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【企業家は語る】HEROZ共同代表 林 隆弘 

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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AIは人間の良きパートナーとなる

AIは人間の良きパートナーとなる

(企業家倶楽部2020年2月号掲載)

2013 年、将棋界に革命が起きた。史上初めて公式戦でAIがプロ棋士に勝利したのだ。このAIを開発したのがHEROZである。机上の空論ではなく、実際に社会に組み込まれ活用される「実践的AI」が強みの同社。AI冬の時代を切り抜けてきた、正にAIのプロフェッショナルである林代表にAIの本質とは何か、活用する上でのポイントを入門編として解説いただいた。


 HEROZは09年に設立し、18年の4月に9年弱で上場しました。現在の時価総額は約900億円です。いち早くAIを取り入れた事業に取り組んでいましたが、09年はリーマンショックの翌年ということもあり、AI冬の時代真っ只中でした。AIのエンジニアをたくさん集め、様々なアプリケーションを作っていましたが、思うように売れないのでゲーム開発もしていました。14年からは「AI革命を起こし未来を作っていく」というビジョンを掲げています。16年にはソフトバンクのイベントで「AI 革命を起こして未来を作っていく会社」と紹介されましたが、会場の反応は「はぁ、そうなんですか」と、全然しっくりきてない感じでした。

 ところが18年から孫さんがこの「AI革命」という言葉を使ってくれて、僕らも市民権を得ることができました。

AIはデータを食べて成長する

 AIの源泉となるものはデータであり、これがないと仕事ができないのが我々のビジネスです。世界のデータ流通量は、1980年に月間18GBだけでしたが、19年では200エクサバイトを超えており、21年には278エクサバイトになると言われています。このデータ流通量は年間約44%成長しており、AIのアプリケーションの年率成長にほぼ比例しています。

 ビジネスをやる上で私が最も感じているのは、1にも2にも成長市場にいることが大事だということです。この20年の間に、GAFAやマイクロソフト、BATのような企業が時価総額トップ10を占めてきています。この先、国内でもこれらのAI企業が台頭してくるのは自明でしょう。その理由はデータ量が圧倒的に伸びるからです。データ量が生活に欠かせなくなってきたという実感が皆さんにはあると思います。スマホやインターネットを使わない方はいらっしゃらないでしょう。

 AIはデータを食べて成長していくアルゴリズムです。これまでインターネットの世界は、メールやメディア、広告媒体だけを見ても時価総額が伸びてきましたが、これからAIはすべての産業を凌駕していくでしょう。全産業にコバンザメのようにくっついて、アルゴリズムが仕事をしていきます。これは産業規模にAIが紐付いて成長していくということに他なりません。

エゴから始まったビジネス

 私自身は大学を卒業してNECに技術者として入社しました。ITが盛んな時期だったので「これに人生を賭けよう」と決め、この会社でいろいろ学ばせていただき、30歳には起業しようと決めていました。その人生計画のもと、HEROZを起業して今日に至ります。将棋が趣味で、高校3年生と大学1年生の2年連続で恵まれ、羽生永世名人と対戦をしました。この趣味であった将棋が僕のビジネスには大きな影響を与えています。

 きっかけは将棋AIを活用して自分が強くなろうという、良く言えば自己啓発・自己研鑽、悪く言えば自分のエゴでした。それから将棋AIと付き合いはじめ、大学生時代は将棋AIの学習データを渡す側でした。

 人間を超えるのは大変と言われる中で、将棋AIは独自の進化を遂げてきました。AIは12年から一般的に注目され始め、認知されたのは16、7年からです。NHKの特別番組で「天使と悪魔」と名付けられました。人間対AIと言う文脈で語られていて、弊社のAIは人間に勝ってしまう悪魔のような扱いでした。ただ、今は悪魔とは言われなくなり、良きパートナーでありサポーターとなってきました。

常識破りの戦法

 頭脳ゲームという分野はチェスから始まり将棋囲碁などがあります。チェスでは97年に人間がスーパーコンピューターチームに敗れた話は有名ですが、将棋では13年に初めてプロ棋士に勝ち、17年には佐藤天彦名人に完全勝利しました。そこで彼は「これは科学への偉大なる一歩である」という名言を残しました。当時のエンジニアリングにもディープラーニングを密かに搭載しておりました。最近でこそディープラーニングやマシンラーニングという用語が一人歩きしてますが、それまでは裏で何をしているかは、秘伝のタレのように秘密にされていました。

