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【先端人】「パンラボ」主宰 池田浩明

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

パンに魅せられパンおたくに

パンに魅せられパンおたくに

(企業家倶楽部2021年5月号掲載)

 ここ数年空前のパンブームが続いている。テレビや生活雑誌までもがパン特集を組み、まさにパンが生活の正面に躍り出たといえる。そんな日本のパン文化の表舞台で活躍しているのが自称「パンおたく」の池田浩明氏である。(文中敬称略)


「ブレッド2.0」

 今、パン好きの間で話題となっているのは Hanako のムック本「僕が一生 付き合っていきたいパン屋さん」である。勿論、責任編集は池田氏である。4年間Hanako に書き綴っていた記事をまとめたものだ。池田氏がどんなパン屋さんを掲載しているのか、パン好きには気になるのだ。

 少し中身を紹介しよう。ここでは3つのテーマで書いたという。

 1つ目は「クラフト」・・・職人技が光るパン屋さん

 2つ目は「ナチュラル」・・・自然派のパン屋さん

 3つ目は「ローカル」・・・域密着が魅力のパン屋さんである。

 「これからのパン屋はここが大切。これらをもっているパン屋さんを僕は「ブレッド2.0」と呼ぼうと思っています。日本にはいろんなパンがありますが、こうしたパンがスーパーに並ぶパンと同列で戦うのは厳しい。もはや同じくくりで扱ってはいけないと思うんです」 そう語る池田氏からは、パン職人が生み出すパンに対する敬意、深い愛がほとばしる。スペシャリティ珈琲と同様に考えた方がいいと。

 そして栃木の一本杉農園の事例を挙げた。農業しながらパンを焼いているがそこにどんどん人が集まってきて、いいコミュニティができている。ローカルで頑張るカネルブレッド。そこにパン屋があるだけで地域が活性化し地域貢献につながる。シャッター通りだったところにチクテベーカリーが入ることで、賑わいを取り戻した。「パンの力はスゴイ」と力説する。

パンはアート

 パンの魅力について伺うと 「パンはアート。パン職人はアーティストなのです」と池田。パリに住んでいた頃、毎日のようにルーブル美術館に通っていたという。パンは鑑賞するもの。日常すぎて気が付かないが、パンはそれほど奥深くスゴイものと語る。その日の温度や発酵、火の入り方で一つひとつが異なる。まさにパンは1点もの。作り手の意図を超えた美味しさ、香りが生み出される、優れたアートなのだと。従ってパン職人は表現者なのだと。

 パンはテイクアウトできるので、楽しみ方は無限大。しかも価格は民主的で誰でも買うことができる。それがパンブームの源泉になっているのではと語る。

 手をかけ、美しく焼き上げたパンもいいが、志賀勝栄氏が創るパンのように、あまり触らず、切りっぱなしのようなパンもまさに1点ものという。パンはメディアと語る池田氏、パン愛が止まらない。

 実際、カタネベーカリーリ片根シェフはミュージシャンであり、チクテベーカリーの北村シェフは美大の出身だ。彼らにとってパンづくりは自己表現なのだ。その根底には「お客様に喜んで頂きたい」という強い想いがある。

「パンが好きすぎる」に出演

 そんな池田氏はテレビなどのマスコミからもひっぱりだこだ。BS朝日の番組「パンが好きすぎる!」は秀逸だった。池田氏とゴスペラーズの酒井雄二氏の2人が、お薦めのパンを味わい尽くすという番組だが、これが面白い。第一回目のテーマは「食パン」。浅草の「ペリカン」や、銀座の「セントル ザ・ベーカリー」など、2人のお薦めパンが紹介され、食べ比べる。

 2回目のテーマ「カレーパン」では、「新宿中村屋」の定番カレーパンや松戸の「Zopf(ツオップ)」のカレーパン。「ベッカライ徳多朗」の焼きカレーパンなどが紹介された。「バゲット」では、日本一と言われる「VIRON」のバゲット レトロドール。神楽坂の「パン デ フィロゾフ」のアルファバゲットなどが紹介された。2人のトークも面白く、どんなパンが紹介されるのか楽しみにしている視聴者も多かったろう。

 パンのイラスト入りの服をまとい、嬉々としてパンを食べる池田氏は視聴者を笑顔にさせる。3月末で番組は終了したが、ぜひ続きを期待したい。

パン好きが高じてパンおたくに

 パン好きの人々にとって、池田氏を知らない人はいない。名前がピンとこない人でも、“背の高い帽子の人”といえば思い出すであろう。池田氏のパンに対する情熱は尋常ではない。パン食べまくりの日々を、ブログで発信している。その内容はまさに池田ワールド。少し紹介しよう。

