会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2019年4月号掲載)
会社の扉が開くと、そこはまるで宇宙船であった。薄暗いエントランスでは、パンダとゴリラの大きな人形が出迎えてくれる。そこからオフィスまでの通路は近未来的な光に彩られ、宇宙空間を歩いているようだ。オフィスに入ると、今度はペンギンや白熊といった動物の置物が至る所に置かれている。
このようなユニークなオフィスを持つのがCROOZ(以下クルーズ)だ。率いるのは社長の小渕宏二。「今のクルーズはどんな会社ですか」との問いに「一言で言えば投資家です」と明快に答えた。
クルーズは2001年に小渕が創業。ゲーム開発、検索エンジン開発、ベンチャーキャピタルなど幅広く事業を展開してきた。07年にはJASDAQに上場。18年間業績好調であったが、18年5月、変貌を遂げ、持株会社となった。
これにより、従来の事業は全て子会社に任せ、クルーズはあくまで投資に専念しようというのである。それが、小渕が「投資家」との言葉を使った所以だ。
ファストファッションに注力
クルーズの投資対象の中でも稼ぎ頭となっているのが、SHOPLIST(以下ショップリスト)である。これは、国内外で人気のファストファッションブランドのアイテムを手軽な価格で購入できるサイトだ。では、なぜファストファッションに力を入れるのか。
クルーズは、CROOZblog というメディアを持っており、その利用者の多くが10代後半から20代半ばの女性だ。彼女たちは値段の高いブランドの服を着飾るより、安い服を自分なりにコーディネートして、「可愛い」を発信する傾向にある。そうしたニーズに合わせたのが、ショップリストというわけだ。
結果として、ショップリストでは年間約180万人が購入するまでになり、クルーズの事業の中でも一番の売上げを誇っている。若者の間で「ファストファッションならばショップリスト」との認識が広まっていることは間違いなさそうだ。
仲間力で生き抜いた18年
クルーズが投資企業へと変貌したきっかけは、小渕のとある気付きにあった。IT業界という移り変わりの早い世界で18年間に渡りクルーズを率いてきた小渕。長年同じ業界にいると、親しかった会社が目の前で消えていく姿を何度も目の当たりにしたという。「なぜクルーズは生き残ったのか」を真剣に考え、出て来た結論は「クルーズには仲間力があったため」であった。
「IT業界は、資産が人材しかありません。そうなると、いかに自分の周りに、自分以上に優秀な人材を抱えられるかが勝負になります」
クルーズ成長の背景には、会社を支えられる人材に恵まれたことが大きかったと言える。
100億円企業の経営者を100人育てる
会社が永続していくことは大切だ。しかし、その会社に社会的価値がなければ、存在する意味がない。そこで小渕は、どのような企業に社会的価値があるのかを考えた。そして、「売上げや時価総額が1兆円以上ある会社こそ、社会的なインパクトも大きく、社会的価値があると言える」との結論に至る。しかし、売上げが1兆円を超える企業は日本に数えるほどしか無い。1社だけで1兆円企業を目指すのは、至難の業であろう。
一方、売上げ100億円の企業ならば数多く存在する。裏を返せば、100億円企業の経営者が100人集まれば、容易に売上げ1兆円を達成できるということだ。この考えから「インターネット時代を動かす凄い100人を作る」というクルーズのミッションが出来上がった。
仲間を集め、100億円企業の経営者に育てるというのは、クルーズと小渕の得意分野である。その強みを生かし、100人の経営者を育てて売上げ1兆円を達成する。そこにクルーズが未来永劫成長していけるような工夫を加えたのが、「CROOZ永久進化構想」である。
CROOZ永久進化構想は、クルーズ内で起業する経営者や、外部から参画した経営者に対して様々なインセンティブを与えることで、次世代を担う事業や経営者を生み出し、加速度的な企業の成長を可能とする構想だ。いつまでもベンチャー企業のようなスピード感を保つことで、売上げ1兆円の早期達成を目標にしている。
700項目の質問
インセンティブ以外にも、クルーズ内で起業することには魅力がある。それは、同社の持つビジネスノウハウを利用できるというメリットだ。小渕は、「クルーズは18年間、IT業界における全ての事業を経験してきました。また、創業時の役員が辞めていないため、豊富なノウハウの蓄積があります」と語る。
その中でも目を引くのが、700項目に及ぶメモだ。このメモにはクルーズが経てきた18年の経験、小渕自身の失敗、上場審査の際に質問されたことなど、経営において注意すべきありとあらゆる事項が記されている。
