会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
問 田所さんが2017年に出された「起業の科学」は、現在までに海外4カ国の翻訳版を含め累計で15万部が売れ、ベンチャー起業家のバイブルとなっています。田所さんの経歴について教えてください。
田所 私はこれまでに日本で4社、米国で1社と計5社の起業を体験してきました。10年前にシリコンバレーで起業したときは、それまでの4社とは全く異なるものでした。例えるなら同じスポーツでも野球とサッカーくらいルールが違います。
シリコンバレーでの起業は「スタートアップ型」でした。スタートアップの定義とは、赤字から始まり、あるタイミングから爆発的に儲かるモデルで成長カーブがアルファベットの「J」カーブを描きます。一方の「スモールビジネス」は、既に存在する市場で始め、じわじわと成長していくという違いがあります。スタートアップはそもそも市場が存在するかどうかも分からないところからスタートします。
今になって振り返ると恥ずかしいことですが、私はスタートアップ型の起業でやってはけないことの上位20個を全てやっていたのです。私の1社目の会社は、「企業向け研修」のコンサルティング会社で、 MBAのプログラムを作っていました。ですので、マーケティング戦略やファイナンスなど、ビジネスについて理解している気になっていました。
ある意味ではフル装備で挑んだシリコンバレーでの起業でしたが、いざ始めてみるとどのフレームワークも機能しませんでした。自分の考え方が通用しなかったので、マーケティングや戦略の本を読んでみたのですが、どれも役に立ちませんでした。
問 なるほど、田所さん自身もシリアルアントレプレナー(連続起業家)なのですね。この本を書いた目的・きっかけは何ですか。
田所 分かりやすく例え話にすると、起業したら、まずは美味しいラーメンを作らないといけません。ビジネス書にある様に、美味しいラーメンが出来る前に「人を雇う」とか「店の宣伝」をしても意味がありません。本屋に行けば、実に多くのビジネス書があり、必死になって勉強して悪戦苦闘してビジネスに活かそうとしています。
しかし、「最初においしいラーメンを作ること」といった、もっとも優先すべき重要なことを誰も教えてくれません。そこで、数千万のお金と時間を使ったのにもかかわらず失敗するのはなぜだろうと考えました。
同じ頃、兼務していたベンチャーキャピタルで日本や東南アジア、米国のスタートアップに投資するために定期的に海外出張もして起業家に会っていました。彼らは優秀でパッションもあるのですが、自分と同じようなミスをしていました。
多くの起業家がしてはいけないミスを繰り返してはそのほとんどが2年ほどで消えていきます。その原因は何だろうかと考えたら、プレイブック(教科書)がなかったからだと気付きました。「スタートアップがしてはいけないこと」といった有益な情報は言語化されていましたが、あちこちに散らばっており、どの順番でどの情報から読むべきか体系化されていませんでした。起業家は超多忙なので、それらの情報を収集して読んでいる時間はありません。
私自身も起業家として、またVCで助言を求められる際にこれは一度体系化しないとまずいなと思いました。膨大な情報を処理しきれなくなったのです。そこで2015年に「成功するスタートアップの作り方」というスライドを作り、投資先や関係先に送ると大きな反響がありました。
問 本には「起業の科学」という大変ユニークなタイトルを付けましたね。99%の失敗は防げるそうですね。成功に至るポイントは何でしょうか。
田所 日頃から起業家たちにサービスを通して課題解決をしなさいとアドバイスしているのですが、スタートアップにおけるプレイブックを作ることはとても重要な課題であるにも関わらず、今まで誰もやっていないことだと気付きました。
スタートアップでは実は勝ち筋があるにも関わらず、複雑であるという思い込みやバイアスがかかっていて誰も体系化していませんでした。しかし、私は9割はパターン化出来ると思いました。それは、自ら起業家としての超具体の体験とキャピタリストとして数百社の抽象化のプロセスを行ったり来たりしているなかで知見が溜まっていきました。
スタートアップはサイエンス出来るのではと思い、「起業の科学」とタイトルを付けました。2017年1月31日に1219ページのスライドを発表すると、予想を超える反響がありました。「私にもスライドを送ってほしい」とフェイスブックのメッセンジャーやメールを通じて3日間で6000件になりました。24時間、私の携帯電話が鳴りっぱなしでした。このときにプロダクト・マーケット・フィット(PMF)を体験しました。世の中にまだないサービスで、多くの人の頭に電流が走ったのだと思います。この反響があり、出版社から書籍化しないかと話がありました。
スタートアップの成功と失敗を分けているのは、顧客が熱狂的に欲しがるプロダクト、つまりはPMFを達成しているかどうかにあります。多くは顧客の心を掴む前に無駄な人材や資金を投入し失敗しています。
問 大学では哲学を専攻されていたそうですね。ビジネスとの関係性はいかがでしょうか。
田所 哲学に一番惹かれたのは、その時代の文脈を切り出してアップデートすることです。近代哲学のデカルトの「我思う故に我在り」もそれまでは神様が主体だったのを「疑うことから始まる」と今までになかった視点を切り出しました。このように「知の進化」は哲学を通して行われるのです。
10年前に「リーンスタートアップ」というエポックメーキングな本が出ました。その後のスタートアップに多大な影響を与えました。しかし、リーンスタートアップの後に知の進化が止まっていると感じていました。私は起業において「知の進化」を進めることに情熱を持っています。
95%の起業家が初めての起業であり、有益な情報も点在しており、何からしたらいいのかよく分からないというのが現実なのです。「起業の科学」を読めば、これから起こる課題の全体像が見渡せるので、多くの起業家に読んでいただきたいと思います
Profile 田所雅之 ユニコーンファームCEO 関西学院大学大学経営戦略大学院 客員教授日本で4 社、シリコンバレーで1社起業をした連続起業家。2017年発売以降115週連続でAmazon経営書売上1位になった「起業の科学スタートアップサイエンス」及び「御社の新規事業はなぜ失敗するのか? 企業発イノベーションの科学」「起業大全」の著者。2014年から17年までシリコンバレーのVCのパートナーとしてグローバルの投資を行う。