会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2020年6月号掲載)
(文中敬称略)
ロボットがたこ焼きを
千葉県のJR幕張駅から徒歩13分、イトーヨーカ堂幕張店に2019年10月、名物が誕生した。その正体はファストフード「ポッポ幕張店」に導入された「たこ焼き調理ロボット『OctoChef(オクトシェフ)』」(以下たこ焼きロボット)とソフトクリームロボット「レイタ」である。3月中旬の土曜日に行ってみると、フードコートは家族連れや若者で賑わっていた。
たこ焼きロボットの前を陣取り、その動きを熱心に観察する客も多い。このたこ焼きロボットは一度に96個のたこ焼きを20分で焼き上げるという優れものだ。生地をたこ焼きの鉄板に流し込み、たこや具材を入れ、さらに生地を流し込む。ある程度焼けてきたら、ピックで1個ずつをクルリとなぞり、ひっくり返すではないか。まるでプロの職人のような動きに、見ている人たちもびっくり。思わず拍手をおくりたくなる。
そして焼きあがると、ピックに刺してトレイに運んでくれる。ここから先の盛り付けはヒトの仕事だ。 ソースをかけトッピングし完成だ。ロボットとヒトが協働で働く画期的な調理システムを提案している。
もう一つの人気メニューはソフトクリームだ。バランスよく美しく巻きあげるのは難しい。熟練のワザが必要となる。しかしここではソフトクリームロボットが、サーバーからでてくるソフトをコーンカップにきれいに巻いて差し出してくれる。その見事な仕事ぶりにおもわず「ありがとう!」と声をかけたくなる。
調理とロボットの融合
この2つの調理ロボットを開発したのは、コネクテッドロボティクス代表の沢登哲也である。「調理をロボットで革新する」をビジョンに掲げ、調理ロボットの開発に邁進してきた。
東京大学工学部で学んだ沢登、学外のサークルでロボットづくりに夢中になる。04年にはNHKのロボコ ンで優勝を果たしたほどだ。
ロボット技術の最先端を走っていた沢登が、なぜ調理ロボットを目指したのか。
「祖父母が飲食店をやっていて、その苦労も楽しさも子供のころから見ていました。みんなが集い楽しそうにしている飲食業はいいな」と。
大学卒業後海外留学、その後ロボットベンチャーでコントローラーの開発に打ち込んだ。「いろいろやりましたが、飲食とロボットが自分にとってピッタリきた」と沢登。
14年、コネクテッドロボティクスを創業。拠点は東京農工大のラボを借りた。
飲食店の仕事は、きつい、汚い、臭いと言われ、アルバイトが集まらない。常に人手不足に悩まされているのが現状だ。そんな外食産業の人手不足と労働環境改善のために立ちあがったのだ。 ではなぜ最初がたこ焼きロボットだったのか。
「飲食は食べるだけでなく、見るとか匂いとか芸術的要素があります。特にたこ焼きは見ている人にアピールできる。子供も喜ぶし、これはやる価値あるぞ」と。
たこ焼きは実際やってみると非常に難しくて、奥が深いと語る沢登。生地の粘度、鉄板の温度、ひっくり返すタイミング、場所によって温度差があるため、均一に焼くのは難しい。外側をカリッと中をふんわりと焼き上げるのにどれだけ試行錯誤を重ねたことか。
たこ焼きといえばホットランドが展開する「築地銀だこ」が有名だ。社長の佐瀬守男にも相談に乗ってもらいアドバイスを受けたという。
ハウステンボスに導入
ようやく完成したたこ焼きロボットはハウステンボスに納めることになる。
ロボットホテル「変なホテル」を展開するなど、ロボットに並々ならぬ関心を寄せるエイチ・アイ・エス社長の澤田秀雄。ベンチャーやスタートアップの育成にも熱心だ。優秀な経営者を育てようと澤田経営道場を主宰するほどだ。
その道場の卒業生の佐藤泰樹が、沢登の考えに賛同。コネクテッドロボティクスに転身し、活躍している。
澤田にたこ焼きロボットを売り込みに行くと、「ハウステンボスに持ってきて」との返事。ハウステンボスで実演してみせると、人間顔負けの仕事をこなすロボットに澤田は感動、契約してくれた。
18年にハウステンボスにお目見えしたたこ焼きロボットとソフトクリームロボットは「ロボットがつくってくれる」とたちまち評判となった。澤田はさまざまな場面で沢登を応援、展示会にも自ら出向いて声をかけてくれるという。
