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【ベンチャー・リポート】

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AIを制する者が未来を制す

AIを制する者が未来を制す

(企業家倶楽部2018年8月号掲載)

ソフトバンクグループは7月19~20 日、東京都港区のザ・プリンスパークタワー東京で、法人向けイベント「ソフトバンクワールド2018」を開催した。本イベントではIT技術に関する最先端情報を発信し、ビジネスチャンスを広げる場も提供。各分野を代表するゲストスピーカーが多種多様なセッションを行った。基調講演では孫正義会長兼社長が登壇し、AIがもたらす未来について熱く語った。(文中敬称略)

未来は予知出来ないものなのか

 今、未来は目の前に広がろうとしています。「未来というのは分からない。だから、現在を精一杯生きるべきだ」と言う人は少なくない。しかし、本当にそれで良いのでしょうか。私は、日本の多くのビジネスマンが、そのような考え方に縛られているのではないかと思います。今起きていることに全力で対応していく。そんな受け身の姿勢の人ばかり多いことに危機感を覚えています。本当に未来は全く分からないものなのか。実は、真剣に分かろうとしていないだけなのではないでしょうか。

 未来に起こることの中でも多くは、まさに現在、その前触れとなる何らかの事象が起きています。その前触れを自分の未来に繋がる事象として捉え、人よりも早く、人よりも真剣に、人よりも深く洞察しようという想いで人生に取り組むかどうか。そして、世の中の現状を変えていこうと努力するかどうかで、結果は全く違ってくるものだと信じています。

超知性があらゆる産業を再定義する

 138億年前に、ビッグバンが起きたと言われています。このビッグバンによって宇宙が広がり、様々な恒星や惑星、銀河系が生まれました。しかも、それは今も広がり続けているらしい。まさに、ビッグバンは一瞬で終わったわけではないのです。

 私はそのようなビッグバンとして、シンギュラリティがやって来ていると思います。これは簡単に言えば、「人工知能(AI)の叡智が人間の叡智を超える」ということです。このシンギュラリティが起こると、超知性があらゆる産業を再定義するでしょう。そうなれば、私たちはその新時代に際して、どのように変化・対応していかなければならないと思いますか。

 シンギュラリティは、人類史上最大の革命です。AIの進化によって、今後様々な計算がなされていくことになりますが、この演算はインターネットを介した先にあるクラウド側のみで処理されるわけでも、皆さんの持つ携帯端末を始めとするエッジ側のみで行われるわけでもありません。その両方が同時進行で協調し合いながら、より高度なAIの演算処理がなされていくのです。つまり、クラウド側とエッジ側、両方とも大事ということになります。

アームのチップが世界を繋ぐ

 まずは、エッジ側について語りたいと思います。この十数年だけ見れば、ソフトバンクグループは通信の会社だと言われていますが、35年の歴史の中で、通信会社であったのはわずか3分の1の期間に過ぎません。ソフトバンクは創業以来、一貫して情報革命に携わってきた会社ですその情報革命を語る上で中核となる事業の一つが通信だったというわけですね。それも今や、AIのための通信です。「情報革命=AI革命」という時代がもう来ています。

 私が2016年に買収したARM(アーム)は、エッジ側のチップとして欠かすことの出来ない部品を作っている会社です。皆さんがお持ちのスマートフォンの中には、この会社が設計したチップが確実に入っています。

 2017年のたった1年間だけで、世界中で15億台のスマートフォン(以下、スマホ)が売れました。一人当たり平均2~3年使われると仮定すれば、30~40億台のスマホが世界人口70億人の間で使われていることになります。赤ちゃんなどスマホを使わない層を除外して考えれば、ティーンエイジャーや成人のほとんどがスマホを持っているという状況。そのスマホの中に、アームのチップは100%入っているのです。98%でも99%でもなく、100%存在している。

 しかも、これは枝葉末節の部品ではなく、最も重要な、自動車で言うところのエンジンに相当する部品です。世の中の人の生活が、スマホ無しには成り立たなくなっているという状況の中で、そのエンジンの設計を100%司っているのがアームだということです。

 このアームのチップはスマホだけでなく、IoT(モノのインターネット)時代には不可欠な様々な製品の中に入っています。昨年までに出荷されたチップは1000億個を超えました。この数字は、12年後の2030年には1兆個になっていると言われています。この地球上のありとあらゆるところにばら撒かれたアームのチップがインターネットで繋がり、AIのエッジ側のデバイスとして、これから活躍し始めるのです。

