向いてないのではないかと悩んだ。しかし、「藤波社長から教わった野村監督の言葉に背中を押された。あの時、役職に飛び込んで成長に繋がった。だからこそ、迷っている人がいたら挑戦した方がいいと今度は自分が背中を押すようにしている」と言う。

 これまで一番大変だったことを問うと、「新工場を竣工した時に業務の効率化をなかなか図ることができなかったとき」だと話す。当時は主任になったばかりで、全体を俯瞰で見ながら、工場長に意見を言う立場でもあった。半年かけて現場の仕事をしながら原因を調査し、作業手順を見直して生産性を改善していくのは大変だった。

 しかし「内製化という大きな決断をしたことで、社員一人ひとりが考える機会が増えた。経験や知識があったわけではないので、どうすれば効率が上がるかを考え、色々な人に話を聞くことで、社員の成長に繋がった」と当時の奮闘ぶりを振り返る。

 会社の強みについて、他が手掛けていないことを自分たちが先駆けてやってみるというマインド、そしてみんなでサポートしあう環境があることだと強調する。例えば、商品開発を行う際、様々な部署の人が集まってアイデアを出し合う。現場の生の声から、顧客のニーズを掴み変化する情報を取り入れていく。これには「自分の部署だけでなく、色々なサポートをしながらみんなで仕事をしていかなければならない。オールマイティな社員を目指しなさい」と言う現会長の言葉がある。役員がそれを実践しているからこそ、社員も相手のことを考えながら仕事ができているのだ。

 一方で社内全体のコミュニケーション強化が今後の課題になってくるという。藤波は「会社は縦串の組織ではいけない。部署を超えて、全体でコミュニケーションをとっていかないとより良い組織は作れない」とよく話している。部下と上司の一対一のミーティングなども活用しながらより効率的に仕事をこなし、評価するような環境を作っていきたいという。 これからの時代、工場の自動化などは必要不可欠だ。しかし創業して50年続くこの国立の地で、地域の人たちと共に働く場も作っていきたいと考える。今後の目標について「業務の自動化と地域社会への貢献、両者のバランスをうまく図っていきたい」と話す。

 最後に「自分自身は責任のある仕事を前に尻込みしてしまうことがあるが、藤波社長はそんな自分に色々な仕事を任せてくれて、挑戦させてくれる。藤波社長には本当に感謝しかない」と語った。



超ポジティブリーダー/ブランド統括室 唐沢志乃 Shino Karasawa


超ポジティブリーダー/ブランド統括室 唐沢志乃 Shino Karasawa


 唐沢志乃がFSXに入社したのは2003年、子育ての真っただ中、地元企業で安心と叔母から紹介されたのがきっかけであった。藤波と初めて顔を合わせたのはその年の社内の忘年会。「すごい好青年で背が高いし、みんなの前ではきはき話されていたので、爽やかなご子息だなという第一印象でした」と唐沢は初対面の印象を振り返る。

 入社してからは包装場で働いていた唐沢。2年が経とうとしていた時、事務に欠員が出たため異動することとなった。同じころ、藤波もFSXに入社したばかり。発注作業や商品管理を一緒にするようになったという。

 社歴が近く同期のような藤波とは意見がぶつかり合うこともしばしば。ある時、通信販売のシステムを藤波と唐沢で担当することになった。「できたので試してと言われ、『ここはやりにくい』というやりとりをしていました」。藤波が作ったシステムへ唐沢がフィードバックをする形で作成していた。「社長は自分の業務が終わってから通販のシステムを夜な夜な作っていました。ある日、社長が『それは言いすぎだ』と爆発して。でも『みんながやりにくいと言っているのを私は見過ごせない』と言い返して、社長がオフィスを出ていくというのを繰り返していました」と笑いながら懐古する。今でこそ月に1億円もの売り上げを誇るイーシザイ・マーケットだが、当時は「1日に10万売れた」と喜んでいた。「それに比べたら大進歩。みんなよく運用してくれた」と唐沢は振り返る。