 このような歴史の中で、AIはインプットに頼らない自立学習ができるようになっていきましたが、私はこれほど世間にインパクトを与える技術になると思っていませんでした。当時、将棋は将棋として捉えられていました。将棋の強いプログラマーが人間の思考をプログラムにそのまま落とし込む、いわゆるエキスパートシステムです。このシステムには限界がありました。そこで、まだ世間から市民権を得る前の04年、マシンラーニングが導入され始めました。始めは疑問だらけでした。例えば、人間には容姿でかっこいいとか美人などと同様に、将棋では矢倉囲いという綺麗な形があります。マシンラーニングでは美しいかどうかを点数化しています。その盤面全体を点数化したときに、私の陣形が300点、相手が200点、私の方が100点上だというように盤面の評価をします。次の一手を2五歩と指すとプラス100点、2九飛車だとマイナス100点など点数の羅列がたくさん出てきます。AIはそこから1番高い点数を指しているだけ。写真を撮って最良の局面を選ぶというシンプルなものです。将棋は読むゲームとして教えられてきた側からすると衝撃的な手法でした。マシンラーニングはとんでもないイノベーションであり人間を超えてしまう技術だったのです。

 ここで重要なことは2つだけです。1つ目は将棋の知識がなくても開発ができること、2つ目は他の分野でもこのマシンラーニングは応用可能な技術であるということです。将棋ではエキスパートシステムの専門性が高すぎましたが、機械学習ではこの技術をもってすれば他の応用ができるということです。

実装する時代へ

 AIのマーケットサイズをご紹介します。AIビジネスの市場規模は17年が3900億円ほどで、22年に1兆2千億円となり、30年に2兆円を超えます。年率25%以上で伸びていく市場と覚えてください。状況としては、実証実験の時代が終わり、各企業ではソリューションとして実装する時代になってきています。

 市場を細分化すると、圧倒的に大きいのが金融です。18年のAI市場規模は5千億円ですが、金融はその内30%を占めています。金融では、コールセンターのチャットボット化はどこの会社でも投入し始めています。トレーニングサービスも増えてきました。与信や融資審査、株価予測をAIに任せたり、ロボアドバイザーというのは正にAIの仕事です。デジタルトランスフォーメーションと言いますが、今は店舗での販売ではなくネット上で売れるものはネット上で完結させるのが当たり前になってきています。それに付随してAIを活用していくのです。

 ビジネスカテゴリーの中では、システムを作るなどの構築サービスが市場規模の半分以上を占めています。例えば皆さんの会社がAIをソリューションとして投入し使いたいとなるとこの構築サービスになります。

 これまではマクロでの紹介でしたが、ここからは弊社の紹介をしたいと思います。1つはB2Cビジネスです。コンシューマー向けにオンライン対戦プラットフォームを開発していました。例えば「将棋ウォーズ」は、日本のオンライン将棋対戦の7、8割を占めると言われています。登録者数は500万人を突破し、1秒間に3局のマッチングをしていて非常に多くの方々に遊んでいただいています。

 中でも面白いのが手を売る棋神というサービスです。将棋をやめてしまう人に理由を聞くと「忙しいから」と答えるのですが「実は負けるのが嫌だから」ということに気づきました。そこで出たのが120円で名人に勝てる手を売る発想でした。購入すると名人を超えるような手が自動で5手指されます。これは勝つ楽しみと、1度使って覚えておくことで、次にその局面で使えるという学習効果もあります。これを投入したのがイノベーションとなり、ストレス社会で生きている大人のみなさんに非常に楽しく遊んでもらえています。

 裏の話をしますと、将棋ウォーズほどの大きいプラットフォームをゲーム会社が運営する場合、3、40人のチームで運営するそうです。しかし、弊社は運営に関わっているのは1人いるかいないかです。システムを自動的にAIで制御し、運営人員を最小限に抑え、残りのメンバーは新しい技術の開発に注力しています。未来を軸にリソースを使っているのが弊社とゲーム開発会社との圧倒的な違いです。

将棋AIをビジネスに応用

 将棋の棋譜データを学習することによって将棋名人より強いAIができました。これをビジネスに応用すると、建設業界では設計データを読み込ませることで構造設計士をサポートできます。金融業界では1週間後、5分後の株価予測ができる様になるのです。

 AIには大事なABCがあります。AはAI、Bはビックデータ、Cはクラウドサーバです。我々は「HEROZ Kishin」という機会学習の仕組みをベースとしてカスタマイズしていきます。機械学習にはディープラーニングを始めたくさんの分野があります。我々の強みはこの中からお客さんのテーマに応じて最適なものを「HEROZ Kishin」によりピックアップして合わせることです。AIは奥深いものです。業態、業種を理解していくとその業種に合うAIがだんだん分かってきます。特に金融、建設、エンターテイメントは非常に強い領域です。

