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寄稿コラム

Vol.39 東南アジア、スーパーアプリ戦争新段階へーエアアジアも参入、ネット業界は合従連衡へ

コロナ禍の東南アジアで「スーパーアプリ」戦争が新たなステージに突入している。「スーパーアプリ」はタクシー配車、食事の配達、ネット通販、航空券・ホテルの予約などあらゆるサービスを決済も含めてワンストップでできるようにしたアプリ。以前はタクシー配車のスタートアップ2社がシェア争いをしていたが、ネット通販の会社が攻め込んできた。そしてマレーシアの格安航空会社エアアジア・グループまでもが参戦し、三つ巴の戦いはより複雑になってきた。アジアのネット業界は本格な合従連衡時代を迎えようとしている。

 「これは業界を揺るがす、とてつもない長期的な戦略的提携だ」。

 エアアジア・グループのトニー・フェルナンデスCEOはインドネシアのゴジェックのタイ事業買収についてこう語る。ゴジェックがタイで展開していたタクシー配車、フードデリバリー、そして電子マネーによる決済の3つのサービスを、エアアジアのデジタル部門エアアジア・デジタルが買い取り、8月以降は「エアアジア・スーパー・アップ」として展開する。エアアジアはタイで成功すれば「ASEAN全体に事業を広げていく」考えだ。

 ゴジェックはエアアジア・スーパー・アップの株式5%を取得する一方、これまでタイに割いていた経営資源をベトナム、シンガポールに振り向ける。長期的な提携とはエアアジアがマレーシア、タイを、ゴジェックがインドネシア、ベトナム、シンガポールの市場開拓をすることで住み分け、将来は一体化することも視野に入れているという意味とも受け取れる。航空輸送を基盤とするエアアジアと、バイクやタクシーなど陸上輸送を得意とするゴジェックの組み合わせは、ASEANの地域バランスを考えても理想的な組み合わせと言える。

 エアアジアは1993年創業で、ネットを通じて航空券を消費者に直接販売する、機体の待機時間を極力減らすなどの工夫で生産性を高め、インドから豪州、日本までアジアの空に格安航空(LLC)革命をもたらした。2004年にクアラルンプール証券取引所に上場し、事業は順調に拡大するかと思われたが、コロナ禍で旅客需要が蒸発。2020年の旅客数は前年比4分の1に落ち込み、通年の赤字額は51億リンギ(約1350億円)に達した。2021年に入っても四半期ごとに200億円規模の赤字を垂れ流している。エアアジア・ジャパンが21年2月に破産手続きを開始するなど、グループ全体が壊滅的な打撃を受けている。

 どこの航空会社も破綻、あるいは破綻一歩手前という状態だが、エアアジアの救いは航空券の購入やホテルの予約などのサービスをネットで提供するデジタル部門に強みがあったことだろう。エアアジア・スーパー・アップの評価額は10億ドルに上ると同社は主張しており、フェルナンデスCEOはデジタル部門を特別買収目的会社(SPAC)との合併を通じて米国市場に上場させて3億ドルを調達することを計画中とされる。エアアジア本体の株価はピーク時の4分の1ほどに落ち込んでおり、その時価総額は7.5億ドルほどしかない。デジタル部門を切り出せば、投資マネーを再び呼び込めると考えているようだ。

 エアアジア・デジタルは2020年9月、エアアジアの投資部門レッドビート・ベンチャーズを改組して設立された。旅行、ネット通販、金融サービスなどライフスタイル関連のプラットフォームを提供するエアアジア・スーパー・アップ、電子商取引関連の物流会社テレポート、電子マネー型決済サービスを提供するビッグペイなどで構成する。20年10月には同社のサイト「エアアジア・ドット・コム」を旅行、Eコマース、フィンテックの3つを柱とする「スーパーアプリ」に転換すると宣言。マレーシアでは「15を超えるさまざまな航空会社以外の製品とライフスタイルサービスを確立することに成功した」としている。フードデリバリーなどもこの中に含まれる。フィンテックでは電子マネー「ビッグペイ」をQR コード決済に対応させ、リアル店舗でも使えるようにする方針だ。

