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【危機突破のリーダーの心得】CARTA HOLDINGS代表取締役会長 宇佐美進典

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

アフターコロナで飛躍するために

2019年1月に東証一部上場企業で日本のネット企業の草分け的存在であるVOYAGE GROUPは、企業価値の最大化を目的とし、電通100%子会社のサイバー・コミュニケーションズ(CCI)と経営統合してCARTA HOLDINGSに生まれ変わった。19年12月期の売上げは261億円、営業利益38億円となり国内有数のインターネット広告企業へと成長を続けている。しかし、順風満帆と思えるベンチャーストーリーであるが、実際は何度も経営危機を乗り越えてきた。同社を率いる代表取締役会長の宇佐美進典は「失敗自体はしない方がいい。しかし、失敗から学びがある。次の機会に活かせる形で言語化しておくことが大切。そして、失敗から学んだ教訓を皆に伝えていかなければ、組織としての学びにならない」と16年8月号のインタビューで語った。今、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい、既存の経済システムが崩れ去ろうとしている。アフターコロナに備えてできることは何か。過去の企業家倶楽部の記事から選りすぐりの「危機突破術」を紹介したい。(企業の名称や肩書は記事掲載当時のもの)


新入社員にも座礁学のすすめ

 ボヤージュグループ(現CARTA HOLDINGS)は「人を軸とした事業開発会社」です。10年以降でも、小規模のサービスを含め70以上の新規事業を立ち上げてきました。その内、すでに撤退している事業が42あります。

 以前から事業を撤退した時には、その事業責任者が役員や他のマネージャーに対して、どんなことをしてきて、何が上手くいって、何が上手くいかなかったのかを報告しています。目的は、成功体験をシェアするのではなく、失敗体験を共有し、なぜあの時、こうしなかったのか、どういう状況だったのかなど、意思決定の過程をディスカッションすることです。撤退するからいいやではなく、役員とマネージャークラスで意思決定の過程を検証し、その結果どうなったのかなど、フィードバックする習慣がありました。

 本という形に残すか残さないかは様々ですが、ヒストリーブックにまとめ、100冊程製本し、関わっていたメンバーに配っています。個人的には手触り感のある本で読むことが好きです。

 ここで大切なポイントは、「過去」を知るということです。人が増えたり、責任者の異動があると、初期の想いはすぐに忘れられてしまいます。「なぜ前任者はこのような戦略を選択したのか分からない」という声がありました。過去に何が起きて、その時の状況はどうで、結果的にこういう意思決定がされて、今があることを知ってもらいたいというのが目的です。

 今年、初めて新入社員向けに座礁学セミナーを開催しました。4月に新入社員向けの研修がありますが、この時期に各事業部門や子会社の担当者が1、2時間ほど、事業説明をします。その話を聞いて、新入社員は配属希望を出します。

 事業説明をする側は、リクルーティングの要素があります。つまり、社内における採用活動ですが、新入社員は今ある事業がボヤージュの全てだと理解しがちです。

 しかし、私たちは創業から17年経つ中で、海外へのチャレンジや多くの新規事業へ投資もしてきました。ある事業責任者が失敗した後に、何度も事業の立ち上げをしているケースは多くあります。このような人が現在も各部門の責任者をしていればいいのですが、たまたま外れている場合もあります。新入社員が今だけの狭い範囲を見て、「これがボヤージュの仕事だ」と理解しては、クルー(社員)の可能性を広げたいと考えている会社の方針と逆行してしまいます。私は過去の多くの挑戦や失敗の中に、ボヤージュのDNAや考え方が含まれていると思い、新入社員にも座礁学セミナーを企画しました。

 例えば、一つの新規事業への投資額は3000万から5000万円が相場ですが、10年頃にスマートフォン関連で勝負しようと判断した時は、10倍の5億円を投入しました。上手くいかなかったのですが、その事業責任者は今、社長室長をしています。新規事業の予算は5000万円ではなく、ケースバイケースで5億円まで投資することもあるということを知ってほしいのです。

 他にも現在CTOを務める小賀昌法は、07年頃に中国で開発チームを作るという試みをしたのですが、上手く立ち上がらず撤退しました。

「CTOの人でもこういう挑戦をするのだ」、「海外事業の場合はこういう感じなんだ」と今ある事業だけでなく、過去の挑戦もあって、現在の事業があることを分かってほしいです。社内ですから隠すことはありません。重要なのは、挑戦した結果上手く行かなくても、彼らのように今輝いて活躍しているのだという事実です。失敗しても「未来」があるという安心感に繋がるのではないでしょうか。

 新入社員向けの座礁学セミナーを開催してみて良かったと思います。クルーの中からも話を聞きたかったという声がありましたので、社内でいろいろな失敗体験を共有できる仕組みを作っていきたいと思います。

挑戦し続ける

 よく企業理念や会社のビジョンは何かと聞かれますが、ボヤージュで事業撤退の際に作るヒストリーブックは未だにビジョンを掲げていません。理由は、ビジョンを描くことで変化への対応が遅れてはいけないと考えるからです。その時の状況や時代に合わせて、どこに向かって進んでいくのか、自分たちで決めることが出来るのがベンチャー企業の良いところだと考えています。

