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2016年10月15日

タイのプミポン国王死去、後継は決まったが…

梅上零史


 タイのプミポン国王(ラマ9世)が10月13日に死去した。88歳だった。即位したのは第2次世界大戦が終結して1年も経っていない1946年6月。在位70年は現役の国家元首としては最長だったという。

   プラユット暫定首相は13日、ワチラロンコン皇太子に新国王への即位を要請。皇太子は返事を保留したが、不測の事態が起きない限り、皇太子が王位を継承するのは確実だ。プミポン国王の後継を巡っては、国王が本当は次女で国民に人気のあるシリントン王女に跡を継がせたいのではないか、との憶測が国民の間に根強くあった。国王の長男ワチラロンコン氏は1972年に皇太子に指名され後継者となったが、1974年には王女も後継者になれるよう憲法改正が実施されたからだ。

   プラユット率いる軍事政権は2014年5月に実権を握り、タクシン派と反タクシン派に分かれて混乱していた国内政治を力ずくで収拾した。クーデターの背景には国王の健康不安があり、軍事政権の目的は皇太子への円滑な王位継承を実施することにあるとの見方も強い。昨年8月の王妃誕生日と12月の国王誕生日には皇太子が全国的な自転車イベントを主導し、軍事政権は全面的に協力した。各地に国王と皇太子の巨大な写真看板を掲げ、親孝行な皇太子というイメージを人心に植え付けようという魂胆だ。

   しかしプミポン国王が持っていた求心力を新国王に求めるのは無理がある。プミポン国王は就任時、立憲君主制下のひ弱な国王だった。1932年の立憲革命で絶対王政は廃止されており、実の兄アナンタマヒドン国王の怪死を受けての就任だった。しかし国王は貧しい農村地域や山岳地帯を精力的に訪問し、慈善活動や国民の生活向上などに取り組むことで、次第に尊敬を勝ち取った。国内政治でも軍がクーデターを繰り返す度に、それを事後承認することで権威を高めた。対立する勢力を最終的に調停するカリスマ性は1992年5月の流血事件を受けて、当時のスチンダ首相と民主化リーダーのチャムロン前バンコク知事を王宮に呼びつけた時にピークに達した。国王の前にひれ伏す2人の姿はテレビでも放映され、個人崇拝に近い権威を確立した。

   一方、皇太子は国民の間で人気があるとは言い難い。イメージが悪い一因は3度の結婚と離婚という女性遍歴にある。タイには不敬罪法があり、王室を侮辱すると最大30年の禁固刑の処せられるため、国内の新聞も皇太子の私生活についてはあまり報じない。英BBCなどの報道によれば、3人目の妻スリラスミ王女は2014年に王室から追放され、その親族7人が逮捕されたという。皇太子は王女との間に男子をもうけている。2人目の妻との間には4人の男子がいるが、すでに縁が切れているとされる。別の女性と4度目の結婚をするとの報道もあり、64歳の新国王の後継者が誰になるかも今ひとつはっきりしない。王室の継承問題はくすぶり続け、タイの混乱は慢性化するかもしれない。



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