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2017年07月05日

歴史と小説

企業家倶楽部デスク 相澤英祐


   先日、作家の司馬遼太郎氏(1923~96)による自筆原稿が新たに発見された。見つかったのは同氏の代表作『竜馬がゆく』最終回と『坂の上の雲』初回の原稿。両作品とも経営者に人気で、マネジメント層が薦める小説として名前が挙がることも多い。

「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている」という『坂の上の雲』の出だしは、同作品がNHKでドラマ化された際にも、俳優の渡辺謙氏によって冒頭で必ず語られ、印象深かった。

   今回見つかった原稿には、『竜馬がゆく』最終回において、坂本龍馬が暗殺される場面も含まれている。主人公の最期を描くシーンだけに、何度も書き直した形跡が見られ、「司馬遼太郎ほどの作家でもサラサラと書いていたわけではないのか」と勇気をもらいつつ、彼の坂本龍馬に対する深い愛情を垣間見た思いであった。

   修正箇所としては、例えば「天が、(略)その使命がおわったとき惜しげもなく天へ召しかえした」という部分について、当初は「惜しむように」であった表現が「惜しげもなく」に書き換えてあった。

   確かに、「天命」という圧倒的な絶対性を持った存在にすら惜しまれて亡くなったとすることで、龍馬という男の価値を強調することもできたのだろうが、「日本の混乱を収拾するという使命を終えた龍馬を召し返す」という文脈においては、「天命」の揺るぎなさを押し出す「惜しげもなく」の方がしっくり来る。彼の死を惜しむのは、残された人々の役目であろう。

   歴史小説家として不動の地位を築いた司馬遼太郎だが、実は歴史学研究に携わる中には彼を好ましく思わない人間もいる。彼の作品はあくまで「小説」なのにもかかわらず、一般読者からは「歴史」として受け入れられていることに違和感を覚えるためだ。

   卑近な例を出せば、龍馬が言ったという証拠史料が無いセリフを、作中で彼に発言させた時点で、それはフィクションであり、歴史ではない。司馬遼太郎自身、「自分は(歴史家ではなく)小説家だ」と言っているので、その認識に相違は無いはずだ。ただ、その境目を無視し、歴史的事実とフィクションを混同して発言している人が多いことに、歴史研究者たちは苛立っているのだろう。少し料簡が狭いとも思うが、気持ちは分からなくもない。

   もちろん、歴史小説やゲームが「歴史ブーム」を牽引する火付け役となっているのは事実であり、それらをきっかけとして歴史に興味を持つ人が増えるのは良いことだ。ただ、せっかく興味を持ったのならば、より深く歴史的事実を追ってみる好奇心があってもいい。



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