 今は広報担当として活躍する唐沢だが、始まりは「忙しいからこのリリースを送っておいて」という藤波からのお願いだった。送るだけかと思っていたらそのまま担当になっていたという。「いつも新しいことを始めると、『ちょっと手伝ってよ』と社長に上手く誘い込まれます。興味本位でついていくと、いつの間にか担当になっていることが多いのです」。今までと違うことをさせてくれる藤波からの仕事はいつも面白いと笑顔で話す。

 そんな藤波を唐沢は「ポジティブな人」と言う。「私は割とリスクを考えるのですが、悪いほうに考えていると、『それはある意味チャンスだよね』と必ず始まります。何をやってもポジティブに進める。試したいことはすべてやる、ゲットする」。藤波の手帳にも「ピンチはチャンス」と書かれている。更に藤波の直観力も見習いたいという。「経験なのかもしれませんが、直感で『これ絶対に来るからやっておきなよ』と言われることは当たります」と藤波の魅力を語る。

 現在、唐沢が注力しているのが「ブランド構築」である。「すぐには伝わらないし、まだやっぱりみんな形にとらわれています。いかにブランドを伝えるかが課題であり、大変だと思っています。社内に、ブランドとして全部つながっていくことをどう意識してもらえるかが課題になってくると思います」とこれからの目標に目を輝かせる。

 最後に「まだまだ相談することがたくさんあると思いますが、一緒に良いFSXブランドを作っていきたいので、引き続きよろしくお願いします」と藤波へメッセージを送った。



常に高みを目指すチャレンジャー/情報システム室室長 瀬尾竹蔵 Takezo Seo


常に高みを目指すチャレンジャー/情報システム室室長 瀬尾竹蔵 Takezo Seo


 FSXの情報システム室室長を務めている瀬尾竹蔵。藤波との出会いは販売管理システムを作成する会社に勤めていたころにさかのぼる。前任者からFSXの仕事を引き継いだ瀬尾は、月2・3回システムの改修や相談のため同社を訪れていた。ある日仕事がひと段落付き、休憩所で休んでいたところ、当時はまだ社長ではなく経営戦略室室長だった藤波が偶然現れた。

 瀬尾を見つけると藤波は「将来、こんなことをしたい。あんなこともしたい」と溢れ出る構想を語り出した。その流れで今度食事でもしながら、ざっくばらんに話そうと二人の交流は始まった。お互い歴史が好きで、特に幕末の志士坂本龍馬のことになるとお互い話がやむ気配がなかったという。この時の社長への印象は「常にチャレンジ精神旺盛な熱い目をもった人」である。まさにチャレンジすることが大好きなおしぼり業界の龍馬みたいな人だと瀬尾は評する。

 瀬尾はもともと転職を考えていたが、たまたまタイミングよく、FSX社内でもデータベースが開発できないかと藤波から声がかかった。藤波の人柄を知っていた瀬尾は、この人の夢に寄り添っていきたいと感じ入社を決意した。しかし、すぐに退職することは叶わず、瀬尾が関わっていた業務の引継ぎをしてからになりますと相談すると「都合のいいタイミングでいいよ」と言ってくれた。そして、実際に業務との折り合いがついたのはそれから三年後のことである。普通転職といえば待っても一年、それ以上となると他の人を雇うことになるが、「自分のために三年も待ってくれた」と藤波の懐の深さを感じたという。

 瀬尾がFSXに来てから一番印象に残っている出来事は、藤波とデザイナー職の人と協力してイーシザイ・マーケットを作ったことだ。ゼロからwebマーケットを立ち上げるとなると本当にうまく稼働するのかという不安や社長からの「こうしたほうが良い」という要望があり、徹夜しながら完成させた。苦労しただけのこともあり、初めてのお客さんが来た時には、言葉に表せない喜びを社長と共に味わったという。

 ゼロから自分たちでつくることにこだわるのは、藤波の「自分たちで働き、自分たちでノウハウを蓄積する。できる、できないは後から考えればいい。失敗を恐れずチャレンジしよう」という思いが浸透しているからだ。