 スーパーアプリは中国で発展したビジネスモデルで、中国ではE コマースから発展したアリババ・グループ、ソーシャルメディア(SNS)から出てきた騰訊控股(テンセント)が代表例。ともに「アリペイ」と「ウィーチャットペイ」という決済アプリを普及させ、決済インフラの上に様々なサービスを構築した。ネット先進国の米国ではネット通販はアマゾン、配車サービスはウーバー・テクノロジーズ、フードデリバリーはドアダッシュ、旅行サイトはエクスペディア、決済はペイパルなど、それぞれの領域で大手が独立して存在している。 東南アジアはそれぞれの国の市場が小さく、アマゾンなども英語が通じるシンガポールに進出している程度。そうした中、配車サービスのスタートアップが急成長し、決済サービスも提供する中でスーパーアプリ構築に乗り出した。シンガポールのグラブとインドネシアのゴジェックで、それぞれ「グラブペイ」「ゴーペイ」という決済アプリを利用者に提供し、フードデリバリーや宅配サービスなどを自前で提供する。アリババとテンセントはそれぞれグラブ、ゴジェックに出資という形で支援する。

 グラブ、ゴジェックの2強の前に突然、立ちはだかったのがシンガポールのシーだ。シーはオンラインゲームの開発・配信会社「ガレナ」として09年にスタートしたが、15年に「ショッピー」ブランドでネット通販に参入。ゲームでの収益をネット通販に注入し、東南アジア6カ国と台湾に版図を広げた。17年にニューヨーク証券取引所に上場。10ドル台で低迷していた株価は19年に入ると20ドル、30ドルを超え、コロナ禍の20年にはテック株ブームに乗ってぐんぐん上昇し200ドルを超えた。株高を背景に転換社債や増資で市場から資金を調達し、それをネット通販、そして決済サービスの「ショッピーペイ」、フードデリバリーの「ショッピーフード」に注ぎ込んだ。東南アジアのネット通販サイトでは2020年、訪問者数で2位のアリババ系ラザダ(シンガポール)に倍以上の差を付けて首位となっている。

 シーはゴジェックの本拠地インドネシアでは21年に入ってフードデリバリー市場に参入している。ジャカルタのフードデリバリー「AトゥーZゴー」向けにも「ショッピーペイ」の提供を始めるなど、攻勢をかけている。それに対するゴジェックの答えがタイ事業のエアアジアへの売却と、インドネシアの電子商取引大手トコペディア(ジャカルタ)と事業統合だった。ゴジェックとトコペディアは21年5月、ゴートゥー(GoTo)グループを持株会社として設立し、その下にゴジェック、トコペディア、金融関連のゴートゥー・フィナンシャルを置く形にした。年内にも米国とインドネシアへの二重上場を検討中とされる。統合を通じて顧客基盤を拡大し、国内市場の足固めをする狙いだ。

 コロナ禍では都市封鎖などを通じて配車サービスの需要が激減し、ゴジェックもグラブもフードデリバリー事業で生き延びてきた。インドネシアのフードデリバリー市場はゴジェックとグラブが分け合っていたが、そこに潤沢な資金を持ったシーが乗り込む形となっている。グラブの方は21年4月、米SPAC のアルティメーター・グロース・コーポレーションとの合併・統合を通じて米ナスダックに上場すると発表した。合併でアルティメーターが持つキャッシュなど45億ドルを入手するとともに、一般投資家からの資金調達の道を開き、シーと同じ土俵に立ちたい考えだ。ただし上場後の株価が思ったように高値を維持できるかどうかは保証されていない。

 グーグル、テマセクなどが21年6月に公表した「eConomy SEA 2020 Report 」によれば、東南アジア6カ国のデジタル経済の規模は25年には19年の3倍の3090億ドルとなり、その内訳は最も大きいのがネット通販の1720億ドル、旅行が600億ドルと続き、3位が420億ドルの配車・フードデリバリーとなっている。ネット通販が主戦場であり、首位固めする「ショッピー」のシーはほかのビジネスに展開するにはいいポジションにあるといえる。コロナ禍で落ち込んだ旅行も今後盛り返す見通しであり、エアアジアがここを足がかりにスーパーアプリ化するのも不可能ではないだろう。ネット通販ではアリババ系のラザダ、フードデリバリーでは独デリバリーヒーロー系のフードパンダ(シンガポール)もアジアでの存在感は大きい。決済サービスでは銀行や通信会社系の拡大も予想され、今後、デジタル経済を巡る合従連衡、グループ化は加速すると思われる。


Profile 梅上零史(うめがみ・れいじ)
大手新聞社の元記者。「アジア」「ハイテク」「ハイタッチ」をテーマに、日本を含むアジアのネット企業の最新の動き、各国のハイテク産業振興策、娯楽ビジネスの動向などを追いかけている。最近は金融やマクロ経済にも関心を広げ、株式、為替、国債などマーケットの動きもウォッチしている。

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