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Vol.38【GLOBAL WATCH】梅上零史

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

米中覇権争い、宇宙でも火花 -国威発揚からビジネスへ、米新興企業が主導

米中の覇権争いはコロナ禍でも止むことなく、闘いの場は宇宙にまで広がり、激しさを増している。火星 探査や月探査など米国が圧倒的にリードにきた分野で、中国が着実に実績を積み重ねている。しか し米国はすでに国威発揚からビジネスへと、宇宙開発の視点をシフトしてきている。その流れを牽引するのがスペースX に代表される民間宇宙スタートアップだ。中国も米国に追随して民間企業に門戸を開放しつ つあり、中国版スペースX がいずれ出現するかもしれない。

 中国が米国に続き火星探査に成功――。2021年5月15日、中国の無人探査機「天問1号」が火星に着陸し、搭載していた探査車「祝融号」が火星表面の画像を地球に送信することに成功した。火星の地表探 査に成功したのは米国に続いて2カ国目。米国は1976年に米国の探査機「バイキング1号」が着陸に成功 し画像を送信しており、中国は45年の時を経て米国に追いついた。旧ソ連も71年に着陸に成功したが、探査まではできなかった。日本は98年に「のぞみ」が挑戦したものの、火星の周回軌道にすら載ることができなかった。

 火星探査に先立ち、月面探査でも中国は大きな足跡を残している。2020年12月17日、中国は月の土を 地球に持ち帰ることに成功した。無人月面探査機「嫦娥(じょうが)5号」を11月24日に打ち上げ、12月1日 に着陸船が月面に到達。土のサンプルを採取した後、再び地球に戻る「サンプリングリターン」を遂行した。これは米国、旧ソ連に続く成果で、旧ソ連が月の石を持ち帰ってから44年ぶりだった。日本は2007年に月探査機「かぐや」を周回軌道に載せたが、月面着陸には至っていない。「宇宙強国の建設と中華民族の偉大な復興の実現」を習近平国家主席は強調する。

 もっとも米国は中国の先を行く。天問の1週間後の20年7月30日、米国は火星探査機「パーシビアランス」 を打ち上げた。いつの間にか天問を追い抜き、天問着陸の3カ月前の21年2月19日に火星着陸に成功し た。パーシビアランスは火星の地表に着陸した探査機としては9つの目、探査車としては12年の「キュリオシティ」に続いて5つ目。地表画像の送信などは米国にとってはもはや当たり前。今回は火星の薄い大気 の中で小型ヘリコプター「インジェニュイティ」を飛ばすことにも成功し、ヘリコプターが飛んでいる3D映像や地表の空撮映像なども公開している。

 さらに米国は「アルテミス計画」で再び有人月探査に挑む。米国の宇宙開発はオバマ政権で停滞した が、トランプ大統領が「人類を再び月に送り込む」とする宇宙政策指令1号に17年に署名し大きく動き出した。指令を受けて米航空宇宙局(NASA)はアポロ計画50周年に当たる19年に、24年までに月面に人を送 り込むアルテミス計画を発表した。第1段階では無人の月探査機「オリオン」を月の周回軌道に21年中に載せ、地球に帰還させる。第2段階では23年に女性を含めた4人の宇宙飛行士をオリオンで月の周回軌道に載せて帰還させる。第3段階ではオリオンから月着陸船に乗り換えて、男女の宇宙飛行士が月の南極に着陸し1週間近く月に滞在する。

 アルテミスがアポロ計画と違うのは「持続性」だ。一回切りのミッションではなく、継続的に人を月に送り込 むことを想定し、第3段階以降は年に一度は有人の月面着陸を実施する。月の周回軌道上に前線基地となる宇宙ステーション「ゲートウェイ」を建設し、オリオンをゲートウェイにドッキングさせ、宇宙飛行士はゲー トウェイから月着陸船に乗り換えて月に向かう。ゲートウェイ建設・運営には欧州宇宙機関、カナダ、日本、韓国が参加を表明した。一方、中国は21年3月、月周回軌道上か月面に「月研究基地」を共同で建設することでロシアと合意した。

 米中の宇宙覇権争いのもう一つの戦場が地球の周回軌道上の宇宙ステーションだ。中国は22年末までに単独で宇宙ステーション「天宮」を建設する方針で、21年4月29日、その基幹部分「天和」の打ち上げに 成功した。実験室の「問天」「夢天」、宇宙望遠鏡の「巡天」を別々に打ち上げて「天和」と結合させる。現 在、運営中の宇宙ステーションは国際宇宙ステーション(ISS)しか存在しない。ISSは米国、カナダ、欧州、 日本、ロシアが共同で建設運営し、中国は排除されている。ISSは11年に完成したが、老朽化も進んでお り25年以降の運営は未定だ。21年4月にはロシアがISSから離脱し、30年までに独自の宇宙ステーションを建設すると伝えられた。

