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【GLOBAL WATCH】

寄稿コラム

Vol.37 コロナ禍の米国でSPAC上場ブーム EV を中心に成長産業に資金流入

米国でSPAC(特別目的買収会社)と呼ばれる実態のない企業との合併を通じて、スタートアップが上場するケースが相次いでいる。特に目立つのが電気自動車(EV)などモビリティ関連のビジネスだ。完成車から電地、充電スタンド、さらには空飛ぶ自動車へと幅広い分野の企業が公開企業に転じ、一般投資家に投資の門戸を開いている。モビリティ・インフラを刷新するには巨額の資金と時間が必要だが、コロナ禍で行き場を失った余剰マネーが格好の投資テーマを見つけた形だ。しかしSPACバブルを懸念する声も出ており、今後の行方が注目される。

 2021年3月24日、電気バス・スタートアップでユニコーンの英アライバル(ロンドン)が米ナスダック市場に上場した。すでに上場していた米CIIGマージャーコーポレーションと合併することで上場を実現した。CIIGは米国のプロ経営者、ピーター・クーネオ氏が設立したSPACで、具体的な事業をしていない「ブランクチェック・カンパニー(白紙小切手企業)」だ。クーネオ氏は経営破たんした米コミック界の雄、マーベル・エンターテインメントを社長兼CEOとして立て直し、ウォルト・ディズニーに売却した実績がある。CIIGは「テクノロジー、メディア、テレコム」関連の企業の統合、買収、資産購入の実施をうたい、19年12月にナスダックに上場した。クーネオ氏への信用だけで2億6000万ドルを市場から集めた。

 アライバルは電気バスや配送用バンの開発・製造会社で、ジョージア出身のデニス・スヴェルドロフ氏が15年にロンドンで創業した。スヴェルドロフ氏は通信事業者ヨタをロシアで創業し、同社を売却した資金でアライバルを立ち上げた。アライバルはバスを21年10~12月、バンを22年後半に投入する予定で、まだ製造・販売の実績はない。英国バイチェスター、米サウスカロライナ州ロックヒル、ノースカロライナ州シャーロットの3カ所での製造を発表。米UPS から1万台の発注も得ているとしている。同社は20年1月、韓国の現代自動車、起亜自動車から資金を調達し、評価額30億ドル超のユニコーンとして突然浮上。約1年で上場企業となり、上場と同時に資産運用大手のブラックロック、フィデリティ、ウェリントン、BNPパリバから私募増資(PIPE)で4億ドルを集めている。
 
 SPACを活用した上場はルシード・モーターズ(カリフォルニア州ニューアーク)、ファラデー・フューチャー(ロサンゼルス)なども発表している。ルシード・モーターズは高級セダンの電気自動車メーカーで、テスラのライバルとなる。SPACのチャーチルヒル・キャピタル・コーポレーションⅣとの合併を21年2月に発表し、その後、ブラックロックなどからのPIPEで25億ドルを調達した。評価額は250億ドルを超え、アライバルの時価総額の2倍以上だ。21年中に高級セダン「ルシード・エアー」を投入する計画。中国人ビジネスマンの賈躍亭氏が設立したファラデーもSPACのプロパティー・ソリューションズ・アクイジションと合併してナスダックに上場することを21年1月に発表している。創業者が自己破産するなど何かと問題を抱えたファラデーだが、高級セダンの電気自動車「FF91」の投入で、テスラと競合する市場を狙う。中国の浙江吉利控股集団もファラデーへの投資を検討中だ。

 SPAC上場は通常のIPO(新規株式公開)にまつわる複雑で時間のかかるプロセスを省略でき、スタートアップが最適なタイミングで迅速に公開企業になれるのが特徴だ。IPOなら証券会社や証券取引所などの審査も時間がかかり、一般投資家に向けた会社説明会なども開催しなければならない。証券会社に高額の手数料も支払う必要がある。SPAC上場ならSPAC経営陣とその株主が合併に納得すればよい。

 SPAC というアイデアは1980年代からあるが、詐欺など不正の温床とみなされ、「裏口上場」としてあまり好印象を投資家に与えてこなかった。米証券取引委員会(SEC)は1992年に規制を強化して、調達資金の預託義務化や上場から合併対象企業の選定までの期間の設定など、SPAC上場のルールを整備してきた。そして2020年、コロナウィルスのパンデミック(世界的な流行)が起き、行き場を失った余剰投資マネーが発生。EVのように設備集約型で投資回収まで時間がかかる産業に、SPACは余剰マネーへのアクセス機会を与えた。