このメモに即して、小渕は会社経営における約700項目の質問を作った。その内容の細かさには舌を巻くしかない。例えば、「今日の銀行口座の残高」「どの銀行と取引しているか」など、多くの経営者が気にもしていないことまで含まれる。さらに細かくなると、オフィスにおける消防法に関する質問すらあるほどだ。「このような部分の必要性は、普通では分かりません。ですが、いざ上場するとなった時に言われて気付いたのでは遅すぎる。私たちのグループ企業は全て、いつでも上場できる状態になっています」
中には、「働き過ぎている人はいないか」といった労働環境に関する質問もある。そして、その質問に該当しそうな人に働かせてはならない。
「仮にいきなり労働基準監督署が入ってきても、違反になるような労働をしている人は一人もおりません」と小渕は自信を持って語る。
こうした700の質問項目は、経営者たちにただ渡すのではない。3カ月に一度、グループ内の全ての会社の経営者に対し、小渕自身が1項目ずつ質問していくのだ。短いスパンで質問を行う理由について小渕は次のように例える。
「野球で言えば、私たちはホームランを打たせることは出来ません。しかし、『朝ごはんを食べる』『野球道具を持っていく』といった事柄をしっかり確認していれば、少なくとも試合には出られるでしょう。成功には再現性がありませんが、失敗にはそれがある。したがって、失敗する要因は潰せるのです」
仲間は守るのが当然
また、クルーズでは役員全員が必ず人間ドックを受けなければならない。偶然だが、その人間ドックによって命を救われた役員もいるという。クルーズの役員になり、人間ドックを病院で受けたところ、ガンであることが発覚したのだ。そのガンはかなり進行していたものの、すぐに専門の医者に手術をしてもらったため、九死に一生を得た。
小渕は役員の家族とも連絡を欠かさない。家族に「旦那さんの普段の健康状態はどうですか」などと聞くこともしばしば。そして、本人ではなく家族の方から有給休暇を申請してもらうのだ。家族から言われれば、自然と本人も休むようになる。
「社員だけでなく、その家族も僕にとっては仲間です。守るのは当然のこと」と語る小渕。ここからも、仲間力の強さがうかがえる。
向いていることをやれば成功する
クルーズの門を叩く経営者の中には、事業構想を持たない者もいる。そのような場合は、小渕がその人に合った事業を提案する。18年12月に誕生した営業代行を行う会社は、設立前にも関わらず大量の受注を集めたが、この成功の裏にも小渕のアドバイスがあった。
同社の経営者は、以前の事業で月に多額の赤字を出していた。その状況を見て小渕は、「君に合った事業を見つけるから、そちらに挑戦しなよ」と助言した。その言葉を聞いた経営者が、小渕に言われた通りの事業を行った結果、前述のような大成功を収めることができたのである。
「向いていないことをやるから失敗する。その人に向いている事業をやれば成功するものです」と小渕。その人に合った事業を見つける方法は「勘」と語るが、それもまた長年の経験に裏付けられていることは言うまでもあるまい。
制限を設けてこそ発想が出る
クルーズが追いかける「1兆円企業」という目標。公式には「20XX年に達成する」と期限はぼかして発表している。だが、すでに社内では明確な期限を決めて動き出しているという。
「明確な期限を設けることで、そこまでにやらなければならないという頭に切り替わります。制限を設けるからこそ考え方が変わり、様々な発想が出てくるのです」
最後に企業家として大切にしていることを問うと、「仲間力が一番」と小渕。クルーズの18年間の成長は、小渕の周りに集まった仲間の力が大きい。そして「1兆円企業」という壮大な目標にも、100人の仲間が必要不可欠だ。100人の優秀な経営者たちと共に、クルーズは1兆円企業への道を突き進む。
小渕宏二(おぶち・こうじ)
1974年生まれ。IBM 関連会社のセールスマンを経て2001年にクルーズ株式会社を創業。検索エンジン、ブログ、ネット広告、ソーシャルゲームなど、インタネットを軸に 様々な事業を展開しながら創業来17期連続で黒字経営を続ける。現在はネット通販事業「SHOPLIST.comby CROOZ」を中心に複数の事業を展開するグループの代表を務める。
● 会社概要●
社 名:クルーズ株式会社
設 立:2001年5 月24 日
所在地:東京都港区六本木六丁目10 番1号 六本木ヒルズ森タワー
資本金:4億5, 455 万円(平成30 年6月末)