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【創刊から25年間を振り返る】

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エイチ・アイ・エス会長兼社長 澤田秀雄

エイチ・アイ・エス会長兼社長 澤田秀雄

 エイチ・アイ・エスはパンデミック以前の2019年10月期の決算で、連結売上高8000億円越えの過去最高を稼ぎ出していた。旅行事業が好調で念願の売上高1兆円が見えてきた矢先の2020年、新型コロナウイルス感染が世界中に拡大、主力事業である海外旅行の99%が蒸発し奈落の底へ突き落された。しかし、創業者の澤田秀雄は「新しいことに挑戦するチャンスに変える」とチャレンジ精神を失っていない。再生のプロと呼ばれる「澤田マジック」の奥義に迫る。 ( 文中敬称略)

 

 創業以来最大の危機

 

 エイチ・アイ・エスは1980年に創業。大手旅行会社が当時はまだ扱っていなかった海外格安航空券の販売という差別化戦略で成長。自由旅行を好む若年層に圧倒的に支持され、海外旅行分野で最大手に躍り出た。

 

 2019年は創業から節目の40周年ということで、ロゴを一新し、2020年6月にはオフィスも1.5倍に拡張し虎ノ門に移転。主力の旅行事業も好調な上、ホテル事業やエネルギー事業といった新規事業にも進出し、オリンピックイヤーという追い風もあり、澤田が描く「売上高1兆円達成」という目標が現実のものとなるはずだった。

 

 コロナ・パンデミックによる未曽有の世界経済混乱はまさに青天の霹靂であった。中国武漢で新型インフルエンザ感染者が出たというニュースが広がると数週間後には世界中の都市へ拡散していった。グローバル経済の落とし穴というべきだろうか。各国首脳は慌てて入国制限や渡航禁止といった水際対策を打ち出したが後の祭りであった。海外に行くには渡航先と帰国の際に約2週間から1カ月の隔離期間を宿泊施設で過ごさなければならず、ビジネスでの出張はおろか、プライベートで海外旅行に出かけられる雰囲気ではなくなった。

 

 「絶好調から突き落とされ、まるでジェットコースターに乗っているよう。創業から40年経営をしてきて今が最大の危機。初めて大赤字になった。大変だが、何とか生きている」と澤田は創業以来の危機について語る。

 

 オンライン体験ツアーを事業化

 

 現在、HISグループの連結子会社192社を含めると社員は1万6323人にのぼる。コロナ禍で主力の海外旅行事業の売上げが一時的とはいえほぼゼロになってしまった今、どのような対策をしているのだろうか。

 

 「今は新規事業を次々と立ち上げている。社員にアイデアを募集したところ、6000件もの新しい企画が出てきた。その中から優秀なものを絞り込み、事業化している」と澤田はリストラはせずに社員たちにも当事者意識を持ち、この困難に立ち向かうように伝えている。

 

 社員から企画提案があり採用された具体的な事例には、「オンライン体験ツアー」がある。経験豊富な現地ガイドがネットを使ってリアルタイムに観光地やレストラン、お土産屋を案内するもので、2020年4月からサービスを開始し、すでに累計で10万人が体験している人気コンテンツになっている。ユーザーは自宅に居ながら、世界一周旅行やケニア・ナイロビ国立公園のサファリライブツアー、インドの有名占い師によるオンライン占星術まで料金は2000円程で体験できる。実際に旅行に行く前に事前のリサーチが出来てしまうのだ。

 

 「現在は日本国内向けのサービスだが、今後は全世界で展開したい。もしかしたらリアルの旅行業を超える事業になる可能性もある」とオンライン体験ツアーの急速な立ち上がりに澤田は自信を見せる。

 

 新規事業を始めるチャンス

 

 「危機の裏はチャンス。逆境を逆境とするか、裏返してチャンスにするかはやり方次第。私たちはチャンスと考えて行動する」と澤田はピンチの際の心構えについて語る。

 

 リモートワークも積極的に導入が進んでいる。全世界の支店長会議はリモートで行われる。これまで1000人規模で一堂に会してミーティングを開催していたが、「移動せずにリモートで開催できることが分かったことは大きな発見だった」と澤田は言う。

 

 海外旅行がダメなら国内旅行がある。国内のホテルの仕入れに力を入れた今後は、インバウンドが再開したときに優位に働くだろう。コロナに翻弄されるのではなく、コロナを転機と捉え、新しい事業に積極果敢にチャレンジすることで事業にも幅が出てきて、その中から将来的には柱になる事業が育っているかもしれない。ビジネスはやってみなければ分からないのだ。

 

 「夢はあるか。自分で考えて、楽しく仕事が出来ているか。これからの時代を作るHISグループの全スタッフに、今直面する危機が新たな可能性を見出す絶好の機会だと、繰り返し伝えたい。Change & Creat e 挑戦者であれ」

 

 澤田はグループの全従業員に向けて、企業家精神の重要さを投げかけた。



 企業の進化を加速

 

 コロナ禍が起こる以前から澤田は主力の旅行事業と並ぶ第2、第3の事業の柱を育てるべく、多角化に乗り出していた。その筆頭は2010年に経営再建を引き受けたハウステンボス事業である。開園以来18年間赤字続きのテーマパークを僅か1年で黒字化を達成してみせた。その後も国内最大級のLEDを使った光のイルミネーションなど人気イベントを企画し、「テーマパーク事業」はグループ内で安定した収益を上げている。コロナの影響を受ける前の2019年9月期の業績は、入場者数254万人、売上高280億円、営業利益が50億円という数字を残している。