そして2件目として導入したのが、前述のイトーヨーカ堂幕張店である。
「ロボットは文句も言わずきちんと働いてくれるからね」と、ポッポのスタッフ。効率化だけでなく、安定した品質でつくりたてを提供でき、エンターテインメント性もあるロボットは、ありがたい相棒となるだろう。
さて、こんなすごいたこ焼きロボットの価格が気になるところだ。価格は300万円+メンテナンス費用月20万円の設定という。高度なロボットであればこそ、売りっぱなしではなく、機能を追加するとともに常にアップデートしていくのだという。もちろんそれに対応する優秀なチームメンバーを揃えている。
ロボットが茹でる蕎麦屋
3月16日、JR中央線東小金井駅には、多くの報道陣が集まっていた。ロボットが茹でる「駅そばロボット」がオープンするのだ。場所は駅構内にある「そばいちnonowa東小金井店」である。開発したのは、もちろん沢登だ。
コネクテッドロボティクスとJR東日本スタートアップと日本レストランエンタプライズの3社が協力し、ロボット導入による店舗効率化の実証実験をスタートさせたのだ。
厨房をのぞくと、生そばを「茹でる、洗う、水で締める」という工程をロボットが担っていた。盛り付け、トッピングなどはヒトがおこなう。狭い厨房の中で、まるで人間のように器用にそばを茹でるロボットの動きに、集まった人は感嘆の声を挙げていた。
ここでは1時間あたり40食を調理。そばロボットを活用することで、従業員1人分の作業量を代替できるという。従業員の負担を軽減するだけでなく、安定した美味しさを提供できる。
JR東日本との接点については「JR東日本スタートアッププログラムに応募、『そばロボット』が選ばれた」という。このプログラムは、ベンチャー企業のアイデアを募り、ブラッシュアップしながら実現していくというものだ。
3社コラボによるロボット駅そば店がどこまでいくかは未知数だが、JR東日本管内には多数の駅がある。今後の展開が楽しみだ。
コンビニでロボットが活躍する日
今、沢登たちが力を入れているのは、コンビニで活躍する「ホットスナックロボット」である。
2月に開催された「国際ホテル・レストランショー」で、このホットスナックロボットが披露された。冷凍庫から必要な具材を取り出し、油で揚げてケースの中に並べるという一連の動作をロボットが自動で行う。その画期的な動きに、集まった人々が驚きの目で見つめていた。
多忙なコンビニのスタッフに代わり客のオーダーに従い、必要な分だけ必要な時に揚げてくれるロボットは頼りになる。AI技術で油の温度や揚げ時間を管理しているので、失敗がない。
このホットスナックロボットについては、某大手コンビニと話が進み、夏ごろに実証実験に入る予定という。日本全国のコンビニは約5万5千店と言われている。スタッフの労力を軽減するうえでも、揚げたてを提供し他店と差別化するうえでもロボットの活躍が期待される。
その他、この展示会ではどんぶり食洗ロボットや、ビール提供ロボットの、デモンストレーションを行っていた。いずれも飲食店のスタッフを助けるロボットとして、役立つことであろう。
ロボットと共に豊かな未来を
たこ焼きロボットを皮切りに、そばロボット、ホットスナックロボットと画期的な調理ロボットで飲食業界を革新し続ける沢登。
そこには飲食業で働く人々を重労働から解放、少しでもクリエイティブでワクワクする仕事に注力できるようにという熱い想いがある。
そしてたこ焼きや蕎麦など日本の味を調理ロボットで世界に広めたいという想いもある。
また人とロボットが協働し、臨場感あふれるキッチンから作りたてのおいしさを提供、食の喜びを創出したいという熱い想いがある。
今年38歳になる沢登だが、ここまでくるにはいろいろ紆余曲折があったと打ち明ける。将来はすべての人がロボットと楽しく暮らす社会を実現したいと目を輝かせる。
日本の飲食業界は人手不足が深刻化、調理の省力化や自動化が課題となっている。ロボット技術で外食産業の未来に貢献したいと命を燃やす沢登は、まさに次代を担う先端人なのである。