 竹田工務店さんの例を見てみましょう。類似性の判断をするリサーチAIや構造計画AIがあります。改装などの要素技術を分解して構造計画を立てることを自動化します。部材設計AIは建築基準法に照らし合わせ、どの部材をどう使うかを自動的に出します。設計には構造設計と意匠設計がありますが構造設計の方が非常に大変です。構造設計士は一級建築士の中でも10人に1人もなれません。そもそも人がいないから建物が建てられない状況。そこで登場するのがAIです。構造計算という非常に難しいことはAIに任せてしまいます。その事例の1つが六本木のEQハウスです。メルセデス・ベンツと竹中工務店と弊社で製作しました。また、オフィスなどのレイアウト生成ではAIが過去の設計データを元に高スピードで図面を書き起こします。スケジュール最適化AIでは工程管理など工場の現場でも活用されています。

 また、インフラの事例ですが、画像認識AIは画像を見てリアルタイムで数値を出し、自動的にサーバに落とし込みます。製造業の現場など、変えたくても変えられない仕組みがある場所で活躍します。自動的に重さを量ると同時にデータとして残せるのです。

 続いてSMBC日興さんに提供しているAI株式ポートレート診断です。株価予測、1カ月後の収益性を予測するものです。資産の状況など具体的なポートフォリオを提案します。金額・銘柄・リスクを入力すると診断をしてくれます。これはサーバもアルゴリズムも力を入れて研究したモデルであり、自信作です。過去10年間のデータの中で、8年間をバックデータとして使い、残りの2年間のデータで答え合わせをします。日経平均のインデックスでは過去10年間で約2・09倍ですが、このAIでは12・93倍となりました。様々な制度面で資産運用が促されていますが、運用するためのツールとしてこういったものをヒントにして欲しいです。

 品質管理では全般的に活用できます。ゲーム業界ではデバックに100人、200人使うことは当たり前ですが、AIを活用すれば一瞬でできます。このようにゲーム業界に限らず、AIができることを人間が頑張っているケースが多々あります。AIからしたら一瞬でできる上に100人分の働きをします。100回アクションしたら起こるバグなどはAIでも対応が難しいのですが、テストケースを作れるものであれば不具合や異常検知ができます。AIを上手く使えば各社さん間違いなくコストが下がり、品質は上がります。

 配送計画や配送ルート最適化もできます。配送ルートを少し変えるだけでトラック一台くらい削減できます。販売需要予測はどのビジネス分野でも同じで、データさえあれば人間より適応できます。また、メディア関係では解約予兆もあります。解約予兆は方程式が分かってきています。

 エンタメ業界でも様々な会社にAIを提供しています。強いAIの開発や敵キャラの自動化、ゲームテストなどです。昔のゲームは売り出したら終わりでしたが、今は出してからが勝負です。毎月課金してもらうために重要なのがレベルデザインです。例えば100のキャラを出し、毎月10%ずつのインフレを設定します。110になったとき100のキャラでは勝てないのでガチャで課金してもらうという仕組みです。しかし、最近は人間ではこの絶妙なバランスで保てないため、我々のAIを使っていただいています。お茶はお茶屋の様に、我々専門家に裏のことは任せていただき、ゲーム会社さんはゲーム製作にフォーカスすることがお互いにとっていいと思っています。

AIにも得手不得手がある

 AIを考える時に覚えておいて欲しいことが2つあります。1つは、AIは「法則が自明でない膨大なデータから法則性を見つけ出すこと」、もう1つは「自明な法則に従って目的に達する最適手順を見つけ出すこと」が得意だということです。前者の例は将棋AIです。これまで将棋は玉を固めて守り、薄く攻めるのが主流でしたが、今は一番強い玉も使い盤面全体で戦っていく戦法に変わってきました。これはAIが作り出した将棋史上初めての戦法です。これは会社の経営でも一緒だと思います。部下に頼むより経営者自ら動く方が説得力があるはずです。

 逆にAIの苦手なことは「論理立てて問題を解決し、その結果として何かの事象について説明する」ことが非常に苦手です。

 AIは40年にはIQが10万に達すると言われています。一方で人間は100~130の間で頭が良い悪いと言っているレベル。10万に行き着くAIを分かろうとしてること自体がおこがましいと思うのです。むしろ分かろうとしないで信じる世界観でいいと思います。AIにやらせて、それを見てなんとなく真似ればいいのです。ただ、大事なのは、倫理的や法律的に誰が責任を持つかという枠組みを人間が決めることです。

P r o f i l e 林 隆弘 (はやし・たかひろ)

1976年生まれ。1999年早稲田大学卒業。日本電気株式会社(NEC)に技術開発職として入社し、IT戦略部や経営企画部に在籍。2009年4月に高橋知裕氏と共にHEROZ設立。2019年、第21回企業家賞ベンチャー賞受賞。

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