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【創刊から25年間を振り返る】

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ファーストリテイリング 会長兼社長 柳井 正

ファーストリテイリング 会長兼社長 柳井 正

 2021年10月14 日ファーストリテイリングは8月期の連結決算を発表。売上収益は2兆1329億円、連結純利益は過去最高を達成、コロナ禍からの復活を示した。総帥の柳井正は「ビジネスや商品を通じて社会を良くしていく。それを表現したのがLifeWear。今後、グローバル展開を一段と加速させ、事業を通じてより良い世界をつくっていく」と語った。奇しくも10年前の2011年10月14日、ニューヨーク5番街に世界最大のユニクロをオープン、グローバルワン戦略ののろしを挙げた。今のLifeWear に繋がる『究極の服』を発信。ユニクロ世界戦略のステージを整えた。柳井はいかなる戦略で世界一を達成しようとしていたのか。10年前に遡ってみたい。(文中敬称略)

 

 ユニクロN.Y.5番街店からグローバルワンを目指す

 

 アメリカというよりは世界の発信基地ニューヨーク5番街。米国経済は低迷ぎみだが、この街は常にエキサイティング、歩く人の顔は明るい。2011年10月14日、5番街でも最高の立地、53丁目の角にユニクロのグローバル旗艦店ニューヨーク5番街店がオープンした。ニューヨーク近代美術館の隣、周りにはティファニー、ルイ・ヴィトン、エルメスなど世界最高のファッションブランド店が立ち並ぶ、5番街でもこれ以上なしといわれるほどの一等地だ。

 

 オープン当日、開店は正午だというのに、朝から2000人もの客が詰めかけ、行列をつくった。正午少し前、店舗前の特設ステージではオープニングセレモニーが始まった。柳井正は英語でスピーチ。「世界最高の場所に世界最良のユニクロをオープンした。ここは世界に向けてのショーケース。ここから世界に向けてユニクロを発信したい」。

 

 常に沈着冷静な柳井だが、この時ばかりは最高の笑顔を見せた。

 

 ステージにはブルーミングデール市長も駆けつけ、ユニクロ5番街店オープンを祝った。そして1200人も雇用を創出したことに感謝の意を述べた。正午きっかりに店はオープンした。

 

 入口では5番街店の店長に就任した若きエース日下正信が客を出迎える。2000人の列が次々と店内に吸い込まれていく。どの顔もユニクロが提案する新しい店舗に興奮気味だ。客は、ど真ん中にそびえる3階直通の巨大なエスカレーターに圧倒される。

 

 3階まで吹き抜けになった広い空間、一枚一枚の商品が創り出す色のグラデーション、圧倒的なスケール感に驚く。店内に設置された無数のデジタルサイネージからはさまざまな映像が発信される。とにかくオシャレでカッコいい店なのである。

 

 世界最高の店をつくる

 

 1400坪という世界最大の旗艦店となるこの店の店舗デザインのクリエイターを務めたのは、ワンダーウオールの片山正通である。柳井から、世界最高の立地、世界最高の店をつくって欲しいとの依頼があった。

 

 その片山渾身の作品が出来上がった。空港の国際ターミナルをイメージしたという店内は、解放的で明るく居心地がよい。店に入るとすぐ目を惹くのは、1階から一気にお客様を3階へといざなう巨大エスカレーターである。

 

 1階、2階ともに約100坪で3階が1100坪というスペース。いかに3階の売り場にお客を上げるかが勝負だったと片山。柳井に2階の床を抜いて巨大エスカレーターを取り付けることを提案すると、柳井はすぐさま了解した。そして一階のど真ん中にエスカレーターという画期的な店舗が出来上がった。

 

 アメリカンドリーム

 

 「小売業をやっている人にとってはニューヨークの5番街、しかもこれ以上ないという最高の立地に店を出店することは夢、最高にうれしい。たとえ破格の賃料でもそこにチャレンジしなければグローバルなプレイヤーにはなれない」。

 

 オープニング前日の前夜祭で、多くの記者団を前に柳井は満面の笑みを浮かべて語った「アメリカンドリーム!」

 

 「海外はチャンスに満ちている。日本だけに留まっていたら自滅する。ここには世界各国からチャンスを求めて参加している。このグローバル競争に参加しなければ明日はない」

 

 この最高の立地をどうやって手にしたのか。元は米国アパレルの象徴ともいわれる「ブルックスブラザーズ」が入っていたスペースだ。最高の立地なら賃料も最高だ。15年間で総額3億ドルというとてつもない高額だ。

 

 しかし柳井はこの場所にこだわった。グローバルワン戦略を世界に宣言するには、このステージが不可欠だったのだ。どうせやるならど真ん中。「世界最高の場所に世界最高の店舗が完成した」 柳井は何度も語った。ここは柳井が目指すグローバルワン戦略の旗印としての存在なのだ。

 

 それは5番街に既に店舗を構える「H&M」や「ZARA」、そして「GAP」に対する宣戦布告といって過言ではない。柳井は2006年、ユニクロソーホー店を出店したあと、5番街を狙っていた。5年間待ってようやくこのステージを手に入れたのだ。

 

 「不動産的なことだけでなく、1400坪という最大の店舗を運営するためのオペレーションを完成させるには5年を要した」と語るのは、堂前宣夫である。

 

 世界のユニクロを発信するステージ

 