AIが人間を高速で抜き去る

 そして、クラウド側も大変重要です。GPU(画像処理装置)を中心に、2030年までに1チップ当たりの演算能力が約200倍になると予想されています。もちろん、クラウド側が持つチップの数も益々増えていき、それらが高速かつ有機的に繋がって連動する。そうなれば、AIの進化は止まることを知らない勢いで、指数関数的に伸びていくでしょう。

 オックスフォード大学の研究の中で、どの仕事がいつ頃AIに追い抜かれるかを予測したものがあります。それぞれ2027年だとか、2030年だとか言われていますが、2~3年の違いなど、私に言わせれば誤差の範囲内に過ぎません。何を基準に抜いたと定義するかも、どうでも良い議論であって、大事なのはいかなる分野にもシンギュラリティの時期が迫っているという事実であり、そして一度抜かされたら二度と抜き返せないくらい一気に差が開いていくということです。AIは人間の100倍、1000倍、いや100万倍という能力で、より速く正確にデータを分析し、推論していくのです。

予測こそAIの真骨頂

 例えば、顔認識をする際に、的確に相手を判別できないことがありますよね。私も「こんにちは」と愛想よく握手はするのだけれど、頭の中では「誰だっけな」と思うことが最近増えて来ました。顔を見ても名前が思い出せない。皆さんにもそういう経験があると思います。

 要するに、人間の認識能力というのは、その程度にいい加減なものなのです。翻ってAIは、何十億人もの顔を正確かつ瞬時に認識出来る。そのようなことが、これから現実的になっていきます。

 未解読の歴史的な古文書なども、AIの力によって解読可能となってきました。あるいは英語や中国語も、一般の人たちよりも遥かに上手に翻訳出来るようになっています。

 また、AIは生死に関わるようなことにも使われています。脳腫瘍や皮膚がん、肺がんなどの発見、あるいは24時間以内に患者が生きていられるかどうかの予測。もはやAIは、病気に罹っている人を、人間の医師より正確に素早く診察できるのです。

 それ以外に、AIは犯罪予測にも使われています。ビッグデータやAIを用いて季節や地域経済など過去の様々なデータを集め、「何丁目のどの角でもうすぐ犯罪が起きる」などということすら的確に予測し、あらかじめパトカーを配備しておくことが可能となりました。実際にシカゴの警察では、これによって発砲事件が29%減少したといいます。

 これこそ、起きた結果を分析するだけではなく、予測して先回りをしておくAIの真骨頂。野球やサッカーの名プレイヤーは、飛んできたボールを見てから走って追いかける一般的な選手に対して、次にボールが飛んで行くのはどこかを予測してり始めます。それは、相手の構えや選手の配置を見ただけで動いているのです。

 つまり、予測する能力が重要というわけですね。これと同じようにAIも、ビッグデータを使って分析し、人よりも早く予測することが可能となります。

 そしてAIの技術競争は、日本よりもアメリカと中国の方が遥かに進んでいます。この2カ国が世界のAI競争のトップを争っている。自動運転のバスが実用化され始め、無人コンビニの大規模出店計画といったプロジェクトが既に走り始めています。

10年で世界は激変した

 AIは、エッジ側とクラウド側、両方の能力の進化を同時に受けながら、あらゆる産業を再定義していきます。それらの産業のサービスがAIの力によって進化していくと考えると、「AIを制した者が未来を制す」という方程式が成り立ちますよね。

 未来のことは分からないのではなく、当然のようにして起きるのです。この「確実に起きる未来」をしっかりと見据えて、それに備えることが大切なのではないでしょうか。

 皆さんの会社の中で、AIについて相当に力を入れて取り組んでおり、自信のあるレベルまで成果が出始め、人材も揃っていると思える方はどれくらいいらっしゃいますか。おそらく、ほとんどおられないと思います。ただ、同じ質問を10年後にすれば、きっとかなりの人が手を挙げることでしょう。

 iPhoneが発売されたばかりの10年前に「スマートフォンを持っていて、十分に活用していますか」という質問をしたら、手を挙げる人は5%もいませんでした。つまり、たった10年間でそれ程までに世の中が変わったわけです。AIはこれから私たちの生活に無くてはならないものになりますし、皆さんの会社の中でも当然のこととして導入しているという状況になるはずです。

 そうなると分かっているならば、1日でも早く取り組んだ方が勝つのは自明です。「孫さん、あなたに言われなくても分かっているよ」と言う人がいるかもしれません。それなら、なぜ実際にAIを導入していないのですか。分かっているのなら、なぜ全力で、他のことを全て忘れるくらいの勢いで取り組まないのですか。それが出来ていなければ、まだまだ甘い。皆さん、早くAIを導入して、自分の仕事と真剣に向き合っていきましょう。

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