 

 2015年にはハウステンボス内に人ではなくロボットがフロントでチェックイン作業を行い、「滞在時の快適性」と「世界最高水準の生産性」を両立するローコストホテルである「変なホテル」を開業。「変なホテル」とは「奇妙な」という意味ではなく、「変わり続けることを約束する」という意味で名付けられた。2021年10月1日には米国ニューヨークにも新規開業し、現在、7つのブランドで世界4カ国に42軒のホテルを展開している。「ホテル事業」は主力の旅行事業とも親和性があり、「旅行事業」・「テーマパーク事業」に次ぐ第3の柱として期待されている。

 

 さらに2016年には電力自由化に合わせて電力小売り事業も開始し、「エネルギー事業」にも進出している。

 

 義理堅い企業家

 

 面倒見がよく親分の肌の経営者は多いが、澤田ほど義理堅い企業家は他にいないだろう。それを端的に表しているのが、ハウステンボスの経営再建を引き受けた経緯に現れている。

 

 ハウステンボスはオランダの街並みを再現したテーマパークとして1992年に創業。巨額の2200億円を投じて開発されたが、創業以来、赤字経営から脱却できず、2003年に会社更生法を申請。野村グループ傘下で再建にあたっていたが、来場者は増えずお荷物扱いにされていた。資金力のある九州を代表する財界でさえもどこも救いの手を差し伸べられずにいたところ、ベンチャーの雄エイチ・アイ・エスが事業再生に名乗りを上げた。なぜか。

 

 理由は3つあると澤田はいう。1つめは航空会社や銀行、証券会社など本来自分がやらなくてもいいことに首を突っ込んでやり遂げた経験があること。ハスステンボスは難しい案件だと知っていたが関心があった。そこで実際に現場を視察に行くと建物がヨーロッパの雰囲気があり本物だった。

 

 「これを潰してしまうのは勿体ない。ビジネスは簡単ではないから挑戦したくなる」と、澤田のベンチャー精神に炎が灯ったのだ。

 

 2つ目は、エイチ・アイ・エスは観光事業で成長し育ててもらった恩義がある。もし、ハウステンボスがなくなったら九州の観光は大打撃を受けてしまうだろう。再建を通して地元の雇用を守りお恩返しができるならと考えた。

 

 3つ目がユニークである。実はハウステンボスの再建を引き受けてくれないかという支援要請は二回断っていたのだ。役員会にかけても全員反対で、アポイントも丁重にお断りしていた。しかし、三度目は朝一番にアポなしで佐世保市長が入り口で待っており、手紙を受け取ってしまった。「私は人から三回頼まれると断ることが出来ない性格」と笑顔で語る澤田。一番の理由は、「チャレンジ精神」だと言うが、義理堅い澤田の人柄を慕うファンは多い。

 

 本気の覚悟を見せる

 

 しかし、ハウステンボスの再生の道のりは簡単ではなかった。18年間赤字経営続きの園内のあちこちは錆びれ、どこか活気がなかった。澤田は園内のホテルに月の半分は滞在し、住民票も長崎県佐世保市に移すなど本気の覚悟で取り組んだ。

 

 「なぜ、皆さんはここで働いているのですか。お客様を喜ばせたい、感動させたいからではないですか。ハウステンボスを東洋一の観光ビジネス都市にしたい。皆さんと一緒に頑張りましょう」、澤田は就任初日にスタッフを集め、再生への強い想いを語った。

 

 黒字化するために3つの目標を掲げた。1つ目は「掃除の徹底」である。朝礼前に全員で15分間の掃除を徹底した。澤田自ら園内を歩き回り、錆びを見付けると直ぐに補修するように指示した。

 

 2つ目は「明るく元気に仕事をする」。多くの企業を見てきた澤田は、明るい社風の会社が成長することを知っていた。気持ちの良い挨拶は人間関係・商売の基本であろう。

 

 3つ目は「経費の2割削減と売上げ2割増」というものだった。経費削減が出来ない部署はスピードを2割増しでもよしとした。この3つの目標を達成出来たらボーナスを出すと約束した。

 

 ナンバーワンを目指す

 

 客数を増やすために入場料も下げた。夕方からは1000円に下げ、期間限定で無料にもしたが入場者数は増えなかった。魅力あるイベントがなかったからだ。そこで様々なイベントを試みたが失敗の連続であった。その経験から中途半端では効果がないこと、オンリーワン、もしくはナンバーワンでなければ、お客は呼べないことを学んだ。

 

 試行錯誤が続く中、最初に手応えを掴めたのは「100万本のバラ祭」であった。ハウステンボスはシニア客が多く、本来得意であったガーデニングに力を入れたところ反響があったのだ。入場者が増えることで、園内には徐々に活気が戻ってきた。

 

 今ではハウステンボスの代名詞となったLEDライトの「イルミネーション」もナンバーワン戦略から誕生した。世界最大1300万球で彩られた「光の王国」は、イルミネーションアワード・総合エンターテインメント部門で、8年連続(2013~2020年)で第1位に選ばれている。

 

 「経営にマジックはない。常に失敗から学び改善するのみ。この積み重ねしかない」と強調する澤田だが、ハウステンボスの再生は世間をあっと驚かせた。

 

 「これからは宇宙ホテルを作りたい。5年後には旅行業だけなくエネルギー事業、ロボット、ホテル、金融と様々な事業をしている会社に変わっています」と澤田の事業欲は止まることを知らない。

 

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