 この世界のショーケース出店に賭けるプロジェクトチームの仕事はすごい。全体のディレクションを任されたのは今回も佐藤可士和である。佐藤は5番街店オープンに当たり、数か月前から、現地でのユニクロブランディング活動を実施した。実際、地下鉄、バス、タクシー、そして市内のいたるところにユニクロのロゴを掲示。街ごとジャックした。店舗近くの街角ではいたるところで、ユニクロ5番街店オープンのティッシュやチラシが配られた。「極めて日本的ですが、効果がある」と佐藤。ユニクロの名を広く認知させることに成功した。

 

 実際、オープニングには多くのニューヨーカーが店の前で立ち止まり、2000人が列をつくった。そして多くのテレビ番組に取り挙げられ、ユニクロの名が全米に知れ渡った。

 

 この5番街店には、日本の最先端のテクノロジーを駆使したデジタルサイネージを400数か所に設置した。これまで見たことのない情報発信型の店舗となっている。

 

 ユニクロの商品が壁に沿って高く積み重ねられ、美しい色のグラデーションが圧倒的なスケール感で客の目を奪う。ここでは商品そのものが主役となっており、Tシャツ一枚一枚を丁寧に畳んだディスプレイが生きる。こうしたキメ細かな店づくりはまさに日本的でユニクロの真骨頂といえる。店舗だけでない、スタッフ一人ひとりの笑顔がユニクロのブランドづくりの最大の武器となっている。

 

 2020年5兆円企業を目指す

 

 N.Y.5 番街店出店に先立ち、ファーストリテイリングは2011年9月、2012年8月期の事業戦略説明会を開催した。会場にはマスコミは勿論、全国のユニクロ店長をはじめ約3000名が集まった。

 

 ステージに登壇した柳井は「世界一のアパレル企業になる」と宣言し、2020年に売上高5兆円、経常利益1兆円企業を目指すと語った。

 

 これを実現するのは容易ではない。毎年5000億円の売上を積み増さねばならない。そのためには売上高20億円規模の店舗を毎年300店舗出店。特にアジアを成長センターと位置付け、世界中へ年間200~300店舗を大量出店するなどの体制を整えると語った。

 

 さらに東京、ニューヨーク、パリ、上海、シンガポールに地域本部をつくり、生産拠点もグローバル化し、東南アジアに生産地を開拓。2020年には年間50億点の生産体制を整えると語った。

 

 そのための人材育成は欠かせない。毎年1500名のグローバル店長候補を採用し、育成するという。夢のような話だが、夢ではない。既に11月には韓国ソウルに巨大な店舗を出店、2012年3月には東京にグローパル旗艦店を出店すると発表した。まさに有言実行、ものすごいスピードで世界戦略を実現しようとしている。

 

 5兆円企業の武器『究極の服』づくり

 

 さらに柳井はユニクロの新プロジェクトとなる「ユニクロ イノベーション プロジェクト」を発表した。

 

 その狙いについて柳井は「ユニクロが世界の服のインフラになることが究極の目標。このプロジェクトが考えるのは、進化する究極の普段着。10年を目処にこの『究極の服』を導入していくと宣言した。

 

 プロジェクトのクリエイティブディレクターは佐藤可士和が務める。デザインディレクターに滝沢直己を、スタイリストにはニコラ・フォルミケッティ、コピーライターには前田知巳を起用した。

 

 このプロジェクトについて、柳井は「我々の力であり、スピリットそのもの。ユニクロが世界に示す全く新しい服作りへのアプローチ」と語った。画期的な機能性と普遍的なデザイン性を融合し、世界中の人々が着られる『究極の服』を開発するという。

 

 『究極の服』は既にダウンやパーカ、Tシャツやパンツなどの商品として開発されており、主要店舗で販売することになる。当然、N.Y. 5 番街店でもオープンの目玉として発売している。

 

 ユニクロのスピリットを世界に示す

 

 ユニクロのスピリットを世界にわかる形で示すには「ことば」で表す必要がある。そこで佐藤はコピーライターとして前田知巳を起用した。前田はファーストリテイリングのブランディング「服を変え 常識を変え 世界を変えていく」をつくったコピーライターである。

 

 柳井を中心にこうしたトップランナーが集まり、議論を重ね、創りだしたのがユニクロの「究極の服」の表現である。究極の服とは何か、このことばはユニクロのあらゆる店、オフィスに掲示され、カードにも記されている。

 

 この「究極の服」だけではない。世界最高の店づくりにもこのユニクロイノベーションチームのメンバーが関わっている。その要が佐藤可士和である。「柳井社長とは美意識、考え方、生き方が似ている」と語る。

 

 世界戦略を実行するに当たり、ユニクロのあるべき姿を提示して欲しいとのミッションを受けた佐藤は、ユニクロの進化に大きな役割を果たしているといえる。

 

 服で世界を変える

 

 「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」はファーストリテイリングのスローガンだが、柳井は常に真剣に取り組んでいる。いい商品だけではお客様に買って頂けない、会社としても本当にいい会社にならなければグローバル企業として生き残れないと柳井。

 

 日本文化=ユニクロと言われるようにならなければならないと語る。グローバルワンをめざし、ストイックなまでに社員を鍛え上げ、全員経営者の発想で突き進めば、日本=ユニクロと言われる日も近いであろう。

 

 未来をつくることが経営者であり、経営者こそがクリエイターであるという柳井は今、日本で最もチャレンジングで最も革新的な経営者、そしてクリエイターといえる。その道のトップクリエイターを結集し、共に未来を創るという手法は、全く新しい経営手法ともいえる。世界中の人が着られる『究極の服』で世界をどう変えていくのか、柳井正から目が離せない。

 

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