会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
30年度の温室効果ガス排出、46%削減
バイデン米大統領が主導して40の国・地域の首脳らが参加した気候変動サミットが4月下旬、オンライン会議で開かれた。会議に参加した菅義偉首相は2030年度の温室効果ガス(GHG)の排出量を13年度比46%削減とする目標を掲げ、さらに「50%の高みに向け挑戦を続けていく」と表明した。「その言やよし」である。それまでの日本の目標は、13年度比26%減と低く、環境に熱心世界の環境NGOや温暖化対策で一歩先を行くEU加盟国から「日本の本気度」が問われていた。
サミットでは主催国の米国が30年のCO2排出量を05年比50から52%削減、EU 加盟国は90年比55%以上の削減、英国は同68%削減を表明しており、日本の目標値も遜色がない。最大の排出国、中国は30年までに排出量をピークアウトにする、と表明した。日本が削減目標値を大幅に引き上げたことは歓迎できるが、その実現は並大抵のことではない。よほどの覚悟を持って取り組まない限り、「絵に描いた餅」で終わってしまうだろう。
これまで日本はGHGの排出量削減目標の設定に当たって、三つの手法を基本にしてきた。
第一は積み上げ方式である。積み上げ方式とは過去から現在までのトレンドを将来に引き延ばし、石炭火力、原子力、再生可能エネルギーなどの各種エネルギー源の比率(例えば電源構成)を時代の変化に合わせて微調整する手法である。この方法は過去に大きく引きずられるため、思い切った構成比の転換は難しい。今回の46%減は「積み上げ方式の限界だ」と担当の経産省幹部は指摘している。
本丸の削減に真正面から取り組め
第二は本丸での削減に真正面から取り組んでこなかったこと。1997年のCOP3(国連気候変動枠組条約第三回締約国会議)で日本は90年比で2012年末までにGHG排出量6%削減を約束(京都議定書)した。しかし、6%削減の中味をみると、森林の吸収分3.8%、外国で削減した排出量が1.6%、本丸の日本国内のGHG 削減はわずか0.6%に過ぎなかった。12年が終わった段階で日本は公約通り6%削減を果たしたが、国内のGHG排出量は基準年の90年を上回った。森林や国外排出量を加えなければ、公約を実現できなかった。今度こそ本丸での大幅削減を目指さなければならない。
第三は、削減目標を外交交渉として位置づけてきたこと。京都議定書の時もそうだったが、今回の30年削減目標も、米国が何%下げるから、EU が何%下げるから日本も何%程度下げないと格好が悪い、といった発想で46%が決められた。この手法は元々、貿易交渉などで、相手国が関税を何%引き下げるので日本も何%引き下げるなど国家間の経済交渉の場で使われる手法だ。温暖化対策交渉には不向きだ。
30年46%削減、50年炭素ゼロを目標に、これから日本が挑戦していくためにはこれまでのやり方と決別し、国民が一丸になって取り組める新しい発想、価値観の共有、意識改革が必要になる。
地球を健全な姿で、将来世代に引き継ぐ
その基本となる考え方は、かけがえのない地球を健全な姿で将来世代に引き継ぐために今を生きる我々世代に何ができるかをしっかり考え、環境負荷を低減させる行動を日常生活の中に取り戻すことである。それなくして、30年46%削減など夢のまた夢でで終わってしまうだろう。
過去100年を振り返ると、私たちは豊かな生活を求め急速な経済発展を遂げた。その結果、森林、生態系の破壊、資源の浪費、土壌、大気、水質汚染、さらに地球温暖化など地球環境を修復不可能といわれるほど傷つけてしまった。
今回の46%削減目標は地球の健全性を取り戻す第一歩に過ぎない。「環境と経済の両立」,国連提唱の「SDGs」(持続可能な開発目標)などのスローガンは心地よく聞こえるが、その中味を吟味すれば、これ以上環境を悪化させないための現状維持政策に過ぎないことが分かる。破壊された地球を修復し、健全な地球を取り戻すためには、環境修復を最大目標に掲げ、その枠内で経済活動を営む発想、価値観が求められる。これを「地球哲学」と呼ぶことにしよう。
地球哲学に依拠して46%削減を目指すなら、政府の積み上げ方式にいくつかの修正を加えなければならない。
第一は原発の廃止である。政府案では火力発電依存度を減らすため、総発電量に占める原発依存を30年には2割程度(現在6.2%)に引き上げる方針だ。そのために40年超の老朽原発の稼働期間を20年延長する方針だ。だがこの手法はリスクを高める禁じ手だ。
旧ソ連時代のウクライナでチェルノブイリ原発事故が起こったのが1986年4月26日だった。あれから約35年が過ぎたが、テレビが映し出した事故現場周辺は今なお強い放射性物質が立ち込め、廃墟のままだ。2011年3月の福島東京電力原発事故から10年経過したが、被災した地元の復興は遅々として進まない。地震・火山列島の日本で、近い将来、大地震が発生する確率が高まっており、原発の新増設、老朽原発の延長はなんとしても避けなければならない。
第二は電力料金引き上げという脅しである。火力発電に代って太陽光や風力などの再エネ比率が高まれば、電気料金を引き上げざるをえなくなり、家計を圧迫するという脅し文句だ。確かに太陽や風力は気まぐれな自然エネルギーのため、石炭や原子力と比べれば、供給が不安定なうえ、発電コストが高いかもしれない。だが、それによって、健全な地球環境が修復、維持されるなら、値上げを受け入れ不便を承知で再エネを選ぶ姿勢が求められる。もちろん、それに合わせて日常生活での節電、ヒートポンプなどの自然界の温度差の活用によって、電気料金の引き上げに対抗する努力が求められる。
環境保全条文を憲法に明記し、学校教育にも反映を
これからの日本に地球哲学を定着させるための方法は大きく二つある。一つは小中高校の教育制度の中に地球哲学関連の教科を新設し、健全な地球を将来世代に引き継ぐことの大切さを教えること。
第二は日本国憲法の中に健全な地球を将来世代に引き継ぐ義務を現在世代は負わなければならないことを明記(地球環境条文)することだ。現代世代の利益追求のために将来世代に負の遺産を押し付ける行為を繰り返してはならない。
Profile 三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。
(企業家倶楽部2021年7月号掲載)