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世界では原発23基分相当の海上風力が運転中
再生可能エネルギーの「最後のフロンティア」といわれる洋上風力発電で日本の遅れが際立っている。コロナ禍後の世界経済復興のエンジン役として脱炭素と経済発展を両立させる手段として再エネへの期待が強まっている。その中で最も注目を集めているのが洋上風力発電だ。
洋上風力発電の世界全体の導入量は国際的な再エネ研究・調査機関、REN21(再生可能エネルギー政策ネットワーク21)によると、2008年に150万kwだったのが10年後の18年には約2310万kwに拡大した。原発1基の発電能力(出力)を100万kwとすると、原発23基分に相当する。10年間で15倍以上も増えたことになる。
もっとも国際エネルギー機関(IEA)の調べによると、18年現在、世界全体の電力供給量に占める洋上風力発電の割合はわずか0.3%に過ぎない。しかし欧州先進国に焦点を当てると、様子は一変する。たとえば、デンマークでは18年の発電量の15%を洋上風力が占め、陸上と合わせるとほぼ50%の電力を風力が供給している。英国のシェアは8%で太陽光発電の2倍に達している。ベルギー、オランダ、ドイツの各国は3〜5%のシェアを確保している。
欧州の成功に刺激を受け、米国、中国を含むアジア諸国・地域も30年を目標に洋上風力発電の増強に力を入れている。英国、ドイツ、デンマーク、フランス、イタリアなどのEU加盟国の30年目標は6500万kw〜8500万kw と野心的だ。EUは50年には総発電の3割を洋上風力で賄うための計画を検討中だ。これまで陸上風力に力を入れてきた米国も30年までに2200万kw、韓国1200万kw。中国はこれまでに500万kw を稼働させており、さらに1000万kw の洋上風力を建設中だ。インドは22年までに500万kw、30年までに3000万kw、台湾も25年までに500kw、30年までに1000万kwといずれも高い目標を掲げている。
これに対し日本やカナダを含むその他の国は大幅に遅れ、将来の開発に向けた基盤づくりの段階にある。
他産業への波及効果が大きい
欧州で洋上風力発電が急速に普及した理由はいくつか指摘できる。最初に指摘したいことは風力発電に適した自然環境に恵まれていたことだ。特に北海やバルト海海域は浅瀬が沖合まで広がる地形になっており、偏西風がもたらす安定した風にも恵まれている。洋上風力は海底に風車を固定する「着床式」と海の上に風車を浮かべて発電する「浮体式」があるが、欧州の場合着床式が中心だ。着床式は浮体式と比べ発電コストが10分の1以下なので経済的なメリットが大きい。
第二に指摘したいのは大型化が可能なことだ。陸上風力の場合、騒音対策などもあり大型でも5000kw以上のものはあまり設置できない。これに対し洋上の場合は1万kw以上の大型の設置が可能だ。100基集積させれば原発1基分になる。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は「30年には出力1万5千〜2万kwまで巨大化が進む」と分析している。
第三に指摘したいのは、洋上風力発電は他産業への波及効果が大きいことだ。洋上風力の風車は2万点を超える部品で構成されている。支柱部分や羽根は100m近い大きさのものが多く、重量も数10トンから数百トンに及ぶ。風車を遠隔操作するための様々なデジタル技術、部品も欠かせない。電力を需要地に送るための海底送電網や蓄電池、さらに建設に当たっては資材を扱う拠点港の整備が必要になる。
建設費は着床式か浮体式か、さらに発電出力の大小などによって大きく異なるが、1万kwを超える大型になると、一基当たり50億円を超える大事業になるとの指摘もある。
日本の洋上風力はまだ実験段階
将来性の大きい洋上風力発電の取り組みになぜ日本は遅れをとってしまったのだろうか。最大の理由は政府(経済産業省)が石炭火力と原子力発電を両軸とする戦後日本のエネルギー政策にこだわり続けてきたことである。政府は過去数十年にわたり再生可能エネルギーの推進、普及にも力を入れると言ってきたが、本気度は感じられず、腹の中では「再エネは主力電源にはなり得ない」と高をくくってきた。最新(19年)の電力発電に占める再生可能エネルギーの割合は、水力を除くと太陽光が最も大きく7.6%だが、風力はわずか0.8%(洋上はゼロ)に過ぎない。原発は6%。これに対し、石炭28・2%、LNG35・1%など化石燃料依存が圧倒的に高い。
洋上風力に力を入れる世界の潮流に背を押され、ここにきて政府もようやく重い腰をあげ、洋上風力の普及に取り組み始めた。18年11月に「海洋再生エネルギー発電利用促進法」を成立させ、同年12月に公布した。翌年19年3月15日の閣議で同法の推進を閣議決定した。同法は洋上風力の設置に適した促進区域を定め発電事業者が海域を占有できる期間を最長30年間確保できるようにするなどが盛り込まれている。
同年7月に促進地域の候補地として以下の4カ所が発表された。秋田県・熊代市・三種町、男鹿市沖・由利本荘市沖、千葉県銚子市沖、長崎県五島市沖。候補地は漁業組合など地域関係者と話し合い、賛同を経て指定地域になれば発電建設が可能になる。候補地はその後も追加されており、経産省、国土交通省は今後10年間で全国30カ所程度を指定地として見込んでいる。
梶山弘志経産相は「21年度から30年度にかけ、毎年100万kw程度の洋上風力発電建設を進め、合計で原発10基分に相当する1000万kwまで増やしたい」と大風呂敷を広げている。すでに電力会社、ゼネコン、発電機、造船、商社など多くの企業が建設に名乗りをあげ、実験段階として小型の洋上風力発電の建設に取り組む企業も出ている。
「海洋エネルギー大国」の道を切り拓け
日本は領海を含め「排他的経済水域」の面積は約447万平方kwある。国土面積の約12倍の広さで、世界第6位の排他的経済水域大国だ。洋上力発電の他に海流や潮流を活用した発電も大きな潜在力を持っている。これまで日本は洋上風力発電を初め海洋エネルギーの利用で欧米と比べ大幅に遅れてしまった。発想を転換し、海洋エネルギーを積極的に活用すれば、石炭や原子力に頼らなくても再エネだけで電力のかなりの部分を補えるはずだ。
洋上風力はコロナ禍後の日本経済を支える有望な産業として期待できる。戦後の日本が、ゼロから欧米の最新技術を取り入れ、高度成長を実現させた時のように、官民一体で海洋エネルギーに関連する最先端の欧米技術を取り入れ、さらにそれに日本が得意とする改良、改善を加え短期間で「海洋エネルギー大国」として躍進することを期待したい。
[初掲 企業家倶楽部 2021年1・2月合併号]
profile 三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25 版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4 版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。
(初掲載 企業家倶楽部2021年1・2月合併号)