LEO経済


 米国が宇宙開発の目的をビジネスに置いている姿勢は宇宙ステーションに表われている。NASAは高度2000キロメートル以下の低軌道(LEO)領域の民間活用を「LEO経済」として推進しており、20年1月、ISSの商用スペースを活用する企業として、民間のアクシオン・スペースを選んだ。アクシオンは居住可能なス テーションを24年までに打ち上げ、ISSと結合させる。民間人が滞在できる宇宙ホテルとして活用するほ か、無重力状態を活用した製品開発環境を提供したりする。ISS停止後も、アクシオンはモジュールを単独のステーションとして分離し運営する方針だ。

 地球とISSを結ぶのも民間だ。アクシオンは22年1月には民間宇宙飛行士4人をISSに初めて送り込む予定で、イーロン・マスク氏率いるスペースXの宇宙船「クルードラゴン」を利用する。ドラゴンは最大7人を載 せることができる宇宙船で、スペースXはNASAからの委託を受けて、野口聡一氏ら4人を載せたドラゴンを20年5月にISSにドッキングさせた。ドラゴンを打ち上げたのも、スペースX が開発したロケット「ファルコン9」だ。NASAは11年に「スペースシャトル」の運行を終了しており、ISSへの輸送手段を持っていない。米国に とってほぼ10年ぶりの有人宇宙飛行を民間企業が実現した。

 NASAは21年4月、アルテミスの月着陸船の開発を約29億ドルでスペースX に委託すると発表した。スペースXは再利用可能なロケット「スーパーへビー」と宇宙船「スターシップ」の開発を進めており、21年5月 にはスターシップの無人試験機を5回目の飛行試験で初めて無事に着陸させることに成功した。スペースXはスターシップを使って、23年に月の周回軌道に載って地球に戻ってくる約1週間 のツアー「ディアムーン」を実施する計画。ファッションのネット通販「ZOZOTOWN」を立ち上げた前澤友作氏ら8人が参加する。

 「国威発揚」を目的とした時代のロケットは採算性など度外視の使い捨てが基本。アルテミスで打ち上げに使われる「SLSロケット」やパーシビアランスを打ち上げた「アトラスV」などは使い捨て型で、ボーイングやロッキード・マーティンといった旧来型の航空・軍需産業がNASAと共同で特注品として開発している。しか しスペースXはブースター(推進装置)を何度も再利用できるファルコン9を汎用品として開発した。1回当たりの打ち上げコストは5000万ドルほどとされ、スペースシャトルの約9分の1。使い捨て型の日本のH-IIAロケットは1回当たり100億円のコストといわれる。

 スペースX には探査機や衛星の打ち上げ、宇宙旅行のほか、もう一つ収益事業がある。衛星インター ネット事業「スターリンク」だ。衛星コンステレーションと呼ばれる1万2000基の衛星群をLEOに浮かべ、地 球を隙間なくカバーする通信サービスだ。すでに1500基以上の通信衛星を打ち上げており、米国、カナダ、英国など一部の地域で月額99ドルで試験的にサービスを提供している。モルガン・スタンレーは宇宙 関連市場は2040年には2016年の約3倍の1兆ドル超となり、増加分の7割を衛星ネット接続ビジネスが占めると予想する。LEO空間の利用は早い者勝ちで、衛星ネット市場をスターリンクが独占してしまうのではな いかと懸念する声も出ている。

 中国でも民間活用の流れはある。これまで中国の宇宙開発はNASAに相当する国家航天局(CNSA)や 2つの国営企業、中国航天科技集団公司(CASC)と中国航天科工集団公司(CASIC)が担ってきたが、14年にロケット打ち上げと小型衛星の運用ビジネスを民間企業に開放する方針が打ち出された。米国と同様 に国家予算の制約もあり、民間の資金力を宇宙インフラ整備に活用する狙いだ。実際、多くのスタートアッ プが生まれ、19年7月に民間企業として初めて星際栄耀空間科技(アイスペース)が民間衛星の打ち上 げに成功した。星河動力(北京)空間科技(ギャラクティック・エナジー)も20年11月にアイスペースに続いた。ともに使い捨てロケットだが、液体燃料を使った再利用可能なロケットも開発中だ。

 18年に設立されたばかりの銀河航天(ギャラクシースペース)は衛星ネット接続事業を手掛けるスタート アップで、20年1月に自社開発した通信衛星の打ち上げに初めて成功した。小米科技(シャオミ)と関係の 深い順為資本やレノボ・グループ(聯想集団)系の君聯資本などが投資し、20年11月にユニコーン・リスト 入りしている。同社の評価額は12.2億ドルで、740億ドルのスペースXの背中はまだまだ遠いが、民間主導 の宇宙開発の流れが本格化すればいずれ中国版スペースXと呼ばれる日も来るかもしれない。


Profile 梅上零史(うめがみ・れいじ)
大手新聞社の元記者。「アジア」「ハイテク」「ハイタッチ」をテーマに、日本を含むアジアのネット企業の最新の動き、各国のハイテク産業振興策、娯楽ビジネスの動向などを追いかけている。最近は金融やマクロ経済にも関心を広げ、株式、為替、国債などマーケットの動きもウォッチしている。


(初掲載 企業家倶楽部2021年7月号)

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