会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2021年5月号掲載)
日本で安定して生産される野菜と言えば、じゃがいも、キャベツ、玉ねぎ、そして、大根である。古事記にも記載がある通り、日本でも古くから栽培されており、比較的栽培しやすいことから江戸時代には100種類以上の各地に根付いた大根が栽培されていた。「大根どきの医者いらず」ということわざの通り、大根はおなかの調子を整え、消化を良くする働きがある。その大根の魅力に取りつかれ、誰もが不可能として取り組まなかった冷凍大根おろしを世界で初めて作ったのが粉川(コガワ)社長の粉川正義だ。ユニークな粉川のチャレンジの歴史を追う。(文中敬称略)
和菓子屋のせがれ
歴史ある和菓子屋の息子として生まれた粉川。大学卒業を前に、周囲が就職活動を始めると、自分も何となくしないといけないと感じ、遅ればせながら就職活動を始めた。いくつか受けた企業の中で内定をもらった音響機器メーカーに入社することになった。粉川自身は、受かるとは思っていなかった。
入社式を終え、研修の日々が始まる。研修初日、早い時間に終わり、家に戻ると働いている両親の姿を見て、「このような事をしていて、良いのか」と漠然と思った。その会社で特にやりたいことがあった訳でもない。翌日に退職を会社に告げ、家業を継ぐことを決めた。その後、和菓子作りに精を出すことになる。
少ない大卒採用者が研修初日で退職されては、メーカー側も慌てたことだろう。しばらくは、会社に戻るように説得が続いただが、粉川に戻る気はなかった。
「味に対しては、厳しい家であった。」と振り返る。そして、「人の真似をするものじゃない」「初めてやることがおもしろい」という父の口癖が粉川の体にしみ込んでいた。和菓子屋を継ぎながらも何か新しいワクワクすることを常に考えながら仕事をしていた。
大根との出会い
商才を発揮する粉川は、和菓子屋の他に、レストラン経営、焼き鳥店など事業の多角化を進めた。焼鳥店では店舗展開の肝となる仕組みを自ら作り、それを元に多店舗展開を図る。すべてが順風満帆だった。
「自分でもよく分からない」と当時を振り返る。心が病に蝕まれていたのだろう。気が付いた時には、全ての物を失っていた。「裸一貫になって、自分に一体何ができるか」そう考えたとき、父から譲り受けた味に対する鋭い感覚、そして、何より、小売りや外食など食に対して興味があった。
母親が作っていた家庭の食卓を思い浮かべた。その時に出てきたものが大根だった。大根は年間を通して、色々な形で食卓に並んでいた。大根おろし、煮物、切り干し大根、沢庵に漬物、大根の葉を炒めたものなど、形を変えて、様々な料理に利用されてきた。しかも、葉から皮に至るまで捨てるところがない。この大根を使って何かできないかと粉川は考えた。
時代の追い風
1980年代にロードサイド型のファミリーレストランが一気に店舗展開を行った。ファミリーレストランの主役は、いつの時代もハンバーグである。和風ハンバーグは人気商品の一つでもあった。1990年前後に、大根おろしと大葉を乗せ、ポン酢で食べるおろしハンバーグが登場し、爆発的な人気となった。
粉川は見逃さなかった。外食の経験から、店舗で大根おろしをするのは大変な労力である。この大根おろしを冷凍し、提供することができれば「おもしろいビジネスになるのではないか」と考えた。周りを見ても、冷凍大根おろしを販売している会社は見当たらなかった。ここから、商品化への挑戦が始まった。
「大根おろしの冷凍は味が悪くなるから駄目だ」というのが、世間の常識であった。大根の95% が水分である。大根おろしを普通に冷凍するだけでは、風味が落ちてしまう。冷凍方法を始め、様々な改善を重ね、やっと満足のいく冷凍大根おろしが出来上がった。
しかし、大根おろしの冷凍は無理だという固定概念を覆すことはさらに大変だったという。ある時、食品卸のバイヤーを集め、冷凍大根おろしと生の大根おろしを目隠しした上で、食べ比べをしてもらったことがある。その時、違いが分かったバイヤーは一人もいなかった。粉川の努力が報われた瞬間である。そこから、ファミリーレストランのおろしハンバーグの需要に応え、販売数量を大きく伸ばすことになった。父の口癖が体に染みついていたのだろう。冷凍大根おろしに関する特許をいくつか持つまで、オリジナルな製法となっている。
あくなき開発心
「大根を使った料理と言えば、大根おろしに煮物、切り干し大根と代り映えがしない。」年間通して、食卓に上がる食材とはいえ、料理方法に変化がなかった。何か良い方法はないかと考えていた時に紹介されたのが、料理人で様々な企業の料理アドバイザーを務める興十郎だった。興は柿安本店で総菜事業を一から立ち上げ、100数十億の事業に成長させた立役者である。生産者との交流も深い興は素材へのこだわりが強い。粉川の扱う素材はすべて国産で、自ら生産者と土づくりからともに汗を流し、安全・安心にこだわっている。その二人が意気投合するのに時間は必要なかった。興は料理アドバイザーに就任し、冷凍大根おろしを始め、割り干し大根、切り干し大根に新たな価値を付加した料理提案を行い、各ユーザーの支持を集めることになった。
「大根1本を無駄にしないことは、SDGsにつながる」と粉川は言う。大根おろしを擦った際に出る水分までも、何か商品にならないかと研究している。「一度、スムージーを作ってみたが、合わせる柑橘類によって味が変化するのがおもしろい」と少年のような笑顔で話す。いつの時代も、常識にとらわれることなく、斬新な発想で新たなものを生み出していくのが企業家である。自らを大根役者と笑う粉川もまた真の企業家である。