 EV業界におけるSPACによる株式公開ブームは20年から始まっている。先陣を切ったのはニコラ・モーター(アリゾナ州フェニックス)だ。20年6月、ニコラはベクトIQアクイジションと合併しナスダックに上場した。ベクトIQはゼネラル・モーターズ(GM)副会長などを務めたスティーブ・ガースキー氏が設立し、ガースキー氏ら経営チームの信用だけで2億3000万ドルを市場から調達した。ニコラはトレバー・ミルトン氏が2015年に設立した電動トラックメーカー。ミルトン氏は圧縮天然ガスボンベ製造会社を設立し、同社を売却して得た資金でニコラを立ち上げた。水素を燃料とする燃料電池で走るトラックを開発している。

 ニコラを皮切りにEVメーカーのSPAC上場が相次いだ(表参照)。SPAC上場はEV完成車だけではない。最重要部品である電池、充電ステーション、さらに電気自動車と同じく未来の自動車産業を形作ると見られている自動運転関連も対象となった。自動運転では道路状況などを把握する自動車の「目」が重要になり、その目の役割を果たすのが屋根の上に搭載される「LiDAR(ライダー)」と呼ばれる部品だ。21年に入り、電気の力で飛ぶ「空飛ぶ自動車」(垂直離着陸機)にも資金が流入している。

IPO2.0

 SPACそのもののブームに火をつけたのはベンチャーキャピタル(VC)のソーシャルキャピタル創業者兼CEO のチャマス・パリハピティヤ氏だ。スリランカ生まれでカナダに移住しウォータールー大学を卒業。AOL、フェイスブックの幹部を経て、15年に独立した。英VCのヘドソフィアのトップ、イアン・オズボーン氏とともに、SPACのソーシャルキャピタル・へドソフィアを17年に設立。同社を17年9月にニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場させて6億ドルを調達した。そしてヴァージン・グループの創業者リチャード・ブランソン氏の宇宙旅行会社ヴァージン・ギャラクティックとの合併を19年10月に実現した。コロナ禍が米国を襲う前で、この成功がニコラなどEV系スタートアップのSPAC 上場につながった。パリハピティヤ氏はSPAC上場を新しい上場の波という意味で「IPO2.0」と呼んでいる。

 株式市場ではEV 関連銘柄が百花繚乱。SPACはこうした成長産業を形成するスタートアップに一般投資家が資金を注ぎ込む門戸を開いた。これまでスタートアップ投資はVC やプライベートエクイティ(PE)が独占してきた。スタートアップの世界では投資先が破綻するのはそれほど珍しいことではなく、VCなどはある程度の失敗を織り込んで投資を実行している。しかし果たして個人投資家は破綻リスクへの心の備えができているだろうか。実際、SPAC投資にはバブル破綻の匂いが立ち込め始めている。

 テスラの株暴騰とともにニコラ株も一時80ドルにまで跳ね上がったが、20年7月末には30ドルにまで下落。20年9月にはカラ売りを専門とする投資会社ヒンデンブルグ・リサーチがニコラが虚偽情報により投資家を欺いているとのレポートをまとめ、米証券取引委員会も調査に乗り出し、株価はさらに下落。創業者ミルトン氏は会長辞任に追い込まれ、ガースキー氏が会長に就任した。ニコラの信用を支えたのは20年9月に発表したGMとの資本・業務提携だったが、それも12月にGMが見直しを発表した。21年3月末時点では株価は14ドル程度に低迷している。

 ハイリオン、フィスカー、ローズタウン・モーターズなども一時は株価は上がったが、直近では低迷している。SECのポール・マンター会計主任代理は3月31日、「SPACと合併する企業の財務報告と監査に関する考慮事項」との見解を公表。対象企業が公開企業になるために明確かつ理解可能な計画を持っているかなど、様々なリスクについて市場関係者が今一度考慮するように求めている。

Profile 梅上零史(うめがみ・れいじ)
大手新聞社の元記者。「アジア」「ハイテク」「ハイタッチ」をテーマに、日本を含むアジアのネット企業の最新の動き、各国のハイテク産業振興策、娯楽ビジネスの動向などを追いかけている。最近は金融やマクロ経済にも関心を広げ、株式、為替、国債などマーケットの動きもウォッチしている。

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