会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
故郷木頭の木を使ったモニュメントで曲線を表現
(企業家倶楽部2018年10月号掲載)
電子書籍卸の第一人者として成長するメディアドゥホールディングス。2016年に皇居前のパレスサイドビルに移転した。7年間憧れ続けたビルに入居した藤田恭嗣社長は、「日本の中心であるここから世界に向けて発信したい」と意気込む。眼下に皇居の緑を望む、築50年の歴史ある建物を、どのような想いを込めて改装したのか、藤田社長にその真意を伺った。
7年間思い焦がれたビル
問 皇居の緑が一望できて素晴らしい場所ですね。
藤田 向かいが皇居という最高の場所です。目の前に見えているのは平川門です。
問 ここに入りたくて7年間憧れ続けたと聞きました。
藤田 このパレスサイドビルは日建設計の林昌二氏が設計し、1966年に完成したビルですが、「今でも全く色あせない魅力を持った近代建築の名作中の名作」と、安藤忠雄氏をして言わしめています。
問 よく心移りしませんでしたね。
藤田 このビルは99年に「日本を代表する建築物」の20選に選ばれていますが、オフィスビルは唯一ここだけ。66年にできて以来、33年間オフィスビルとしてはどこも抜けませんでした。そのくらい素晴らしい、東洋一のビルだと思っており、力をお借りしています。
問 このビルそのものも美しいと思うのですが、借景もありますよね。
藤田 前が皇居ですからね。ビルが建つことは100%ありません。さらに千代田区一橋1-1-1という住所も気に入っています。まさに日本の中心。横に200メートルの長さがありますが、そのうち5階の100メートルをお借りできたのですから、奇跡です。
問 7年間憧れた理由は。
藤田 ある方に「お前もこういったビルに入れるようになりなさい」と言われたことがきっかけです。これ以上のビルはどこを探してもありません。改装のコンセプトはすべて私自身が決めました。
問 築50 年のビルでもこのように改装できるとは驚きです。コンセプトは。
藤田 リスペクトとサステナビリティ(持続可能性)です。リスペクトについては、このビルが大事にしている直線と曲線の美、そして自然との共生にのっとり、表現しました。エントランスにある12メートルの直線のカウンターと、円形のソファスペース、そして地元徳島の木をアレンジしたモニュメントを作っています。ここに12メートルのカウンターを入れるためだけに、360万円かけて入口の自動ドアの位置を動かしました。
問 そのこだわりは凄い。それだけ、この12メートルの直線はインパクトがありますね。
藤田 サステナビリティについては、このビルが100年、150年と続くことを考えて林先生が建築されたので、私たちもこのビルから絶対に出ないという覚悟を決めて、しっかり作り込んでいます。会社の存続性、世の中の存続性を表現しました。
問 ここに移られて何年ですか。
藤田 16年7月に移転しましたから、ちょうど2年です。
問 自慢の場所を挙げて下さい。
藤田 沢山ありますが、エントランス、書棚、そしてホールです。書棚には日本で唯一、手塚治虫作品が全て揃っています。中古本ではなく、全て保管されていたものですから、状態は完璧です。
問 手塚ファンには垂涎の的ですね。御社の規模でこのようなホールを作ることはなかなかできません。
藤田 椅子だけならば300人が入ります。このホールを作った理由は、人を巻き込んでいかなければ、自分たちだけでは事業展開できないと思ったからです。ここは社内でも活用しますが、出版業界の方々にもセミナーや講演会で使っていただいています。
問 オフィス内にも自慢のコーナーがあると聞いていますが。
名画をバックに自慢のカウンターバーで
藤田 カウンターバーです。社員の懇親会では、私が中に入って皆をもてなします。打ち合わせコーナーには、ファミレスのような椅子とテーブルを入れました。背もたれが高いので、周りを気にせず集中できます。
問 レストランのようで贅沢ですね。社員は何名ですか。
藤田 アルバイトも含めて約500名です。この5階には200名、あと8階に300名います。
問 エントランスとホールを合わせれば、5階だけでも500名くらいは入るでしょうから、相当な広さですね。
奥に皇居を望めるエントランス
会社の格が上った
問 ここに入って変化したことはありますか。
