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【緑の地平】

寄稿コラム

Vol.59 新エネルギー計画、入り交じる期待と不安

「2050年炭素ゼロ」のロードマップ


 菅義偉首相の看板政策、「2050年炭素ゼロ(カーボンニュートラル)」政策に呼応して多くの地方自治体、企業さらに大学などの教育機関が相次ぎ、「50年炭素ゼロ」を打ち出している。この数年、CO2を中心とする温室効果ガス(GHG)の排出削減の取り組みで欧州勢に周回遅れとなり「温暖化対策後進国」という不名誉なレッテルを貼られてきた。それだけに、菅宣言は温暖化対策に取り組んできた様々なNPO、NGOの間で「ようやく日本も後ろ指を指されない国に戻れる」と期待する声が聞かれるようになった。

 「50 年炭素ゼロ」のスローガンは日本の進むべき道をはっきり示した点で評価できるが、その実現のためのステップに目を転ずると、不安材料が山積している。政府は国のエネルギー政策を決める「エネルギー基本計画」を3 年ごとに改定している。現行の基本計画(第5次)は18年7月に作成,閣議決定されたため、それから3 年後の今年(2021年)が新エネルギー基本計画(第6次)の作成年になる。

 新エネ計画の改定を検討するのは経済産業省の審議会だ。審議会は今年に入り本格的な検討を開始したが最大の焦点は日本の電源構成をどう変えるかである。

 第5次計画では2030 年度の電源構成を決めるに当たって、30年度の温室効果ガスの排出量を13年度比で26%削減を前提に、再生可能エネルギーの割合を22~24%、原子力20~22%、石炭26%などとしている。最新の実績、2019年度は再エネ、18.0%、原子力6.2%、石炭31.9%だった。実績に比べ、30年度は原発比率が大幅に上昇、再エネは微増、石炭は約6%減となっている。

 第5次計画では30 年度の電源構成を決めればよかったが、第6次は30年度の他に40 年、50 年の構成、さらにその達成のための細かなロードマップも作成しなければならない。

石炭火力の大幅削減が必要だが・・・

 「50 年炭素ゼロ」を実現するためには、30年度の温室効果ガスの排出量を50%以上削減する必要があるし、40年は80%以上削減しなければ50年ゼロの達成は難しくなる。そのためには石炭や天然ガスなどの化石燃料比率を大幅に引き下げ、逆に再エネ比率を大幅に引き上げることが必要になる。

 最大のカギは石炭火力発電の大幅削減ができるかどうかだが、この点については多くの環境NGO から疑問が投げかけられている。昨年12月には北海道釧路市で新たな石炭火力(出力11.2万KW=キロワット)が稼働した。神奈川県横須賀市では2基の石炭火力(65万KW が2基)が23年、24 年に相次ぎ稼働する予定だ。2基が本格的に稼働すると、年間のCO2 排出量は726万トンに達し、横須賀市の年間排出量の約3.8倍に達してしまう。環境NPO の気候ネットワークは3月13日付け朝日新聞朝刊に「CO2を増やす新規の石炭火力発電所はいりません。」と意見広告を出し、警告している。

 2基の火力発電は、株式会社JERAが進めているが、同社は東京電力と中部電力が折半出資の会社で、両電力会社の石炭火力分野を中心に統合管理する目的で設立された。新たに稼働する石炭火力についてはCO2の回収・貯留・再利用を可能にするCCUS付きの最新技術を導入しているとされているが、過度な技術革新依存に懸念を表明する専門家も少なくない。

 さらに2基の建設は菅宣言以前から進められており、宣言当時にはすでに完成に近い状態だったため、建設中止に踏み切れなかったとの事情もあるようだ。それならば稼働はやむをえないとしても、50年までに段階的に縮小、廃止するための計画を明示すべきだろう。

計画作成委員は原発信奉者が多数派


 さらに原発比率をどうするかという悩ましい問題もある。地震・火山列島の日本では原発の新増設はリスクが大き過ぎる。

 原発は発電段階でCO2を発生させないため、パリ協定でもクリーンエネルギーとして受け入れているが、地震・火山列島の日本では災害時の被害が甚大だ。東電・福島原発事故後10年過ぎたが、放射能被害の傷跡は大きく、放射性物質を含む汚染水の処理、核のゴミ(高レベル放射性廃棄物)の取り扱いもままならない。しかも多くの地震学者が「今後30 年以内の大地震発生」を予見している現状で、原発の新・増設はリスクが大き過ぎる。

 第6次基本計画が第5次の延長線上にないことは明らかである。全く新しい発想で計画を作成しなければならないが、計画作成にあたる審議会の有識者会議の委員は、第5次作成時の委員が大半であり、原発信奉者、原発やむなし論者が主流を占めている。福島原発事故以後、反原発の国民的うねりの中で息をひそめていたが、「50年ゼロ」宣言で息を吹き返してきた。石炭火力発電の削減を埋めるのは、再エネではなく「原発」しかないと考える向きが多い。

 経産省は1 月27 日開かれた有識者会議に2050年の総発電量に占める各電源の割合(電源構成)について6つの具体案を示した。再生可能エネルギーを100%にする案や原発を20%にする案もある。経産省は昨年12月に、再エネ「5~6割」、CCUS付きの火力発電と原発を合わせて「3~4割」、水素とアンモニアによる発電を「1割」とする案を参考値として示したが、委員の中から複数案を求める意見が出たため、あらためて計6案を公表した。

COP26 の開催がタイムリミット

 第6次基本計画は、この6案を参考に30年度の電源構成を決めることになるが、どの案を参考にするかはこれからである。環境NGOの中には、有識者会議の委員に再エネ派が少ないと指摘し、原発復権を心配する声もある。

 これまでの場合は、新計画は夏までに作成作業を終え、閣議決定する段取りだったが、今回は50 年までの詳細なロードマップが必要なため、秋以降にずれ込むかも知れない。

 タイムリミットは、11月1日から12日までイギリス・グラスゴーで開かれるCOP26(国連気候変動枠組条約第26 回締約国会議)だ。日本はその場で、小泉進次郎環境大臣が「50年炭素ゼロ」を説明する方針をCOP事務局に伝えている。

 新エネルギー基本計画がどのような姿になるか、日本だけではなく国際社会も期待と不安を交えて見守っている。


profile 三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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