 池尻大橋のトロパントウキョウの田中シェフがつくりだすカレーパンについての一節である。カレーパンはTOLO PAN TOKYOの名物。表面はひたすらかりっとしているのに、パン粉の下の生地は信じられないほどしなっと、ぷりっとしている。それが油を吸い込み、完全無欠の味わいを見せ、この生地だけでも十分に成立しているほど。フィリングがまたすばらしい。口溶けは砂浜で波が引いていくとき砂が持っていかれるのを、足の裏で感じるときに似ている。フィリングのここちよいざらつきが舌の上できれいさっぱりと消えていく感覚。

 この独特の表現は他の誰にも真似できない。もともとライターで編集者だった池田氏が、なぜこうした世界に飛び込むことになったのか。

「20代は出版社で本をつくっていましたが、30歳で退職。フランスに放浪の旅に・・・。2年間好きなパリに住み、その間パンを食べ歩いていました」。2003年に帰国、フリーライターとなったが、子供の頃からパンが好きという池田氏、2009年にはパン好き仲間と「パンラボ」を結成、その主宰としてパンの研究をスタート。パンおたくとして、さまざまな場面で活躍するようになる。

「新麦コレクション」の理事長として

 ここ5、6年、国産小麦を使うベーカリーが増えている。そうした中、2015年 7月、365日の杉窪章匡シェフらと共に「新麦コレクション」がスタートした。これは麦の生産者と製粉メーカー、パン職人、そして消費VIRON のバケットレトロドールが紹介された池田氏が監修しているhotel koe bakery 池田氏の本が平台に並ぶ者を繋げるプラットホームをつくりたいという想いから結成した。おいしく楽しいパンの未来のために、その輪を広めようという試みである。

 池田氏はこの「新麦コレクション」を主宰、理事長として活躍している。立ち上げのイベントではこの主旨に賛同するパン職人が集まった。毎年さまざまなイベントを企画、麦フェスを実施するなど、精力的に活動している。その中心にいるのが池田氏である。今や会員250人を有するNPO法人として存在価値を増している。

各方面からひっぱりだこ

 今や、日本のパンを語るおたくとして池田氏の影響は大きい。日本全国、美味しいパンを求めて行脚する池田氏。ライターとしても活躍、独特の感性を埋め込んだ著書や寄稿、監修も多い。朝日新聞デジタルにパンの記事を毎週投稿、6年も続いている。すでに300軒以上紹介しているが、ネタ切れは全くないという。

 取り上げる条件を伺うと、「パンが美味しいこと、それに尽きます」とキッパリ。「せっかく行ってまずかったらがっかりでしょう」。それだけに選ぶのも真剣だ。その選択眼が確かなことは、今の池田氏の活躍が物語る。

 東京・渋谷。渋谷パルコの前に「hotel koe tokyo」がある。1階にある hotel koe bakeryは、席数のベ60ーカリーカフェである。このベーカリーを監修しているのが池田氏である。

 4月初旬に訪問すると平台にはピスタチオを使ったパンが並んでいた。「今、ピスタチオブームなんです」 中でもピスタチオのカットだけでなく、スプレッドをふんだんに錬り込んだ食パンはお薦めです」。愛おしそうにパンを見つめる池田を見ていると、本当にパン好きなのだと納得する。
 池田氏の活躍はそれだけに留まらない。3月中旬、池田氏の姿は大阪で開催された「モバックショウ2021」の会場にあった。トークイベントに登場するためだ。ゲストは365日を運営する杉窪氏。杉窪×池田とあって会場は満員。ゲストの想いをスルスルト引き出す池田氏の手腕にも注目が集まった。

 今や日本のパン業界に欠かせない池田氏だが、日本のパン文化について伺うと「世界中のパンがあり、それらが事業として成り立っている懐の深さがスゴイ。カレーパン、あんぱんなど包餡技術に優れていて、惣菜パンはそれだけで食事にもなり土産にもなる。それこそがメディアになる」

 今後の抱負を伺うと、「日本全国47都道府県で獲れた麦を使ってご当地パンやピザやうどんをつくりたいですね。東久留米の柳久保小麦は江戸時代からの小麦。キタノカオリは日本の小麦文化の達成点のようなもの。国産小麦のシェアを増やし、小麦の味わいを生かしたパンを増やしていきたい。それこそが「ブレッド2.0」と熱く語ってくれた。

 ひょうひょうとして自然体、そんな池田氏だからこそ、多くの賛同者を生み続けている。「池田さんはピュアな人、だから皆が集まってくるんだと思う」と杉窪氏。しがらみや金儲けや、下心など一切なく、真にパンを愛するパンおたくとして、ここまで情熱を注ぐ人はいない。「すべてのパンを愛す」という池田氏。日本のパンを楽しくする先端人として益々の活躍を期待したい。

Profile
 池田浩明(いけだ・ひらあき)パンラボ主宰。ブレッドギーク(パンオタク)。パンライター。NPO 法人新麦コレクション理事長 。著書に『Hanako 特別編集 池田浩明責任編集 僕が一生付き合っていきたいパン屋さん。』(マガジンハウス)など多数。連載『Hanako』『OZ MAGAZINE』、朝日新聞デジタル&W『このパンがすごい!』など多数。

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