会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
現状維持路線からの離脱に失敗
経済産業省が7月21日公表した新エネルギー基本計画の原案は、予想されたこととはいえ、現状維持路線の延長線上にあり新味を欠く内容だった。私たち日本人を含め、気候変動リスクを懸念する世界の多くの人に失望を与えかねない。成績表でいえば落第点といえるだろう。
原案の骨子は2030年度の電源構成の目標として、総発電量のうち①再生可能エネルギーで36~38%、②原子力で20~22%、③石炭火力19%などとなっている。現行の基本計画では再エネ比率が22~24%なので10%以上引き上げたこと、19年度に発電量の32%を占めていた石炭火力を20%以下に引き下げたことを野心的だと自画自賛している。果たしてそうだろうか。
2030年の再エネ比率目標はEU 平均が57%、スペインやドイツなどは60%を超えている。米国は50%、州政府の力が大きいカリフォルニア州は60%、ニューヨーク州は70%と高い目標を掲げている。
一方、石炭火力についてはフランス、ドイツ、イギリスなどの欧州主要国は30年までに全廃、今世紀初めには50%を大きく超えていたアメリカも最近では石炭火力比率が10%を切るまで縮小しており、30年までにゼロ近くまで削減できそうだ。
30年に向けた欧米との比較で見る限り、日本は先進主要国の最後列に位置しており、経産省が「野心的だ」と胸を張れる状態でないことが分かるだろう。特に30年度でも石炭火力比率が19%と先進主要国では突出しており、政府案として正式に決まれば海外から批判の声が強まるだろう。
原発比率、20~22%は非現実
一方、パリ協定では発電段階でCO2を排出しない原発をクリーンエネルギーとして認めており、フランスやイギリスなどでは原発依存度が比較的高いが、地震・火山列島の日本はリスクが高過ぎる。22011年の福島・東京電力の深刻な原発事故を契機に原発の「安心・安全神話」は完全に失われ、国民の多くは「原発ノー」を表明している。 それにもかかわらず、原案は原発比率目標を現行の20~22%に据え置いた。19年度の原発発電比率は6%に過ぎない。目標達成のためには再稼働済みの10基に加え、再稼働を目指す17基すべてを稼働させなければ不可能だが、国民の不信感が根強く、とても実現するとは思えない。
政府は日本の中長期的のエネルギー政策の方針としてエネルギー基本計画を03年から作成、公表している。現行の計画は第5次計画で18年7月に閣議決定された。現在大詰めを迎えているのが第6次計画だ。「46%削減」のためには、第5次の延長線では達成できない。5次とは異なる現状打破型の新エネ計画を期待していた向きには原案は失望以外の何ものでもない。 第6次計画の原案が新味を欠き、稼働が難しい原発を残すなど、第5次を基調とした現状維持型に止まったのは残念というほかないが、それにはそれなりの理由が考えられる。
戦後の日本のエネルギー政策は石炭と原発を2本柱として展開されてきた。特にエネルギー資源の乏しい日本にとって原発への期待が大きかった。90年初め頃から石炭,石油など化石燃料の過度の依存がCO2を大量に排出し温暖化をもたらすとして批判されるようになった。政府は原発依存をさらに加速させた。だが11年の原発事故を契機に原発の「安心安全神話」も崩れた。石炭も原発もダメ、ということになると、それに代る新しいエネルギー源を積極的に探さなければならなかった。だが、政府は石炭、原発へのこだわりを捨てきれなかった。天気や風に左右される太陽光や風力などの再エネ発電には冷淡で及び腰だった。公式には再エネの重要性を指摘しながら実際には再エネが主力電源にはなり得ないと高をくくってきた。
政府のエネルギー政策原案は、経産省の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の審議で決まるが、分科会委員の多数派は原発推進、支持派だ。少数派として反対委員もいるが、広く衆智を集めて審議した結果だと言うアリバイづくりに使われる。委員の選考は事務局の経産省が周到な準備をして決める。
理想を言えば、欧米と気候変動リスクを共有し、「50年炭素ゼロ」を目指すためには、新しい視点と新しい組織によって新エネ計画を作成する必要がある。
30年頃はゼロ成長かマイナス成長の可能性
まず、これまでの新エネ計画の作成に当たっては、目標年までプラスの経済成長が続くことを前提にしている。プラスの経済成長が続けば、エネルギー需要が拡大するため、エネルギー供給も増やさなければならない。厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所の資料から日本の将来人口の推移を見ると、人口は50年に向け減少を続け、50年には1億人を割り込むと見られている。中間目標の30年も人口減少の過程にある。経済成長をプラスに保つのは難しく、ゼロ成長かマイナス成長の可能性が高い。そうなればエネルギー供給は原案よりかなり少なくて済む。総発電量を決める際の前提になる30年度のGDP(国内総生産)規模を洗い直す必要がある。
企業や個人の環境行動を配慮した省エネ効果も反映させなければならない。11年の原発事故発生の年、電力需要が大幅に減少した理由の一つに、企業や個人が節電に努力したことが挙げられる。それから10年近くが経過しており、企業の再エネ利用、個人の節電努力はさらに進んでいる。再エネの導入で電気代が上がっても、それが温暖化対策に繋がるのなら受け入れてもよいと個人の意識改革も進んでいる。原案には企業や個人の再エネ利用の広がり、節電の効果が反映されていない。
大幅修正は避けられない
再エネ比率を高めるためには、再エネ電力を送電するための大きくて頑丈な送電網の整備、再エネ発電の電気を溜めておく大型蓄電池の開発なども欠かせない。いずれも数兆円規模の開発、設備投資資金が必要だがためらうべきではない。国民の理解を前提に積極的に推進すべきだ。
政府はこれから1カ月近くをかけてパブリックコメントを求め、修正を加えた上で政府案としてまとめ、10月の閣議で正式に決定する見通しだ。これまでの慣行から言えば、原案はほとんど修正されず政府案となるだろう。それがこれまでの政府のやり方だからだ。
だが今回の第6次エネルギー基本計画案が閣議決定されても、強まる一方の国際的な気候変動リスクの圧力を受け、数年を待たずに同計画は大幅な修正を迫られることになるだろう。
[初掲 企業家倶楽部 2021年9月号]
profile 三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。
(企業家倶楽部2021年9月号掲載)