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【緑の地平】

寄稿コラム

Vol.58 コロナを奇禍に「医療大国」目指せ

医療崩壊の危機

 新型コロナウイルスの脅威が急速に拡大、感染者数、重症患者数,死亡者数が急増、「医療崩壊が始まった」と、医療従事者が悲痛な叫びを挙げている。

 菅義偉首相は1月7日、新型コロナ感染拡大を受け、東京都と神奈川、埼玉、千葉の3 県に緊急事態宣言を発令した。期間は8日から2月7日までの一ヶ月間。宣言を受けて1 都3 県の知事は同日午後8 時以降の住民の外出と飲食店の営業自粛を求めた。通勤の7 割削減も企業などに要請した。13日には大阪、兵庫、京都、愛知、岐阜、福岡、栃木の7 府県にも同様の緊急事態宣言を発令した。期間は14 日から2月7日まで。合わせて11都府県に広がった。さらに政府は翌週22 日、新型コロナウイルス感染症対応の特別措置法や感染症法などの改正案を閣議決定し、国会に提出した。後手、後手に終始した政府のコロナ対策に国民は呆れ、世論調査で見る菅首相の支持率は急落している。

 なんでこんな事態に追い込まれてしまったのだろうか。

 一言でいえば、コロナウイルスに代表される感染症の基礎知識,科学的知見が国を動かす政治家、官僚ばかりか、多くの国民にも不足していたことが指摘できるだろう。特に今度のコロナウイルスの特徴として、若者は感染しても軽症で済み、高齢者や持病持ちは重症化、死亡につながるという極端な違いがある。当然、若者の中には、「なぜ、高齢者や持病持ちのため、自分たちが犠牲にならなければならないのか」と反発し、飲み会やカラオケ、ライブ、集団旅行などに出かける輩も目立った。その中に、一人でも無症状の感染者がいれば、あっという間にクラスター(集団感染者)が発生し、さらに彼らと関連を持つ多くの濃密接触者に感染が広がり、次々と感染の連鎖が拡大していく。

「 GoToキャンペーン」は最悪のシナリオだった


 感染症の基礎知識が不足しているため、「コロナ対策と経済対策」の両立を目指し、政府が昨年秋に打ち出した「GoToキャンペーン」による旅行や飲食奨励策が人の移動を加速させ、コロナウイルスを全国各地にまき散らしてしまった。深刻な感染「第3 波」の広がりには政府の判断ミスが背景にあった。

 今、最も必要なことは感染症に対する科学的知見に基づいた抜本的な対策の実行だ。これ抜きでコロナ感染の猛威を防ぐことは難しい。

 昨年11 月の米大統領選挙でトランプ大統領が負けた最大の原因は、医療専門家の忠告を無視し、コロナ対策を軽視したことが挙げられる。その結果、感染者数、死亡数で世界最多の記録を積み上げ、敗北を招いた。

 政府が「コロナ対策と経済対策」の両立を打ち出したとき、そんな都合のよい対策などあり得ないと思った医療専門家や経済アナリストは少なくなかったと思う。コロナウイルスは人と人との接触、人の移動に伴って拡散することが感染症の歴史を知る医療専門家や経済史家の間では常識だったからである。

 その点から言えば、「GoToキャンペーン」は感染者を増やすだけの最悪のシナリオだったと言わざるを得ない。

 それではどうすれば良かったのだろうか。戦後の日本を振り返ると一つ参考になるヒントがある。石炭・鉄鋼の傾斜生産である。戦後最初の経済白書は昭和22年(1947年)に発表されたが、その中で「国家も赤字、企業も赤字、家計も赤字」と発表した。戦争で廃墟と化した当時の絶望的な日本の姿を見事に説明している。その廃墟の中から日本を立ち直らせる原動力になったのが石炭・鉄鋼の傾斜生産方式だった。あれもこれもではなく、限られた資金、資材、人材を石炭と鉄鋼に集中的に投資し、生産を拡大させることで経済を再建させたのである。この方式を傾斜生産方式と呼んでいる。

医療分野へ集中的にヒト、モノ、カネ、情報を投入せよ


 今回のコロナ対策で最も必要なことは崩壊寸前の医療分野への大胆なテコ入れである。医療分野に集中的、傾斜的に資金、資材、人材を投入することで医療分野を立て直し、さらに一歩進めて日本を世界に冠たる医療大国に脱皮させることだ。

 病院不足、医師・看護師不足を短期間で解消する、縦割りの専門分野で独立している各種医療機関を横につなげ情報交換、相互協力体制を強化させる、PCR検査はいつでもどこでも受けられるようにする、コロナ対策に必要な医薬品やワクチンの開発、さらに関連する医療機器開発などの分野にも大量の資金を投入する、オンライン診療や在宅医療などの拡充も大切だ。医療分野が充実してくれば、無症状患者の早期発見、入院患者の早期回復、退院、効果の大きいワクチン開発と接種が全国民に広がり、集団免疫が形成されるようになれば、コロナの脅威を軽減させ、コロナ禍からの脱出も容易になるだろう。

 日本や欧米などの成熟社会の産業構造を見ると、第三次産業のGDP 比率が7割を超えている。その中心を占めるサービス産業の中には、小売り、旅行、飲食、スポーツ、ライブ、様々な娯楽に代表されるように三密、人口移動などコロナ感染につながる業種が集中している。コロナ感染が欧米で深刻化したのはこの産業構造にも原因がある。「GoToトラベル」を利用して、沖縄に出かけた友人が、「飛行機満員、ホテル満員、ホテルレストランの朝食時の若者の大騒ぎ」に辟易し、これではコロナ感染を拡大させるだけだと嘆いていた。

 政府が「コロナ対策と経済対策(GoToキャンペーン)」の両立という矛盾する二つの目標を掲げて取り組んだことが、結果として深刻なコロナ感染第3 波を招いてしまったことを肝に銘ずべきだ。

新しい発展パターンのモデルを創ろう


 この際、あれやこれやではなく、国家百年の計として、世界に冠たる医療大国の構築を掲げ、一点集中主義で医療分野の強化を図るべきである。医療分野の拡充・強化が実現すれば他産業への波及効果も大きくなる。例えば、治療のための医療機器を動かすために必要な電力を脱炭素に必要な太陽光や風力などの再生可能エネルギーに切り換える、そのためには丈夫で容量の大きい送電網の建設、電気を貯める大型の蓄電池も必要だ。洋上風力発電は2 万を超える様々な部品で構成されている。デジタル関連技術を駆使するために様々なタイプの半導体の生産も必要だ。それが関連する産業の需要を誘発し、活力を引き出す。

 こうして医療大国構築に必要な様々な産業群を積極的に育て、ネットワークを駆使して結束、協力、成長する新しい経済発展パターンを構築すれば、今回打撃を受けた一連のサービス産業の復活も可能になる。


profile 三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25 版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4 版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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