 FSXの強みについて「自分たちでトライしてみるスピード感。失敗もあるが、それらのノウハウを次のステップに生かしていること」と瀬尾は話す。社長の思いと、会社の強みが一致しているのは社長の思いが企業文化として社員に伝わっているからだ。

 一方の課題といえば、規模が大きくなるにつれてコミュニケーション不足になり、社長の思いが全て伝わらなくなってきていることだ。そこで今後は現場の人にまで社長の思いが伝わり、上手く仲間の能力を引き出せるようなチームを作るために、教育・人事の面を強化、制度化していきたいと話す。

「これからもチャレンジし続ける姿勢を見せてもらいたいと思います。社長の熱い思いが全員に伝わるような組織にしていきます」と瀬尾は社長へのメッセージと自らへの決意を語った。



有言実行の経営者/社長室 兼 総務部人事労務課 淺井宏宣 Hironobu Asai


有言実行の経営者/社長室 兼 総務部人事労務課 淺井宏宣 Hironobu Asai


「おしぼり屋さんと言ってもおしぼりだけではなく、色々なことをしている会社だな」。前職の先輩から、藤波タオルサービス(現FSX)を紹介されたときの印象をこう語るのは淺井宏宣である。

 先輩の紹介から数日後、実際に藤波と会った時の印象は、自分が聞いていたおしぼり業界の人とは違う、物腰の柔らかい紳士な人といったものであった。前職で将来を嘱望されていた淺井だが、これからの人生を考えたとき、その会社では将来を描くことができなかった。そして、直感を信じFSXの門を叩くことを決意した。配属先は、同社の柱でもあるCS部門であった。

「今までがデスクワークだっただけに、数か月で10キログラムほど痩せました。肉体的にはきつかったが、精神的には充実した日々を送ることができました」と、淺井は当時を振り返る。人との接点で自分自身の強みを発揮できると思っていたからだ。配送先で顧客と話し、顧客のニーズをじかにキャッチできることを楽しく感じていた。

「お客さまが喜ぶこと、お客さまのためになることを考えて、実際にやることができる」ことに「働き甲斐」を感じ、おしぼりを届けて、回収するという仕事に楽しみを感じるようになっていった。

 とはいえ、やはり配送はきつい仕事である。おしぼりを届けて、回収するだけでなく、集金業務も配送を行うスタッフの仕事であった。日付が変わるような深夜遅い時間に回収に来てほしいという声があれば、その時間に回収に伺う。しかし、実際に訪ねてみると、営業していないということもざらにあった。その様な職場環境であったので、離職率も低いとは言えなかった。

 何か自分にできることはないかと考えた淺井は、自身の担当配送ルートで集金システムの方法を変えてみた。その結果、自ら集金に行くことがなくなり、大幅に業務効率が改善できた。同時に、ITを活用し、発注システムが変更されたことによって、離職率は大幅に改善された。「社長はいつも『思い立ったらやってみよう!』と言ってくれます」同社には、挑戦を是とする文化が先代の時代から綿々と流れている。

 一緒に仕事をするようになってから見る社長の藤波の姿は、とにかく好奇心が旺盛で、常に新しいことに挑戦するチャレンジャースピリットにあふれる人だと感じるようになった。そして、何より有言実行の人だと思った。社名の変更やユニフォームの変更も口にしたことは必ず実現してきた。

 会社の強みについて、どのようなことでも一から作り上げていこうとするチームと自負する。

「費用を払えば仕組みは買えたとしても、ノウハウが残らない」という考えの下、その都度、プロジェクトチームを社内横断的に組んで、課題を解決していく。

 現在、淺井が取り組んでいる人事評価制度改革もその一つであり、当面の目標と語る。正当な評価とそれにリンクした給与体系を確立し、従業員のモチベーションを上げていく仕組みづくりを行っていきたいと意気込む。また、定期的に新卒を採用し、教育を行い、当社のブランドを表現できる社員を育てていきたいと大きな夢を語る。

 最後に、どんな提案も「まずはやってみたら」と背中を押してくれたことがとても頼もしかったと振り返る淺井。「これからもその姿勢を持ち続け、全従業員の顔と名前が一致するような代表でいてほしい」と藤波への想いを語った。



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