 しかし、創業当時の想いである「世界を変えるようなスゴイことをやる」は変わりません。ボヤージュでは、創業時の想い「360°スゴイ」をソウル(魂)とし、常に立ち戻る出発点として持ち続けています。それと同時にボヤージュが大切にしている8つの価値観を「クリード」にまとめています。

 そのひとつに「挑戦し続ける。」があります。当社は、懸賞サイトから始まり、価格比較サイトへ業態をシフトするなど大きな転換期がありましたが、一貫してメディア事業で成長してきました。09年当時、売上げの約3分の1を占める検索エンジン関連事業がありましたが、ヤフージャパンとグーグルの提携により事業継続が難しい状況に陥りました。私たちは、「ハリケーン」と呼んでいますが、ビジネスでは、予期せずに外的環境がある日突然変わってしまうことがあります。

 もし、あの時に立ち止まっていたら今のボヤージュは存在しません。私たちは、こういう状況の時だからこそ、次に続く新しい事業を作ろうと考えました。その中には、ゲーム事業やスマホのアプリ事業など複数の種がありました。現在、事業の2本柱になっているアドテク事業もその内のひとつでした。私たちは結果的に一番成功したアドテク事業に経営資源を集中して、会社として次のステージに上がれたと思います。

 この経験から得られた教訓は、「失敗を失敗として終わらせると本当にそこでストップしてしまう。そうではなく、失敗を次の挑戦に活かし続けていくことが重要」ということです。その結果として、何回かチャレンジし続けると上手く行くことも出てきます。しかし、そこで安住してしまうと、また環境が変化したときに対応できなくなる恐れがあります。

 なので常に挑戦し続けることが、企業としてのゴーイング・コンサーン(継続企業の前提)であり、企業が成長・発展していくことに繋がります。さらに、個、自己成長にもなり、会社と個人がバランスよく繋がっていくのではないでしょうか。

 社長の仕事は、「社員が挑戦する機会をどれだけ会社の中に作れるか」だと思います。会社が用意した研修を沢山するよりも、仕事の中で挑戦する機会を若い時から与えてあげることです。その機会もお仕着せではなく、自ら手を挙げて、挑戦することが重要です。だからこそ、覚悟が伴い、挑戦の質を高めていくことが出来るのです。

 ボヤージュは、「人を軸とした事業開発会社」です。グループ全体の事業ドメインをインターネット分野における事業開発と定義し、11年に社名をボヤージュグループと変更しました。事業を生み出し続け、新しい価値を創造し続け、世の中に提供し続ける会社を目指しています。


本質を追い求める

 新規事業の立ち上げのときには、世の中にこういう問題や課題があるのではないかという仮説から始まるケースが多いでしょう。困っている人がいるのなら、それを解決するサービスを始めようという訳ですが、表面的に見える部分だけで始めると、市場環境の変化が速いので方向性がすぐにブレてしまい、事業戦略も変更を余儀なくされます。すると軸が定まらず、事業としてもなかなか結果がでないことがあります。

 ある事象が起きているときに、本当の原因は何か、本質の部分を追究しなければ、ビジネスは前に進まず、結果的に売上げにも結び付きません。ユーザーが本当に求めることや取引先やパートナーが必要としていること、チームを構成しているクルーが何を求めているかなど、徹底的に考えることはとても重要です。

 過去の成功事例に縛られたり、固定概念や先入観に捉われてしまうのではなく、何のために始めたのか、顧客は誰なのか常に自問自答し、疑問があれば周りのクルーと議論しつくすことも必要です。疑問を持たぬまま、また疑問を持ったまま解決せずに進むことはとても危険です。

 すぐに数字になって結果が表れるものばかりではありません。組織の問題であったり、それぞれは小さな問題であっても複雑に絡み合って問題が大きくなっていることもあります。私は一つを解決すれば絡み合った紐が解ける場合もあると思います。最近では組織が大きくなり、各事業に深く関わることは少なくなってきています。事業責任者や担当役員とのミーティングでは、本質の部分を考えるアプローチ法を共有するようにしています。どういう質問をしたら本質に辿り着けるようになるのかを意識しています。

 CEOとしてグループの大きな方向性を各事業部門長と握り合って、どのように取り組むか仕事のやり方の部分は任せています。基本的に人は個性も得意分野も違うので、経営チームとしてお互い足りないところを補いながら、会社全体としていい方向へ進めば良しとしています。


P R O F I L E 宇佐美進典(うさみ・しんすけ)1996年、早稲田大卒業後、トーマツコンサルティング(現デロイトトーマツコンサルティング)に入社。99年にアクシブドットコム(現CARTA HOLDINGS)を友人と創業。2001年サイバーエージェントと資本業務提携し、05年から10年まで取締役も兼務。12年にサイバーエージェントよりMBOし、14年東証マザーズ上場、15年東証一部へ市場変更。19年のCCIとVOYAGEGROUPの経営統合に伴い、CARTA HOLDINGSの代表取締役会長に就任。

(企業家倶楽部2020年6月号掲載)

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