藤田 会社としての格が上がりました。それはこのビルの力だと思います。実際、採用や企業のM&Aにおいても効果が違います。業界2位だったメディアドゥが1位の出版デジタル機構を買収できたのも、おそらくここに移転した影響が大きいでしょう。講談社、小学館、集英社、KADOKAWAといった各社様にも、こちらまで来ていただいています。
問 会社が一段とステージアップしたということですね。
藤田 メディアドゥの評価が変わりました。私たちのようなIT企業がなぜこうした古いビルに入るのか不思議がられますが、来社いただき設計思想や、このビルを選んだ理由についてお話すると、「なるほど」と理解していただける。立地も含めてこのビルを選んだのは「古き良きものを大切にしていきたい」「本や新聞、文字、アートのように、何千年も前からあるものを大切にしたい」という想いがあります。ここは私を表現する場でもあるのです。
問 社員の方々の変化はどうですか。
藤田 モチベーションが変わりましたね。メディアドゥが考えていること、想いをこのオフィスを通してお客様に伝えられます。
問 改装費や家賃など、相当投資しましたね。
藤田 内装には2.5億円かかりました。家賃は年間何億円ですが、入って本当に良かったです。
問 よくこのパレスサイドビルに入れましたね。
藤田 基本的に、公には募集しないビルですし、審査がかなり厳しい。でも、どうしてもここに入りたくて、知人にこのビルの社長をご紹介いただき、情熱を伝えました。最初はこんなに広いスペースを借りる予定ではなかったのですが、結果、25メートル×4ブロックを借りることとなりました。
問 ここをそれほど大切に思っている藤田社長が入居して、毎日新聞社さんも嬉しいでしょう。
藤田 入居したご縁で、毎日新聞社さんと毎日みらい創造ラボという合弁会社を作り、学生や一般の方の面白い事業の種を応援しています。
問 良いコラボですね。
藤田 このビルが建って50年目の節目に入居しました。林昌二先生が「このビルは100年から150年は持つ設計をした」と言い切っておられる。震災を経て建築基準は厳しくなっていますが、ここはその先を見据えて強固に作られています。
問 150年持つということは、あと100年は大丈夫ですね。
藤田 50周年記念パーティにお招きいただいた折、「私がこのビルの100周年記念パーティを見届けます」と話したら、笑いが起こりました。
問 建築は元々お好きですか。
藤田 建築やアートは好きですね。空間をどのように設計するか、私はそこにお金をかける。家具も一流のものを置きます。
問 空間にはお金をかけない人が意外と多い。
藤田 何を置くかはその人の選択眼、哲学が出ると思っています。
問 どういうものに囲まれて一日を過ごすかというのは、ある意味で人生ですからね。ここに来たら皆さん「なぜこの場所に」と聞かれることでしょう。
藤田 説明するたび、「なるほど、君らしいね」と言ってもらえます。
ここから世界に打って出る
問 余計な説明をするより、この場所を見ていただいた方が早いということですね。
藤田 そうです。徳島での事業を展開する際にも、県知事の他、皆さんに来ていただきました。エントランスは木頭から持ってきた木のモニュメントと、鳴門の絵を飾っており、まさに徳島コーナーになっています。ずっと地元を支援し、関わり続けていくことを表現したくて作りました。
問 入居して2年、ここを拠点に今後どのようなことをしていきたいですか。
藤田 私たちの想いを理解してくれる企業と事業提携をして、どんどん新しいことに挑戦していきたいですね。自分たちが日本の中心にいることを自覚し、日本のコンテンツを世界に広め、発信していく。そして、日本企業として世界に打って出ます。
問 藤田社長の情熱が詰まったこのビルから力を得て、是非とも飛躍していただきたいと思います。
■本社
東京都千代田区一ツ橋1-1-1 パレスサイドビル 5F
P r o f i l e 藤田恭嗣(ふじた・やすし)
1973年徳島県生まれ。94年名城大学3年時に携帯電話販売業で創業。96年、大学卒業と同時に法人設立。音楽配信事業を始め、現在は、電子書籍事業を中心に、国内はもとより世界に流通できるコンテンツ流通プラットフォーム事業を展開。2013 年に東証マザーズ上場、16 年にパレスサイドビルに移転、東証1 部に市場変更。17年業界1位の出版デジタル機構を買収、1位に躍り出る。第19回企業家賞受賞。